ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アフターストーリー:結成

「マスター。なにかお悩みですか?」

 

 ミホノブルボンはやや唐突にそう問うた。

 これまで部室は沈黙に包まれていた。シンボリルドルフは生徒会室を長く空けたくないからということで生徒会室に戻り、サイレンススズカの行方は杳として知れない。

 

 勇気を振り絞って相談に来てくれた娘たちに2度目を要求するのは難しい。

 何かが変わるかもしれないと来てくれる娘たちの勇気を無下にしたくないということで、基本的にシンボリルドルフは生徒会室を空けたがらない。

 サイレンススズカは部屋でジッとしているタイプではない。

 

 結果として、リギル分艦隊部室(仮称)にいるのはミホノブルボンとそのトレーナーである東条隼瀬だけ、ということが多かった。

 

「……悩み。悩みか」

 

「はい。具体的な問題解決能力はルドルフ会長には劣りますが、私でも聴くことくらいはできます。そして悩みとは案外、他者に漏らすことで解決したりするものです」

 

 確かにそれはそうである。悩みというのは本人の視野を狭め、思考を硬直化させる。しかし本人にとっては死ぬほど重要なことでも、他人からすれば驚く程に小さなものであったりするし、他人が違う角度から見た場合思いもよらない解決法が浮かんできたりする。

 

「……娘がな」

 

 マスターは結婚していたのですか。

 そしてあまつさえ娘もいたのですか。

 

 そんな砂嵐のような情報の津波にミホノブルボンのデータベースが押し流され、ド派手に大破した。

 

「思考内にエラー発生を確認。エラーが発生していると判断」

 

「大丈夫か、お前」

 

 普段はチカチカと光るいくつかの星を宿している青い瞳の中で、ブラウン管のようなスノーノイズが往来している。

 

 アグネスブルボン。

 そんな単語が湧いて、消えた。頭にいい感じな角度でチョップを入れたら直るだろうか、このポンコツサイボーグのエラーは。

 

「……はい、大丈夫です。どうぞ」

 

 頭をひっぱたかれずとも勝手に直ったポンコツサイボーグの眼はまだスノーノイズがスクランブル交差点のごとく縦横無尽に往来している。

 しかしまあ言動はともかく意識は元に戻ったということで、東条隼瀬は話を続けた。

 

「娘が欲しいんだ」

 

「娘、ですか」

 

「そうだ。お前みたいな娘が欲しいなぁ、と思っている。だが実際問題、俺の娘はとんでもない性格になるだろう」

 

 実際、この純粋培養サイボーグはたった3年でおおいに人格的影響を受けてしまっている。

 別にその成長を否定するわけではないが、『こいつ俺に似てきたなぁ』と思うのは一度や二度ではない。

 

「そもそも、マスターは結婚されていたのですか」

 

「いや。だから悩んでいるんだ。結婚する理由はやはりその相手を好きになり、一生を添い遂げたいと思ったからこそだろう。だが俺は娘が欲しいがために結婚したいと考えている。これは因果が逆だし、結婚する相手にも失礼だ。お前はどう思う?」

 

「……?」

 

 多少マシになったとはいえまだまだ精神的に幼いミホノブルボンがぽけーと口を半開きにしているのを見て、彼は相談を続けることを諦めた。

 構想力も実行力もないが事務処理能力は抜群なミホノブルボンというウマ娘を、これ以上エラー地獄に突き落とすわけにはいかない。

 

 そして悩みをぶつけた(本当にぶつけただけだが)が故に、東条隼瀬はそれなりに思考の余白を手に入れていた。

 

「犬でも飼うか……」

 

 十数年後にまた別れが来るのは辛いが、やはり犬はいい。とてもいい。

 前飼っていたのと同じ犬種で、できれば似たのを買ってこようかな……と思案する男の前に、再びエラーから復帰したサイボーグがぬるっと立ちはだかった。

 

「マスター」

 

「なんだブルボン」

 

