ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
エピローグ:今年のルドルフは若い
隼瀬は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のURAを除かなければならぬと決意した。
隼瀬には人の機微がわからぬ。隼瀬は、愛嬌×である。言葉の毒を吐き、野生のライオン丸と遊んで暮らして来た。けれども理不尽に対しては、人一倍に敏感であった。
蠱毒としか言いようのないURAファイナルズを終えた男が何故こうも怒っているのか。それには彼なりの理由があった。
理由はあったが、まずは発端から見ていこう。
「年度代表ウマ娘は、ミホノブルボンですか」
東条隼瀬なる人格的歪曲の甚だしい兄を持ったことを恨むでもなく、その才智を心から尊敬している弟――――東条鵲瀬は、東条家らしい青みがかった黒髪を撫でながら言った。
「当然だろう。春シニア三冠、しかも凱旋門賞制覇。URAファイナルズは日本シリーズのようなものだから勘案するわけにはいかないが、なんの疑いの余地もない」
「それに関してはまあ、よろしいかと思います。ですが、この……」
兄の狂直というべき理屈への固執を思いながら、東条鵲瀬は口を開いた。
「授賞理由が凱旋門賞というのは、どうなんですか」
「それ以外になかろうよ。なにせ凱旋門賞というのは我が国のトゥインクルシリーズの悲願なのだからな」
「しかも銅像を建てようとしているらしいじゃないですか」
「ああ。京都レース場がいいと思うのだが、どうだ」
「銅像なんかを建てられて喜ぶのは、精神に贅肉を蓄えて自己が肥大化しているからだ!、と言うでしょうね。まあやるならやるでいいと思いますが、やらない方がいいかと」
「お前も結構言うなぁ……!」
剣呑な――――人間関係の潤滑油たる愛嬌というものがおよそ存在しなさそうな雰囲気をまとう兄とは違い、この弟は如何にも温和そうな雰囲気を纏っている。初対面の人とうまくやれるという、広報部としては喉から手が出るほどにほしい能力を持っている。
だが、サラリと毒を吐く。こういうところはやはり、血なのか。
などという話をしたあと咳払いをして、東条鵲瀬は改めて脳内で言葉をまとめた。
「おとなしく春シニア三冠を授賞理由にして、特別報奨金という形で大々的に凱旋門賞というものの意味を大衆に理解させる。そういうわけには、行きませんか」
「だが年度代表ウマ娘の発表への注目具合は群を抜いている。そこで視聴をやめる層も多い。そこでバーッと発表してしまった方が宣伝効果を見込める。そうではないか」
「そりゃあそうですけどね。我々は日本のトゥインクルシリーズのウマ娘を対象に表彰しているわけです。現に過去4年間、サイレンススズカは年度代表ウマ娘には選ばれていません。過去を見渡してみても、欧州三冠のウマ娘が我が国の年度代表ウマ娘に選ばれた試しはありません」
世界で一番偉大な業績を残したウマ娘を表彰するのではなく、日本で一番偉大な業績を残したウマ娘を表彰するというのは、日本のトゥインクルシリーズを主催するURAとしては当たり前のことである。
第一、トゥインクルシリーズ開催国としては辺境もいいところの日本で表彰されて嬉しいとも思えない。
そんな辺境の地平から化け物たちが漏れ出しつつあるわけだが、URAの職員たちからすれば未だに日本は辺境だと自認するところだった。
「君の言葉を借りるが、そりゃあそうだ。だがミホノブルボンはデビューから国内で走っているじゃないか。春シニア三冠も達成し、その上で凱旋門賞に挑み、勝った。となると受賞資格は充分にあるだろう」
「ありますよ。そりゃああります。ですがそれに至った理由が国外のレースというのは、やや矛盾している。あくまでも国内の実績で受賞者は決めるべき。でなければ過去4年との整合性が取れない。少なくとも兄はそう思うでしょう」
「整合性どうこうというのはひとまずそうだが、思うにしても行動に移すものかな。年度代表ウマ娘とは歴史と権威ある神聖なものだし、2年連続での受賞となればあのシンボリルドルフに並ぶ。自分が育てたウマ娘が栄誉を得られるというのに、自らそれを叩き壊しに来るだろうか。自分にも栄誉と利益があり、そして自分の育てたウマ娘にも栄誉と利益があるのに」
