ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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過去編IFことスズカチャート(https://syosetu.org/novel/270068/)の息抜き投稿。アオハルと言いつつ、不定期更新の日常編です。


日常編
アフターストーリー:休眠


「大した精神力だ。自分の管理不足でウマ娘を故障させ、あまつさえ引退に追い込む。俺だったら自決しているところを見事に生き延び、新たなウマ娘を担当している。管理の手腕に於いても、その緩急の付け方に於いても負ける気はしないが、再び立ち上がる精神力にかけては俺の負けだろうな」

 

 それはおそらく、純粋な称賛だった。心の底からの、自分が持ち合わせていない長所に対する称揚。

 だがそれが100%、表に表れるとは限らない。

 

「なるほど、わかりました」

 

 新たに着任した理事長代理の、徹底した管理主義をこそ至高とする挨拶を聴き終えての一言。

 それを聴いて、ミホノブルボンは耳を左右に揺らしながら頷いた。

 

「なにがだ?」

 

「マスターが絶好調である、ということがです。それもあらゆる面で」

 

「そりゃあ新年度くらいは絶好調にもなろうというものだろう。なにせ休みを終えた状態。すなわち、疲れていないのだからな」

 

 星の瞬くような瞳に冷気を満たして、ミホノブルボンは斜め前に立つ男の背中を刺し穿つように見た。

 温度にしてマイナス17度くらいありそうなそれを華麗にスルーするあたり、参謀と呼ばれる男の背中の皮の厚さが窺い知れる。

 

「論文の発表で各地を飛び回ることを休みというのは、寡聞にして知りませんでした」

 

「これから学べばいいことだ、ブルボン。お前はまだ若いのだからな」

 

「マスター。これは皮肉と言うものです。オペレーション『お休み』を提案したのに、マスターは午睡を貪ることすらしませんでした」

 

 ブルボン。休むために、俺の言う通りにタイプしてくれないか?と言われて、ミホノブルボンはふんすと了承した。

 その間、少なくとも身体は休めてくれると思ったからである。だがそんなことはなく、彼は口から一本目の論文の内容を話し、そして手では二本目の論文を書くという雑技団の曲芸じみた行為に及んでいた。

 

「鉄は熱い内に打て、と言うだろう。来年はちゃんと休むさ」

 

 来年も同じことを言ってそうだなぁと、ミホノブルボンは瞬時に思った。

 彼女はマスターとして仰ぐ彼のことを、能力的にも人格的にも信頼している。しかし信頼しているからこそ、見えることもある。信頼と盲従はイコールではないのである。

 

「マスター。私は今年休んでほしかったのですが」

 

「大丈夫だ、今年は暇だからな」

 

「サブトレーナーに戻るからですか」

 

「そう。二人ではチームは作れない。組織としては例外をそう簡単に認めるわけにもいかないであろうから、これは必然というべきだろう」

 

 見た目は吸収合併された形になるが、実質的には去年通り、個人に対する専属トレーナーのままである。もっともその個人が、今年はひとり増えるわけだが。

 

「ですがカノープスなどは3人でしたし、スピカも数年前は1人であったとか。2人でも問題ないのではありませんか?」

 

「結成時には5人だったのだ。例年ならお目溢しがあったかもしれないが、今年はな」

 

 アオハル杯がある。

 そもそも5人以上いないとチームを組めないというのが、アオハル杯があることを前提とした制度だった。

 その制度はアオハル杯が無くなってからというもの骨すら残らないほどに形骸化しきっていた――――5人未満になれば解散というルールは、今や公然と無視されている――――わけだが、今年からアオハル杯が復活した。

 

 よってその骨すら残らない制度がにわかに肉付きを取り戻し、墓から生き返ってきたわけである。

 

「……で、スズカは?」

 

「多分どこかを走っていると思われます。現在地の特定は不可能と推定」

 

 くるくると、謎の動力で動いている髪飾りが回り、右手を前に突き出すいつものポーズを取る。そんなブルボンはいつも通り、後ろからてこてこと付いてきていた。

 

「だろうな。まあ別に困ることもないし、それでよかろうさ」

 

「管理しなくてよろしいのですか?」

 

「誰にとっての不運かは知らんが、あいつは他者に管理されるような才覚をしていないのでな」

 

 まあそれはそうだろうなと、ミホノブルボンは思った。管理されるにも、才能が要る。少なくともその方面の才能に関しては、自分の方に軍配が上がる。

 

「昔の俺はよくもまあ、こんなことをやろうとしたものだとつくづく思う」

 

 日々、彼女の自由意思によって変化する脚の消耗具合や状況を常に把握し続けてプランを柔軟に変更する。

 まあできなくはないが、普通はやろうとは思わないだろう。管理する方が遥かに楽である。少なくとも、今の自分にとっては。

 

