ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
アオハル杯が復活した、というのは学園関係者にとってビッグニュースだった。
アオハル杯というのはルドルフのデビュー以前は行われていたが、ルドルフのデビュー以後は行われていない。
特に彼女が何をしたというわけでもないが、アオハル杯に出走したウマ娘で現役なのはマルゼンスキーくらいなもので、そのマルゼンスキーにしてもドリームリーグで年に1回走るくらいなもの。
チーム戦というもののノウハウを持っているウマ娘が、ほぼいない。そしてトレーナーとしてそのノウハウを持っている者も、数少ない。
度重なる激務で辞職したもの、夢を後援しきることができなかったが故に責任を感じて辞めた者、成績が残せずに地方に飛ばされた者。
あるいは寿退社した者。
トレセン学園のトレーナーほど、入れ替えの激しい職種もないのだ。
完全に足を洗う者も多い。しかしその中で一旦は辞めつつも、心の態勢を整え直して戻ってくる者もいる。
その代表格が、チームスピカのトレーナーだった。
「リギルと、か……」
口に含んだ棒付き飴が前歯に当たり、カチカチと音を鳴らす。
アオハル杯の復活は関係者にとって衝撃であった。
しかし関係者ならざる者たち――――即ち一般的なトゥインクルシリーズのファンたちにとってもビッグニュースだったのである。
となれば自然、衆目は集まる。その集まった衆目に対してより劇的な方法で、アオハル杯初戦の告知をする場は、どこか。
どこで告知すればより多くの人々により的確でセンセーショナルな知らせが届くか。
URA広報部の考えがそういう方向に向かうのは当然であり、その発表の場にファン感謝祭が選ばれるのは必然だった。
そしてその組み合わせのオオトリがリギルVSスピカという学園内最強チームのぶつかり合いになるのもまた、必然であろう。
だから、スピカのトレーナーとしてもその可能性は承知していた。だが発表されるとなると、あの巨大戦力を前に怯んでしまうのもまた無理からぬだった。
「トレーナー! チーム名決まった?」
そんなやや陰鬱気味な雰囲気に清風を吹き込むような変な声が、スピカの部室に鳴った。
「ああ……」
「スカーレットとウオッカのユメガ・ヒロガリングスか、ボクとマックイーンのガンバルゾか、スペちゃんとゴルシのステゴ・ステイゴールズか! どれ!?」
そう。鉄の結束を誇るスピカは現在、古代中国よろしく三国に分かれて覇を競い合っていた。
宿敵たるリギルからの援助を受け南方で独立を果たしたダイワスカーレットとウオッカのユメガ・ヒロガリングス。
北方の雄、王道を往くテイオーとマックイーンのガンバルゾ。
買収されたスペシャルウィークをゴールドシップが操る、天険に拠った傀儡政権のステゴ・ステイゴールズ。
そういうわけで、スピカは仮称として『チームスピカ』と出している。しかしあくまで仮称であり、変更可能。つまりこの覇権争いは、変更の権利を誰が行使するかというところがミソだった。
「ああ……」
うんとも、すんとも言わない。
そんなトレーナーの様子に、クソガキのように見えてやっぱりクソガキながら、結構人の心に寄り添うことのできるクソガキ――――トウカイテイオーはひょいと机の上を覗いた。
「なんだ、対戦相手決まったんだ」
リギルと、他2チーム。
リギルに関してはメンバーの提出こそされていないものの、米印の横にサブトレーナーが指揮を取りますという一文があるあたり、誰が出てくるかは予想がつく。
(アレが出てくるってことはつまり、カイチョーも絶対出てくる! カイチョーと一緒に走れる!)
