ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「……どこをだ。いつ気づいた。どこで気づいた。何をしたら痛んだ?」
管理は完璧だったはず……とか、そういう今までの練習メニューへの追想やら何やらが浮かんできたのを押しとどめて、取り敢えずトレーナーはそう問うた。
怪我したときに1番大事なのは、原因と現状を確かめることである。その点で、彼の質問は性急ではあるが適切だった。
捻挫とかそういうことなら、ダービーまでに治せる。だが骨とか腱とかならば、無理である。
己の指示・解析のミスが夢を絶たせたということで、彼も責任というものを果たさなければならない。たったそれだけで済むとも思えないが。
「時計です。朝、私室で気づきました」
「時計。ああ……ラップ走法ができなくなったとか、そういうことか。まあできなくなったのは痛いが、できないならできないなりの策はある。勝率は下がるが、君なら充分――――」
勝てる。なにせ、実力は突出しているのだ。
ブルボンの体内時計が壊れたとしても、まだそれなりには使えるだろう。なにせ、朝の練習ではやや上の空感はあったものの、きっちりと時を刻めていたのだ。
菊花までに直せばいい。となると、夏の合宿でそれ用のメニューを組むか。
そこまでを、彼は一瞬のうちに思考していた。そしてその目算を、またもブルボンは破壊した。
彼女が大事にしていた時計と同じように。
「私はマスターからいただいた時計を壊しました」
「…………ああ」
心配させるな。
そう言いたかったが、意味を汲めなかったのにはこちらにも責任がある。となると彼女だけを責めるわけにもいかない。
というより。
「部品は飛び散ったか?」
「いえ。動作が完全に停止したのみです」
「……君は怪我をしていないんだな?」
「はい」
最近非常に幅広い感情表現を見せるようになった耳が、髪と同化するのではないかというレベルにまでぺたんとなっている。
尻尾にも当然、力がない。
「ならよかった」
「よくはありません。私はマスターからいただいた時計を壊してしまいました」
凹んでいる。放っておいたら大地に沈んでいきそうなほどに。
「となると、不良品だったのか」
それなりの値段はしたんだがな、と。
既に凹み切ったミホノブルボンの頭を無意識の言葉のハンマーで陥没させながら、トレーナーは首を傾げた。
「私の扱いが雑だった、とは思われないのですか?」
「君はあの時喜んでいたし、丁寧で慎重な子だ。そういう扱いをするとは思えない」
その言葉を受けてちょっとだけ、髪と同化しかけていたミホノブルボンの耳が浮き出た。
尻尾が人が死ぬ寸前に動かした腕のようにピクリと動き、パタリと戻る。
「……そう言えば君は、ストップウォッチもかなり壊していたな。あれは単なる使いすぎだと思っていたが」
体内時計の正確性を上げるためにと、トレーナーはブルボンにストップウォッチをいくつか渡していた。どうしても自主トレがやりたくなったときは身体を動かさず、これを使って体内の時間感覚を研ぎ澄ませろ、と。
ミホノブルボンはこのストップウォッチを、かなりの頻度で故障させていた。それは勤勉さが故のものだと思っていたのだが。
「私は機械に触れると、故障を誘発させる体質です。マスターにお伝えしようか迷い、今まで伝えられていませんでした。申し訳ありません」
「なぜ謝る。1番辛いのは大事にしていたものを自分の扱いとは別なところで壊してしまった、特異体質である君自身だろう。思慮が足りなかったのはこちらだ」
別になりたくてなったのではあるまい、と。
自分がそれなりに選んで(ついでに言えば金もかけて)プレゼントした物をたった2週間で破壊された男とは思えない寛容さで、トレーナーはブルボンの謝罪を切り捨てた。
練習に対して一切の妥協を許さない姿勢や、徹底的な食事管理から不寛容な人物だと思われがちだが、基本的にそれ以外のことには寛容な男なのである。
「……そうか。ならば練習メニューはプリントして渡すべきだったし、連絡も手紙にするべきだな。ストップウォッチに変わる練習……砂時計でも使うか。それならば――――」
「マスター」
「なんだ」
