ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
次回はRTAで完走した感想して、そして番外編としてのURA編(サイドストーリー)が続きます。
昨日忘れてたスペシャルサンクスは今日まとめて出します。申し訳ございません。
「東条隼瀬、帰還しました」
「うむ! ご苦労!」
明らかに十代前半。ブルボンよりも、当然ながらルドルフよりも幼そうな少女の前で見事な一礼を見せ、東条隼瀬は帰還報告を行った。
「何かと苦労をかけているようで。申し訳ございません」
愛想の無さも相まって、それはいっそ白々しいくらいの謝罪であった。
そもそも彼がフランスで1週間ほどちんたら――――その地の関係者に義理を通していたという仕方ない側面もあるとはいえ――――しているから、マスコミが『会見はまだか』と押し寄せてきているわけである。
これが一日二日のことであれば、押し寄せてくるマスコミが悪い。明らかにモラルが欠けていると言える。しかし1週間放置となると――――しかも、日本トゥインクルシリーズ開闢以来の悲願である――――これは明らかに放置した側が悪かった。
「無用! 我々としても力の及ばなさを痛感するところだ!」
「オグリキャップさんの時のようなことは、したくなかったんですが……」
オグリキャップはもともと国民的スポーツエンターテイメントであるトゥインクルシリーズの間口をさらに広げるような、一大ムーブメントを巻き起こした。
その結果当人の食事中に激写されたり、私生活にまで入り込まれたりという怒涛の取材攻勢の中で、あの健啖家の食欲が落ちた――――どんぶり飯10杯食べるところが5杯になった――――ほどのストレスを抱えることとなった。
今起こっているムーブメントはそれに勝るとも劣らない。やはり人間、エリートがエリートらしく勝つことを楽しむよりも、雑草が次々と下剋上を決めていくストーリーを好む。
別に貧家ではないが、寒門ではあるミホノブルボンと言うウマ娘が血統と距離の壁を打ち砕いて為してきた業績は巨大で、しかも段階的であるが故に感情移入のしやすいものだった。
1400メートルが限界と思われていたようなスプリンターが、朝日杯FSの1600メートルで勝ち。
皐月賞の2000メートルで勝ち、日本ダービーの2400メートルで勝つ。
三冠路線最後を阻むは、それなりの貴門に生まれた漆黒のステイヤー、ライスシャワー。挑戦し続けてきた者と、挑戦し続けてきた者に挑み続けてきたウマ娘の決戦、菊花賞3000メートル。
皐月賞、ダービー、そして京都新聞杯で少しずつ着差を縮められて挑んだ決戦に辛うじて勝利し、寒門としては初めてのクラシック三冠の栄誉を――――それも無敗で――――掴む。
距離の壁を少しずつ破壊していった軌跡は、とてもたどりやすいものだった。だからこそ、人々はわかりやすく感動できた。
そして強敵難敵揃いのジャパンカップでスランプに陥りながらも日本を背負った走りを見せ、グランプリ・有馬記念では復活した天才トウカイテイオーと激闘の果てに勝利。
シニア級になってからは大阪杯から始動し、最強のステイヤーことメジロマックイーンと最大のライバルライスシャワーとの戦いに終止符を打つ。
そして宝塚記念では無敗の三冠対決という、もう二度と見られないかもしれない夢のレースの果てに、最後の直線でスプリンターとしての天稟を活かして勝ち、海外へ。
そこで日本トゥインクルシリーズの悲願を手にし、帰ってくる。
ミホノブルボンは、ちゃんと段階を踏んで下剋上をしていた。だからこそ観客も『次こそだめか』『だがいけるんじゃないか』と信じられたし、少しずつ自分のできる範囲を広げていくさまに自己投影ができたのだ。
これは地方で無双して中央へ殴り込みをかけ、そのまま無双し、ライバルとの激闘を繰り広げて有馬記念で奇跡を見せるオグリキャップの描いた軌跡に勝るとも劣るものではない。
「私としても、少し負担をかけすぎてしまったと思っています。理解してくれていることに甘えていた」
