ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アフターストーリー:蹄跡

「ウマ娘というのは、2種類いる。勝ちやすい走りをするやつと、負けにくい走りをするやつ。これは脚質ごとにどうこうではなく、本人の気質の問題だ。駆け引きの癖、というのかな」

 

「癖、ですか」

 

 座り込んだバランスボールの上で一切微動だにせず、ミホノブルボンは隣に立つ男の顔を見上げた。その視線の先にはシンボリルドルフとナリタブライアンがいる。

 

「たとえばお前は、調子が崩れていても負けにくい。しかし、決め手に欠けるから勝ちにくい。スズカは決め手が強く勝ちやすい。しかし、調子が崩れると負けやすい。長所というのは裏返せば短所であるわけだ。これは攻めて勝利を奪う攻撃型と、守って結果としての勝利を手にする守備型と言い換えてもいい」

 

 ライスシャワーは間違いなく勝ちやすい、攻撃型であるとミホノブルボンは思った。あの後方からの追い上げ、一歩間違えれば即座に負けかねない刺客の如き一閃は、勝利へ手を伸ばしているが故のものだ。

 

 他のウマ娘も、だいたい区分がわかる。トウカイテイオーなどは、攻撃型。自分から勝利を手にするために仕掛けていく典型と言える。

 メジロマックイーンは、守備型。2年前の天皇賞春でも圧倒的なスペックでトウカイテイオーの仕掛けを完璧にいなし切って勝った。

 

 しかし、わからないのが一人いる。

 尻尾を伸ばしたり丸めたりしてうまくバランスを取りながら、ミホノブルボンは首を傾げた。

 

「ルドルフ会長はどちらでしょうか」

 

「本質的には攻撃型だ。だが守備型であることを好む。見てみろ」

 

 ハナ差。

 併走の結果、シンボリルドルフはほんの僅かな差でナリタブライアンの上を行った。

 

「……もう一本!」

 

「ああ、構わないよ」

 

 息を荒げ、血を吐くような懇願に近い再戦の願い。ナリタブライアンの本質の一部、強さへの渇望。彼女の中にいる怪物が、皇帝に向けて牙を剥く。

 

 そして次の併走でも、ハナ差。

 明らかに疲れているナリタブライアン相手に、結構余裕のありそうな――――少なくとも疲れを顔に出していないシンボリルドルフが、また互角。

 

「あいつは終盤に脚を緩める。最後まで本気で走り切ったのは菊花賞とジャパンカップと……あとは凱旋門賞くらいか。凱旋門賞に関しては負けていたから当然だと言えるが」

 

 レースを俯瞰的に把握し、ゴール板が見えると後続との差や距離を逆算して手を抜く。

 手を抜くと言うと聞こえが悪いが、ウマ娘の脚は消耗品。抜くべきところで抜けなければ、多くのレースは走れない。

 

 シンボリルドルフは取り敢えずクラシック三冠を手始めに、中長距離GⅠを制覇したかった。となると長く走る必要があり、本気を出すべきところで出し、出す必要のないところでは出さない。そういう技術がどうしても必要だったのである。

 

「まあそのせいで併走で鍛えることが難しくなったがな」

 

「……差がわかりやすいからですか」

 

 永遠に詰まらないハナ差。ほんの僅かな差に込められた、隔絶した実力差。

 彼としてもこれは伝聞になるが、皐月賞で共に走ったウマ娘の中には、あまりの差に自信を喪失してしまった者もいたらしい。

 

「そうだ。差は少しだと希望を抱かせ、そしてその差は永遠に縮まらない。あの独特の雰囲気もあるし、併走相手の心が折れてしまうからな。ただ……」

 

「この場合、そうではないというわけですか」

 

「……お前、頭いいな」

 

 その通りだった。

 シンボリルドルフは併走中、《仕掛けるぞ》という雰囲気を度々出している。

 それは傍から見ているならばともかく、共に走っているぶんには勘が鋭く、走る為に研ぎ澄まされた才能を持っていないと感じ取ることのできない兆候ではある。だがそのどちらも、ナリタブライアンは持っていた。そしてその度に仕掛けられても大丈夫なように加速し、そして肩透かしを食らうというのを繰り返していた。