初の手合わせ、いや足合わせとなる秋天ではおっそろしく情けない走りをしてしまった、と。少なくともトウカイテイオーはそう思っている。
だからこそ、トウカイテイオーはメラメラエガオで闘志を燃やした。
彼女にとってチーム戦というのは、連立した個人戦に過ぎない。
「大丈夫だよトレーナー! マイルはともかく、中距離はボク、長距離はマックイーンでなんとかするからさ! あ、あとゴルシも」
リギル。
スピカ。
カノープス。
これらが学園内のトップスリーなわけだが、いずれもその組織内にダートウマ娘や短距離ウマ娘を豊富に抱えているとは言えない。
特にスピカとカノープスには、ダートを走れるウマ娘も短距離を走れるウマ娘もいなかった。
言葉を選ばずにいえば、ダートと短距離とはそれほどまでに人気がなかったのである。
そして、クラシック路線やティアラ路線といったたった一度の世代に依る花形決戦みたいなものもなく、毎年新規戦力を獲得する意味も薄い。
短距離とダートは、スペシャリストに任せればいい。
そんな風潮があり、事実大手と呼べるチームは短距離やダートのウマ娘を育成するために必要とされるリソースを自チームから割くよりは、より上質な中・長距離ウマ娘を育てるためにこそリソースを費やしていた。
ともあれそんな感じで、トップチーム同士のチーム戦ともなると主戦場はマイル、中距離、長距離の所謂王道の距離になる。
つまり、3戦2勝でいいのだ。マイルに関してはもうどうしようもならないのが一人いるから諦めるとしても、中距離と長距離では対抗できる。
そしてこの時点で、シンボリルドルフが長距離を任せられることを知る者はリギルの中でも極少数だった。
故にトウカイテイオーはシンボリルドルフを自分の得意とする、そして同じく相手も一番得意とする中距離で迎え撃てると信じて疑っていなかったのである。
「だけどなぁ……」
「なんだよー! 信じてくれないってわけ!?」
「い、いや! そうじゃなくてな!」
沈黙。
それを鬱陶しいといった空気を微塵も感じさせない大きな目に屈したようにため息をついて、スピカのトレーナーは口を開いた。
「シンボリルドルフとあのおハナさんの甥が組むと、なんと言うか……勝てる気がしなくなるんだよ」
「なんでぇ?」
「それは……まあ、叩きのめされたから、だな。4度ほど」
それも、完膚無きまでに。
天才的と言っていいほど、シンボリルドルフは勝つのが巧い。彼女の名を冠したルドルフ戦法とは即ち、中盤から終盤にかけて最小の出力で抜け出して、最高の結果を得る最効率の戦法である。
勝ちに行くことが芸術的なまでに巧みなウマ娘と、敗けを防ぐことが芸術的なまでに巧みなトレーナーが組むと、どうなるか。
それは両者の戦績が示している。
(なにかあったんだ)
確かにあの二人が組んだレースは、ほとんど全てシンボリルドルフの僅差圧勝で終わった。
シンボリルドルフが勝ちパターンを押し通す強さを、東条隼瀬が勝ちパターンへ引きずり込む強かさをそれぞれ発揮して、なんの危うさもなく先輩三冠ウマ娘が支配するシニア級を我が物としたのである。
そして一度君臨してからは、神の子による挑戦をなんの問題もなく撥ね除けていた。
「でも、だいじょーぶだって! 最強無敵のテイオー様が、ばっちり勝ってあげるからさ!」
トウカイテイオーの朗らかさ、明るさ。
彼女の言は基本的に、自分の才能という根拠しか持たない。だからこそそういった、単純にして楽観的な思考に救われる者も多かった。
「そうだな。まあ悩んでも仕方ないかぁ……!」
と言いつつも、思考することはやめない。リギルに勝つには、人事を尽くす他ないのである。だがそれでも現実を悲観することを、彼はやめた。
「その通り! ガンバルゾ、いくぞ! おー!」
事実として、この3度目の復活を果たした天才は自らの有言を実行した。何度も何度も怪我をしてもその度に立ち上がってきた彼女は、この年の冬、偉大なる皇帝を打ち倒すことになる。
しかしそれは今のところ、夢物語でしかなかった。
有馬記念のあと4度目の骨折をした彼女は今のところ、実力を回復させるのに忙しかったのである。
そしてその敵手はと言えば。
「マスター。厚かましいながら、2つほどお願いがあります。よろしいでしょうか」
「おお、なんだ」
「私と手でハートマークを作っていただけますか」
お父さんから言われたのです。これからもあのトレーナーくんと心を一つにがんばれ、と。なので一緒に写真を撮ってください。
そう言われて、まあいいかと東条隼瀬は思った。
