ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
それはつまり、実際の競馬におけるスローペースの有利とハイペースの有利がひっくり返っている、ということです。
私は基本的に、実際のレースを見てから作中のレースを書いています。しかしそこまで競馬に詳しくないこともあり、またRTAというジャンルということもあり、基本的に作中の表現はウマ娘アプリ内におけるレースに即して書こうとしてきました(できてないこともあります)。
なのでマックイーンがレース中に紅茶をグビーしたわけですが、ウマ娘のレースはざっくり言うとハイペースだと逃げとか前めの脚質が有利、スローペースだと差しとか後ろめの脚質が有利、ということになります。
これはポジションキープという仕様が関係しているのですが、詳しく説明するととんでもないことになるので省きます。
逃げが競り合えば競り合うほどハイペースになって逃げが有利になり、差し追込が不利になる。
単逃げであればあるほどスローペースになって差し追込が有利になる。
本作のウマ娘世界はアプリ版同様の、そういう世界だと思ってください。
追記になりますが、一応もっともらしい理由は考えてあります。
逃げ二人の方が強いのはハナを取らせまいと競り合い、実力以上の力が出せるから、前めのウマ娘がスローペースに弱いのは瞬発力に欠け末脚勝負になってしまうからとかです。
あと、時間が足りなかったので更新までに感想返信できませんでした。申し訳ございません。明日まとめて行います。
「マスターはVRウマレーターというものを使用した経験はお有りですか?」
やや唐突に、ミホノブルボンは問うた。
VRウマレーター。仮想現実に入り、なにか色々なことができる機器。
触れた機械のことごとくを破壊するミホノブルボンにとっては文字通り触れることすらかなわなかった代物である。
絶縁グローブをしていれば触れられることには触れられるが、フルダイブ時に手だけが読み込めないという世紀末景色を現出させることになる。
故に彼女が機械を破壊する根幹的な原因である電波をどうにかしない限りは、結局彼女はVRウマレーターを使うことはできなかった。
そして、最近。そのどうにかすることができたのである。これでも結構好奇心旺盛で機械好きミホノブルボンは、VRウマレーターというものに大いに興味を惹かれていた。
故に、彼女はもっとも身近でもっともお話をたくさんしたい相手に話を振ったのである。
「……いつもの生徒会メンツと、乱入してきたクソガキ+メジロマックイーン含めての毎年恒例のゲーム大会の時、変わり種としてやってみたことがある。正月休みが全部潰れたが、面白かったぞ。ルドルフと作ったシンボリジャジメントで裏面より世界を征服できたから、達成感もあった。メインシナリオも終わったからやめたが」
「なるほど。それは、経済戦争のようなゲームなのですか」
ルドルフ会長とマスターであれば、割と何でもできるだろう。現実でもURAという巨大組織に度々掣肘を加えて制度の変更を強いているわけだし、それがゲームであればなおさら楽にできるはずだ。
そんな謎の信頼感が、彼女にはある。そしてそういう難しいゲームを彼が好むことを、ミホノブルボンは特有の嗅覚で察してもいた。
「いや、野球ゲームだったはずだ。現にエアグルーヴとブライアンとクソガキとマックイーンは野球をやっていた。俺とルドルフは配役が謎だったんだよ」
殆どが高校の野球部員なのにルドルフはあいも変わらず人の上に立つ仕事をしていたし、この男はその直属にいた。
そういう星のもとに生まれたのかもしれないと、彼はこのときに思ったものである。
「だから好き勝手やっていただけで、本筋にはほとんど絡んでいない。時折観戦しに行ったくらいで」
「……よくわかりませんが、テイオーさんがメインシナリオというものにおける主人公格を務めたであろうことはわかりました」
「まあピッチャーやってたからなぁ、あのクソガキ。主人公だったんだろうな」
ピッチャーがテイオー、キャッチャーはマックイーン。ショートはエアグルーヴ、サードはブライアンだったからまあ、たぶんテイオーが主人公だったんだろう。
そんな安直な考えで、東条隼瀬はミホノブルボンの推測を肯定した。
カッチャウモンニ-!していた試合やボクガマケルナンテーしていた試合を、ルドルフのお付きで度々観戦しにいっていただけに、どこを守っているか、どういう役割をこなしていたかというポジションに関しては知悉している。
「ブルボン。お前、VRウマレーターとやらを使いたいのか?」
「はい。私はこれまで機械に嫌われてきましたが、最近頓に関係改善に成功しているという自負があります」