「私を、怒らないのですか」
「なぜだ?」
発言の意図が心の底から理解できないとばかりに、トレーナーは眉をひそめた。
「わざとではない。そして体質だと言うのならば怒ってどうにかなるものでもない。
となると、むしろ1年以上担当していて気づかなかった俺が節穴だと怒られるべきだろう。機械を贈って破壊させ、怪我のリスクを高め、余計な罪悪感を植え付けさせた。君こそ、怒っていいんだぞ」
「……いえ」
「そうか」
ペンをくるくる回し、何やら改善点を書いていく。
そんな彼は本当に、怒っているようには見えなかった。
「マスター。私は……」
今、何をすればよろしいでしょうか。
そんな言外の言葉を察したのか、トレーナーはひらひらと手を振った。
「ああ、こちらで改善点を纏めておく。今は集中力にも欠けるようだし、帰っていい。気分転換に成功できたと思ったら、夕方にまた来てくれ」
「……はい」
明朗にして的確な指示だった。確かに今のミホノブルボンは集中力に欠ける。現実逃避していた朝ですら、どこか上の空感が出ていたのだ。
時計を自らの手で破壊してしまったことを認識した今練習をしても、最悪怪我すらありうるし、身にもならない。
時速70キロで走る生物が適当に練習してコケたりすれば、骨折で済むとも限らない。下手をすれば命に関わる。
マスターの言うことは適切だと、ミホノブルボンは思った。
そしてこんな大事な――――日本ダービー前――――時期にそんな指示を下されてしまった自分を、この上なく恥じた。
「マスター」
「ん……」
授業が終わった、夕方。
恥ずべき己への悔いと夢への思いを力に変えてやってきたブルボンに、ちらりと視線が向けられる。
どうか、と。身体に緊張が走った。
「じゃあ、取り敢えずウォームアップ。昼動いてないんだから急かず、ゆっくり、念入りにな。そのあとは坂路。取り敢えず5本。今日はそれで終わりだ」
「マスター。まだやれます」
「いや、やれない。5本走るか、やらないか。どちらにするかは君に任せる」
選択肢はない。
ミホノブルボンは丁寧にウォームアップを行って身体を起こし、できうる限り身になるように5本を走った。
「走り終えました。マスター」
「クールダウンを終えたらマッサージをする。それで今日は終わりだ。温かい風呂に長く浸かって、早く寝ろ。いいな?」
「はい。今日は――――」
謝ろうとしたブルボンの前に大きな掌が翳され、思わず出そうとしていた言葉が止まる。
「いい。こんな日もある。今までなかっただけだ」
マッサージを終えるときっかり12秒を計れる砂時計、これからの練習メニューを記したノート、他の有力ウマ娘のデータをまとめたノートを渡して、トレーナーはさっさと坂路を後にした。
――――自主練習を、しようか
そんな悪魔のささやきをぶんぶんと首を振って追い出して、ミホノブルボンは寮へと帰った。
言われた通りにゆっくりとお風呂につかって、出たぴったりの時間でマスターが直々に作った栄養バランスが完璧に整えられた食事が運ばれてきた。
運び人は、フジキセキ。ブルボンの所属する栗東寮の寮長である。
「この料理を見るたびに思うけど……なんというか相変わらずだね、あの人」
「フジキセキさんは、マスターをご存知なのですか?」
「まあね。うちの……リギルの参謀をやってたんだよ、あの人。割となんでもできる人だったけど、唯一愛嬌はなかったな。うん」
まあそれでも、ウマ娘思いの人だったから嫌われてはなかったけどね。
だから私もこうやって、配膳を手伝ってるわけで。
思い出すようにそんなことをこぼして、フジキセキはそそくさとその場を後にした。
(知りませんでした)
パクリと、一口頬張る。
栄養を考えられた食品というのは、栄養のことしか考慮されていないことが多い。つまり、かなりの確率で味が酷かったりする。
だが彼の作るそれは、違う。日々の活力になるような味をしていて、なおかつ栄養を完璧に備え切っていた。
(リギル……)
トレセン学園最強のチーム。それがリギル。
日本での最高峰が、トレセン学園。その中での最強ということはつまり、日本最強のチームということである。
そこに、マスターがいた。それは高等部から編入してきた彼女にとって、未知の情報だった。