 

 その肉体的な消耗と精神的な消耗。怪物じみた集中力と、研ぎ澄まされた勘と圧倒的な才能。最強の矛たる彼女の長所を駆け引きだけでひっくり返し、自らを傷つけさせている。

 

「単純なスペックならルドルフにも負けないだろう、が」

 

 経験の差はいかんともし難い。そしておそらく、ナリタブライアンはああいう細かさのある駆け引きに向いていない。頭の出来が、という意味ではなく、性格的に向いていない。

 

 4度の併走を見終えて長所と短所を見極め、東条隼瀬は作戦を決めた。

 

「ルドルフ、ありがとう。ブライアン、そこまでだ」

 

「まだ――――」

 

 そう喰ってかかるように言いかけて、止まる。雰囲気に反して小さな体躯を満たす闘争心の暴走を間一髪で抑えて、ナリタブライアンは首を振った。

 

「……いや、わかった。これまでだ。だが、明日もやらせてくれ」

 

「ああ、調整しよう。ルドルフもいいか?」

 

「私は構わない」

 

 ストレッチに向かうナリタブライアンの背を見送って、シンボリルドルフは小さく呟いた。

 

「私は長く走ってきたが、当人から併走を望まれたのは初めての経験だよ」

 

 シンボリルドルフの走りは、相手に畏怖の念を植えつける。

 

 畏敬するならばともかく、畏怖してしまっては直接対決に勝てようはずもないし、恐れて怖がるようでは次を望むわけがない。

 

「そして、君に併走を指示されるのも初めての経験だ。相手を慮って、君は決してやらせなかったからな」

 

「併走は確かに効率的な練習ではあるが、相手の心が折れかねない。それはお前の本意ではないだろう?」

 

「まあ、そうだ。だからこそ驚いたものさ。ブライアンと併走してくれないか、というのは」

 

「あいつは折れんさ」

 

「評価しているんだね、ブライアンを」

 

 そんな半音上げたような発声に参謀は疑問の視線を向けた。

 

(疲れているのかな、こいつ)

 

 シンボリルドルフはいつも落ち着いた調子で話す。演説するときにつける緩急を際立たせる為に、そして自分が纏う無意識の威圧感を薄らげる為。彼女はひどく落ち着いた、穏やかさを表に出した話し方をする。

 

 故にこういったほんの少しの変化でも、彼からすれば珍しいことであり、だからこそ気になった。そしてその結論として導き出されたのが、《疲労》だった。

 

 ガッツリ余裕ぶってはいるが心肺機能を酷使したのか。

 そんな勘違いをしている彼の視界の外で、ストレッチをしているナリタブライアンの耳がピクリと動いた。

 

「当たり前だ。あいつの才能は本物だし、心も強い。贔屓目に見なくともどちらもお前に比肩するだろう。第一、才能だけなら間違いなく姉を超えている。そんなのがなんの間違いか俺なんぞを頼ってきたのだから、俺としては使えるコネをすべて使い、振り絞れる労力をすべて振り絞る」

 

 才能を傷つけることなく、調子を落とさせることなく、怪我させることなく羽ばたかせるのが自分の仕事だということを、東条隼瀬は知っていた。

 トレーナーとしての色気――――自分の色に染めたいという本能的な欲求を自制し、才能の荒ぶるままに成長させる。それだけで、ナリタブライアンは歴史に蹄跡を残す優駿になれるだろう。

 

「改めて言っておくが、俺はお前の信者だ。その信者が御神体に比すると言っているあたりで、その評価の高さを感じてほしいね」

 

「言い切るな、随分と」

 

「言い切るに足る相手だからな。今競えば間違いなく、ブライアンはビワハヤヒデに負ける。なにせ経験が足りないからな。しかし、最後に勝つのはあいつさ」

 

「そうか。私としてはぜひ、それを本人にも言ってあげてほしかったな」

 

「別によかろう。伝わっているはずだ」

 

「うん。そうだね」

 

 うんうんと頷くシンボリルドルフから意識を離すと、ナリタブライアンはぬるりと立ちあがってその場を去りつつある。

 その背中を見て彼女のストレッチ内容を反芻し、東条隼瀬は声をやや大きくして飛ばした。

 

