ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:『故障しました』

『ブルボン。ぬいぐるみの発売は3ヶ月後になった。一応サンプルが送られる手筈になっているから、相部屋の子にも伝えておく様に』

 

 彼女が今見ているのは、スマートフォンのメールの画面。機械に触れただけで破壊する能力者である彼女は、わざわざタッチペンを携帯してスマートフォンを操作することを強いられている。

 

 普段ならばここでしみじみと不便さを感じるところだが、今の彼女は違った。

 

 あのとき限りと思った呼び方が継続していることに、ミホノブルボンは密かな満足感を得ていたのである。

 やはりミホノブルボンとか君とかお前とか、そういうのよりブルボンと呼ばれる方がいい。何がいいかはわからない。だが、耳触りがいい。

 

 呼ばれると、そのたびに元気になれる。そんな気がする彼女は、現在掛け値なしに元気だった。

 

 皐月賞が終わったあと、ひたすらに休んだからである。やはりクールダウンを入念にやったとしても、疲れが完全に消えるわけではない。

 いい機会だったと思えと、彼女はあのあとマスターから言われていた。

 

 いつものように鞄に制服を詰め、ジャージを着て坂路に出ていく。

 そこにはやはりいつも通りの人が、いつも通りの顔をして待っていた。

 

「マスター。本日もご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

「ああ。無論のことだ」

 

 無敗の皐月賞ウマ娘と、新人にして既に日本競バ界の最高峰たるGⅠを3勝するほどのウマ娘を育て上げたトレーナー。

 3つのうち2つがジュニア級、格式の低いGⅠだと言ってもGⅠはGⅠ。ついで得た皐月賞など、最高クラスの格式のGⅠである。

 

 そもそもレースで一着を取れるウマ娘自体、全体から見れば3割程度と少数派。

 トレセン学園に配属された新人トレーナーにしても、最初の勝利を掴めないままに地方に飛ばされる者もいる。GⅠにしても、1回でも勝てれば経歴に箔がつくと言われるくらいなのだ。

 

 そういうわけで、少しくらいパーティーでもすればどうなんだろうと、周りはそう思わないでもない。

 

 だがこの2人は、実にいつも通りだった。新聞という新聞が、ニュースというニュースがすべて嘘をついているのかもしれないと錯覚を起こすほどに、いつも通り過ぎた。

 

「お前さ、ミホノブルボンが皐月賞を勝ったってこと知ってる?」

 

「勝ち得た栄光に興味はない。現在、最低でもあと2回勝たなければいけないということのみを知っている」

 

 それを俺の前でいうか、と。リギルの《将軍》は口をへの字に曲げた。

 彼が現在担当するライスシャワーは、ミホノブルボンと同い年である。つまり同じくクラシック三冠路線へ漕ぎ出した同期なのだ。

 

 その前で『あと2回』というのは、ウマ娘にとっての最高の栄誉《日本ダービー》と、世代最強を証明する《菊花賞》。その2つを獲るという、明確な宣戦。

 ……いや、宣戦ですらない。ミホノブルボンが淡々と時を刻むように、この《参謀》は淡々と事実を刻む。後2つ勝つということを、単純に口にしただけなのだ。

 

 現状相手にされていないだろうと、《将軍》は思う。それはそうだとも、《将軍》は思う。

 

 ホープフルステークスで、ミホノブルボンは覚醒した。朝日杯FSでレコードを叩き出したあたりからその片鱗は見せていたが、ホープフルステークスで彼女は完全に一皮むけた。

 

 GⅠ出走3回。レコード3回。昨日の皐月賞で記録したタイムなどは、トゥインクルシリーズがはじまる前から記録され続けてきた中央でのどの記録よりも速い。

 

 つまりミホノブルボンは走行距離が2000メートル以内であればどの時代の誰を相手にしても無敵であると、血統に頼らぬ実力で証明してみせた。

 

