ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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ちなみに私は欲しいけどお金がないので買えません。南無。


アフターストーリー:憧憬

「彼は宝塚記念を4度勝っている。これは現役のトレーナー中、2位ということになっています」

 

 シンボリルドルフ、シンボリルドルフ、サイレンススズカ、ミホノブルボン。

 ついでに言えば、彼が日本に来てはじめてトレーナーとして活動したのが、宝塚記念でのことである。

 

 神の時代にしか存在しなかった三冠ウマ娘という栄光を手にしたミスターシービー対、無敗での三冠という前人未踏の道を自ら切り開かんとする皇帝。

 2戦目と3戦目は力押しでの圧勝であったが、グランプリを力押しできるのもそれはそれで頭がおかしい。

 

 そしてミホノブルボンの宝塚記念は、短いながら濃密なあのサイボーグウマ娘の中でもベストレースと名高い。

 

「阪神レース場、ないしは2200メートル。あるいはどちらもが得意だ、ということか」

 

 そしてそんな得意とするレースで、妹を迎え撃つことになるのか。

 ビワハヤヒデはやや緊張した面持ちで、あくまでも落ち着いたふうな自分のトレーナーの言葉に相槌を入れた。

 

「ええ。それもあります。だけど、そうではない。単純に彼の真の意味での適性距離――――つまり、計算上の齟齬なしにレースを進められる距離が、2400メートルなのだと思う。しかもこれは、短ければ短いほど良いというようなものでもない。1800から2400。そのあたりが、彼の得意とするところです」

 

「なるほど。その根拠は?」

 

「彼が学んだフランスでの主要レースの殆どはこの距離に収まります。ついでに言えば世界を俯瞰すると、長距離の需要は細まりつつありますから」

 

 生粋の中距離専。

 なるほど確かにあの東条の甥は、王道というべきレースにしか出てこない。例外となるのは、サイレンススズカと組んだ時くらいなものである。

 

「私は彼の初戦を見る前は、正直なところ侮っていました。東条ハナという超一流のトレーナーでも情に流されてしまうことがあるのかと失望した。そう言ってもいいかもしれません」

 

 ダービー後からコネ採用のような形で合流させた甥に、無敗の三冠がかかっているシンボリルドルフを任せる。

 親心ならぬ叔母心。この界隈は身内のコネ採用が珍しいことではないとはいえ、ここまで露骨なのは然う然うない。

 

「しかし、彼は勝った」

 

「そうです。しかも、皇帝への負担を減らしつつ、楽に勝った。あの、ミスターシービーを相手に、です」

 

 宝塚記念でのシンボリルドルフは、これまでの4戦で見せた【好位に位置し続けて最後の瞬間に突出して差し切る】という、所謂ルドルフ戦法とは全く違った走りを見せた。

 

 ルドルフ戦法は、楽して勝つための戦法である。最後の瞬間にだけ本気を出して、脚への負担を減らす。

 しかしそれでも、精神的・肉体的な消耗はゼロではない。それは当たり前のことであり、間違いなく東条ハナとシンボリルドルフは考えうる限りの楽をしていた。

 

 だが彼は、位置取りを保つという無駄を省いたのである。

 それは本来、楽に勝つ為に必要なことであった。しかし宝塚記念でシンボリルドルフがミスターシービーを相手にするには、不要なことだった。

 

 いつも好位置から勝つシンボリルドルフは、最後尾。ミスターシービーの後背にピッタリとついて回ったのである。

 他のウマ娘からしても、『皇帝』シンボリルドルフは警戒対象だった。故に考え、結論を出した。

 

 ――――皇帝は、実力を隠している

 

 半ば公然の事実であったそれを、今更ながら他のウマ娘たちは意識した。

 そしてその隠された刃の長さを見誤るまいと、レースのペースを上げた。

 

「その結果が、これです」

 

 映像を点けた。そのゲートの中にはミスターシービーがいて、シンボリルドルフがいる。

 

 ゲートが開く寸前、さあ来いと身構えるウマ娘たち。

 しかしそんな身構えを他所に、シンボリルドルフはニヤリと口元に笑みを浮かべて最後尾についた。

 

 彼女は今まで、するりと抜け出すために好位置につけるということしかしてこなかった。

 だと言うのに、中々どうしてなめらかに動く。

 

 シンボリルドルフは、無敗の二冠ウマ娘で、そしてクラシック級のウマ娘である。

 クラシック級のウマ娘がシニアの祭典である宝塚記念を制した例は、この時点ではない。

 

