ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アンケートの結果、掲示板形式をやることになり、ついては今回題材を募集することにしようと決めました。
しかし感想欄に書くと多分規約違反なので、それ用の活動報告を用意させていただきました。よろしければユーザーページに飛んで活動報告へのコメントお願いします。


アフターストーリー:憂鬱

 東条隼瀬が、トレーナーをやめる。

 そのことは、URAにすぐさま伝わった。もっともこの知らせを受けたのはごく限られたものだけであり、世間に公表されてはいない。

 

 ただ、近々辞める。そしてそれに伴い、新たに担当するウマ娘を受け入れることを停止する。

 

 恐ろしく業務的なその知らせの裏には、それを前提にした広報戦略を用意してほしい。という意味が含まれていた。

 

「辞めるのをやめさせられないか、東条くん」

 

「それは……無理だと思いますよ」

 

 URAのお偉方が顔を突き合わせて密談する場に招待された理由は、それか。

 無論事前に兄の思惑を聴いていた弟は、やんわりと翻意をさせることを諦めさせようとした。

 

 東条隼瀬は、若い。度々叛乱を起こされていただけに、URAは死ぬほど扱いづらい相手であることを承知していた。

 しかしそれだけに、その能力の高さを理解してもいたのである。

 

 外国からやってくる脅威というものを、URAは薄々感づいていた。だからこそ規制によって環境をガラパゴス化させ、日本のトゥインクル・シリーズを守ろうとしていたのである。

 これは自分たちのレベルが本場であるイギリスやフランス、アメリカなどに比べて劣ることを認めるようなものだが、彼らの頭脳はかつて日常であったジャパンカップでの連敗で焼き切れていた。

 

 日本というホームで行われたレースですら外国勢に負けまくる。歯が立たない。

 そんな現実から逃げずに直視していたが故に、シンボリルドルフ以後続々と勝ち始め、そして世界最高峰の芝のレース、凱旋門賞をどこともしれない寒門のウマ娘が勝った今でも、なんとなく受け入れがたい。

 

 

  ――――だがあいつがいる限り、現場はそうひどいことにはなるまい

 

 

 受け入れがたいが、そんな思いを共有しつつあった、そんなとき。

 

 あ、辞めます。

 そんなふうに言われたURAの上層部は、驚いた。

 性格はともかく、顔はいい。キョウエイボーガン関連のインタビューなどで印象づけられたのか、世間の受けもいい。

 

 

 ――――これから担当ウマ娘共々ガンガン押していくぞー!

 

 

 そんな思惑を知ってか知らずか、彼はあっさりやめると言う。

 

「まだ28だろう。成功するとも限らないし、トレーナーの方が実入りもいいし栄誉も得られる。そのあたりで説得を試みられないか?」

 

 教官には教官の適性が必要になるし、トレーナーにはトレーナーの適性が必要になる。

 どちらかで成功したからといってどちらの適性も持っているとは限らない。

 

「ですが辞めるときは30代になっていると思いますよ。それに兄を翻意させることの難しさは、貴方がたが一番よく知っていらっしゃる。そうではありませんか」

 

 その通りだと、URAのお偉方たちは一斉に思った。

 やや思考が硬直化しがちとはいえ、彼らは優秀であればこそ昇進した。そしてある程度の変化を許せる柔軟さがあればこそ、叛乱を喰らっても地位を保てているのである。

 

「だがそれにしても引退が早い。ビワハヤヒデのトレーナーやサクラ軍団のトレーナーなど有望株が育つまではさしあたり現場に彼以上の若手はいないのだから、教官は教官になった者に任せてもらいたい。カリキュラムの変更案があるなら、提出してくれれば迅速に検討する。海外遠征カリキュラムの新規実施を早める。40歳くらいまでやってもらって、そのあとは教官試験免除の推薦状を出すようにしよう。試験勉強で時間を浪費させるのもバカらしいからな。これでどうだ」

 

 悪くはない。ただ、だめだと思うなぁ。

 なんとなく、弟はそう思った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 リギル分艦隊(仮称)の部室内でぺらりと、手紙をめくる。

 極めて珍しいことに、そのときこの場にはスズカがいた。基本的にどこかしらを走り回っている彼女が、室内でおとなしくしている、というのは珍しい。

 