「はい、マスター。私は常日頃からマスターの後ろについて歩いているからか、四足歩行イヌ科の生物……『犬』に同類として見られ、懐かれるということが多く発生しました。つまり実質犬のようなものです。なので新たに犬を飼わなくとも、私がいます」

 

 フンスフンスと犬宣言をするブルボンの頭をワシャワシャと撫でると、耳がご機嫌にピンと立ち、尻尾が縦に大きく揺れる。

 

「しかも、私の寿命は長いです。先代のように、マスターを悲しませることもないと思われます」

 

「確かに。理に適っている」

 

 第三者がこの場にいれば確実に『理に適っているのか?』とツッコミを入れたくなるような無法地帯っぷりの中で犬っぽい動作で甘えるブルボンと飼い主ムーブをする参謀。

 

「そーれ、とってこいー!」

 

「オーダー、受領しました。ただちに捕捉、返却動作を行います」

 

(なにをやっているんだあの二人は……)

 

 フリスビー代わりのCDROMをぶん投げて遊興にふける、ポンコツふたり(主な勝鞍:なんか色々)。

 そんな二人を見て呆れた眼差しを向けつつ尻尾を揺らしながら、シンボリルドルフは威風堂々とした貫禄を崩さないまま近寄った。

 

「トレーナーくん」

 

「どうしたルドルフ」

 

 どうしたもこうしたもない。

 余程そう言ってやりたかったが、この二人を混ぜてやらなければならないことがある。

 

「そろそろ会議の時間なのだが……」

 

「……ん、お、そうか。遊んでいると早いな」

 

「はい。とても有意義な時間でした」

 

 ちなみに、ミホノブルボンは3年間の授業を受け終えている。

 あとは取りたい授業を取りたければ取ってください、みたいなものである。ルドルフのように様々学びたいものがある場合は取るが、ミホノブルボンの場合はそこらへんにあまり興味がない。故に一週間の全部が全部というわけではないが、それなりに彼女は暇だった。

 暇でなければ授業をサボってトレーナーと犬ごっこをしていたことになり、割ととんでもないことになる。

 

「スズカは?」

 

「エアグルーヴが捕まえに行った。間に合うかどうかはわからないが」

 

「まあ仕方ないだろう。自由人だからな」

 

 自分の担当ウマ娘と犬ごっこしてるフリーダムさと比べると遥かにマシである。

 だがそんなことを言っても詮無きこと。シンボリルドルフは極めて大人な精神性を発揮して、何も言わずに芝にまみれたミホノブルボンと無数のCDを装備したアホを生徒会室に案内した。

 

「……はぁ、はぁ、会長……ゴホッ、はぁ……つ、連れてきました……!」

 

「おはようございます。ルドルフ会長」

 

 死ぬほど息を切らしたエアグルーヴが入室し、息どころか言葉の音程すら乱れを見せないサイレンススズカが後ろに続く。

 

「ご、御苦労。大丈夫……大丈夫か?」

 

「……は、い」

 

 右には疲弊しきった副会長、左には今の今まで遊んでいた参謀こと東条隼瀬。彼の横にはミホノブルボンとサイレンススズカ。あとはグラスワンダー、エルコンドルパサーらの姿もある。

 

 取り敢えずアオハル杯に出ると決まった連中を集めて、会議ははじまった。

 

「では、会議をはじめる。進行役は私、シンボリルドルフ。書記は……」

 

 疲弊しきって机に突っ伏しそうなエアグルーヴから視線を外して、シンボリルドルフはミホノブルボンの方を見た。

 

「ブルボン。頼めるかな?」

 

「はい。オーダーをいただければ、その通りに実行いたします」

 

「では、書記はブルボン。トレーナーくんは私の補佐に入ってくれ」

 

「わかった」

 

 エアグルーヴの実質的な脱落という中々なアクシデントにもめげずに役割を振り直し、咳払いを一つして話し始めるその姿には、まさしく【皇帝】と呼ばれるに相応しい臨機応変の才が見られた。

