ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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愛嬌×がトレーナーやめるという報告を聴いて一番驚いたのはURAです。やめるのをやめてほしいのもURAです。


アフターストーリー:ブルボンの野望 将星録

「マスター。遊びに行きましょう」

 

 あ、犬だ。

 とことこと入ってきたウマ娘を見て、東条隼瀬は自然とそう思った。

 

 尻尾がブンブンと揺れて、耳もピコピコと揺れている。そのさまはまさしく、知恵をつけてリードを自ら咥えて散歩をせがむ犬のごとし。

 本日は夏合宿の最終日である。ミホノブルボンというウマ娘からすれば3回目の夏合宿。1回目は夏祭りに行き、2回目は札幌でなんとなく過ごし、そして今回も場所は違うと言えども北海道。

 

 故に一回目のような夏祭りは開催されず、たいていのウマ娘は疲れ果てて寝ている。シンボリルドルフですらハチャメチャに疲れている。

 だというのにこうも平然と遊びに誘えるというのは、流石にミホノブルボン。タフでスタミナ豊富なサイボーグと言ったところか。

 

「で、何がしたいんだ」

 

「花火をしたいと考えています」

 

 お父さんから夏に花火をすることでマスターとの仲を深められるという情報を得ました。

 そんな内心を悟られることなくむふーっと口元を緩めている大型犬の手には、ペットボトル。

 

 他者に預けてしまうことになんとなく気が引けた老犬との散歩を終えたあとらしい。

 

「ま、よかろう。買いに行くか」

 

「マスターの手を煩わせるのもよろしくないと思い、準備は万端に整えてあります」

 

 この時この場に彼女のお父さんが居たとすれば、これまた眉毛をピーンと立たせてむふーっとドヤ顔をのぞかせた情緒が幼い大型犬を見て微笑ましく思いながらもこめかみに手を当てて残念がっただろう。

 

 花火をすると仲を深められる、というのは本当に花火に火をつけて景色を満喫すること――――だけではない。その事前準備も含めてのことなのだ。

 無論、そんなことはミホノブルボンにはわからない。彼女の中にあるのはなんとなくもっと仲良くなりたいという単純な感情だけだからである。

 

「明細は」

 

「私の願望に付き合わせるのですから、私が出すべきだと判断しました」

 

「それはそうだ。だがこれから楽しみを共有するというのだから、やはり折半が妥当ではないかな」

 

 星が瞬く瞳が、チカチカと光る。

 脳が活性化し思考の海に沈んだミホノブルボンは、しばらくしてからゴソゴソとレシートを引っ張り出した。

 

「64でお願いします」

 

「よかろう」

 

 一通り種類をずらりと揃えているあたりに、花火初心者感が大いに出ている。

 

(最近思考にキレが増したとは言え、まだ幼いからな、こいつ)

 

 これからそういうことも経験して、少しずつ大人になっていけばいい。

 完璧な親目線、あるいは飼い主目線で東条隼瀬はレシートを眺めた。

 

「一応訊くが、犬ツーはどうした」

 

「はい。散歩の後、ステータス『疲労』及び『満足感』を確認。後に来るであろうバッドステータス『空腹』に備えて餌を用意し、ケージへと案内しました」

 

「うんうん、慣れたものだな」

 

「親分ですから」

 

 犬に対してしたたかなマウントポジションを確保していることをひそやかに自慢している。そんな幼さをかわいく思いつつ、栗毛を撫でる。

 

「マスター。お仕事は大丈夫ですか?」

 

「問題ない」

 

 パチパチと、真偽を問うように瞬く瞳。

 あまりにも真っ直ぐなそれを正面から受け止めても怯むことなく、東条隼瀬は沈黙を楽しむように見返した。

 

「質の如何にもよりますが、私もお役にたてると思います。マスターさえよろしければ、何なりとご指示を」

 

「いや、本当に問題ない量だ。だからいい」

 

「……そうですか」

 

 細い眉毛がしゅんと山を描き、口元が下がる。

 まともな愛嬌を持ちし者であれば、『ありがとう』とか、『好意だけは受け取っておく』とかそういうことを言っただろう。

 だが彼は、まともな愛嬌を持ちし者ではなかった。

 

「マスターは教官になられると聴きました。父の影響ですか?」

 

 そんなしょんぼりブルボンは、42.5秒の沈黙の後に口を開いた。花火を了承されてからのキリリ眉ではないが、山を描いた眉でもない。

 すなわち、ミホノブルボンのテンションは平静に戻っていた。

 