ミホノブルボンも、一応勧誘は受けていた。もちろん、スプリンターとして。
(私は、マスターのことを知らない)
――――君が知る必要はない。君はただ今の俺を見て、信じて付いてくればそれでいい
過去にそう言われたことがあるし、おそらく今でもあの人はそう思っているだろうと、ミホノブルボンは察した。
それはそうだ。過去を一々知る必要はない。大事なのは、今なのだ。今指導してくれている彼を見て、知って、信じられればそれでいい。
体内時計の調律をしてから急遽作ってくれたであろうノートを読み込み、同室のニシノフラワーの睡眠に合わせてやめる。
電気を消して、ミホノブルボンは布団の中にするりと入った。
(マスター)
明日は、きっと。
きっと、ご期待に応えます。応えさせてください。期待してください。信じてください。
身体に溜まっていた疲れが意識を溶かし、速やかにブルボンを眠りへと誘う。
とろけるように眠って、ミホノブルボンはむくりと起きた。
(……マスター)
今日こそは。
するすると二段ベッドの上から下りて、着替えて早々坂路に向かう。
当然のように、待ち人はそこにいた。
この人は、いつ寝てるんだろう。少なくとも、ブルボンが練習に向かうと決まって、マスターはそこに居る。
「マシな顔にはなったな、ブルボン」
「マスター。今日はご心配をおかけしないことを約束いたします」
「そうか。まあ、そうであるに越したことはない」
ウォームアップで身体を起こし、軽くジョギングして身体を慣らし、坂路を走る。
いつものことを、いつも通りにする。そんな幸せを噛み締めながら1日を終えて、ミホノブルボンはややウキウキとしながら思ったことを口に出した。
「マスターは、リギルにいらっしゃったのですか?」
その瞬間、マッサージをしていた指がピタリと止まる。
「ペラペラと意味もないことを喋ったのはフジキセキか」
「…………」
余計なことを、と続きそうな語調に口を噤む。
申し訳ありません、フジキセキさん。心の中でそんなことを思いながら、ミホノブルボンはマスターの次の言葉を待っていた。
「まあ、仕方ないから答えよう。事実だ」
「どなたか、担当されていたのですか?」
例えば、フジキセキさんはどうなのだろうか。
ミホノブルボンは、なぜ自分がそう問うたのかわからなかった。知りたいと思った理由が、わからなかった。
「担当、担当か。あいつはグラスワンダーとエルコンドルパサーを担当していたと言えるんだろうが――――」
親しげに呼ぶ『あいつ』が、ライスシャワーのトレーナーであることは、なんとなく察せた。
彼が雑に呼ぶのは、ライスシャワーのトレーナーくらいなものなのだ。
「俺は担当していたと言えばしていた。だが君に対してやってるような特別なことは何もしていないし、主な業務はリギルというチーム全体の分析と栄養管理、敵チームの分析と対策だった。だから担当と言われても、その認識は薄いな」
「どなたですか?」
マッサージは、滞りなく続く。
なぜここまで、彼が担当していたウマ娘のことを知りたいのか、ミホノブルボンはわからない。
ただ、わかる。自分が何よりもその情報を欲している、ということが。
「知ってどうする」
「……わかりません。お話を聴きたいとは、思っています」
「なら無理だな。ここにいないやつから話は聴けまい」
何かあったのだろうかとミホノブルボンは勘繰ったが、そうとは思えなかった。
何かあったとなれば、彼の声色はやや暗いものへと変わる。だがあくまでも彼の声音は変化を見せない。
「どんな方だったか、お訊きしてもよろしいでしょうか」
「君と同じくらい不器用で一途なやつだったな。夢の為にはいくらでもバ鹿になれる、ある種の素質があるやつだったよ」
お前もバ鹿。
サラッとそう言われたが、ミホノブルボンは別段怒りもしない。
いつか会ってみたいな、と。そう思うだけだった。
自給自足にも限度があるからウマ娘RTA流行らせコラ! 書きたい兄貴は何でも相談にのるしこの作品の設定使ってもいいから書いてくれよなー頼むよー(懇願)
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