ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「ルドルフ」
合宿地の確保もできないほどの零細チームにコネなどの紹介状やら、土地の紹介を行うためのメールや手紙やらを整え終えた男は、この世で最も敬愛する皇帝の方を向いた。
「ん?」
「おそらく近い内に――――いや、それにしても年単位での話だが」
スズカと別れ、ブルボンと出会う前。
つまり昔の彼っぽい言い草に言いようのない懐かしさを感じつつ、シンボリルドルフは曖昧に頷いた。
書類を捌く手を休めず、【皇帝】は異名に相応しい勤勉さで生徒会としての仕事やトレーナーたちから提出された夏合宿のスケジュールの打ち込みをこなす。
何かあればどこに誰がいるか、すぐにわかる。そういったシステムを整備することに余念がない彼女は、半ば趣味としてこういうことをやっていた。
「トレーナーをやめることになると思う」
◆◆◆
「マスター、なにかお悩みですか?」
生徒会の書記としてせこせこと記憶したデータを書き起こす作業にひと区切りをつけたブルボンは、とことこと寄ってぼけーっとしている男に声をかけた。
目の前のパソコンには、地図が映し出されている。
「そろそろ夏合宿の場所を決めようと思ってな。今年は暑くなるようだし、本家から土地を借りようか、などと考えていた」
「マスターの実家からですか」
「いや、本当の本家から。つまり京都の東条本家から、だな」
ちょっと冷たいところでやろうか。
そんなことを、彼は考えているらしい。
「マスターは分家だったのですか?」
おハナさんが分家で、マスターが本家。そんなことは聴いていたが、それはあくまで出先機関の本家、ということだったのか。
そんなことを思いつつ、ミホノブルボンはピコリと耳を揺らした。
京都の東条家というのは、トレーナーとしては有名ではない。少なくとも、彼女はお父さん(パパボン)から聴いてはいなかった。
「まあな。分家したというか下向したというか、拉致されてきたというか……平安を壊す乱でなまじ活躍したばかりに目を付けられたというのか……」
「なるほど、よくある話ですね」
中世まで、騎バ隊。すなわちウマ娘たちは軍事的な最強ユニットだった。
そういう時代だからこそ生まれたロマンスというのは、ある。
お父さんと仲良く見ていたドラマで数多く描かれてきたそれらをリフレインさせつつ、ミホノブルボンは頷いた。
「マスターの本家は武闘派な貴族だったわけですか」
「いや、別に。なんの教育もなく戦火に巻き込まれて、なんとなく勝った。それだけの話だ」
その結果貴族としては辺境もいいところに飛ばされているのだから実質負けているのでは。
かしこいブルボンは、敢えて口には出さなかった。
「別にどことは言わないが、両家の付き合いはそれから現在に至るまでずーっと続いているわけだ」
「勝ってしまったが故に、ですか」
「そう。勝ちすぎるのも良くない。担当にも余計な精神的負荷がかかるからな。だから適当なところで負けたいんだが、そうもいかない」
勝つためにレースをするからには、全力で。
そういう思考は、無論のこと彼にもある。
「しかしまあ、使い道もある」
「本番に向けての布石としての敗戦、ですか。普通のトレーナーであれば無敗の記録は伸ばしたいと考える。記録の偉大さを逆手に取り、盲点をつく。マスターの考えそうなことです」
「そうだ。お前、頭いいな」
むふーっと二足歩行型の犬が褒められて嬉しくなったところをすかさず撫で、耳を掻く。
パタパタと嬉しそうに揺れる尻尾をちらりと見て、東条隼瀬は一瞬だけ笑った。
そう、一瞬だけ。
「それにしても暑くなる、というのはな……」
「対策はできると考えますが」
「できる」
基本的に、東条家は裕福である。
裕福な東条家と名声を得ているリギルであれば、大抵のことは実行できるしなんとかなる。だからこそリギルという多士済々、綺羅星の如きウマ娘たちを管理・育成できるのである。
「俺はな」
「あちらにはあちらの思案があると思われます。マスターがもし何事かが起こることを予測していらっしゃるのだとしても、その思案を妨害することは過干渉というものです。ここは結果だけ予測しておき、何が起きても即応できるようにしてみてはいかがでしょうか」