 この驚異的な立ち直りの速さ、切り替えの迅速さは間違いなく、彼女がこの付き合うに難しい男とうまくやれている原因であり、美点であろう。

 

「そうだな。だがお前を育てたという経験が、より加速させたというべきだろうな」

 

「それは父との出会いがより俯瞰的に見ると、私の育成に包括されているからでしょうか」

 

「そうではない。例えお前のお父さんと会わなくとも、お前と関わった時点でそうなろうと思っていただろう、ということだ。志すタイミングの差こそあれ、な」

 

 夜の海。

 昼の自ら光を放つような明るさとは違い、ただ星の光を反射し、重い音を立てる。

 

 明るさも怖さも、感じさせない暗く深い水。

 それを前にして、ミホノブルボンはふと隣の人を見た。

 

「マスターは去年の年末から今年の年初にかけてお休みをとりませんでした。それはトレーナーとして現役の間に自分のノウハウを発信したい、という動機からですか?」

 

「そうだ。実績とは熱された鉄のようなもので、自分からなにか行動を起こさない限りは一見変わることはない。ただ冷えていくだけだ。しかし放置していれば徐々に埃をかぶり、忘れられてしまうものでもある」

 

 無敗の名声の続く限り。いや、無敗の名声が効果する間に、自分が編み出したレースにおける戦法や育成の方法を伝えてしまいたい。そういう意図があったことを、ミホノブルボンは彼に近い将来教官になる、ということを伝えられてしばらくしてから悟った。

 

「マスターは名門の出身です。秘伝として後に持ち越す、というのも悪くない選択肢であるように思いますが」

 

「確かにそうだ。だがそんなことをしていては、全体に進歩が見られない。日本のトゥインクルシリーズを活性化させる為にも、ちょっとした技術であっても、汎用化されてどこでも使われるべきだ。それが将来きたるべき危機に役に立つことになるだろう」

 

「将来の危機。コンテンツの縮小、ということでしょうか」

 

「縮小は、まだ早い。問題はトゥインクルシリーズというものが飛躍的な膨張を果たしつつあるところにある。その結果といえば変だが、将軍が地方から来た」

 

 そこまで聴いて、ミホノブルボンはなんとなく察知した。

 これまで中央だけでまかなえていた人材が、足りなくなりつつある。故に地方から引き抜きが行われた。

 将軍。加賀トレーナー、ライスシャワーのトレーナー。彼の成功を皮切りにこれまで暗黙の了解で行われていなかったことが、今や常態化しつつある。

 

 嚆矢となったのは、北原トレーナーだった。しかし彼はオグリキャップのために来た、という側面が強い。だが将軍はなんの縁もゆかりもない中央に、腕だけで乗り込んできた。

 

「この膨張が進めば、どうなるか。外国から名うてのトレーナーが来る、ということもあり得る。日本のトゥインクルシリーズは、他国に比して金銭を生み出す能力が高い。それに、トレーナーとしての手腕を振るいやすい」

 

「金銭に関しては、わかります。データとして出ていますから。ですが手腕を振るいやすいというのは、どういうことでしょうか」

 

「判断の自由度が高い、というのかな。欧米のトレーナーとは、既製品であり歯車なのだ。強いウマ娘を、順当に勝たせるための強さを身につけるための教育を施される。だが日本のそれは職人というのか……一種の芸として育てられる」

 

 そういう国だということを、東条隼瀬は知っていた。

 既製品より、職人技。工場より、工芸。そういう発想で、トレーナーを育てる。その結果、著しく腕の立つトレーナーがものすごいチームを率いて、他のトレーナーの出番がない、ということにもなっている。

 

「まず欧州では名門というのが結構ある。貴族社会だった頃の流れだな。そういう場合、実家側が作戦を立てる。そしてトレーナーがそれを現場レベルで調節する。ただそれだけの仕事をするだけの人なのだ」

 

 勝手に情報収集して剪定して、時に実家の意向を無視して勝つことに専念する。

 そういうことを東条隼瀬はやってきたし、程度の差こそあれ日本のトレーナーはそれをやっている。

 

「弟から聴いたが、そういう風土に憧れている欧米のトレーナーは多い。特に欧州。これは俺も実感しているから、わかる。そういう連中は、不満を抱くだけあって能力は高い。今のトゥインクルシリーズを牽引しているトップトレーナーたちが引退したあと、その席に座ることを望んでいる。言語の壁など、とうに克服してな」