 ――――シニア戦線を無礼るなよ

 

 そんな気持ちがあり、だからこそ衆目はルドルフの一挙手一投足に気を取られた。

 だからこそこの宝塚記念は当初全ての脚質のウマ娘たちが牽制されたように速度を落とし、必然的にスローペースで進んだ。

 

 そしてそのスローペースは、後ろに位置するウマ娘にとっては有利であった。

 差し、追込。所謂後方待機のウマ娘にとって恐れるべきは、ハイペースにつぐハイペースによってレースが縦に伸びきり、最後の末脚では差し切れないほどのリードを取られてしまうことである。

 

 

 ――――そういうつもりか

 

 

 流石に百戦錬磨のシニア級のウマ娘である。故に彼女らとそのトレーナーは、その意図に気づいた。

 クラシック戦線とシニア戦線では、レベルが違う。レースを構成するウマ娘のレベルが高いだけに、その平均ペースも速いのだ。

 

 クラシック戦線でのハイペースは、シニア戦線での平均ペース。その言葉は誇張であっても虚構ではない。

 当然ながらシンボリルドルフは、その激流というべきシニア戦線のハイペースを経験したことがない。

 

 

 ――――そして、ハイペースになる根拠もあった

 

 

 ミスターシービー。現役最強のウマ娘。彼女は最後尾から直線一気に差し切る追込型のウマ娘であり、彼女を相手にするにはハイペースを作り出すしかやりようはない。

 だがそのシンボリルドルフは、ハイペースに慣れていない。だから敢えて最後尾に立つことで動揺を誘い、スローペースに落とし込む。

 

 そのスローペースとはつまり、ルドルフにとっては手慣れたペースである。

 

(ウマ娘を環境に適応させるのではなく、環境をウマ娘に適応させる。そのあたりに、勝機を作り出すつもりか)

 

 各トレーナーたちは新人らしからぬ大胆不敵なそのやりようを驚き看破し、そして認めた。この、血統とコネでやってきた新人トレーナーの実力を。

 

 そしてレースは序盤がスローペースに陥っただけに、反動をつけて加速した。

 これに臍を噛んだのは、ミスターシービー陣営である。実際のところ彼女のトレーナーが噛んだのは臍ではなく飴であったが、彼は――――後にスピカのトレーナーとなる男は、早めに仕掛けざるを得ない現状を把握してサインを出した。

 

 それを見て、ミスターシービーが素早く頷く。

 彼女は、焦っていた。彼女には、追いかけられる経験がない。それも、自分かそれ以上の実力を持つウマ娘に追いかけられるという状況に追い込まれ、そして前を駆けるウマ娘たちとの距離はいつになく離れている。

 

(いつ仕掛ける?)

 

 天衣無縫。

 そう形容されるほどに楽天的で闊達なミスターシービーは、珍しく周りを見回した。環境を作り出してきた彼女が、自己を環境に適応させようとした。

 

 そして血統とコネで皇帝の栄光を折半しに来た盗人――――東条隼瀬はここまでの展開を推測し、かつ対処のために動いていた。

 

 そしてその意思に沿い、シンボリルドルフが動く。

 紫水晶の瞳に雷光を満たした若き皇帝は、最終コーナーの少し前に、ことさら大げさに大地を蹴り上げた。

 

 同時に、ターフで紫電の欠片が走る。

 

 領域。その片鱗。

 限られた者しか持ち得ないそれを、ミスターシービーは持っていた。だからこそ、この『掛からせ』に見事に引っ掛かった。

 

 シンボリルドルフが仕掛けてくると、感じてしまった。

 

 この『見せ領域』は東条隼瀬の策にはなかった。

 だがこうした方がよりうまく行くと判断したシンボリルドルフは独自の判断で策にさらなる切れ味を加味してみせたのである。

 

 かくして見事に、ミスターシービーは掛かった。ついでシービーが仕掛けたのを見た前方のウマ娘も、まるごと焦燥のうちに末脚を繰り出さざるを得なくなった。

 

「24……保たないな。勝ったか」

 

 シンボリルドルフの、参謀。リギルのサブトレーナー。

 彼はなんの感慨も見せず、初陣故の照れも焦りもなく、そう呟いた。

 

 ミスターシービー。神の如き尊崇を受けるシンザン以来の、三冠ウマ娘。疑いなく、シニア最強と呼べる存在。

 その肩書きと彼女自身が培ってきた直線一気の末脚の鋭さ。これまで長所として使えたものが反転し、すべてルドルフの味方となった。

 