 やや先の話になるが、ミホノブルボンは無敵ではなくなる。ウオッカというウマ娘によって、彼女の記録は肉薄されることになるのである。

 だが今のところは無敵であるということは、誰もが認めるところだった。

 

「勝つ自信はありそうだな」

 

「己を過小評価しているやつがそのまま寝ていてくれればな」

 

「ライスのことか?」

 

「違う」

 

 なんの間もなく断言した。となるとそうではないのかなと、《将軍》は思う。

 だが、その油断とすら言えない軽微な侮りこそがライスシャワーの勝ち目であると、《将軍》は知っている。

 

 彼とて、一流のトレーナーである。ライスシャワーがミホノブルボンに勝つ可能性があるウマ娘であるということを、世界の誰よりも信じている。

 

「……まあ、とにかくさ。もうすぐミホノブルボンは誕生日だろ。こんなときくらい、お祝いを考えたほうがいいと思うぜ。ただでさえ誤解を招きやすいんだから」

 

「お前の言う通りであることは否定しないが、これでも随分思ったことを口にするようになっただろう」

 

 たしかに最近、心做しか口数が多くなったような気もする。

 

「それでも誕生日は特別だぜ。お前もほら、わかるだろ?」

 

「生まれてこの方、俺の生誕を祝うのはお前と師匠、あとはルドルフくらいなものだ」

 

 ん?という顔を、《将軍》はした。

 だがすぐさまなんとなく納得したような顔になり、頷く。

 

「まあそうかもしれないけども、サラッと悲しいことを……」

 

 別に《参謀》としては、悲しいという思いはない。『死に一歩近づく息子をどうして祝賀しなければならないのか』という親の言説はなるほど、もっともだと思うからだ。

 

(それにしても……ルドルフのあれは何だったのだろうか)

 

 『誕生日おめでとう参謀くん。外国人枠の撤廃で多くのウマ娘の幸福が守られたこともあり、目出度い。そう、実に目出度い。めでたいめでたい、ということで鯛のプレゼントだ。ふふっ』

 

『ああ、ありがとう。誕生日プレゼントをもらったのは初めてだ』

 

 誕生日おめでとうからということでまでの意味はまったくわからなかったが、お礼は言った。そして贈られた鯛は刺し身にして食べた。

 そしてシンボリルドルフの意図を察することに長けたエアグルーヴにこの顛末を話して解読を乞うたが、結局エアグルーヴにもわからなかった。

 

 近々の誕生日の記憶は、そういうものである。

 

(エアグルーヴに聴いてみるか……)

 

 結局あの、ルドルフらしからぬ長ったらしいのはどういう意味を持っていたのか。

 

「ともあれ、誕生日プレゼントは渡しておけよ。ケーキは……お前にも栄養管理があるだろうから無理にとは言わないけども」

 

「わかった。買おう」

 

 ということで、買った。何をと問われれば、時計とケーキを。

 別にミホノブルボンが時計好きなわけではない。単純に彼の脳裏には、ぬいぐるみの記憶が残っていたのである。

 

 ミホノブルボンは最近、精密機械と呼ばれはじめた。正確無比なラップタイムが所以である。だからぬいぐるみは、時計を持ったデザインにしよう。

 外国人枠撤廃運動のときに協力してくれたURAの渉外担当とそういう話をして、頷いた。だからミホノブルボンには時計だという、そういう認識がどこかにある。

 

「ブルボン」

 

「はい」

 

 ピコンと、耳がご機嫌そうに揺れる。

 皐月賞に勝った。壁を超えた。その嬉しさが未だに去らないらしい。

 

「今日は誕生日らしいな」

 

「はい。サクラバクシンオーさんからは祝福の言葉と電池をいただきました」

 

 それは果たして誕生日プレゼントとして適切なのか。

 そんな疑問は浮かんだが、あくまでも当人たちは仲良くやっているらしいと判断し、口を出すのはやめた。

 

