ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「俺はブライアンを信用しているつもりだ。だが信頼はせん。俺が信頼していたのは凱旋門賞のときのお前と、あとはルドルフくらいなものさ」
「マスターは、ルドルフ会長を常に信頼していたわけですか」
「当たり前だろう。第一あいつには本来の意味でのトレーナーはいらないのだ。あいつは自己管理できるし交渉もできる。事務処理能力もある。練習メニューも組めるしどのレースに出るべきかもわかる。賞金計算も、勝つのだから細々とした調整は必要ない。現場の指示も必要としないし、全体的なレース展開をも予測できる。どこにトレーナーの仕事がある?」
これを聴いたら、ルドルフ会長は困ったように笑うのだろう。
ミホノブルボンには、その光景がありありと見えた。信頼されることの嬉しさと、手放しにされる悲しさ。
君が思っているほど、私は一人では強くないよ。
たぶんそう窘め、認識の齟齬を修正しようとするだろう。
だがミホノブルボンとしては、この話が前座であることを知っていた。より正確な表現をすれば、これはかつての彼の失敗を話しているのだとわかっていた。
「だがあいつに与えられる時間は、俺のような凡人と同じ量だ。だからあいつに必要なのは自分と同じ視座に立てる、自分の分身だ。俺はそれを、それなりにこなしてきた。あとは話し相手をすればいいのだから、気楽なものさ。あとは頼んだと頼ってしまえる」
割と、その話し相手というのが大きかった気もする。そしていくら自分で全てができる能力があるとは言っても、実際やっていくうちに疲労は溜まるだろう。そうすれば作業効率は落ち、思考は鈍る。
そして、たった一人で黙々と課題を解決するというのは、寂しい。故に彼の存在価値は彼が思っているよりも遥かに、シンボリルドルフと言う傑出した存在の中で大きいだろう。
だがそれを言っても反論が返ってくるだけである。そして彼の言わんとするところは、そこにはない。
「ブライアンさんは、ルドルフ会長と伍する才能を持っています。信頼するに足る相手だと思いますが」
「反省したのさ、これでも。頼りすぎたり信じ過ぎたりすると、現実が見えなくなる。俺はあいつの長所を知る。そして活かす。だが頼らない。ブライアンは強いから勝てる、という盲信をしたくない。信じるだけの才能があっても、信じ切らない。俺は、そう決めた。お前を信じ頼ると決めたときに、これ以上もうするまい、とな」
ナリタブライアンは強い。まず、血筋が良かった。次に、環境がよかった。幼少期は姉の背中を追い、トレセン学園中等部に入って早々リギルに加入する。つまり彼女は少なくとも、国内では考えうる限り最高の環境で育った。
そして、才能も並外れている。全国のトレーナーが思う理想像、中長距離を軽く走れることを血統が保証し、スピード・スタミナ・パワーを兼ね備える。身体も柔らかく、爆ぜるようなバネもある。先行・差しの王道の走りができる。
「となると、ルドルフ会長に対してもそうするわけですか」
「俺はあいつの才能を信じているわけではない。信じたいから信じているんだ。今更それは変えられん」
「まるきり宗教ですね」
「そこは否定しない。俺は信者だ」
信じられるから信じるのは、科学と同じである。実証されてるから、信じる。信じるにたる何かがあるから、信じる。それは理屈というもので、信じるものが持つ数値化された何かを信じる、ということである。
しかし彼は信じるに足る数値を持つものを信じていながら、理屈ではなくその本質を信じたいと思って信じている。
ある意味一途であると言えるし、裏表がないと言える。理屈で信じる者は理屈が成り立たなくなれば離れるのに対し、信じたいから信じている者は決して見捨てないし、離れない。
その在り方はある種の忠誠であるし、美しい主従関係ではある。互いを尊重し、信頼し合う紐帯で結ばれているとも言える。
しかし、健全なものでもない。シンボリルドルフでなければ、その無邪気な信頼に押し潰されるかもしれないのだ。