ああ、この人はわかっていないのだな、と。東条鵲瀬は嘆息した。
そんな一般的な――――理性的で利益を求めるような物の尺度で動いているのならば、兄はもう少し器用に生きられたはずなのである。
シンボリルドルフの夢を曖昧に肯定しつつその夢の後押しとなる栄光を共に掴む。
掴んだあとはそういう厄介なものからは距離を置き、シンボリルドルフと共に建てた実績を喧伝して回る。そしてURAとコネを作って間違っても反抗などせずに立ち回る。
愛嬌というものがなくとも、兄が徹頭徹尾理性で動く人間ならばそれができた。
だが、どうだ。世間はシンボリルドルフのトレーナーは東条ハナであるという認識のままだし、URAとは2度も衝突しているし、夢の実現のために最大限協力している。
サイレンススズカに関しても、そうだ。
理性的であれば怪我した時点であれ程気に病むこともない。
そしてアメリカで復活したと言うニュースを聴いて『俺が翼を折らなければ、こんなことにはならなかった』などとつぶやく暇があれば、再度スカウトをかけるはずである。
理性的に見える感情の人。
人格的な得体のしれなさ、梱包と中身のブレ。彼を見て感じる不快感とかそういったものは、この一言で言い表せる。
「やめたほうがいいと思いますが」
「だが、凱旋門賞制覇自体がもう無いかもしれないのだぞ。少なくとも初の凱旋門賞制覇はもうやってこない」
「初に関してはそうですが、案外近くまた制覇するかもしれませんよ」
そう言いつつも根拠はなく、かつ反論したとしても覆すだけの権力がない。
その場を辞して、東条鵲瀬は『兄は怒るだろうなぁ』と思い、かつ覚悟した。そしてその覚悟を必要とする現実は、即座にやってきたのである。
「許せん。バカにしている」
「うん……」
お前ならわかるだろう、ルドルフ。
そう言わんばかりの愚痴に、ルドルフはひどく曖昧に頷いた。
シンボリルドルフは東条隼瀬の味方である。たとえ世界全てが敵に回っても味方でいてやりたいし、そうありたいと思っているし、現に今までそうしてきた。陰に日向に、気づかれることもなく。
(しかし難しいところだ、これは)
東条隼瀬は、正しい。
何故バカにしているというのか。なぜここまで怒るのか。
それはURAが他国のレースを嫌に高く見て、国内のレースを低く見ているのがありありと、この事前に通達された授賞理由には表れているからである。
URAは、日本のトゥインクルシリーズを開催している。それなのに、自分たちが抱えるウマ娘たちの強さを信じていない。最も自らが抱える人という宝の重要さを知り、誇るべき機関が、誰よりもその誇りを貶めている。
なにせ、凱旋門賞よりも、春シニア三冠が劣ると。無自覚に、かつ当たり前に、彼らはそう断じたのだ。
大阪杯は楽勝だった。
だが天皇賞春はどうか。ライスシャワーと、メジロマックイーンと競い合って、そして勝った。ライバルを打倒して得たあの栄冠が、凱旋門賞に負けるとは思わない。
宝塚記念における皇帝との戦い。日本最高クラスの実力を持つ両者が繰り広げたレースは、凱旋門賞に劣るものではない。
楽勝だった大阪杯はともかくとして、2つを合わせれば、当然凱旋門賞にも勝る難易度であるし、より優れた輝きを放つ栄冠であるはずだ。なにせ、2個なのだから、1個より上であろう。
バカにしている。
ミホノブルボンが得た栄冠を、そしてなによりも春シニアのGⅠ戦線に勝利を期して挑んだウマ娘たちの努力を。
正当に栄誉を掴んだミホノブルボンを、間違った理由で表彰する。それは、理屈に合わない。
正当な栄誉は正当な理由のもとに、正当な表彰を受けるべきなのだ。歪んだ表彰を受ければ、正当であったはずの実像そのものが釣られて歪みかねない。
そういうひどく理屈的ながら根底は感情的で繊細な感性は、実に彼らしい。そもそも彼は無神経に、外部から価値の上下を決められるのが嫌いなのだ。
(なるほど、深く見てみれば腹は立つ。だがこれは私が敗者であるからかもしれないが、理屈を並べ立てられたのみならば納得もできる。しかし感情の面では……)
納得し難い。
だが聡明なシンボリルドルフには、わかっていた。日本トゥインクルシリーズが海外への挑戦の歴史であり、その集大成が凱旋門賞だということを。
そしてその集大成を大々的に表彰したいというURAの心理を。
