ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「ガション、ガション、ガション……」
セルフ駆動音を声帯で奏でながら、ミホノブルボンは学園棟の階段を下っていた。
それを見た幾人かの後輩――――大抵はミホノブルボンを尊敬している彼女ら――――を『なにやってるんだろ……』という疑問の海に突き落とす。
しかしそれを自覚することなく進んでいき、イヌ科ウマ娘目のサイボーグはロッカーについた。
「ジー、ジー、ジー、ガチャン」
右回りに4、右回りに2、左回りに5。
ダイヤル式の鍵を解錠し、取り出したメタリックな靴に履き替える。
ガション。
一歩踏み出す度にそんな音が鳴るこの安っぽくない鋼鉄色の靴は、彼女のトレーナーが作ったものである。重さは通常のものと変わらないが、歩くと自動で効果音が鳴る。方向転換すると『ぐぽーん』と音が鳴る。
セルフ効果音を自動で流してくれるそれをウッキウキで踏みしめながら、ミホノブルボンは学園棟からトレーナー寮へと向かった。
「マスター。履き心地・運用、共に異常無し。私のステータスは『うきうき』であると推定します」
「だろうな。音がガションガションと近づいてきたあたり、お気に入りらしい」
「はい。これで私もロボミンです」
ロボミンであるかどうかはともかく、お気に入りであることは確からしい。
3日前にサイボーグ戦士ロボミンなるアニメを見てからひたすらに『ガション、ガション……』と言いながら歩くこのデカい身体した幼女を見兼ねて、東条隼瀬は市販のロボミンモデルの靴を改造して音が出るようにしたのである。
あとついでに色を塗り替え、安っぽく光るような塗料から重厚感のある――――よりアニメに描かれているそれと近くなるようにしたのだ。
セグウェイの件といい、無駄な器用さを持つ男である。
「嗅覚に反応あり。マスターが飲んでいる液状物質は紅茶であると推定。ステータス『驚き』を認識しました」
マスターがコーヒーを飲んでいないというのは珍しいですね。
最近ロボっぽい感じが薄れてきたブルボンにロボっぽさが戻ってきた理由は、サイボーグ戦士ロボミンなるアニメーションであることは疑いない。
(しかし、こういうこともあるさ)
ミホノブルボンは、学習能力豊富なウマ娘である。授業を一発でインプットするから復習をせずに練習に明け暮れているのに、テストではいつも学年トップ。
そして側にいる人間の質によって色々と個性がついてしまう質である。
東条隼瀬という露悪趣味の皮肉屋の側に居たから時折皮肉を口にするようになったが、誓って殺しはやってなさそうなトレーナーに預けられれば表情と感情の畝が耕されて豊かになるだろう。
つまり、サイボーグ戦士ロボミンに嵌まればロボ的な喋り方を取り戻す。出会ったときから持っていたそれの原型が、どこにあるのかはしらないが。
「まあ、試飲という感じだな。そしてこれから試食もはじまる」
その瞬間、栗毛の尻尾がピーンと伸びた。
嗅覚を別な方向に向けた瞬間、気づいたらしい。
「この匂い。材料にバラ科リンゴ属の落葉高木、またはその果実、正式名称:セイヨウリンゴが含まれていると推定。調理形式は焼き上げ、アップルパイであると確信します」
「この4年で172回くらい聴いたからな。朝はリンゴをおすすめします、というのを」
「それはマスターが172回朝ごはんを食べなかったからです」
迅速果断なツッコミである。
しかし彼からすれば、食欲が湧かない朝に食べ物を食べる意味がわからない。
「まあそれはそれとして。そろそろ来るだろうと思っていたからな。焼いていたわけだ」
「マスター。本日、何を食べられましたか?」
「お好み焼き」
それは、嘘とは思えない速度の返答であった。しかしミホノブルボンは、彼が必要とあらば尋常でなく巧みに嘘をつけることを知っている。
「ステータス『欺瞞』を感知。マスターが朝からそんなものを食べられるわけがありません」
「食ったのは事実だ。0時6分にルドルフとお好み焼き屋さんに行き、0時25分に1枚食べた。この通り、レシートもある。立派に本日だ」
2時間食べ放題コース、という文字が踊っているそれの会計時間は午前2時17分。確かに、お好み焼きを食べたのは『本日』である。
その『本日』はミホノブルボンが意図したものとは全く違った意味を持っていたが。
「なるほど。では質問を変更します。朝起きてから、何か食べられましたか」
「お豆腐を食べた。お湯で温めてネギを載せて、ポン酢をかけてな」
「……マスター。これは本気の話なのですが、それで大丈夫なのですか?」
「俺からすればお前たちウマ娘が食べ過ぎなんだ。ルドルフなんかお好み焼きを食べたあと、朝から卵4個ぶんのオムレツとベーコン6枚、パン7枚を食べて生徒会室にウキウキで向かったんだぞ」
それは、普通では。
中学生男子が女子の弁当箱を見て驚くような気持ちで彼の少食ぶりを見てきたミホノブルボンは、そんなことを思った。
ちなみにブルボン自身も、ルドルフのそれと似たような量を食べている。
そしてそのことは、未だに彼女専用の食事メニューを組んでいる東条隼瀬の知るところであった。
「ま、それはそれとして。焼き上がったぞ」
ぴょこん、と耳が動く。
りんご大好きミホノブルボンにとって、目の前に置かれた焼き立てのアップルパイは大いに食欲を刺激されるものだった。
「少し小さめだが、これはお前用だからな。紅茶と共に味わってみてくれ」
「はい、マスター」
アップルパイを一個まるまる食べてみたい。
そんな、多くの子供が類似の願いを抱いているであろうほんの少しだけ贅沢な願いを見透かしたような、小ぶりのパイ。
サクリ、と。香るような甘い匂い漂うアップルパイが一口サイズに切り分けられ、すぐさまその一口サイズのひと切れがサイボーグの動力炉に続く口の中に消える。
パクパクですわ!