また何か、自分ではどうにもならないところに考えを巡らせている。
そんな気苦労を友としている人の新たな思案を察知し、ブルボンはやや声色を高くして言った。
「……まあ、そんなところだろうな」
「はい。そんなところです」
俺の立てた予測はほとんどが外れるわけだし、そうなることを願ってみるか。
そんな彼の緩やかな願いと共に、夏合宿ははじまった。
チームでの夏合宿は、トレセン学園の恒例行事である。しかし無論、全員参加というわけではない。
クラシック級で悠長に夏合宿にいけるのは、春に結果を残したウマ娘のみ。夏にもレースはあり、春で結果を残せなかった――――あるいは何らかの事情で出遅れたウマ娘たちは夏の上がりウマ娘となるべくレースで場数を踏んだりする。
そしてシニア級に進めたウマ娘にとって、夏に休息を挟むことは珍しいことでもなかった。
これはクラシック級よりもシニア級のスケジュールがタイトで過密だからというわけではない。
単純に1学年の最強を競うクラシック級と全学年での情け無用の争いをするシニア級とではレースの平均タイムなどが大きく違ってくる。レベルの違う争いに巻き込まれれば、当然消耗は加速するし故障のリスクも高まる。
そういうわけで、リギル所属のウマ娘たちの約半数はお休みをとっていた。
「いい気候じゃないか」
口に咥えし自家栽培の枝。
トレセン学園の所在地、東京の暑さにイラついていたナリタブライアン(練習不参加枠)は腕を組みつつ不敵に笑った。
「ルドルフ」
「わかっているよ」
ナリタブライアンには、辻斬りじみたデュエル癖がある。暇な時はトレセン学園内のウマ娘と野良レースを開催したりしていた。
ルドルフをこの札幌くんだりまで連れてきたのは、お目付け役という側面での期待、というのもある。
無論、それだけではないわけだが。
「予定はズレて来年になったが、用心するに越したことはない。お前は一度、ロンシャンで怪我をしているわけだしな」
「まあそれはなんというか……」
君がいなかったからだよ、とは言えない。
余計な気苦労をかけることになるし、余分な責任感を抱いてしまうかもしれない。
そんなシンボリルドルフの内心を知るよしもなく、東条隼瀬は次の言葉を待った。
基本的に、ルドルフの言葉は鮮やかで、淀むことがない。それだけに、この歯切れの悪さに続く何かがあるだろう。
彼は、そう思っていた。
「ともあれ、慎重な調整は嫌いではない。どのみちレースは勝てるだろうからね」
「一度敗けた。その上で勝てると思うわけか、皇帝」
少しからかうようで、諌めるような言葉。
入念な準備は必ずしも結果に直結しない。結果を出すには必要な要素ではあるが、やったからといって結果が出るか、と言えばそうではないのだ。
「無論だとも」
「勝算は?」
「ない。だが君と私が組んで、為せなかった何事かがあるか?」
「ない。これまでは」
「そう。これからも」
パン、と。
手を合わせて、それぞれの持ち場へと駆けていく。
おハナさんがサブトレーナーと居残り組の監督をしている間、実質的な監督者は東条隼瀬――――ではなくルドルフである。
実力人望共に豊かな皇帝を参謀が支える。リギルのメンツからすればよく見る光景だった。
「グラスワンダー。どうだ」
「悪くありませんよー」
スプリングドリームトロフィー(京都3200)を制覇し、サマードリームリーグトロフィー(阪神2200)へと向かうグラスワンダーなどは軽めである。
彼女は、走ることに関しては比類ない。しかし調整が下手なところがあり、フルパワーでレースに臨めたことより、よろしくない調整で挑んだことの方が多かった。
「春のドリームトロフィーではスペちゃんに勝てましたし、この調子で夏も制覇したいですねー」
「エルコンとの対戦でもあるし、な」
「ええ」
獣じみた、いい笑顔だ。
そう思いつつ、グラスワンダーなどを見ると管理主義の有効性を感じずにはいられない。
彼女は百戦錬磨である。
故におハナさんからの管理から一時離れ、新人のサブトレーナーに任せられていたここ1年。
レースは善戦続きだった。果てしなく調子が悪そうでもなんとか戦えていたというのもすごいが、やはり万全の状態だとその末脚には恐ろしいものがある。
