ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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エピローグ:3年後の私

 以前手に入れた福引の特賞の消費、3年間を駆けてきたが故の疲労の解消。

 このあたりを目的に、温泉旅行は計画された。

 

 当てたのだから、使わないともったいない。そういう世帯的な感覚は、金銭面において鷹揚さを見せる東条隼瀬にもある。

 

「どうやらこの温泉は単純温泉……一般適応症、神経痛、 筋肉痛、健康増進などに有効らしいです」

 

 サイトを閲覧してその効能などを確かめながら、ミホノブルボンは耳を外内に動かし、パタパタと尻尾を揺らしながら言った。

 

「マッサージ、アロマサロンなど全9種類のリラクゼーション施設が併設。夕飯は季節の食材を使った懐石料理です。 目玉は特選和牛の鉄板焼きとなっています」

 

 そんな彼女をちらりと見て、参謀はライスシャワーの初GⅠ制覇となったジャパンカップのレース映像から目を離して、ちらりと見た。

 いつもの柔らかそうな鉄面皮とは違い、やや口角が上がっている。

 

「楽しみか、ブルボン」

 

「はい」

 

 尻尾を見ればわかることをわざわざ訊く。そんな自分を見つめ直して、東条隼瀬は自らを笑った。

 

「俺も随分、口数が多くなったものだな」

 

 パチパチと、こちらを見る青い瞳の中で星が瞬く。

 ミホノブルボンはこの三年というもの、比喩でなく毎日、四六時中この男の側にいた。彼の変化はある日突然変わったと言うよりも徐々に変わっていったものであるから、彼女はそういった人格的変化に鈍感にさせられていたのであろう。

 

 パソコンから視線を逸して虚空に向け、口を半開きにした――――どうにもアホっぽい顔を晒しているミホノブルボンはおそらく過去ログを漁っているのだろうが、そうでもしないと気づかないほどゆっくりと、彼は変化してきたのだ。

 その変化をもたらしたのはきっと――――いや間違いなく、時折表情から爆裂に知性を喪失させる少女だった。

 

「過去ログデータ、出力完了。確かにマスターは私と出会ったときよりも表情の柔らかみが34%、口数が29%上昇しています。この変化は『三年間の経験』がもたらしたものと推定」

 

「結構明らかな結果が出たな」

 

「はい。ですが、私も同じく表情の柔らかみ・口数において指標の上昇を確認。自己を俯瞰できないため具体的な数値は出せませんが、これは……」

 

 少し、目をそらす。

 並の人間ならば気恥ずかしくなるほどまっすぐ、本当の意味で人の目を見て話す――――これは彼女が幼い頃、父に受けたオーダーを頑張って墨守しているのだろうが――――彼女にしては珍しい視線の動きだった。

 

「これは、マスターと私をつなぐ『目に見えないもの』。絆、信頼、言語化できない不確かなものが深く、濃く、太くなったからと……推測します」

 

 これまた珍しく、語尾が縮む。

 彼女は基本的に一本調子で話す。抑揚がないというわけではなく、必要な抑揚をつけつつ、話しているうちに声が大きくなったり小さくなったり、緩急をつけるということをしないのである。

 ルドルフなどは、それを良くする。しかも、意識的に。伝えたい箇所の前で音を絞り、伝えたいところでほんの少し音を上げて緩急を効かせる。大声で傾聴状態に入っている脳を驚かすことなく、沁み入るように話すのだ。聴かせている誰かの頭に強く残るように。

 

 シンボリルドルフは、言いたいことがわかりやすい。演説じみている。

 ミホノブルボンは、言っていることが聴きやすい。システムメッセージじみていた。このときまでは。

 

「推測か」

 

「はい。マスターは……どう思われますか?」

 

「俺は推測ではないと思う。というか、今思った。なぜなら、俺もそう思っているからだ。これが第三者を巻き込んだ問題であるならばともかく、一対一の人間関係ならば互いが同じことを推測しているのであれば、確信を持っていいのではないか」

 

 俺は推測ではないと思う。と言ったあたりでしょぼんとなった耳が、ハリを取り戻してピンと立つ。かなり激しく、凶器と形容していいほどの威力があると推測される尻尾がベッドをひっぱたいている。

 

「仲良しですね、マスター」

 

(精神年齢の退行が著しいな、こいつ。緊張から解き放たれたから、なのか)

 

 パソコンをベッドに置き、もう完璧に犬っころと化してトコトコ寄ってくる栗毛の少女の本来の姿がこれなのだろうと思うと、その精神的負荷が相当なものであったと推測できる。

 

 そう、これは推測だった。

 飼い主が帰ってきたときの犬のようなミホノブルボンの頭をわしゃわしゃと雑に撫でながら、温泉旅行の概要を見る。

 

 一泊二日である。

 泊まる旅館と日程が決まっているだけで、それ以外に特に決まっていない。

 

(骨休めに行くのだからそう予定を詰め込んでもよろしくない、か)

 

 旅館でだらだらと過ごす。

 彼には珍しい余白の多い計画を立てて、二人は夕方頃に旅館に到着した。

 

「マスター。鳥が飛んでいます」

 