「チェックメイトです、スズカさん」

 

「うそでしょ……覚えたばかりの娘に負けるなんて……」

 

 スズカは、一人遊びが好きである。

 他人といるのが嫌というわけではなく、マイペースで進められる遊びが好きなのだ。

 だから1人で七並べをしたり、1人で神経衰弱をしたりする。

 

 そしてそんな彼女がアメリカに行って覚えたのが、チェスだった。詰将棋ならぬ詰めチェスをひたすら1人でやり、もともと出来のいい頭を使って対人戦でも結果を出す。

 だからそこそこ、彼女はチェスに自信があったのである。

 

「も、もう一回……! もう一回やりましょう……!」

 

「承りました。ですが今回の一戦で私のデータバンクにスズカさんのデータは蓄積され、現在の私の勝率は前戦比+14%と推定。困難な戦いが予想されますが……」

 

「そんなのは問題にもならないわ。もう一回……」

 

「ステータス『不屈』を感知。こちらも相応の覚悟で臨みます」

 

 楽しそうだなぁと、後方親面で二人の対局を見つめる男は手紙から視線をそらした。

 さほど重要なことが書かれていなかった、というのもある。

 

「また売り込みかい?」

 

「ん、まあな」

 

「大変だね、君も」

 

 売り込み。

 即ち、ウチのウマ娘を担当しませんか、という誘いである。

 

 これまでのレース結果や、先祖代々の実績。得意とする脚質。身長や体重に至るまで事細かに記され、最後辺りに契約金が提示されたそれを読んで、閉じる。

 そして半ば定型文化した返信を、そのウマ娘におすすめのトレーナーの名前を添えて送る。

 

 そういうことを、彼はしていた。

 

「そうでもないさ。この情報はしっかりと、使うべきときに使わせてもらう。俺に情報を与えるということがどういうことか、知らない者が多いらしいからな」

 

「だから申し訳ないと思って、その子の適性を伸ばしてあげられそうなトレーナーの名前をいくつか挙げて送り返してあげるわけだ」

 

「……暇だからな。それに、一方的に情報を受け取って利用するというのは、心に良くないものを残す。だからだ」

 

 はいはい。

 

 口には出さないにしても、動作でそれとわかるような温かい眼差しで、シンボリルドルフはこの人格的複雑骨折を起こしている男を見た。

 

「それにしても、一流のトレーナーになると黙っても金が入ってくる。そう聴いてはいたが、なるほど。噂だけではなかったらしいな」

 

「まあ親からすれば、優秀なトレーナーに娘を任せたいと思うだろう」

 

 彼のもとに来る売り込みは、たいていが新興の家か、寒門からである。

 これは別に年季を重ねた名門からの人気がない、というわけではない。

 

「君は負けていないし、寒門に寛容らしい。となると、順当な判断だ。少なくとも相手の視点に立てば、そうなる」

 

「別に寒門だけに寛容になった覚えはないが、そう見えるだろうな。それにしても俺の家はこういった申し出を受けたことがないというのに、困ったものだ」

 

「相手はそれを知らない新参だから、仕方ない。そう思えばどうだい?」

 

「別に怒っているわけではないが、そうしよう」

 

 東条隼瀬は、基本的に自分の師匠である東条ハナから託されたウマ娘を担当する。

 シンボリルドルフも、サイレンススズカも、ナリタブライアンもそうである。自ら見出したのはミホノブルボンくらいで、それ以後もそれ以前もない。

 

 そして引き継いだウマ娘は、いずれも東条ハナやシンボリルドルフが見出してきた娘たちである。

 この二人が見出してスカウトに失敗したのはトウカイテイオーくらいなもので、彼女は二冠ウマ娘になった。

 

 つまり、見出したこと自体に間違いはなかったということになる。

 

「で、ブライアンはどうした。なんであいつは死んだように寝てるんだ」

 

「トレーニングを再開したときに、『併走をできる限り実戦形式での本気で』と言われた。だから本気でやったら……疲れてしまったようだ」

 

「ああ……」

 

 東条隼瀬が管理するのは、あくまでも量である。質に関してもなるべく担保しようとするが、質を上げようとする行為に関しては個人の自由と成長の基盤になると思い見逃している。

 

 このあたりが単なる管理主義とは違ったところだった。

 