 

 金銭面でも、待遇面でも異国の方が上。

 何よりも、能力を充分に活かせる。となると、黒船来航もさほど遠い未来ではないだろう。

 

「俺がチームを作るのか、という問い合わせがひっきりなしに来た。そのことでわかるとおり、やはり勝つことが第一だ。そうなると、草刈り場になるかもしれない」

 

「短期免許を延長して臨時を肩書だけのものにする、ということですか」

 

「いや、正式に日本のトレーナー免許を取る、ということだ。だから正直、情報を絞って国内で足の引っ張り合いをしている余裕などないんだ。だから俺は積極的に発信しているわけだ」

 

「ですがその場合、マスターが迎え撃てばいいのではありませんか」

 

「身体がもたない」

 

 それはもうどうしようもないなぁと、ミホノブルボンは納得した。

 シンボリルドルフとしても、そうあって欲しかった。一番信頼できる相手に、トレーナーとしてのトップに立って迎え撃ってほしかった。だが、身体の問題を口にした瞬間旗幟を翻したのである。

 

「ナリタ家もこの流れに参画してくれるらしいからな。あとはメジロ家だが、ここは俺が個人的に嫌われているからどうにもできない」

 

「……それはわかりました。しかし」

 

「しかし?」

 

「マスターのなさっていることは、手の内を明かすということです。その結果、いずれ負ける。そういうことにはなりませんか」

 

「そうなれば、俺の戦法で俺は超えられない。そのことに気づくことになるだろう」

 

 教条的に捉えるのではなく、セオリーを無視するための踏み台にして飛翔してほしい。

 そういうことなのかと納得したミホノブルボンの横に、東条隼瀬は水で満たしたバケツを置いた。

 

「それに、手の内がバレているなら却って予想がしやすい。相手の思考を俺の戦法の弱点をつくように誘導できる、ということだからな」

 

「……したたかですね」

 

「まあ、さしあたり俺は担当ウマ娘を勝たせつつ、そういったことをやらねばならないからな。したたかにもなる」

 

 あくまでも、東条隼瀬は自身を補助輪に過ぎないものであると思っていた。

 だから手の内をバラしても、然程の痛痒も感じない。

 

「いいかブルボン。レースに勝つには、相手をいかにこちらの思い通りに走らせるかというのが重要なんだ。こちらの思い通りのペースで、思い通りの場所を走らせれば、勝てる。そのために正確無比な推測が必要であり、正確無比な推測を行うために必要なのが、正確な情報だ。俺は正確な情報をばらまくことで、ある程度の支配権を得たのだ。わかるかな?」

 

「はい、マスター」

 

「加えて言えば、俺は最悪の事態を想定して動きたいと思っている。あくまでも俺は補助輪だから、転倒防止のために動く。育ちきり、どんな戦術や戦法も力で押し切れるようになるまでは、な。トレーナーが死んで補佐を亡くしても、次戦でなんなく勝てるようなウマ娘を作る。それがトレーナーの仕事、ひいては育成というものの本来あるべき姿だと思う」

 

 その極みがサイレンススズカであろう。彼女に、戦術は必要ない。そして彼が居なくとも、彼女はアメリカとフランスで勝ち続けた。

 

 だから東京1600メートルで行われたスプリングドリームトロフィー(マイル)でも、東条隼瀬は彼女に戦術を授けなかったのである。

 ただ思いっきり走れば勝てると、知っていたから。

 

 不安げな顔をした栗毛のサイボーグをわしゃわしゃと撫でて安心させてから屈んで、ビニール包装された花火を浜に並べる。

 

「さあ、難しい話はやめて遊ぼうか。まずはなにからやる?」

 

「線香花火をしたいです、マスター」

 

「それは……どうなんだ?」

 

 派手なものを先に、静かなものを後に。

 そういったセオリーを無視することにならないか。

 

 そんなことを思いつつも、基本的に東条隼瀬はミホノブルボンのお願いに弱い。

 

「マスター、ロケットが飛んでいます」

 

「ああ。飛んでるな」

 

 アニメを見ているときもそうだが、何かしらが空を翔ける時、ブルボンの口はぽやーんと開く。

 そんな口にパピコの片割れを突っ込んで、花火が終わると共に二人でアイスを嗜む。

 

 線香花火で静かにはじまった二人だけの花火大会はド派手なロケット花火とアイスで終わった。




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