ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

108 / 208
サイドストーリー:命令者

「すごい走りでしたね、マスター」

 

 ホテルに帰る道の最中。沈黙に耐えかねたように――――というにはあまりにも自然に、ミホノブルボンは感想を吐露した。

 

 本来ならばそうだなと返して、どこが凄かったかを具体的に詰めていく。

 

 しかし今の彼としてはそうだな、ととても素直には言えるものではない。

 確かに、強かった。GⅠで2位と6バ身。3位と2位の間に大差。幾人かのタイムオーバーも出したという、圧勝。

 タイムオーバーしたらどうなるかと言えば、まあ色々ある。手当が出ないとか、1ヶ月くらいレースに出れない、とか。

 

 だがそんなことは、普通起こらない。しかもGⅠで起こるなど、有り得ない。

 

「凄まじかった」

 

「歯牙にもかけていませんでしたね。あのアメリカのウマ娘も、相当な強者でした」

 

「ライスシャワーと、同等くらいだな」

 

「はい」

 

 同等か、それ以上。

 そう口に出さなかったのは、せめてもの気休めであったかもしれない。

 

「全部」

 

 こういう単語のみを声に出す時は彼が窮しているからこそだと、ミホノブルボンは知っていた。

 

「全部当たり前のようにうまく進められたら、勝てる」

 

「全部、ですか」

 

「ああ」

 

 勝てない、とか。

 全部では収まらない形容詞を使わないあたり、それは実に【参謀】だった。あくまでも現実感覚という大地に足をつけて、立っている。

 

「俺はルドルフのおかげで多少、そういうものに詳しくなった。ライスシャワーの指向性に特化した領域を君が何度も受けるにつれて、薄っすらと見えてきて、そして宝塚記念である程度感じられるようになった。そしてその上で言うのだが」

 

「はい」

 

「あれは、スズカがかつて使っていたどの領域とも異なる」

 

「どの」

 

 呆れが思わず、口をついて出た。ホテルの従業員が、異国の異音にさらされてビクリと肩を揺らし、こちらを向く。

 

「どの、という言葉が正確であるとすると……サイレンススズカさんは領域を複数。それも、3個以上持っている。そういうことで、間違いありませんか」

 

「お前が俺を疑うのは、珍しいな」

 

 少し申し訳なさそうに眉を下げたミホノブルボンを見て、少し申し訳なく思う。

 やや、皮肉が過ぎた。彼としては、そう思わないでもない。

 

「……ルドルフ会長ですら、2つでしたから」

 

「まあ、多いからと言ってどうこうという話でもない。領域が生まれるには、目的がいる。その目的を通過するために領域を構築し、それを過ぎ去って、どうする? そこで立ち止まるか、或いはまた新たな目標に目掛けて駆けていくか」

 

 ミホノブルボンの領域は、自ら崩れることなく道半ばまで進むことによって発動する。それは速度の向上という、純粋な強化。

 それはスプリンターとして、無理を無理のままに抱えた自分のままで夢の終わりへと進みたいという純粋な願望の具現化。

 

 果たしてその夢は叶った。叶い、その先に駆けていく為の手段としての領域を、彼女は新たに手にした。

 

 そしてその領域を構築しても、目的を果たせなかったらどうなるか。

 

 ライスシャワーなどが、最も顕著な例だろう。

 迫る。差し切る。目的の為に研ぎ澄まされた刃から逃げ切られた。ならば、逃げ切られないように拘束する。目的を達成する為に、更に具体的な手段を追加する。そのための新たな領域。

 

「お前、漫画を読んだことはあるか」

 

「……? はい」

 

「そういうのに例えると、皆が電撃出したり盾出したり龍を出したりする中で……なんというか、段階的な肉体強化しか覚えないやつなのだ。あいつは」

 

 ギアを少しずつ上げていく、肉弾戦特化キャラ。

 そういう感じか、と。ミホノブルボンは理解した。

 

「あいつの夢は、速度の向こう側に行くことだったのさ。となると、領域はどうやって形造られるか、わかるか」

 