 ミスターシービーは、その末脚を繰り出すタイミングが天才的だった。そしてその天才をシニア戦線のウマ娘たちは信頼していたし、尊敬していた。

 

 そしてその信頼と尊敬を、東条隼瀬は利用したのである。

 

 

 ――――シービーの仕掛け時に間違いはない

 

 

 そう信じ、感じたウマ娘たちは雪崩を起こすように一斉に仕掛け、そしてゴール直前で行動の限界を迎えた。

 

 これには短絡的と言う批判もあったが、当事者からすればシービーが仕掛けてきた以上、この場に踏みとどまってもどのみちバ群に呑み込まれてしまうし、呑み込まれた後に差し返せるような末脚があれば、そもそも前にはつけないで済むというのもある。

 つまり、彼女たちは詰んでいたのである。二択のうちのどれを選んでも詰み。

 どう動こうが勝ち目がないようにさせられた被害者であるとすら言えた。

 

 シンボリルドルフは最初から最終コーナーに至るまで、最後尾を走っていた。そして他のウマ娘たちをトレーナーと共同で作り上げた重層的な罠の中に引きずり込んで沈黙させ、最後の2秒間だけ先頭を駆けた。

 そして勝利を手にしたのである。

 

 いつも通りの、1バ身差。

 しかしその1バ身を、この後もついぞミスターシービーは埋められなかった。

 

 ジャパンカップでも、有馬記念でも、そして最期の春天でも。

 

 ――――皇帝を無礼るなよ

 

 鋭い眼差しで倒れ伏すシニアの強豪たちを見下ろして、シンボリルドルフはマントを靡かせて指を二本立てた後に、改めて人差し指の一本だけを天に伸ばした。

 

「皇帝。おめでとうございます」

 

「他人事だな、参謀くん」

 

 この時が、ルドルフが死ぬまで長らくそう呼び続けることになるその呼称の初出であった。

 

「参謀くん?」

 

「ああ。これからもその智慧で、私を支えてほしい」

 

「それはできません」

 

 少し前まで毛ほどの動揺も見せず誇らしげに観客席に向けて高らかに指を掲げてみせたシンボリルドルフは、この言葉に面食らった。

 

「な、なぜだ。こういうことを言うのもあれだが、君は私のために来てくれたんだろう?」

 

「それはそうですが、私は理想を追う方を補佐したいと思っています。理不尽を敵とし、無理を打ち砕こうとする人をです。貴方の理想として掲げる旗が高らかに仰ぎ見られるようなものでない場合、その約束は致しかねます。それに、貴方は強い。勝つだけならば自分でなんとかできるでしょう」

 

 その言葉を聴いて、シンボリルドルフはきょとんと目を丸くした。

 雰囲気と立ち振る舞いからして美人ムーブをかましているこの皇帝は、実のところ幼いというか、可愛い感じの顔立ちをしている。

 

 そのきょとん顔はまさにその顔立ちを際立たせるものであったが、すぐさまそのかわいさを収め、皇帝らしさを取り戻したシンボリルドルフは納得したように頷いて、笑った。

 

「私の理想は、君が高らかに仰げるであろうものだ。そしてその理想を、私は行動で示してみせよう。だから今は、この手を取ってほしい」

 

 伸ばされた手からは、白い手袋が外されている。

 それは本来の自分を見てほしいと言うことであったかもしれない。だがそんな細やかな機微を察せられるようならば、この男から愛嬌が死にかけているようなハメにならない。

 

「……そうですか。では、期待させていただきます」

 

 その行動を、彼女は普段の立ち振る舞いとオグリキャップの一連の事件で立証することになる。

 

「それにしても、スローペースで進んだらどうするつもりだったんだい?」

 

「貴方の負けるパターンは予測し、把握しています。なのでミスターシービーより早く仕掛けさせるつもりでした。スローペースとなれば、後方待機のウマ娘の方が有利になります。消耗は激しくなるでしょうが、負けることはなかったはずです」

 

「負けるパターン、か」

 

 ズケズケとよくも言うなぁと、シンボリルドルフは内心驚いた。

 皇帝。無敗の三冠という偉業に挑む者。それがシンボリルドルフであり、彼女にとって最も忌むべきものが敗北だった。

 

 敗北を想起させる言動をするあたり、歯に衣着せぬ男であるらしいと、皇帝は思った。因みにこれはまったくもって正鵠を射ている。

 

