ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
凱旋門賞後、熾烈な挨拶回りが予想された。
サイレンススズカ自身が「また組みましょう」と言ってくれたものの、本人の意志だけでどうにかなるものでもない。なにせ自分から預けていたのに、今更また縒りを戻したので返してくれというのだ。
あくまでもスズカの本籍は日本のURAにあり、所属チームたるリギルから貸し出されるような感じ、すなわち出向しているような形である。
だから出向をやめさせますといえばそれで終わりなのだが、それではあまりに義理を欠く。
「だから貴方の帰国が遅れたわけか」
助手席に乗せた男のそれ――――哀れにも日本においていかれた天色の車――――とは異なる白色の車のエンジンを入れて発進させながら、シンボリルドルフは納得したように頷いた。
「そうだ。まあ、色々あったからな」
預け先に挨拶し、フランス版URAにも挨拶を入れる。
もっとも預け先は『まあそうでしょうね』といった感じで、実にシームレスに手続きは進んだ。
向こうでスズカがどういう態度でいたのか気になるところではあるが、それは預け先として選んだ同期の『あの娘がトレーナーとして見ているのはアンタだけだってことはわかってたわよ』と言う言葉でなんとなく窺い知れる。
ともあれ、時間はかかった。
じっくりと腰を据えて交渉する為にも、そして単純に追加で帰る便が取れなかったという意味でも、東条隼瀬はとっていた2枚のチケットをミホノブルボンとサイレンススズカに渡して先に帰らせたのである。
『着いた』
『勝った』
『勝った』
『スズカも一緒に帰る』
『やっぱり先に二人で帰らせる』
『着いた』
ここ1ヶ月で目の前の男から送られてきたメッセージのあまりの簡素さを思い出しつつ、シンボリルドルフはため息をついた。
「こっちでも色々あった……本当に色々とな……」
運転しながら遠い目になるシンボリルドルフの横でアイマスクをしてシートを倒し、完璧な睡眠モードに入ろうとしていた男は、目にあてがわれていた布を上にずらした。
「なにかあったのか?」
「内部でも、外部でも」
「賑やかなことだ。エンターテイメントとしては申し分ないな」
「当事者としては堪ったものではないよ」
「違いない」
その当事者が指すものは『生徒』ではなく、『生徒会長』としてのものである。先代の時代も先々代の時代も、生徒会長というのはそれなりに立場と責任のある地位だった。
だがシンボリルドルフが就任してから、かなりその権勢は増している。だがやれることが増えたぶん、仕事も増えるし責任も増す。
あくびをして、軽く首を振った。
時差ボケというのか、飛行機の中で眠って見てもまだなお眠い。
「チームというのは」
「うん?」
ひやりと、シンボリルドルフの背筋が凍る。
心が読まれたのか、あるいは何も知らないふりをしているが実は知っているとか、そういうことなのか。
「確か5人からだったか」
「あ、ああ。だがチーム戦が休止されて久しい。故にその規則も形骸化していると言ってもよかったはずだ」
距離別のチーム戦というものが、かつてあった。
なぜそんなものが生まれたのかと言えば、フランスなどではチームで以てレースを勝つという思想――――ラビット戦法なるものがあり、そして日本国内にはそういうものがなかった。というか、卑怯だとか言われて禁止されてきた。
だが事実として世界では横行しているし、卑怯だとか言っても現実は変わらない。
となると世界に進出するためには、そういうことをする、される経験も必要になる。
つまり簡潔に言えば世界に慣れるため、あるいは世界に通用するウマ娘を育むために、生まれたのである。
だから長距離・中距離・マイル・短距離・ダート。それぞれのチームレースに参加する為の最低人数=5人がチーム結成の最低ラインになっているのだ。
「カノープスは3人だものな」
トレセン学園の中でも強豪と言える代表的なチームですら、ナイスネイチャ・イクノディクタス・マチカネタンホイザの3人しか所属していない。
というより、色々と技術やら駆け引きやらが進歩した現在、5人もいっぺんに担当するのは不可能に近いのだ。
「2人では無理かな」
「難しいだろうな、それは」
「となるとやはり元の鞘に戻らざるを得ないか……」
またなんか仕組みの穴を突こうとしているな、と。
そんなことを思いつつも、別にそれを非難する気にはならない。巻き起こるエンターテイメントの当事者になるのはともかく、彼が巻き起こすエンターテイメントを傍観し、あるいは助けるのは嫌いではない。
「ルドルフ」
「うん?」
「また来年から、よろしく頼む」
「それはこちらも望むところではあるが……随分と早い挨拶だな。まだ有馬記念も終わっていないというのに」
「有馬記念。有馬記念か」
復帰がそこになるだろうと言っていたやつを、ひとり知っている。スズカと互角、ブルボンの何倍もの才能を持った存在。