「では私を信頼してくださったのは、どういうわけですか?」
「……俺の為に、遠い異国で走ってくれる。前人未踏のグランドスラムも、無敗の誇りも投げ捨てて。そんなやつを信じたくならなきゃ、俺は人間じゃない。そうだろ?」
それは、まるきり理屈ではなかった。サイレンススズカに勝つ公算もなく、確率もない。だがミホノブルボンを信じたいから、信じている。
信じるべきだから、信じているのではない。信じたいから、彼は信じたのだ。
「やはりと言うと聞こえが悪いかも知れませんが、マスターは案外と感情論で動きますね。理屈と感情が対立したとき、結構な確率で感情が勝つ。そんな気がします」
「だからわざとらしく、理屈を並べ立てて生きているんだ。
生まれたときから感情と理屈をせめぎ合わせて理屈を勝たせられる。そんなやつはこんなわかりやすく理屈っぽく見えないんだよ。やつらはうまーく偽装できる。そっちの方が生きやすいのが理屈だからな」
「なるほど、その通りです」
なんとなく注文してみたコーヒーをひとくち含み、苦さに眉をひそめる。
なんとかそのひとくちを喉の奥に通してから、ミホノブルボンはミルクを入れた。
「苦いか」
「はい。味覚受容体、即ち舌を苦味が侵食中。口内がステータス【苦味】に占拠されています」
「まだまだ、味覚は子供だな」
「お言葉ですが、私は近頃炭酸水を飲むことができるようになりました。なにも苦味を受容するための器官が整備されることのみをもって、味覚の年齢は判断されるものでもないでしょう」
「そうだな。まあお前もあと……3年か、4年。卒業する頃には、飲めているかもしれん。ルドルフも最初の頃は――――」
「ルドルフ会長も?」
黙った彼の話の続きを聴きたくて、ミホノブルボンは先を促すように短く問うた。
しかし答えは返ってこない。返ってきたのは、とある古代の話だった。
「いいかブルボン。古代、自身の才能で時流を読み、時代の熱気に吹かれ凧のように農民から王まで立身した男がいた。あるときそいつのもとに、農民時代の友人が現れた。そいつはその友人を歓待したが、しばらくすると殺してしまったのさ。なぜだかわかるか?」
「……仲違いをした、のでしょうか。やはり暮らしぶりの変化とは、人格を変節させるものですから」
「いいや違うな。その友人が邪魔になったのさ。そいつは王の昔の話をして回った。その昔の話には都合のいいこともあれば悪いこともあった。自分の威厳を損ねる、ということで殺されたのだ。俺はそうなりたくはない。だからあいつの昔の話はしないことにする」
「別に殺されることはないと思いますが」
「それはそうだ。しかし嫌われるのは嫌なんでね」
そんな風で誤魔化され、この話は終わった。ミホノブルボンは情報の授業に向かい、そして東条隼瀬は中山へと向かう。
ミホノブルボンという少女に彼が吐露した心境は、正真正銘の事実であった。ナリタブライアンなら、と思うのはいい。現実に、それだけの実力がある。しかし油断し切るわけにもいかない。
皐月賞は、内枠も内枠。
東条隼瀬は鉄面皮のままで、しかし心の奥底を面倒なものを見るように歪めた。
これがミホノブルボンであれば喜ぶべきだが、ナリタブライアンとなると話は別になってくる。内枠で待機し続けるというのは、ともすれば仕掛け時を逃し、進むべき道を阻まれることになりかねない。
負け、勝ち、負け、勝ち、負け、勝ち、勝ち。
文字通り勝ったり負けたりと安定感がないところが不安視されているものの、勝つ時は圧倒的な勝ちっぷりを披露しているだけに注目度は高い。
こういう世代最強クラスと目されている相手には、マークが集中する。逃げウマ娘はマークされようがされまいがやることは変わらないが、好位抜出型のウマ娘はマークされるとそれを振り切るのが大変である。
しかも今回は1枠1番1番人気。好機を待って好位に居た結果、反則にならない程度に道を塞がれる。そういうことも有り得る。