 

「では本日の議題だが……ズバリ、『チーム名』だ。諸君らの活発な意見と討論を期待する」

 

「会長」

 

「エアグルーヴ、なにか案があるのか?」

 

「はい。ユメガ・ヒロガリングスというのはどうでしょうか」

 

 瞬間、空気が凍った。

 エアグルーヴ。生徒会の苦労人担当。副会長の苦労性な方。2年前までルドルフの壊滅的なギャグセンスの下敷きにされ、しょっちゅうやる気を目減りさせられていた被害者。

 

 そんな彼女が出した案を、一同は無言で聴き入った。いや、何も声を出せなかったのかもしれない。

 

「……もう一度、いいかな? ブルボンも書き取れなかったようだし」

 

「いえ、書き取れています」

 

 空気の読めなさをしっかりとトレーナーから継承したミホノブルボンは、そう言ってしっかりとノートを見せた。タイプライターのような正確さ、字と字の間の均一さは読みやすいが、実に機械的であり個性がない。

 

 と言ってもそれは『均一生産品のようだ』という感想が浮かぶからこそで、機械的な人間という個性はバリバリ発揮されてはいたが。

 

「じゃあ私が聴き取れなかった。エアグルーヴ。もう一度頼む」

 

「ユメガ・ヒロガリングスです。夢が輪(リング)のように広がっていく、という高度にして瀟洒なギャグであると自負しています」

 

 シンボリルドルフのやる気が下がった。

 それは彼女が渾身にして懇親のギャグを言おうとし、見事に噛んだとき以来のやる気ダウンだった。

 

「あらー……」

 

「副会長こわれちゃったデース……」

 

「うそでしょ……」

 

 困ったように笑うグラスワンダー、正直なエルコンドルパサー、いつものサイレンススズカ。

 真面目に書記としての職務を果たすブルボンは無反応。となると、頼みの綱は。

 

「トレーナーくん! 君の意見を訊こう!」

 

「銀河帝国がいい」

 

「え?」

 

「チーム名は銀河帝国がいい」

 

 あーもうルナしーらない。

 

 そう投げ出したくなった己を厳しく律して、彼女はひとまずブルボンの方へ視線を向けた。

 

 それはあるいは、救援を頼むものであったかもしれない。しかしこのサイボーグは『ちゃんと書けています』とサムズアップをするだけで、何もしようとしなかった。

 基本的に性質がロボのそれなだけに、彼女は自分の職責を全うすることを考える。それはこの際、美点ではなく欠点だった。

 

「えー……そうだな。では、エルコ――――」

 

「ケッ!?」

 

「――――は、用意できてなさそうなのでグラスワンダー。どうだ?」

 

 流石の対応力を見せたシンボリルドルフに水を向けられて、グラスワンダーは迷った。基本的に彼女は自分で発案するよりも、よりベターな方を推進する立場にいるつもりだった。

 

 だが、それがこの体たらくである。

 推進者。なにが推進者か。自分の中にあったそれをビリビリと引きちぎり、事前にチーム名を考えてこなかったことを後悔しつつ、彼女はあくまでも当初の方針通りに動いた。

 

「ここは日本なのですから、やはり漢字はどうでしょうか?」

 

 ユメガ・ヒロガリングスだけはない。

 日本文化に傾倒しているだけにその意見の3割程は本心であったが、7割くらいはユメガ・ヒロガリングスへの恐怖が彼女を動かしていた。

 

「賛成してくれるのか、グラス」

 

「ええ。消……極的ながら」

 

 消去法ながら、と言いかけたのを慌てて軌道修正しながらも、ちょっと嬉しそうな参謀に向けてお愛想の笑いを向ける。

 こんなんでも彼女の脳はフル回転していた。もっとマシな名前はないものか、とである。

 

「ハイハイハイハイ! 半熟たまご! 半熟たまごがいいと思うデース!」

 

「エル。お昼ごはんの記憶からチーム名を引っ張り出すのは……」

 