それはどうなんだろうかと、東条隼瀬は思った。
ミホノブルボンは、機械が好きである。勝負服のモチーフからして『宇宙を駆ける戦闘機』であるというのだから、いわゆる少年的なメカ好きの感性を持ち合わせていると思っていい。
しかしまあなんというか、彼女は触れれば何故か機械を壊す。
スターウマ娘が病院を回ってファンサービスする、みたいなことは結構よくあることではあるのだが、彼女は片っ端から病院の機器を破壊しかねないと思われているからか、一切お呼ばれはしていない。
実のところ彼女の体質は、変わっていない。つまり、改善はされていないのだ。外部装置によって目立ちにくくなっただけで。
「まあそれはそれとして、見ろブルボン。これは楽に勝てる相手ではない。そう思わないか?」
皐月賞、日本ダービー、菊花賞。
そして直近の、天皇賞春。それらの映像を飽きるほどに見返している姿を飽きもせずに見ているミホノブルボンは、彼に問うた。
「マスターは、勝ちにくいとお考えですか?」
「ああ。相手はどう来るかな、と思ってな。あと1年間分データが溜まればほぼ完全に近い予測を立てられるだろうが、彼はサブトレーナーとして他のウマ娘の育成に参画したことすらないときた」
「初めてで、菊花賞を勝ったわけですか。優秀ですね」
「そうだ。まったくバカげている優秀さだな。トレーナーも、そのウマ娘も。大した安定感だ」
しかも皐月賞も日本ダービーも2着。他のレースでもすべて連対。
新人にしてこの安定感は、彼とて瞠目するほどである。
「マスター、マスター」
「どうした。何か気づいたか?」
「私もすべてのレースで連対していますよ」
むふーっと自分の戦績を誇る――――というか、褒められたいがために尻尾ブンブンしている犬科のウマ娘の頭をヨシヨシヨシヨシと撫でつつ、浮き上がってきた左耳をポリポリと掻く。
「すごいなぁブルボンは。えらい!」
「はい。マスターのおかげです」
というたわむれを終えて、たぶんVRウマレーターについては忘れてくれたであろうイヌ科のウマ娘を撫でて精神的にリセットされた男は天皇賞春の映像を見た。
終盤。ナリタタイシンの炸裂した末脚を真っ向から受け止め、受け止めてから押し切る。
素直に、強い。BNWと呼ばれているが、明らかにひとりだけ格が違う。
「マスターは、何にお悩みなのですか?」
「ん、いやまあ、思い通りに動いてくれるだろうか、というところがな」
「……ですがそのために、皐月賞であざとい手を使った。そうではありませんか」
「まあそうだが、用心するに越したことはないからな」
そう言ってからコーヒーを一口飲んで、東条隼瀬は一息ついた。
「それにしてもお前、気づいたのか」
「思い通りに、というくだりで。マスターはレースがはじまる前、あらゆるパターンをデータ化して私にインストールさせてくださいました。無論それはこういう成長を期待したのではなく、現場レベルで発生する齟齬に対応するためだということは承知していますが、それでもわかることはあります」
「となると、相手にも読まれているかな。それはそれで構わないんだが」
情報収集は、確実にしてくる。
この場合の彼の思考回路は『ブルボンに読まれる程度の作戦ではだめかな』、ということではなく、単に『情報収集によってたやすく察知される戦術ではだめかな』というたぐいの懸念だった。
それに対して、ミホノブルボンは第三者から見ればこその即断を下した。
「いえ。おそらく、それはないと思われます」
「うん。理由は?」
「マスターはレース1つにしても多岐にわたる思考をなさいます。それはひとえにマスターが現場レベルでの臨機応変さに欠けるからです。ですが実際に日の目を見るのはひとつだけ。即ち私が得ているマスターの思考パターンは、実際に使われたそれの28倍にも及ぶと考えられます」
「まあ、そうだな」
こうしたらこう。こうしたらこう。
面白いほどにインプット能力の高いブルボン相手に、スズカショックから抜け出せずにいた東条隼瀬は安定性を求めるために徹底的に自分が予知する危機や展開を叩き込んだ。
それは彼の精神がミホノブルボンというセラピストによって改善されるにつれて量を減らしていったものの、ミホノブルボンはそれらをまだ律儀に記憶していたのである。
「更に言えば、私はマスターから解説付きでの説明を受けています。他の方はあくまで結果から推論を立てただけで、必ずしも正答を導き出しているとは限りません。となると、私が読めた理由となる情報を、相手方は正しく取得できていない。となると、正しい推測はできないのではないでしょうか」
「確かに、その通りだ。名プレイヤーは名コーチたりうるかという論争はあるが、お前はいいトレーナーになるだろう」