サブトレーナーにしても無能ではないが、グラスワンダーという実力実績伴う闘争心剥き出しのウマ娘を管理するには経験と精神の太さが足りなかった。
「それにしても……やはりお前の末脚には素晴らしいものがあるな。普段は出せない本気さえ出せれば」
「相変わらずですねー」
一言多い。
だが体重に関してもズケズケと言ってくるこの男の腕を、グラスワンダーは信用していた。
「……暫定だが、アオハルでは長距離を走ってもらいたい。できるか?」
「ええ。ですが、会長がいるのではありませんかー?」
「ん、まあそうだが……切り札は必要だ。お前の末脚は、秘しておくにふさわしい。問題は……」
「メニューこなしてきますねー」
こうして思考の深部にダイビングしていく男を放置していくグラスワンダーは、素直で従順な方だった。
掛け値なしに、能力だけを信じている。故に彼女は、忠実にトレーニングメニューをこなす。
エルコンドルパサーも、基本的に癖がない。
そして輪をかけて従順なのが、ブルボンだった。
「ブルボン。お前は柔軟のあとランニングだ。砂浜の端から端まで。指で弾くように、脚をよく上げて走るんだ。わかるな」
「はい、マスター」
ミホノブルボンは、実に素直と言っていいウマ娘である。
坂路だけでは補い切れなかった微妙な瞬発力と足の感覚を養うための練習とはいえ、砂浜という走るには苦行そのものの環境にぶち込まれてもなんの文句もなく走っていく。
その一方で、素直と言うには相応しくないウマ娘もいる。
「おい、暇だ。なんとかしろ」
「実家に帰ればよかっただろう」
「輪をかけて暇になる」
「じゃあ柔軟をすればどうだ。脚と腕に負荷をかけない練習なら許可できるが」
ウマ娘は、時速70キロ近い速度で走る。
故に脚の消耗も激しく、走る時に振ることになる腕、特に肩も負荷がかかる。
この肩をやったのが、彼女の姉の同期であるウイニングチケットである。
「フン」
自分の鎖骨の下あたりを親指でトントンと叩く。
見ていろとでも言うべきその動作の後、ナリタブライアンはぺたんと地面に脚を広げた。
ほぼ一直線、そのまま胸が地面につくほどに身体を折り、フフンと鼻で笑う。
「どうだ」
アンタが毎日やれやれと言ったから、やってやったぞ。
つきたての餅のような柔らかな筋肉をしている反面、関節が硬い。特に股関節に負荷が掛かり、あんなバカみたいな出力を出し続けるとぶっ壊れる。
そう言われてからブライアンは泣く泣く――――彼女としては、走ることができなくなる方が嫌だった――――風呂後の柔軟と酢の摂取を続けていた。
「おお……やるな。知ってたが」
「なんだ、驚かしがいのない」
「走りを見ればわかる。毎日少しずつ、無理せずに可動域を広げていったことも、休まず頑張っていたことも」
そうか、と。
やや顔を背けなからつぶやくナリタブライアンを見て、東条隼瀬は情報を伝えるべきか否か迷っていた。
幼い頃は繊細で、臆病だったらしきナリタブライアン。三つ子の魂百までというわけでもないが、その面影は今もある。
それに、彼女には優れた学習能力がある。故に余計なことを吹き込むと、心理的な枷になりかねない。本当は柔軟をする理由も言いたくなかったくらいなのだ。
「まあ、いいか。走りたがりだしな」
「あ?」
「休め、といった理由を教えよう。まず俺は、宝塚記念に出す気がなかった。出る意味もないと思っていたからな。だから春先は有り余る出力の制御法を身体に叩き込むために不調にさせ、秋にピークが来るように持っていこうとしていたんだ」
「……私がアンタにとって予定外の事態を招来させたことが原因、ということか」
「別に責めているわけではない。しかし事実として、無理なく緩やかに上げていくような身体に、俺はした。そして宝塚記念前、その身体を無理やり叩き起こしたんだ。だからお前は今、より疲れている。そんな状態で夏、トレーニングをするわけにはいかない。いや、やろうと思えばできるし、伸びるだろう。だが……」
「だが?」
「万が一にも、怪我をしてほしくない。今のところお前が、俺の最後の担当になりそうなんでな」
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