サイレンススズカにとって、そして何よりも自分にとって、義理を通すことは大事だった。だがミホノブルボンにとってはどうか。
そんなことよりもこの騒ぎを鎮めてほしい――――とまでは思わないにしろ、2番3番に回されていたのは確かである。
よそ行きの一人称を使いながら、東条隼瀬は複数のウマ娘を担当するということの難しさに気づきつつあった。
なにせ、たった一回でこれなのだ。行動に優劣をつけることは仕方ないにしても、ケアや配慮が必要になるし、年単位、あるいは月単位でその優先順位の優劣が均等になるようにしなければならない。東条ハナという彼の師匠の偉大さを痛感するところである。
「うむ……まあ、仕方ないと思う。なにせ君が為した業績は巨大で、しかも前例がないものだからな! 優先順位をつけること自体ができない。そういう意見もある」
サイレンススズカの所属に関して有耶無耶にすれば国外との関係がこじれる可能性があった。あの偉大な、アメリカの誇るウマ娘――――実際の彼女はハーフであるわけだが――――を適当に扱うな、と言われる可能性もあり、フランスのURAから『勝手に持ち帰るな』と抗議が来る可能性もあった。
東条隼瀬の選択は、全体を俯瞰して見るとベターだった。ただミホノブルボンを通してみると、ベターですらない。
身体が2つあったらどうにかなっただろうが……と益体もない考えをし、彼はふと納得した。
(こう考えてみるとサブトレーナーという制度は理にかなっているな)
たとえ今サブトレーナーが居てくれたとしても、巻き起こったことの対処を委ねることはできなかった。多分指示する時間もなかっただろうから。
だが、それでもマシになっていたのではないか、と思うのだ。
「ともあれ、身体を休めるように! 新年度からは――――いや、まだ言うことではないが、君の持つ役割は更に重要度を増す。問題解決に勤しむのもいいし、それは当然のことだが、資本たる身体を静養して病気の無きように頼むぞ!」
「承知しました。では私は千葉に行ってまいります」
理事長からの結構な無理難題――――義務を果たすべく頑張ってくれ。だけど無理はするな、という――――を再確認させられながらも、東条隼瀬はめげることない機械のような冷静さで次にやるべきことのために動き出した。
まあ静養するにしても、アテはある。そして埋め合わせにもなる、はずだ。自意識過剰でなければ。
「千葉。御実家に帰られるのですか?」
「はい。いやまあ、他にも色々と……やることがありまして」
自分の質問をのらりくらりと躱しつつ去っていく背中を見て、秘書のたづなは理事長の方を振り向いた。
「当事者でもなく利益も求めず、趣味で革命戦争を二度も引き起こしたときは凄まじい人だと思いましたが、結構常識的なものですね」
オグリキャップの変、マル外の変。
要はクラシック登録の是非に関して、東条隼瀬はめざまし過ぎるほどの活躍を見せたということを、彼女たちは先代から聴いていた。
あいつとルドルフは敵に回すもんじゃないよ、ということも。
そしてどんなことがあろうが自分の正しさを貫き通すその姿は暴走したら相当に厄介なことになるであろうことも。
無論彼がウマ娘を大事に思っているからこそキャリアをなげうつ勢いで革命戦争を起こしたことは知ってはいる。
そしてその動機に賛同できるし、行動も支持する。しかしそれはそれとしてどうにも危なっかしい、というのが駿川たづなの下した評価であった。
「しかし! 能力に関して疑いの余地はない! 人格はともかく! 切り札とするには申し分ないほどに!」
「私が危惧するのはその正しさと正しさを貫く狂気じみた意志力で、復活しつつある彼女の精神が粉砕されてしまうのではないかということです」
彼は世間で言われているような弱者の味方でもない。そして強者の敵でもない。
東条隼瀬は、理不尽の敵である。
「それはまあ……うむ……」
来年、どうなるか。
二人の思考に影が差すが、考えてどうにかなるものでもない。
極めて優秀であり、そしてウマ娘に対して誠実で真摯な男は信用できるが、その人格的な危うさから信頼するにまでは至らなかった。
