ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
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京都新聞杯。
かつてミホノブルボンが出走したそのレースに、東条隼瀬はナリタブライアンを出走させるかどうか悩んでいた。
実戦の前に一叩きしておく。
つまり、大レースの前に前哨戦を挟む。そのことは謂わば常識であり、鉄則だった。
だからこそ――――優先出走権を得るために、という側面もあるが――――GⅠへの前哨戦としてのレースは複数開催されている。
――――レースでの経験は、同量のトレーニングの4倍にあたる
昔誰かがそう言って、それに対して反論する者はいなかった。
そんな言葉を具体的な倍率を導き出せないまでも、トレーナーの多くが皮膚感として認識していたからである。
そしてその言葉は習慣となり、URA自らが喧伝することで伝統となった。
URAからすれば、有力なウマ娘には1レースでも多く走ってほしい。そして極一部の人気のトレーナーにも、多くのウマ娘と組んでレースに出てきてほしい。
だってその方が、儲かるから。
そんなわけでトレーナーたちは前哨戦や叩きのレースを挟むという伝統を墨守してきた。
URAの思惑こそあれども、その行い自体は至極当然で、しかも有効なことだったからである。
だがリギルでは、そうでもなかった。
優秀な人材を蒐集し管理することに長けた東条ハナのもとにトレーニングメニューや調整法に工夫を凝らし、レースで消耗させずとも同程度の経験を積めるようになっている。
そんなわけで、東条隼瀬は京都新聞杯への出走を見送った。
これが1トレーナーとしてナリタブライアンと組んでクラシック戦線に殴りこむ、とかだったら迷わず出走していただろう。
宝塚記念以来、出走したレースはない。ついでに言えば夏中は歩く重機みたいなお手伝いさんとして働いていただけのブライアンである。
調子の確認のためにも走らせるというのは、間違ったことではない。
だが、そうしなかった。彼を取り巻く環境の優秀さが、そうしなくとも菊花賞へ万全の体制を築けるものであったから。
(こりゃ、出走させないでよかったな)
エアダブリン。
ダービー2着のウマ娘。彼女は強い。無論、ナリタブライアンには及ばないが、強い。
それを、やすやすと打ち破った者がいた。
皐月賞と同日開催のれんげ賞にて覚醒し、白藤ステークス、神戸新聞杯と3連勝で初重賞制覇。
そしてこれで、4連勝。
「スターマンか」
面白そうだ。
獲物を見つめた猛禽類のように見下ろすとなりの怪物くんをちらりと見やりつつ、東条隼瀬は口元に手を当てた。
それは、彼が何かを思考するときの癖というべきものだと言えるであろう。
絶好調。
調子がいいというただそれだけで、警戒すべき理由になる。
「出走したら、案外楽しめたんじゃないか?」
辛抱たまらんと言わんばかりの飢えた怪物は、人参焼きをもくもくと食べていた。
彼女が抱えているのは物理的な飢えではなく精神的な飢えであるわけだが、それはともかくレース場飯は食いたいということらしい。
「負けたかもしれないな」
「それほどか?」
「ああ。今のスターマンは、領域に近い状態だ。110%程の出力を常に出せている」
120%の力を一時的に引き出すのが、領域である。
それに比して、領域前に佇んだ状態では常に110%程度の力が出せる。
ディクタストライカや、タマモクロス。
領域に目覚めた者たちは、連勝がトリガーになって覚醒したパターンが多い。
これは因果が逆で領域に目覚めるほど絶好調だったので、結果的に連勝したというべきかもしれない。
しかし、事実として連勝中のウマ娘は怖い。領域前に佇むウマ娘は、怖い。
「じゃあ、そのまま目覚めない方が強いんじゃないか」
「いや、身体がもたん。だから身体を守ろうと脳が学習して、調子の良さを認識した上で封じ込め、一時的に引っ張り出せるようにチューンする。それが、領域と呼ばれるものだ」
ピコンと、黒鹿毛の耳が畳まれた。
ブライアンがこういった面倒で理屈っぽいことに興味深く反応するのは、東条隼瀬としては少し意外である。
「学説か」
「自説だ」
「なるほど。なら信用に値するな」
本当にそうか?