(何故こいつは度々口をぽかーんとするのだろうか)

 

 バグかな。

 

 そんな思いと共に、『はえー』とでも言うように開いた口の中にバス内で食べるためのじゃがりこを突っ込んで、鳥を見る。

 やはり田舎だからか空は高く、空気は澄んでいる。実に楽しそうに、鳥が飛んでいるのもわかろうというものだった。

 

「ごちそうさまでした、マスター」

 

 カリカリもぐもぐとやっていたブルボンが、右手を前に突き出すいつものポーズで報告を終える。

 『HANRO』とプリントされたシャツの上から一枚白い上着を羽織り、脚のラインがよくわかるズボンを穿く。まるで中学生男子のようなファッションだが、醸し出される精神年齢との均衡が取れているからか、実によく似合っていた。

 

「今日の行動目的は?」

 

「疲労を抜くこと。羽を伸ばすことです」

 

「その通り。我々は実に頑張ってきた。これは自他共に認めるところだろう。したがってここでは成果に見合った蓄積を強いられた疲労を抜き、羽を伸ばし、来年からに備えることだ。わかるな」

 

「はい。オペレーション『疲労回復』を実行します」

 

 ひとつ頷く。

 ミホノブルボンは今季、8レース走った。去年に比べて1つ増えたことになり、なによりも海外遠征したという事実が疲労に拍車をかけている。

 彼女は実に頑丈な身体をしているが、それは疲労がたまらないということでもなければ怪我をしないということでもない。

 

 怪我につながる閾値が高いというだけなのである。

 

「よろしい。では風呂から出たら部屋で会おう。荷物は俺が運んでおく」

 

「では、帰りの荷物は私が」

 

「そうしたいならそうするといい」

 

 ガラガラと両手に荷物を持って旅館の一室に向かっていく背中を見つめて、ミホノブルボンは左手に抱えた着替え一式を見てから温泉の方へ歩き出した。

 無垢なままにここに来ては『ステータス:迷子』になる可能性もあったが、ちゃんと色々調べてから旅館へ来ている。その部屋割・温泉への道はきちんと頭に入れていた。

 

「身体はどうだ」

 

「少し軽くなったような気もしますし、重くなったような気もします。現在のステータスは『眠気』と推定」

 

「では寝るといい。食事になったら起こしてやろう」

 

 敷かれた布団の上で胡座をかき、パソコンを開いてなにやら書き始める男の隣に布団を敷いて、ミホノブルボンは掛け布団をミノムシの蓑のようにして横たわった。

 

「マスター。ここで寝てもよろしいでしょうか」

 

「お前、断られることを想定していないだろう」

 

 散々無断で用意しておいてよくもまあ。

 半ば笑いながらそう思い、視線をちらりと部屋を区切る障子に向ける。

 一応この部屋は障子で区切られている。だから障子を挟んで左でミホノブルボンが、右で東条隼瀬が寝られるようにと、そうなっているわけである。

 

「……マスターの側にいたいと、そう思っています」

 

「まあ別にいい。好きにしろ」

 

 ぺこりと頭を下げて、もぞもぞと布団の中に顔を埋めていくミノムシブルボンの耳だけがぴょこりと布団の蓑から顔を出している。

 耳にオーダーが入れば即座に意識を覚醒させることが出来る彼女なりの配慮だろうと知りつつも、いかにも奇妙な光景ではあった。

 

(3年後)

 

 布団にくるまれながら、ミホノブルボンは思いを馳せた。

 3年前の自分は、今の自分の姿を予想してはいなかった。だから3年後の自分を、今の自分が予想できるはずもない。

 

 マスターは言っていた。引退後のことも考えておこう、と。

 彼はトレーナー。自分はアスリート。引退したら、関係はそれで終わり。卒業して、時々会う。それだけの関係になる。

 

 それは、想像できない。したくない、と言い換えたほうが適切かもしれない。

 

「起きろ」

 

 ぐるぐると埒もない思考を回しながら寝入ったミホノブルボンは、その一言で意識を覚醒させた。ごろごろと横に転がって布団の蓑を解き、立ち上がる。

 

「マスター。ミホノブルボン、起床しました」

 

「あと30分程度で食事だ。起き抜けで食事するよりも、多少身体を動かしてからのほうが良かろう」

 

「お気遣い、感謝します」

 

 布団に包まれていたが為にちょっと乱れた浴衣を直し、窮屈さに耐えかねたように尻尾が揺れる。

 

「少し散歩にでも行こう。旅館をぐるりと回るくらい、軽くな」

 

「はい、マスター」

 

 ぎゅっと、手を握る。

 自分の手を握ってくれたこの手は、いつまで握り続けてくれるのか。自分はいつまで、この手を握り続けられるのか。

 

 透き通るような黒曜色の空を見ながら散歩をしても、豪華な料理を食べても、ミホノブルボンのそんな疑問と不安は晴れなかった。

 

 ずっと一緒にいたい。

 その心が、家族としての――――父に向けてるそれと同じものなのか。そうではないと、ミホノブルボンは思っている。だがそこに確証はないし、確信もない。

 

 その気持ちに気づくとき、あるいは同一視をやめるときは、刻一刻と近づいていた。




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