「走っている内にギアを上げ、自分の限界速度を少しずつ上げていく。段階的なリミッター解除ですか」

 

「そうだ。最初は終盤に、速度のリミッターを外す。それだけの領域だった。そして次は中盤にリミッターを外す、それだけの領域を得た」

 

 1度目の領域で、速度上限を+100する。

 2度目の領域で、速度上限を更に+100する。

 彼女の領域を抽象的に数字化するならば、それだけのことに過ぎない。

 

「加速はしないのですか」

 

「そこは自力だ。夢を叶えるのはやはり、自分の脚でということなんだろう」

 

「なるほど。しかし、それでは」

 

「そうだ。おかしい」

 

 言葉を奪うような迅速さで、東条隼瀬は言った。直接見て、直接感じて、強烈な違和感として残ったのがそれだった。

 

「あいつが領域なんぞで加速するわけがない。そんなものにリソースを割くくらいなら、速度上限をなんとかするはずだ。現に今まではそうだった」

 

「マスターが行う今までに関しての洞察に異論はありませんが、少なくとも今のところ事実として異なっています。何かしらあったと考えるべきではないでしょうか」

 

 それは、不自然さが残る進化だった。

 サイレンススズカであれば、3個目の領域でも間違いなく速度上限を破壊することを選んだはずなのだ。

 

「あれは4個目ではないか、と思う」

 

 またこのひとは、思考から逃げたな。

 

 彼が常と変わらない様子であれば、ミホノブルボンはそう思っただろう。そしてその精神的脆弱さを愛おしく思いつつ、正道に引き戻しただろう。

 だが、今は様子が違った。東条隼瀬の顔には明らかに真剣さがあり、向き合うための覚悟があり、無意識下でも己が逃げることを許さない決意がある。

 

「なるほど。2個目があった以上3個目がある。すなわち4個目もある。その考察に異論はありませんが、その根拠は何でしょうか」

 

「俺は3個目の領域を見たことがある。気がする」

 

「いつですか」

 

「俺は言ったな。怪我をしたのだと」

 

 ――――その娘。仮にS。いや、Sとするが。つまりその娘は、怪我をしたのだ。俺のせいで

 

 彼は、そう言った。そしてその意味が、今では正確に読み取れる。

 最初に彼は、スズカと呼んだのだ。そしてその資格がないと思い直して、サイレンススズカと呼んだのだ。イニシャルが全く変わらなくとも、彼にとってはとても、とても大きなものだったのだと。

 

「天皇賞秋のことだ。彼女は2回加速した。そして3回目の加速を経て、一瞬――――時間にして3.8秒くらい、全てから解き放たれた。そしてその代償として、脚が折れた」

 

 加速域を広げる。速度上限を取っ払う。

 サイレンススズカが望んだのは、それだけの領域だった。

 上限を取り払いさえすれば、辿り着けると信じていたのだろう。自分のわがままを許してくれて、自分の長所を伸ばしてくれて、自分を暗闇から救い出してくれたひとと、どこまでも共に行けると信じていた。

 

「つまり、マスターはサイレンススズカさんが正当進化した領域を捨てた、と。そして新たに得たのがあれだと考えている、というわけですか」

 

「そうだ」

 

「となると、それは私にとっての幸運でしょうか」

 

「ああ、間違いなく」

 

 基礎的な能力。つまり、カタログスペックでは、ミホノブルボンはサイレンススズカに負けていない。最高速度で言えば、中位くらいのスプリンターと最高位のマイラーということもあってやや勝る。スタミナもそうだし、パワーもそうである。

 だがそういった領域外の物事で勝っているからと言って、どうにもならないこともある。

 

「だからといって、油断していいものでもない。あれは、それなりに厄介なものだろうと思うしな」

 

 少なくとも、ミホノブルボンにあのようなことはできない。それだけで、充分警戒に値する。

 

「それにしてもわからないのは、なぜそうなったかだ」

 