 これを他のトレーナーが見たら、驚くことだろう。

 極めて優秀だがスパルタ的な厳しさと口うるさいまでの管理気質を持つ、典型的な管理屋。彼は他のトレーナー連中からは、そう思われている。

 

 しかしリギルで参謀役をやっていたときの彼の役目はと言えば、気づいたことやウマ娘本人すら気づかない要望を吸い上げて提出し、敵チームの分析をして、個々人のカリキュラム・好みに合わせた献立を作ることだった。

 

 つまり、個々人にどうこうと口を出すことはしていなかったのである。

 

 ブルボンのトレーナーになってからというもの、彼は常に口を出している。身体を作るために必要な食事をどう摂取するか、いつ摂取するか、練習はどうするか、どれくらいするか。部屋で練習したいと思ったときは何をするか。

 

 傍から見ると直接出向いて細々口を出す官僚じみた管理者のように見える。

 しかし実のところ彼はカリスマ性のある個人に従属しながら助言する、軍師的なことの方が得意なのだ。

 観察し、分析し、自分なりの見解と事実を分けて主体性を持つ個人――――かつての場合は彼の師匠である東条ハナ――――に上奏する。管理主義で分権的なリギルでの仕事は、実に彼に合っていた。

 

 根っからの管理者では、そうはいかない。分析して上奏する前に、気づいたことに片っ端から口を出していくだろう。

 だが彼は、そうではない。故に根っからの管理者ならば看過できないこういったことを、彼はサラリとスルーすることが可能だった。

 

 あくまでも目標の設定は、本人に任せる。自分はそれを後援し、実行するための手立てを考える。

 実際のところ彼の本質はそれであり、今もこれっぽっちも変わらない。

 

 夢を持つ者の後援者であり、助言者であり、夢へと続く道の舗装者。そのためならば向いていないこともやるし、矢面にも立つ。

 それが、ミホノブルボンのトレーナーだった。

 

「俺からはこれをやろう。時計だ」

 

「ありがとうございます、マスター。大事にします」

 

 ここで断っておこう。

 ミホノブルボンは、大事にはした。大事にはしたのだ。貰ったものをどうしたらいいかわからずにエラーを吐きながら部屋をうろうろし、1日目は箱に入れて保管。

 

 2日目は『使うことが1番の感謝を表す行動なのではないか』と思って手につけてみたり、つけたまま歩いてみたりして、練習に向かうにあたっては箱に入れて保管。

 

 3日目は昼休みに鼻歌交じりに時計を磨き、周囲の生徒からは『あの人に音楽機能がアップデートされたのかな……』などと戦慄させた。

 

 そしてやや飛んで、14日目。朝練のために起きたミホノブルボンは、やや無遠慮にスマートフォンを掴んだ。

 

 電源が、つかない。

 仕方ないと、ミホノブルボンは思った。というか、諦めていた。自分が触れた機械が一定確率でその機能を永遠に停止させることを、彼女は知っている。

 

 しかし、時間がわからないのは困る。

 そこでミホノブルボンは思い出した。自分は時計をもらったということを。

 枕元に置いていた革張りの箱を開け、腕時計を取り出す。無駄な装飾のない無骨で機械的な時計は、彼女の好みに合っていた。

 

 5時50分。いつもどおりの起床時間。5分で着替えて坂路に向かう。

 そして彼女は素早く着替えて、時計を見た。

 

 5時50分だった。

 

(…………)

 

 ミホノブルボンは、見なかったことにした。

 自分が着替えるのが速かった。たぶんきっと、そうだ。秒針が動いていないのも、気のせいだ、と。

 

 果たして朝練を終えて帰ってきても、時計は変わらず5時50分を示していた。

 

(1日に2回は正しい時間を表示する、そんな時計……)

 

 人はそんな時計を、壊れているという。

 

「マスター。ご報告があります」

 

「ん?」

 

 昼休み。

 坂路に併設されたベンチであぐらをかいて待っていた男の心胆を心から寒からしめる一言を、ミホノブルボンは発した。

 

「故障しました」




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