「光栄です、マスター。ですがこれは、環境に恵まれただけだと思われます。私はマスターの思考をトレースして『どう考えるか』を推測しただけであり、そこに成長する余地は存在しません。つまり、ステータス:独自性が欠如している。即ち、二番煎じにしかなりえません」
それもそうかと思うが、それにしたってすごい。
成績優秀で暗記が得意なこのサイボーグウマ娘の意外でもないはずの一面に驚かされながら、取り敢えず頭を撫でる。
「ブルボン。逆に訊くが、お前は勝てると思うか?」
「マスターは負けた経験がありません。それに、ルドルフ会長、スズカさんと組んで負けないというのもすごいことですが、何よりも私と組んで負けなかったという実績は讃えられるべきです。ブライアンさんの才能は私の97倍はありますから、勝てるのではないでしょうか」
昨日勝てたから今日も勝てる。今日も勝てるのだから、明日も勝てる。
それを今まで繰り返してきたわけだが、その理屈はあくまでも理屈でしかない。
「強いて不安点を挙げるとすると、どちらも封じられた場合どうするか、ということです。その場合進路だけでなく、レースにおいてもっとも貴重な、時間を失うことになります」
「そのあたりに関してはちゃんと考えてある。相手が一筋縄でいかなくなり、勝負が早まった時点でな」
こくりと、ミホノブルボンは頷いた。
思い返せば自分程度が思いつく危機を、このひとが見逃すとも思えない。
余計な確認だったとミホノブルボンは思ったが、実のところその慎重な確認を、彼は結構ありがたがっていた。
「というかブルボン。ブライアンさんというと、仲良くなったのか?」
「はい。マスターがどう考えるか、といったあたりを少し教導いたしました。多少力になれたようで嬉しく思っています」
「俺がどう考えるかを知ろうとしたのか。あいつがね」
ルドルフと併走しているブライアンを窓から眺めつつ、ため息をつく。
「どうにも、気を回しすぎているな。あいつ」
ナリタブライアンの全盛期が来るのは、おそらくは2年後。今は才能の全容が目覚め切っていないし、無理矢理に叩き起こそうとも思わない。
今は蛹なのだ。それが羽化したビワハヤヒデと競おうとしている。
「俺としては別に、あいつが全力を出して負けるならそれはそれでいいんだ。無論手を抜くというわけではないが、勝ちたいならこれからいくらでも機会はある」
「ですがブライアンさんは、今勝ちたいと思っている。そうではないのですか?」
「おそらくは。とはいえ本人は、そう思っているんだろうな」
勝ちたいと思っていると、思っている。
その表現の仕方にクセを感じつつ、ミホノブルボンは首を傾げた。
「とはいえ、俺もやるからには勝ちたい。だが願わくばあいつには、自分の本心がどこにあるかというところに気づいてほしいもんだ」
「そうでなければ、勝てないからですか」
「いや、どのみち勝つさ」
春天の、ラストスパート。
ナリタタイシンを迎え撃った、最後の場面。その意味を完璧に理解した男は自信を取り戻したような横顔を見せつつ、ミホノブルボンにそう言った。
「こちらの情報を掴んでいるということは、相手に手の内がバレているということだ。となると自然、対策は限られてくる。ここまではいいか、ブルボン」
「はい。こちらの手が封じられているということすなわち、相手の手を限定させるということに繋がる。つまりマスターは自分のいつもの手を封じられながらも、相手の手は読めている。そういうことですね」
「そうだ。読めている。だがどうしようもできない。それはその通り。しかしその対策を引き出してから、どうしようもできないのは俺だけさ。将軍ならなんとかできる。ルドルフなら更にうまくやる。つまり、俺は俺であることを捨てることで、この局面を打開できるだろう。
別に覚えておいてほしいわけでもないが、いついかなる時も不意を打つというのは有効なんだよ。そして不意を打つというのは相手が殴ってきた手を掴んで引きずり込むことによって発生する。あとは、うまくやるさ」
この場にスズカがいれば、少し驚いたかも知れない。彼女との秋天の一件からややその性格と才能の色彩を変えた男が、徐々に色を元に戻しつつあったのである。
今年の宝塚記念は、ビワハヤヒデ一強だと言われる。
ビワハヤヒデ一強で、これまでそれを許さなかったウイニングチケットは肩を負傷し、ナリタタイシンは右脚を骨折。
去年までから様変わりした戦況から更なる様変わりを見せ、空白地と化したシニア戦線に殴り込みをかけるには都合のいいタイミングだというのは、確かだった。
41人の兄貴たち、感想ありがとナス!
euthanasia.0110兄貴、エマノン兄貴、さえみりん兄貴、touya兄貴、さんらいん兄貴、評価ありがとナス!