 その結果、ナリタブライアンは肉体よりもむしろ精神が大幅に疲弊したらしい。まあ無理からぬことだが。

 シンボリルドルフと併走できたのは、シリウスシンボリくらいなものだった。色々あったが、彼女はダービーウマ娘である。

 

 つまり併走というトレーニングの相手になることにすら、GⅠを勝つくらいの実力を要求される、ということになる。

 それはひとえに彼女の放つプレッシャー、併走というトレーニングの中に含まれる駆け引きや実戦に近い雰囲気に耐え切れないから。

 

(よく耐えられるものだ)

 

 ルドルフの攻略法は、相手にしないことである。

 具体的に言えば、駆け引きを仕掛けられても無視する。無視できるだけの実力をつける。それが一番楽に勝てる。

 

 一度、いや二度。

 マトモに相手にしたからこそ、到達した結論。

 

「チェックメイトです」

 

「…………」

 

 遂にうそでしょとすら言わなくなった負けず嫌いの逃亡者は、無言で頭を下げて負けを認めた。

 そして瞬時にチェスの駒を整え直し、再戦をせがむ。

 

「ひょっとして、ほんとにデータを取られてる……?」

 

「はい」

 

 そしてしばらくしてまた敗けて、アメリカで無敵を誇ったガルフストリームの怪物は自分の敗因を見つめ直した。見つめ直したからと言ってどうにかなるものでもないが、一応は進歩である。

 

「それに、私は厳密に言えば初心者ではありません。マスターとルドルフ会長の指し合いを見たことがあります」

 

 ちなみに勝率は6:4で東条隼瀬有利であった。

 彼はこういう、じっくり思考していいルールに強いのである。無論、早指しになると勝率はそっくり逆転する。

 

「マスターは序盤クイーンを動かします。ルドルフ会長はキングを動かします」

 

「え……なんでかしら?」

 

 本気で意味がわからない、という感じなサイレンススズカの反応は、至極当たり前のものであった。

 実際、この二人の1手に特に意味はない。1手を捨てているようなものである。

 

「具体的な理由はわかりませんが、あの二人はああ見えてかなりのロマンチストです。なので理屈にあった理由は無いと思われます」

 

「ああ……らしいですね、それは」

 

「はい」

 

 ――――あいつら、本人が聴いてることわかってんのかな

 

 ――――どちらも天然だからどうかな……

 

 眼だけでそんな会話をして、互いに肩をすくめ合う。

 そんな緩やかな時間の流れを、実は寝ていなかったブライアンは好んで感じていた。

 

 彼女は本をアイマスク代わりにしてソファーから手をだらんと伸ばして寝ているようにしながら、半分だけ意識を覚醒させて体力回復を図っていたのである。

 

「お、エアメールだ」

 

「フランスからかい?」

 

 山と積まれた手紙の中でひときわ大きな物理的存在感を放つそれを指でつまんだ後に開封し、東条隼瀬は中身を改めた。

 

「いや、アメリカだ」

 

「おや、珍しいな。訳そうか?」

 

「できるできる」

 

 ルドルフの父は、アイルランドの出である。

 それだけに、彼女は流暢に英語を操れた。別にこれはきっかけに過ぎず、実際は彼女の努力によるものだが、ともあれシンボリルドルフは日本語、英語、アイルランド語、あとはフランス語もできる。

 天は彼女に二物も三物も与えたらしく、つくづく万能の人であった。

 

「スズカ」

 

「うそで……はい?」

 

 名ウマ娘は、連敗をしない。そういう格言がある。

 だが、うそキャン(うそでしょキャンセル)を喰らったサイレンススズカは、ものの見事に連敗していた。負けず嫌いが変な方向に出ていた。

 

 そんな彼女に舞い込んだこの知らせは朗報であったのか、どうか。

 

「なんでしょう、トレーナーさん」

 

 そうやってくるりと身を翻したサイレンススズカは、続けて放たれた彼の言葉を聴いて一瞬きょとんとしたあと、僅かに笑みを浮かべて頷いた。




40人の兄貴たち、感想ありがとナス!

ちん竹林兄貴、Akazaki兄貴、かみサーモン兄貴、403兄貴、完熟メロン兄貴、うりうり兄貴、評価ありがとナス!

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