「ですがかつてのマスターにできていたのですから、今もできるのではないですか?」

 

「できないとは言っていない。やるさ。引き受けたのだからな」

 

 サブトレーナーは常に、トレーナーになることを夢見て働く。そしてトレーナーとして担当したウマ娘が重賞を勝つことを、ひいてはGⅠを勝つことを、更にはいずれかの三冠をとることを求めるものである。

 

 だが現実は必ずしも、夢のようにはいかない。トレーナーとして独立してもうまく結果を出すことができず、それを繰り返す都度心が折れ、サブトレーナーとしてトレーナー人生を終える。あるいは、地方に左遷される。

 そういうトレーナーも多いのである。故に彼が選んだ道は――――つまり、トレーナーとして成功を収めながらもリギルのサブトレーナーとして再び帰ってくるというのは、極めて稀なことだった。

 

「ということで、今季から新任のサブトレーナーになった。東条隼瀬だ。東条、挨拶」

 

「東条隼瀬です。よろしくお願いします」

 

 公私を分けるタイプの東条ハナのキッパリとした語気に押し出されるように一歩前に出て、東条隼瀬は4人のサブトレーナーと少数精鋭を謳う、見覚えのあるウマ娘たちの前に出て挨拶をした。

 

「彼には実績もあり、経験もある。更に言えば、これまで担当してきたウマ娘を引き連れての加入だ。故に彼にはそれなりの規模の分隊を率いてもらうこととする。異論があるならば聴きたいが……」

 

 ぐるりと、左右に視界を振る。

 サブトレーナーにもウマ娘にも、さしたる異論はなさそうである。こういうときはトレーナーというものが先輩後輩をあまり気にせず、ただ実績によって目上目下を決める残酷な世界であることが役に立つ。

 

 少なくとも未知を切り開いたという点において彼に勝る実績を持つ者はこの場にいないし、重賞勝利数にしても通算4桁を目指す東条ハナくらいしか対抗できるものはいなかった。

 

「ないようだな。ではルドルフ。お前がお目付け役をして、暴走すれば防げ。身体のこともあるからな」

 

「わかりました」

 

「そしてアオハル杯についてだが、さすがに私もそこまでは手が回らん。東条、お前に任せるぞ」

 

「安んじて、お任せあれ」

 

 頷き合う。ただそれだけで自分の職権の一部を移譲した東条ハナは、ルドルフを除いたウマ娘たちを朝練に送り出した。

 サブトレーナー内2人を残し、あとの2人は朝練に向かったウマ娘たちの監督に赴いたのだろう。

 

 聴く分には実に珍しいルドルフの敬語。

 興味深げに耳をピコピコさせるミホノブルボンを後ろに引き連れながら、東条隼瀬はいつも通りの部室に戻った。

 

 ワインを入れる革袋を変えただけ。あるいは、表札を変えただけ。

 ミホノブルボンと言う個人でトゥインクルシリーズという大海原を荒らしまわった戦艦が、リギル無敵艦隊の分艦隊の旗艦になった。その程度の変化であった。

 

「おかえり、参謀くん」

 

「ああ、ただいま」

 

 オフの間にそれなりに広くなるように改築された部室には、リギル本隊の部室と比べてもその広さからして遜色はない。

 しかし、ミホノブルボンとの3年間を過ごした面影が未だ多分に残っている。

 

 改築というよりも、増設と言ったほうが適切であろうその工事は、改築を提案された彼があえて頼んで行ったものだった。

 その理由は、よくわからない。なんとなく嫌だった。そんなふわふわとした理由である。

 

「アオハル杯の初戦は12月か。遠いな」

 

 因みに今は3月である。本来のアオハル杯は半年に1回、すなわち6月と12月に開催される。

 

「仕方ないだろう。半年でチーム戦をできる程の規模にせよと言われてできるチームはそう多くはないし、そのそう多くはないチームにしてもチーム戦のなんたるかは半年では叩き込めまい」

 

「事前に戦略を立てればいい。要は3つの個人プレーが相互にうまく交錯するようにしてやればいいのだ。違うか?」

 

「それができるトレーナーは、そう多くはないよ」

 

 教え諭すようなルドルフの言葉に首を傾げつつ、参謀らしさを取り戻しつつある男はペンをくるくると左に回した。

 

「取り敢えず、有馬記念に出ないウマ娘を出走登録させるべきだろうな。負担がバカにならん」

 

 1年のはじめにローテーションは考えるが、その通りに行くことなど滅多にない。

 参謀としては無論その通りにいかせることが自分の使命だと思っているが、実のところ彼はそれほど自分の才能を信じていなかった。

 