「知りたいですか、皇帝」

 

「ん、いや。自分で考えることにするよ」

 

 それは即ち、スプリンター並の鋭さを持つ末脚を残り数百メートル地点で繰り出されることである。

 スプリンターを相手にした互いに全力な状態での単純なスピード勝負であれば、生粋の中距離ウマ娘であるルドルフといえども負けないとも限らない。

 

 そのことを、シンボリルドルフは思いつかなかった。そしてこの洞察は、意外なところで活かされることになる。

 

 その『意外なところ』とはすなわち、初の共闘を果たしたこの場所で皇帝と参謀が敵として相まみえたときのこと。

 

 こうしたように何かと因縁のぶつかるのが、宝塚記念という場所である。

 

 そして再び、因果は巡りぶつかり合う。

 

「この宝塚記念は、東条さんの傑作だ。新人とは思えない大胆不敵。思い返せば、ミスターシービーに心理的動揺を与えられるというただ一点においても後ろにつけるというのは有効でした。芸術と言ってもいい」

 

(そういう勝ち方をしたいのか)

 

 ビワハヤヒデは、己のトレーナーの目の中にある陶酔を見て取った。

 それは、尊敬と言い換えてもいい。確かにレースにおける勝利の方程式を追い求める彼女としても、東条隼瀬の立てる作戦の美しさは瞠目するほどである。

 

 だが、陶酔するほどではなかった。少なくとも、彼女にとっては。

 

「私は何度も何度も、彼の立てた作戦を見ました。そして、気づいたのです。つまり彼の勝ちパターンは、相手に理不尽な二択を押し付けることにある。有利な状況に引きずり込んで、勝つ。絶対的な勝ちパターンです」

 

「二択にさせる意味はあるのか? 私などからすれば、用意すべき道は一択でいいと思うが……」

 

「そうですね……おそらくは相手に最善の手を選んだ、と思わせるためでしょう。そうすることで自分が手中にあることを悟らせない。悟らせなければ、軛から脱することもできませんからね。実に合理的です」

 

 軛から脱するということはつまり、遮二無二走るということである。思考も何もなく、ただスペックでゴリ押す。

 そうすれば、理不尽な二択を回避し三択目――――『どちらも選ばない』という道を選ぶことができる。

 

 しかし思考を捨てて走るというのは難しい。最善の選択をできる選択肢が目の前に吊り下げられていれば、尚更である。

 

「彼の戦術は、相手の長所で相手を刺す。相手の長所で長所を砕く。理不尽を押し付け、行動を縛る。そこが徹底されています。相手の長所はつまり、翻せば短所になる。そういうことでしょう」

 

「ではやはり、先に押し付けていくつもりか」

 

「ええ。彼のレースには意味があります。前のレースは今のレースの布石であり、今のレースは次のレースの布石。連綿と繋がっていく。無駄がない。ハイペースに呑まれた宝塚記念があってこそ超スローペースの菊花賞が生まれ、宝塚記念と菊花賞で脚の消耗を防げた。防げたが故に、シンボリルドルフは伝説的なジャパンカップを走れた。実に芸術的です」

 

 疑いなく全盛期と呼べる知略のキレ、判断の果断さ。やや堅実な守りに入った今とは色彩の異なる鋭さと迅速さが、この頃の東条隼瀬にはあった。

 

 そして現在。ナリタブライアンのレースを見るに、彼は手札を見せてきている。内からも外からも確実に差せることを見せている。つまり、どちらかに誘引して空いた方を突破する。

 それを防ぐことは、できない。そう見える。

 

「芸術的かどうかはともかくとして、理想的ではあるな」

 

「ですが、それを防ぐ方法はあります。そしてその上で、理不尽を押し付ける。要は、先手先手を打つこと。すなわち、主導権を握らせないことです。細かな調整は、貴方に任せます」

 

 ビワハヤヒデは、頭がキレる。ルドルフ以来とすら言っていい。

 つまるところ、彼女のトレーナーはこう言っているのだ。

 

 君ならルドルフと同じことが、そしてそれ以上のことができるでしょう? と。

 それに対してビワハヤヒデは、不敵に笑う。自分の選んだ、自分を選んでくれたトレーナーの信頼に応えるために。

 

「無論、やってみせるとも」




30人の兄貴たち、感想ありがとナス!
kantoimo兄貴、幻想を追う者兄貴、kira429兄貴、評価ありがとナス!
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