 半熟たまごと納豆を混ぜ合わせ、そこにサルサソースをかけて食べる。

 文化の冒涜(※グラス視点)の極みをしていたそんな少し前の記憶が蘇り、そう窘めかけて止まる。

 半熟たまごは、ユメガ・ヒロガリングスと比べてどうなのか。

 

「……いいんじゃないでしょうか。ええ。身近で」

 

「ケ!?」

 

 グラスワンダーからのツッコミ待ちだったエルコンドルパサーが変な声を出しているのもつかの間、満を持してシンボリルドルフは手を挙げた。

 

「ターフクイーンズはどうだろうか。ターフに君臨する女王たち。

私達は、勝ってきた。そしてこのアオハル杯でも、栄冠も栄光も手に入れる。これから打ち立てるべき実績に相応しいと思うのだが」

 

「ルドルフ会長は……ターフクイーンズ。理由は――――」

 

 せこせこと書いていくブルボン。

 このカオスの権化のような会議の中において唯一不干渉で働いている彼女を引きずり込むように、シンボリルドルフは彼女を指し示した。

 

「ブルボンはチーム名を考えてきたかい?」

 

「はい。しかしその前に、訊きたいことがあります。マスターのチーム名の由来が、まだ発表されていません。他の皆さんは基本的にチーム名とその由来をお話しになりました。マスターにはそれがありません」

 

「……確かに」

 

 ユメガ・ヒロガリングスは、夢が輪(リング)のように広がっていく様子から。

 半熟たまごは、お昼ごはんから。

 ターフクイーンズは、これまで栄冠を掴んできた女王たちの連合だから。

 

 だが銀河帝国だけ、由来がない。

 

「マスター。由来をお聴かせ願います」

 

「中央トレセンのチーム名の由来は星から来ている。沖野トレーナーのスピカ、南坂トレーナーのカノープス、北原ジョーンズのシリウス。それら全てを呑み込み、内包する銀河こそがこのトレセン学園だ。そして我らはそこに無敵にして最強の帝国を打ち立てる。故に銀河帝国。これ以上はないと思った。皇帝がリーダーなわけだしな」

 

「それでいいんじゃないかしら。ユメガ・ヒロガリングス以外なら何でもいいと思っていたけれど、私はトレーナーさんを支持します」

 

「スズカ!?」

 

 まさかの親友の裏切りに差し切られるエアグルーヴを他所に、エルコンドルパサーも手を挙げた。

 

「チームの徽章はマンボ――――じゃなくて鷹がいいデース!」

 

「いいんじゃないか。鷲でも鷹でも」

 

 割とそこらへんを気にしない男が適当に認可を出したのを受けて、エルコンドルパサーは大きく頷いた。

 

「じゃあエルも賛成デース! グラス?」

 

「まあ、私も漢字を推していましたから……」

 

 ということで、賛同者は半数を超えた。

 そして議会には、皇帝と言えども逆らえないものである。

 

「……我ら銀河帝国、か。思い切り宣戦布告だな」

 

「勝てるだろう。お前と俺なら」

 

「そういう言い方は、ズルい。賛成せざるを得ないじゃないか」

 

 ユメガ・ヒロガリングス……となおも未練を残して議会に逆らわんとする女帝を宥めている皇帝を横目に見たあと、東条隼瀬は最後の一人へ目をやった。

 

「ブルボン。お前はどうだ?」

 

「賛成です。私はもともと、宇宙が好きなものですから」

 

 頷く。

 そしてこの瞬間、チーム名は決まった。改めてその名を口にし、【皇帝】が口を開く。

 

「では、我らはこれより【銀河帝国】だ。絶対的な専制で、並み居る諸侯を叩きのめそう」

 

 オー、と。

 なんだかんだ結構ノリのいい連中が腕を上げている、その最中。

 

「ユメガ・ヒロガリングス……」

 

 まだ諦めていない女帝の呟きが、熱気に溶けて消えた。




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