「では、長距離は私がやろうか。自薦になるが、なかなかのものだぞ」

 

「助かる。が、いいのか?」

 

 有馬記念は。

 そういう意味を含めた言葉を正確に読み取って、シンボリルドルフはクスリと笑った。

 

「3度目を欲する程飢えてはいないよ、私は。今年の予定は海外挑戦くらいなものだし、アオハルの最長距離は2500メートルから3600メートルだと聴く。どうブレても、私であれば対処できると思う」

 

「そうか。ではあとはどこで2勝するか、だな」

 

「あと2勝でいいのかい?」

 

 どうせなら全勝しようじゃないか。

 そういった意味を含めた問いだったが、参謀は珍しくその意味を取り違えた。

 

「誰かさんのおかげで長距離の勝ちが確定したからな。あと2つでいい」

 

「おや。これは万が一にも負けられないな。君の信頼を裏切ってしまう」

 

 からかい気味に言った皇帝のアメシストの瞳に、鋼鉄の瞳から漏れ出る絶対的な信頼が触れる。

 少し緩んだ頬を引き締め直し、彼女はぐぐっと口角を下げた。

 

「万が一を許さないからこそお前は絶対なんだろう、【皇帝】」

 

「――――ああ、もちろんだとも。私は【皇帝】シンボリルドルフ。万が一を潰す杖も、今や我が手の中にある」

 

「おや。これは万が一にも負けられないな。お前の信頼を裏切ってしまう」

 

 彼女が言ったことをそのまま返し、意趣返しとばかりに笑い合う。

 

 ではな。

 ああ。

 

 軽妙に挨拶し合い、それぞれの仕事へと別れる。

 入れ替わるように入ってきたサイレンススズカは、やや頬を上気させながら脚を緩めた。

 

「おはようございます、トレーナーさん」

 

「おはよう。では、見せてもらおうか」

 

「はい」

 

 差し出されたのは、バンドで脚に括り付けていた万歩計めいた機器。何歩ではなく、何キロ走ったか。

 数値化されたそれを見つつ、スズカの脚を触診する。

 

「よし、わかった。今日のメニューは昼にでも渡そう。それまでは座学だ。お前がいない間に出てきたマイル路線の豪傑たちの情報はまとめてあるから、見直しておけ」

 

「わかりました……けど」

 

「けど?」

 

「自由に走っても、いいんですか? 少し抑えることもできますけど」

 

 それはまったくもって彼女らしくない気遣いだった。少なくとも参謀としてリギルに所属していた頃の東条隼瀬と組んでいた彼女は、自我と欲求を抑える気など微塵もなかった。

 

 走りたいから、走る。

 悩むことはあっても、基本的な行動原理は揺らがなかった。

 

「これ以上、俺のせいでお前からお前らしさを奪いたくない。好きにやれ」

 

「……はい」

 

 嬉しそうに。

 しかし少し遠慮がちにそう返事して、増設された部室内のパーソナルスペースに帰っていく。

 

「で、ブルボン。お前は今年出せるレースは多くて4つだ。そして3つは既に出た。つまり残りはひとつとなる。理由は言わなくともわかるだろうが」

 

「脚の疲労ですか」

 

「そうだ。お前はジュニア王者になり、クラシック三冠になり、春シニア三冠になり、そして凱旋門を制し、URAファイナルズも走った。お前だからこそ、このローテーションをこなせたと言える」

 

 酷使に耐え得る頑丈さというものを、ミホノブルボンは持っている。もっともその天性と思われがちな耐久力は、彼女のお父さんとの二人三脚によって得られたものであるわけだが。

 

「しかもただ走ったわけではない。ダービー以後は死闘に次ぐ死闘の連続で、それはただ走るだけでは語り尽くせない負荷となっている。練習は現状の維持に努めて、身体を休める1年になる。それでいいな?」

 

「はい」

 

 ライスシャワーは菊花賞と天皇賞春の死闘の後にかなり休んだ。

 しかしミホノブルボンは同じ死闘を経験しながらも平気な顔して走っていた。それはひとえに彼女が頑丈だからであるが、それは疲労がたまらないというわけではないのだ。

 

「俺は最初の2年間でお前に相当無理な練習をさせた。それはクラシック三冠を達成するために必要な無理だったから、今更後悔する気はない。が、今のお前には粗が多いのも事実だ。ここらで脚を止めて、基礎をしっかり固め直す。それも、お前にとっては必要なことだろう」

 

「わかりました、マスター」

 

 頷く。

 休むということを知らなかった彼女にとっては、またも未知の1年になりそうだった。

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