別に嫌ではないし、ブルボンの願いは可能な限り聞き届けてあげたい。
「よかろう。で、誰に撮ってもらうんだ?」
「彼女です」
「……別にそれはいいが、死んでないか? あいつ」
「問題ありません。統計によると彼女は私の入学以降1615回ほど亡くなっていますが、いずれも復活を果たしています。今回もそうなるはずです」
「なるほど。2度あることは3度あるのだから、1615回あったことは1616回あるだろう。それにしても」
なかなかにショッキングな色の髪をしている。
撮影までに2度3度死にながらも、その写真の腕は見事だった。多分日常的に写真を撮っているのであろう。どこで何を撮っているのかは知らないが。
「ありがとうございます」
「こ、ごちらごぞ、ありがたきじあわせぇ!」
基本的にいつも何かしらを考えている男に対して思考を停止させるほどの凄まじいほどの強烈な印象を残しながら、謎の変態は消えた。
「そしてマスター。より厚かましいお願いなのですが」
「ああ?」
「マスターは私のレアなブロマイドを獲得するべく、企業の策略に乗ってらっしゃいました。先日見事お目当ての物を獲得したようですが、それには多大の犠牲があったはずです。違いますか?」
気の抜けた時特有の返答にもめげずに話しかけてくるデカい犬の耳の動きを追いながら、東条隼瀬はその意図するところを推察する為に頭を再起動して思考をはじめた。
「いや、違わない。果てしなくダブったが……それがどうかしたか?」
「それをいただきたいのです」
「なるほど。サイン色紙の代わりにでもするつもりか」
ファン感謝祭を前にした今という時期からして、一見ミホノブルボンが彼女にとって使い道がなさそうな自分のブロマイドを求めるという奇異な現象を解釈するにはそちらの方がしっくり来た。
「はい。よろしいでしょうか?」
「ああ、よろしい。後でエルコンあたりに運んでもらおう。このあたりで負債を返済してもらってもいいだろうからな」
この時点でミホノブルボンは、それなりの量があることを察知した。それは彼女の思惑からして喜ぶべきことではあるが、ここぞとばかりに借りを返せと迫られるであろうエルコンドルパサーに対して思うところがないと言えば嘘になる。
「まだ預かっていたのですか」
「まあな」
カフェテリアの一角。
彼にとっての指定席というべき奥まった場所で見ているのは、やはりというかパソコンに収められた資料だった。
「対戦相手が決まったのですか」
「ん、ああ。一応作戦も立ててある。というか、ルドルフに長距離を頼んだあたりからもうほとんど勝ちのようなものだ」
「となると、私は中距離で走ることになりそうですね」
「だろうな」
パタン、と。作戦案が入力されていたファイルが閉じられる。
その軽い音が契機になったのか、トレーナーとしての怜悧な眼差しが消え去り、ほんの少しだけ色の違う光が鋼鉄の瞳の中に見えていた。
「そう言えば、ブルボン。お前、そろそろ誕生日だろう。なにか欲しいものはないのか」
相変わらずの直截的な言い方である。
もう少し情緒が育った相手であれば『そこを含めて考えてほしい』というめんどくさい考えを抱くところだが、女というよりは犬に近い心理を持つこのウマ娘にとっては、何よりもそう言う私的な話を振られたことが嬉しかった。
「昨年のようにマスターと2人で小規模なお祝いの席を作っていただければ、特に求めるものはありません」
「なんだ、張り合いがないな。ビルとか、そういうものを要求してもいいんだぞ?」
「では、来年も同じようにパーティーをしてください。それが私にとってはなによりの贈り物です」
当たり前のことを言うなよ。
そう言いかけて、彼ははたと気づいた。
これは、あれか。自分で考えろということか。女特有のアレなのか。
しかしこのわんこみたいなウマ娘に、そんな高度な心理的駆け引きを行える情緒と知能があるとも思えない。
(単純に、親しい相手に側に居て欲しいだけなのか)
長大なアホ毛と耳をペタリと伏せさせて『撫でてくれ』というポーズを取る犬科ウマ娘目のサイボーグの頭をわしゃわしゃやりつつ、東条隼瀬は珍しく答えの出ない思考の海へと漕ぎ出した。
Q:1615回ってなに?
A:感想欄でデジタル殿が出てきた回数
72人の兄貴たち、感想ありがとナス!
leu128兄貴、さすらいガードマン兄貴、yusuke1109兄貴、カミカゼバロン兄貴、赤LARK兄貴、あんころもち兄貴、Kkま兄貴、zin8兄貴、アトフェ兄貴、ウツボン兄貴、あくろ兄貴、野菜射撃兄貴、評価ありがとナス!