(そういえばあのクソガキ、何をしているのやら)
静かに、白色の車は駐車された。
関係者用の駐車場にはずらりとそれなりに高価な車やバイクが並んでいる。
ちらりと隣にある自分の車を目に入れながら、東条隼瀬は伸びをしてから扉を開けた。
「じゃあな、ルドルフ。助かったよ」
「君と一緒に居るのは嫌いじゃない。なにをするにしても、また誘ってくれ」
「わかった」
この『わかった』の中には、具体的な予定が書かれていたわけではない。単にまた何か一緒にやろう、と言ったような返事である。
だがこの空白の予定表の中にすぐさま予定がかきこまれることを、このときの彼は知らない。無論、ルドルフも知りはしない。
ひとまず彼としてはこれからやるべきことはフランスで購入したブッシュ・ド・ノエルの材料が送られてくるのを待つこと。
今のところ、それ以外にはなかった。
「おかえりなさい、マスター」
「ああ、ただいま。で、2つほど訊きたいことがあるのだが、いいかな」
「どうぞ」
「なんで部室に居るんだ、お前」
「座学のためです」
確かに、彼女の手には本がある。勉強していたかはともかくとして、していそうなのは事実である。
「なるほど。ではなぜこの深夜に寮から出ているんだ?」
「私が寮で寝起きすると、皆さんに迷惑がかかりますので」
「……ああ、マスメディアか」
ルドルフが言っていた『外部』とはこれかと理解して、同時に納得もした。
本来そういうインタビューに答えるべき自分が様々なことがあってフランスに拘束されていただけに、コメントを取りたい連中は学園に押しかけざるを得なかったのだろう。
「はい。虚空から湧き出したらしき親戚の方々も忙しなく蠢動しているようです」
「わかった。それに関しては処理しておく。お前は茨城、俺は千葉だから近いしな。メディアの対応も明日弟に連絡して、URAの広報部から記者会見の席を作る旨を伝えさせよう。それで、ひとまず静かになるはずだ」
「ありがとうございます」
「いや、親戚はともかく、メディアに関しては俺のせいだ」
虚空から現れた架空にして虚構の親戚連中に関しては、どうにもならないことである。
これがそれなりに大きな家の出身ならばともかく、ミホノブルボンは寒門の生まれ。ここ3年で20.95億円稼いだ以上、そういうよくわからん連中は湧いてしまう。これは別に、誰のせいでもない。
だがメディアに関しては、東条隼瀬の責任である。やるべきことが他にあったとはいえ、後回しにしていい問題ではなかった。
なにせ、日本トゥインクルシリーズの悲願を達成したのだ。なんの報告もなしにスルーできようはずもない。
「排除してほしくない、自称でない方々はいるか?」
「いえ、そういう付き合いはありません。お父さんはなんと言うか……孤独を愛される方でしたので」
「そうか。ではこれからのことも考えて、根こそぎやってしまおう。背後関係の洗い出しや動機、実際のところはどうなのか。事後処理も含めて、URAにも協力してもらおう」
「URAに、手伝っていただけるものでしょうか」
「制度化された組織というのは自分より弱い物には徹底して強いから、まず負けはない。会見の……そうだな。独占配信を対価にして利用できるものは利用しよう」
ミホノブルボンは、スターだ。それもとびきりのスターである。
URAとしては余すところなくその知名度や、業績を利用したいだろう。
となれば醜聞の発生源になりかねない自称親戚の方々を、当事者以上の責任感を持って排斥してくれる。
「まあ、安心しろ。お前の将来にも関わることだし、全力は尽くすさ」
「将来、ですか」
「ああ。引退してからのな。まだそれなりに時間はあるが、一応考えておくにこしたことはない」
ミホノブルボンが考えなくとも、東条隼瀬としては今からかなり考えている。
ウマ娘とは、アスリート兼アイドルという危うさを秘めた存在である。そしてアスリートには影のように、その後の人生の失敗がついてくる。
若いうちから名声と富を得て、感覚が狂ってしまって破滅する。そういう例も、少なくない。
トレセン学園ではそういうことにならないための教育を施しているわけだが、教育するだけでそういうことが起こらなくなれば苦労はしないのだ。
3年が終わり、また新たな3年がはじまる。
そんな中であって、ミホノブルボンはそうそう喜んでばかりもいられなかった。
(マスターと、お別れする)
3年前までは、いないことが当たり前だった。
3年後には、居るのが当たり前になっていた。
あくびをしながらケーキの仕込みをしはじめる男の背中を見て、ミホノブルボンは思った。
では自分がトゥインクルシリーズの第一線から引退して、この人と別れて。
そして3年後、居ないのが当たり前になっているのだろうか。
将来。ミホノブルボンにとっては漠然としすぎてよくわからないもの。
そんなふわふわしたものに思いを馳せて、少し考えるのが嫌になって。
そして、ミホノブルボンはごろりとベッドの上で横になった。