「ブライアン。1セットやってないぞ」

 

「……向こうでやる」

 

「まあ、ならいいが……」

 

 振り向きもせずにそう吐き捨てて早歩きで去っていく。

 そんな彼女はやる、と言ったらやるだろう。律儀に走って去るのではなく、早歩きで去っていくあたりを見ればわかる。

 

 野菜を食えといったときも『わかった』と言って拒否するのではなく、『いやだ』と言って拒否してきたウマ娘である。

 良くも悪くも正直で、嘘をつかないのだ。

 

「よく見ていたな」

 

「そりゃあそうだ。俺はあいつのトレーナーだぞ。向こうはどう思っているかは知らんが、完全に目を離すようなことはしな――――ブライアン!」

 

 視界の端っこ、若干前屈気味になってスパートをかけそうになった黒鹿毛が、ビクリと揺れた。竿立ちになり、手がステレオタイプなお化けのように前に突き出されたままに固まる。

 

「な、なんだ?」

 

「走るな。今加速しようとしていただろう」

 

「どういう視野をしてるんだコイツ……」

 

 ブツクサ言いながらスルッと角の向こうに消えていく。そんな背中を改めて見直して、東条隼瀬は少し申し訳なさげに呟いた。

 

「走り足りないのかな、あいつ。だがこれ以上走らせると、故障に繋がる。許可することはできない」

 

「そのことは彼女も理解していると思うよ。走りたかっただけで、走り足りなかったわけではない。私としてはそう思うな」

 

 その走りたくなった理由を作ったやつが良くも白々と。

 ブライアン本人がいればそう吐き捨てたであろう一言をさらりと言いながら、シンボリルドルフはバランスボールの住人となったミホノブルボンの方を見た。

 

「で、ブルボンは何をしているんだ?」

 

「私は体幹を鍛え直しているところです、ルドルフ会長」

 

「体幹。だが君は入学時点で固まった基礎をしていたし、体幹にも不足はなかっただろう?」

 

「マスターより『若干右に傾いている』という指摘がありました」

 

 そうなのか?、と。視線だけでそう問われた東条隼瀬は鉄面皮のまま、その意を察して頷いた。

 

「別に悪いことではないが、それでも放置していると傾き過ぎる。そして、傾き過ぎれば故障に繋がる。ということで、ここらで直しておこうというわけだ」

 

「右回りに適応しすぎるのもよくない、ということか……」

 

「そうだ。この写真を見ろ。右のすり減りが大きい。こうなると負荷が片方に集中する。集中すれば痛みが発生し、慣れない左に負荷を集中させるだろう。となれば、両方の足がおかしくなる」

 

 取り出したミホノブルボンらしき蹄鉄の写真。1年目3月、と書かれたものは均等にすり減っているが、時を経るごとに右のすり減り方が増している。僅かではあるが、そう見えないこともなかった。

 

「これは多くの強敵を右回りのコースで迎え撃ったからこそのものだ。彼女は右回りが得意になりたいと思い、得意になるべく身体が適応した。しかし、その結果特定の部位に負荷が強まることになった」

 

「よく見ているものだな」

 

 その裏には『私の世話をしていた頃はそういうことを言わなかったじゃないか』という疑問がある。

 別にサボっていたのかと疑いを向けたわけではなく、なぜ言われなかったのだろうという純粋な疑問。

 それに答えるように、彼はもうひとつの画像ファイルを開いた。

 

「これがブライアンの蹄鉄だ。履き潰されかけたものだが左右同時に、ほぼ均等に潰されている。謂わばこれが、負荷の分散における理想型なのだ。そしてそれはお前もそうだった」

 

「なるほど」

 

「ブルボンが故障するとしたら脚だ。だがブライアンが故障するとすれば股関節だろう。それもおそらく利き脚の右寄り。だからストレッチを習慣化させるべく、うるさく言っているわけだ」

 

「……もう少し引き止めるべきだったかな」

 

 これまでなんとなく言葉の裏を理解できていた参謀だが、その言葉の裏は理解できなかった。




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