 東条隼瀬としては、領域をわざわざ転換する理由がわからない。できた理由もわからないが、彼としては半分自分の管理不足、半分運の悪さで――――実のところ彼は6:4だと思っているが――――あの事故は起こったと思っている。

 

「それは、夢を諦めたからではありませんか」

 

「諦めたなら、使えなくなるのが道理だろう」

 

 サイレンススズカの領域は、勝つためのものではない。強くなるためのものではない。

 あくまでも、夢への通路を開くための領域である。だからこそ勝利し支配する本能的暴君が荒れ狂う反則じみたシンボリルドルフのそれとは違い、性能としては落ちるところがある。

 

 それ故に、夢を諦めたのならばむしろ領域は閉ざされてしかるべきではないか。

 

「……そうですね」

 

 怪我。3段階目の領域へ踏み入っての、怪我。

 それに似た感覚を、ミホノブルボンは味わったことがあった。天皇賞春のとき。負けると思って、思ってしまって、そして速度の限界を超えようとしたとき。

 

 あのとき、本能的にわかったのだ。

 この扉は、勝つために開くべき扉だと。極限まで追い込まれた自分ならば、開くことのできる扉だと。

 

 ゾッとするほどに、身体から温もりという温もりが根こそぎ奪われていくような、孤独を感じさせる冷たさを、ミホノブルボンは感じた。

 そして、それでも勝ちたいと思って、開こうとして。

 

 

 ――――この扉を開くということは、スピードの向こう側にいく、ということですよ

 

 

 そう、囁くように言われたのだ。

 その声は、どこかで聴いたことがある。

 

「それはおそらく、限界を超えないためではないでしょうか」

 

「つまり、俺のためか」

 

「マスターのためでもあると思います。ですがそれだけではありません。無論、これは私の推論ですが」

 

 そしてそのあやふやな推論を言う必要はない。ここまで言って察せないほど、今の東条隼瀬は鈍感ではない。

 

「にしても状況的にはともかく、実力的には不利な戦いをさせることになるな」

 

「はい。ですがそのあたりは、私がなんとかします」

 

「ああ。期待している」

 

 領域というものを多少感じ取れるようになったにしても、その感度は本家本元のウマ娘と比べて大きく劣る。

 

「俺ができることと言えば、お前のカタログスペックをあいつ以上にすることくらいなものだ」

 

「みっちりと、お願いします」

 

「ああ、みっちりと」

 

 やはり気が高ぶっているのだろう。まあ、あんな走りを見せられては仕方のないところでもあるが。

 

 勝算を他者に託しきらなければならない情けなさに苛まれながらも、東条隼瀬は最善を尽くした。

 

 サイレンススズカは、強い。それも理屈があっての強さでもなく、駆け引きによる強さでもなく、単純に強いだけなのである。

 

 単純な強さ。それは単純な強さでしか覆し得ない。

 そのための強さを得る為のメニューでミホノブルボンの身体を徹底的にいじめ抜きながら、フランスでの日々は過ぎていった。

 

 そして、10月3日。

 世界最高峰のレースが行われる日であり、歴史に刻まれるであろう日。

 

「ブルボン」

 

「はい」

 

 いつもならばその時間は、作戦を説明するための時間だった。

 いつもならばその時間は、ライバルとなるウマ娘の分析結果を説明するための時間だった。

 

 だが今は、作戦はない。作戦と言えるようなものは、ない。

 そして分析結果は、たった一言。『異次元の強さ』。それだけ。

 

「勝ってくれじゃない。勝ってこい。お願いじゃない。命令だ」

 

 参謀はその渾名らしさを全て放棄し、最高のパートナーに向けて、最後の命令を下す。

 

「承りました、マスター」

 

 ――――勝利を、捧げます

 

 そう言い残して、ミホノブルボンはパドックへ向かう。




56人の兄貴たち、感想ありがとナス!

むぎはむ兄貴、めうっ!兄貴、爆弾ボール兄貴、三歩進んで二歩下がる兄貴、評価ありがとナス!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。