まあその懸念は懸念のままに終わるわけだが、メディアが望んでいるものを察知して対応し、クリスマスまでに丸く収めてみせたその手腕は傑出している。
オグリキャップのときにも、マル外騒動のときにも、世間を巻き込んでからマスコミを一時的に管制してのけた手腕からもわかるとおりに。
それもまた、確かなことだったのである。
「なんとか終わった」
「おつかれさまです、トレーナーさん」
「ああ……」
無論目の前にいる栗毛のウマ娘との約束があったからこそ無理にでもクリスマスまでに片付けられるように、なんとか頑張った。
それに、クリスマスには有馬記念があり、有馬記念には主役が居る。
それまでにはなんとか収拾をつけたかった。別にあのクソガキがクソガキ自身のしくじりのせいで主役になれないならばともかく、自分のヘマでその座を追いたくはない。
スズカから渡されたおしぼりを目蓋に乗せかけてその灼熱地獄というべき熱さに気づき、摘んで空気を孕ませて冷ましながら畳み直して改めて乗せる。
「すみません。私のことで色々、苦労をおかけして」
「もう一度」
「はい?」
「俺はもう一度でいいから、君がもたらす苦労を背負いたかった。それこそ、買ってでもな。だから疲れているように見えて、結構いい気分なんだよ、俺は」
『私のことで』というより、これは俺の尻拭いというべきだと反論を用意する前に、そんな本音が口をついて出るあたり、相当疲れていたのだと、後に彼は自らの言動を省みて思うことになる。
ともあれスズカが尻尾を揺らしながら耳をぺたんと伏せさせ、やや俯いてもじもじしているのを完璧に見逃していた――――目蓋を閉じてタオルを乗せていたため――――男は、ガチャリという扉の開閉音を聴いて身体を起こした。
「マスター。ミッション『お買い物』コンプリートいたしました。引き続き『お料理』に入りますか?」
「ああ……じゃあやるか……」
伸びをしながら喋るとき特有の途切れ途切れな発声を終えて、東条隼瀬は思いついたように隣を見た。
「そう言えばスズカ。お前、それなりにできたはずだな」
「一応……ですが、トレーナーさんほどではありません。あれからあまりそういう機会もなかったので……」
料理を、という主語を頭の中に置き忘れた問いにもかろうじて対応してみせる臨機応変さを見せ、立ち上がる。
「じゃあ――――」
「でも」
他のことをやってもらおうかな。
あるいは、そこらへんを走ってきたらどうだ。
そう言おうとした彼の言葉を遮ったサイレンススズカは手を口元にまで持ってきて、いたずらっぽく笑った。
「私も、この苦労を買いたかったんです。いくら出しても、どれだけかかっても。だから、手伝わせてください」
「となると、実に遠回りをしたな。お互いに」
「ええ。ですがそれがたぶん、一番の近道だったと。そう思います」
それはその通りだと、東条隼瀬は思った。
すべての物事が――――運すらも味方につけた過程を走ってきた結果、今がある。
(俺はかつて、全てを支配したいと思った)
運すらも、管理したい。その欲望は限りなかったし、今も心の奥底にある。
(だが案外、できているのかもしれないな)
少なくとも、今は。
怪力を活かして材料をキッチンに積んでいくミホノブルボンと、あまりの大量さに『うそでしょ……』してるサイレンススズカを見て、笑う。
「マスターの表情からステータス『笑顔』を確認。なにか嬉しいことがあったと推定」
「え!?」
くるっと振り返るサイレンススズカの視線の先には、いつもの彼の顔。
「うそでしょ……」
「うそではありません。後に画像データとして出力、共有を図ります」
ああ……これはその、口癖で……みたいな説明をしている二人を見て、また笑う。
「そろそろ、はじめるぞ。もうそんなに、時間はないんだからな」
ブルボンの頭をくしゃくしゃと撫でて、スズカの手を引く。
目の前に積まれた大量の食材をどう処理するかを考えながら、東条隼瀬は不敵に笑った。
スズカ√は
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