まあただ、やり方がまずかったのは事実である。あの色褪せない激闘の記憶を無自覚に、無意識に踏みにじられたというのは、当事者であればこそ許せるものではないのだろう。
これはうがった見方であるとすることもできるが、どうなのか。実際のところはわからない。
「その事前情報は誰から聴いたんだい?」
「弟」
「なるほど、となると一次情報か……」
そして今自分が聴いているのは、二次情報ということになる。
そう言う空気があったことをそれとなく伝えられたのか、あるいは直接聴いたのか。彼は推論に推論を重ねて根拠なく悪意を信じるタイプでもないから、おそらくはそのあたりだろう。
(それにしても怒っている。しかもいつもより深く。おそらく……いや間違いなくこれは単にURAの無神経さに対してのものだけではない)
少し頭を回して、シンボリルドルフは閃いた。
「まあ、発表されていないことに対して大規模な抗議運動を起こすわけにもいかないだろう。俺のつてからそれとなく意向と意思を伝え、再考を促す。俺にしたって現在URAを利用しているわけだから、そう強く出るのも義理を欠く」
なるほど。どうやら、結論を出すためではなく、出した結論を検討してもらうために――――あるいはもっと単純に誰かに聴いてほしかったがために、彼はここに来たらしい。
「そのあたりだろうな……と、それにしても」
「それにしても?」
「君がそんなに怒ってるのは、あれだな。無神経さもそうだが、ミホノブルボンの栄光を汚されたからだろう。違うかい?」
「……そうかもしれないな。いや、そうだ。おそらくは」
君が特定の個人のために怒るのはそう珍しいことじゃない。だが今回はその色彩がいささか異なるのではないか。
君は今まで理不尽に抗うとき、必ず第三者として加勢していた。冷静さを欠かないように配慮していた。だが、今回は違う。ミホノブルボンという特定の個人が打ち立てた業績に感情移入し、そして汚されたくないものだと個人的に思っている。
それはURAの広報に使われつつある凱旋門賞が、ミホノブルボンの意思に拠らない――――他ならぬ彼自身のための挑戦だからこそ、神聖視しているのではないか。
自分のワガママのせいで、ミホノブルボンが自ら選択して走った結果が色褪せてしまう。少なくとも、URAからは色褪せたものとして見られている。
それがたまらなく悔しくて、ここに来て吐露したのではないか。
(いや、それは理屈だな。それよりももっと単純に……)
より詳しく思考しかけて、やめる。思考の口を塞いだ、というのが正しい。
割り切っていても、祝福する心構えはできていても、悔しさはあるのだ。その特別な何かになる可能性は、自分にもあったはずだから。
「まあ、私からもそれとなく伝えておくよ」
「すまんな、いつも」
「お互い様だよ、トレーナーくん。それに君は、これからやっと休暇だろう」
「相伴に与るだけだがな」
温泉旅行からの、3年目を終えてこれからのプランを説明するための親への挨拶。
そういうことに、なっている。
「それにしても君には君なりの考えがあったのなら、なぜ私に相談しに来たんだ? 無論相談してくれるのはありがたいし、頼られるのは悪い気分じゃないが」
「お前と話していると思考がまとまる。それに――――」
「それに?」
「来年は……いや、もう今年かな。とにかく、次はお前がそうなる」
相変わらずなんの根拠も示さない断言である。だが『東条隼瀬が無責任にも保証する』というそれ自体がシンボリルドルフにとっては大きな証拠であり、確証を持てる材料になりうる。
それを彼は知っているのか、どうか。
「まあ、現在図らずも全盛期を迎えつつあるから、私は。もっとも――――」
衰退前の最後の余光というべきだろうが、と。
もう結構な期間第一線で活躍していることと、うちに秘めた爆発的な力と折り合いをつけるためには精神的な若さが必要であることを知っているシンボリルドルフは、少し寂しげに呟いた。
「いや、お前は永遠に全盛期だよ」
「相変わらずだな参謀くん!」
結構いい感じに変化したのにそこは変わってないのか!
キレッキレなツッコミを披露しながら、彼女は笑った。
底抜けに信頼されているというのは重みにもなるが、その重みが今は心地よかったのである。
141人の兄貴たち、感想ありがとナス!
198人の兄貴たち、評価ありがとナス!
エピローグは短いです。