そんな感じに次々とアップルパイを口へ運んでいくミホノブルボンは、向かいに座る男が温かな眼差しでこちらを見ていることに気づいた。
「マスターは食べないのですか?」
「ん? 俺はまあ、そうだな。お前が食べているのを見ているだけで、いいさ」
パチパチと、綺羅星を宿すように深い青い瞳が疑問を提示するように、瞬く。
「俺は小さい頃病弱でな。大抵家で寝ていた。その時両親は忙しかったはずだというのに、1日の内1度は、共に食事をする時間を作ってくれていた。その頃はその意味がわからなかったものだが……」
一人で食べても、二人で食べても、食べるものが変化しない限り味など変化しないし摂取カロリーも変わらない。
そのあたりが疑問であり、そしてその疑問は珍しく解読困難な命題として残っていた。
「今はわかる。他人が食べているのをただ見るというのも、いいものだ」
「……?」
「わからんか。まあお前もいつか、わかるときが来るさ。それがいつかは知らんがね」
ミホノブルボンはずっと、食事は誰かと一緒にとってきた。
彼女がわからないのはむしろ、何故彼がそんな簡単なことを疑問に思っていたか、というところにある。
しかしそこを敢えてほじくり返すようなことを、彼女はしなかった。
「で、味はどうだ?」
「ステータス『至福』を確認。お金を取れるレベルであると思います。マスターは紅茶も淹れられたのですね」
「まあな。想像しにくいことだが、ルドルフは最初コーヒーが飲めなかったのだ。だからこうやって紅茶を淹れる機会が多かった。今となってはコーヒー党に転向してくれて結構なことだが」
などと言いつつ、東条隼瀬は内心満足げに頷いた。ミホノブルボンの味覚は、子供である。なにせ最近炭酸水を飲めるようになったくらいなのだ。
そんな子供にも堪えうる味を出せたことに、彼は内心喜んでいたのである。
「そう言えば、マスター。ナリタブライアンさんの日本ダービーはどのような策を用いられるのですか?」
ファン感謝祭の準備に忙殺されているものの、それが明ければ程なく東京優駿こと日本ダービーが開催される。
制覇すればトレーナーにとっても、そしてもちろんウマ娘にとっても最大の栄誉とされるそれは東京レース場、左回り、2400メートルで行われる。今年のクラシック戦線の主役であるナリタブライアンが、どう出てくるのか。
皐月賞で内のギリギリを強襲して急進するという奇策に打って出たこともあり、そして圧倒的過ぎる末脚を披露したこともあり、衆目が集まっていた。
「別に用いるというほど特別な手順は必要としない。大外に回って差し切る。それも、できるだけ派手にな」
「……派手に。ということは、派手にしなければならない理由がある、ということですか」
アップルパイの最後の一欠片を口に入れ、ほっぺたに付いたりんごの破片を人差し指で拭って口に放り込みながら、ミホノブルボンはインプットにかけては優秀な頭を働かせた。
「まあ、そうだな」
「手札の多さをあえて示し、相手に対策をさせる余地を与えない。そのあたりだと推測します」
内を突くことが勝ちパターンのウマ娘を相手にするならば内を固める。
外を回ることが勝ちパターンのウマ娘を相手にするならば外へ出て進路を膨らませる。
ナリタブライアンの勝ちパターンは単純なものであり、そしてそれらには単純であるが故にこれまた単純な対策がある。
しかしこの2つの勝ちパターンの対策を両立させることはできない。少なくとも、全体を俯瞰できずに走っている一個人には。
「その通り。しかし付け加えるんだったら、もう少し思考に深みがあると相手をうまく嵌められるだろう。つまり、皐月賞と日本ダービーを見たウマ娘はどう動くか。どうなるか。もっと言うならば、ナリタブライアンが負けるならどういう場合か。負ける状況を偶然とは無関係に作り出せる相手とは、誰か。そのあたりをな」
「…………なるほど」
対戦相手が誰なのか。であればこそ、この手は有効に作用するのか。
そのあたりをヒントのように提示されて、ミホノブルボンは気づいた。
「力で押し切れるようになるまでは幻影に苦しめられ、幻影が薄れる頃には力で押し切られてしまう。どちらを選んでも、周りに影響されざるを得ない当人にはどうしようもない。凄まじいやり口ですね」
「これが、あらゆる布石を惜しまないということだ」
だがこの悪辣な八方塞がりの陥穽は、あくまでもナリタブライアンが日本ダービーに勝てるという前提に立っている。
そこを疑わず、また事故を防ぐことに全力を挙げられるあたりにこの人の強かさと脆さがあるのだと、ミホノブルボンは思った。
しかしその脆さに、組んでいるウマ娘は気づくだろう。自分がそうであったように。
となるとその脆さの中にあるもの――――冷徹な理性の計算の中にある激情家というべき感情の豊かさ、信頼の固さに気づくだろう。
そうなれば――――そう、これほどまで冷徹な計算で布石を打ってくる男に無邪気に信じられているとなれば、なんとしてでも応えたくなる。
その気持ちはやる気に繋がり、実力以上の実力を発揮させてしまう。
そこをまったく計算していないあたり、ずるい。
ミホノブルボンは、そう思った。
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