これまで気にしてこなかったが、こう言った反則にならない程度の妨害、進路を塞いで敵を不利にし、自分を有利にするという戦術はトレーナーとして腕の見せ所ですらあった。
菊花賞のとき、キョウエイボーガンとライスシャワーが作り上げた檻に叩き込まれた経験のせいで、警戒心は確かにある。
「……よし」
取り寄せた中山レース場の情報を参照しつつ、そして現地に赴いて見て得た情報を見る。
どう走らせるか。その大枠を決めたのは、皐月賞の3日前のことだった。
そして、その頃のミホノブルボンはと言えばということの前に、前提を少し確認しておきたい。
ミホノブルボンは、スターウマ娘である。一応、とかそういう枕詞が必要なのは平時の態度がそう思わせないからだが、彼女は紛れもなく歴史にその名と蹄跡を残すに足る力を持っている。
そしてなによりも寒門出身者からの人気がある。もっともそれは話しかけられるという類いの人気ではなく、仰ぎ見られるという類いのものだった。
これは彼女のトレーナーがかつて担当していたウマ娘にも言えることだった。シンボリルドルフというそのウマ娘は慕われるというより敬意を持たれるタイプの人格をしている。
一方ミホノブルボンの人格は別にそれほどの孤高さを持っているわけではない。しかしそれでもなおそう見られるのは、圧倒的なまでの実績をあげているからに他ならない。
そして見た目からすれば、彼女はクールで機械的な麗人である。その2つが絶妙な噛み合いを見せ、彼女はある種のカリスマになっていた。
そんなカリスマは慕われていることをファンレターくらいでしか知らないだけに、本人にその自覚はなかった。
直接的な触れ合いがないだけに、実感が湧きにくかったというのもある。そして本人が正直ちやほやされることに興味がなかった、というのもある。
「あの、ミホノブルボンさん!」
故にこの出会いは、ミホノブルボンにとって新鮮な驚きで満ちていた。
「はい」
おや、尾花栗毛だと、ミホノブルボンは反射で思った。
人間で言うところの、金髪。人間であれば割と見慣れた、そしてウマ娘であれば見慣れない、レアな毛色。彼女の知り合いの中では、タイキシャトルくらいしかしらない。
夕陽に照らされた稲穂のような暖かな色をした尾花栗毛は、それだけで好かれる。
ゴールドシチーというウマ娘が《100年に1人の美少女ウマ娘》、という走りに全く関係のない面での称賛を受けているのも、本人の努力という土台の上にその特異な毛色が存在していたからこそだった。
ともあれその色素の薄い髪がミホノブルボンの眼に入った。少なくとも、見たことはない。彼女のデータベースは、そう訴えかけている。
「今年はその、あまり走らないとのことですが……どこかお悪いのですか?」
「いえ。現在のフェーズは《課題の洗い出し》と、《休養》。即ち、来年以降を見据えてのことです」
「そうですか……よかったです」
薄緑色の瞳が喜色に満ちる。
このひとも寒門出身者なのかな、と。例の虚空を見つめる顔をしたまま、ミホノブルボンは漠然とした予測を立てた。
「貴方のお陰で私はどうやって立ち上がればいいか、進んでいけばいいかを知りました。ありがとうございます」
去年は、迷走していましたから。
そう続けた彼女の言いぶりが少し気になる。
「移籍したのですか?」
「はい。強くなるには、速くなるには……やはり放任よりも管理こそが望ましいということを、日々実感しているところです」
それは別に管理主義が優れていたわけではなく、運用者が優れているだけなのでは。
根っこのところが聡明であり、そして何よりもトレーナーの影響力の中に――――ないしはその汚染力の中にいるだけに、ミホノブルボンは比較的管理主義に対して批判的とすら言えるほどの中立的な視点を持っていた。
「貴方のお名前を訊いてもよろしいでしょうか?」
「リ、リトルココンです!」
尾花栗毛のウマ娘は慌てたように姿勢を正して、叫ぶように自分の名を言った。
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