他者に承認された学説よりも、自己完結した自説の方が正しいというのは、ありえない。
そう言いたかったが、彼はやめた。言っても詮無きことだからである。
「で、目覚めそうか。ヤツは」
「目覚めてもらわなければ困る」
「アンタは相変わらず、領域というものを重視しないな」
「いや、重視しないのはそうだが……目覚めなければ壊れてしまうからな。好事魔多しというのは、そういうことさ」
「なるほど」
ウマ娘のトレーナーをするというのは、担当ウマ娘を勝たせる為に全力を尽くすということである。
そして担当ウマ娘を勝たせるということは、それの十数倍のウマ娘を負けさせる、ということでもある。
その矛盾に一定の折り合いをつけているのが東条隼瀬であり、シンボリルドルフだった。
負かす。勝つ。だがやはり、怪我はしてほしくないらしい。
「お前の姉。ビワハヤヒデ。夏を越えてさらに強くなったな」
「ん? ああ。流石は姉貴だ」
突発的な賞賛を訝しみつつも、それはそれとして姉を褒められたのは嬉しい。
そんな突発的な賞賛を送った相手はぼんやりと空を見て、そしてすぐさま話を戻した。
「純粋な競技者と言っていいお前に言うのもアレだが、領域というのはあくまでも手札の一枚だ。領域を持っている者が持っていない者に絶対負けないというのなら切り札と言えるだろうが……実際のところはそうでもない」
「まあ、そうだな」
持っている者が持っていない者に絶対負けないというのなら。
彼の言葉を反芻して、ナリタブライアンはあくまでも彼が明哲にして沈着な参謀であることを再認識した。
切り札として認識しているなら、『持っている者が持っていない者に絶対負けないというのなら』という言葉は使わない。
その場合使うべきは、『持っている者が持っていない者に絶対勝てるというのなら』だ。
そのあたりが、ナリタブライアンと東条隼瀬の認識の差異である。だがその差異をすり合わせる気もないし、同調する必要もないと、彼女は考えていた。
つまるところ、認識の相違は視点の相違である。自分では見えない物が、彼には見える。逆もまた然り。
「それに自分の実力の120%を一時的に出すより、対戦相手の実力の120%を無理なく出せるようにする方が安定した結果を得られるだろう。相手の120%の実力を、自分のウマ娘は80%の出力で出せる。そこにまで持っていき、対等の読み合いに持ち込めば勝てるんだからな」
「それができるやつは、少ないだろう」
「そうかな」
「そうだ」
「そうかな……」
それは現場レベルでなんとかしようとしているからじゃないのか。レース場に行く前に勝とうとしないからじゃないのか。
人参焼きを持っていた3本の指の腹を舐めて塩っ気を補給しながら、ブライアンはゴシゴシとスカートで指を拭いた。
「で、勝てそうか」
「絶好調とは、なにか」
――――それは精神と肉体が完璧に連動し、連動した肉体を正しく動かすための眼が備わっている。そういう状態だ
今まで雰囲気で理解してきたものを、文字に直されると違和感がある。だが何かが違っているとも思えない。
「歯車が完璧に噛み合っている。疑いなく、それは長所だ。だが要は、それを裏返してやればいい」
「心配はなさそうだな」
「最近、調子がいい。普通は目の前に広がる可能性という名の数多の道が、一本に収束しつつある。ルドルフと戦う前の感覚を取り戻しつつある、いや、ものにしつつあるのかな。だからそれなりに自信はある」
だがそんな彼の本願は、無理なく、相手の120%を上回るというもの。
脳筋の極みの如き発想であるが、その絶対的で絶望的な強さは結構なファンを獲得していたりもする。
駆け引きも領域も破壊する肉体の強さ。ロマンのない、だからこそ浪漫に溢れたこの脳筋戦法。
相手の駆け引きをすべて砕いて、相手の領域をすべて踏み潰してステータスでゴリ押す。
(まあ、嫌いじゃない)
力で全てを捻じ伏せる、というのは。
その戦法はサイレンススズカにはじまり、そしてミホノブルボンがそれを継承した。そして継承者の敵はことごとく――――先代の継承者ですら粉砕されてきた。
そしてその継承者は今のところお休みロボと化して休んでいるわけであるが、実のところナリタブライアンはミホノブルボンの圧倒感が好きだった。
淡々と、時を刻む。独りよがりな走りだ、などと月刊ターフが批判していたこともあったが、自分を究め続ける求道的な走りは尊敬に値する。
「よしよしよし」
犬にやるように顎の下に手を添えて頭を撫で、撫でられるたびに栗毛の尻尾が左右に揺れる。
声と共に撫でる手が止まると尻尾がだらんと垂れて元気を無くすが、またよしよしよしとされるとブンブンと揺れる。
(まるきり大型犬だな、これは)
完全に飼い主に反応を遊ばれている大型犬。
京都新聞杯の観戦を終えて一晩を越し、そんな彼女の走りを見るために来たわけであるが、そこに居たのはただの犬。
「よしよし……よしよしよし」
パタパタ、ダランダラン、パタパタパタ。
なんかの楽器じゃないのかと思うほど機敏に反応する尻尾は、ミホノブルボンが機敏に反応する神経と、神経と優れたリンクを果たしている肉体を持っている証左である。こんなところで発揮されるべきものではないが。
「よし、走ってこい。A-C-B-E-D-Fだ。わかるな」
「はい、マスター」
天性のものではない、作り上げられた静から動への変化。それに天性のスプリンターとしての速さが加わり、ミホノブルボンは駆け出した。
東条隼瀬が作り出し、ミホノブルボンが固定化させた理想的なフォーム。そのまま2ハロンを駆ける様を見て、犬と飼い主のたわむれを見に来た形になったブライアンの眼に光が戻った。
素晴らしいと、素直に思う。弛まぬ努力と鍛練によって鍛え上げられた強さ。才能だけでは決して届かない高みに、このサイボーグはいる。
(ん……?)
そんな賞賛の眼差しで見てきたからこそ、ナリタブライアンは気づいた。
2ハロンごとに、若干フォームが変わっている。頭を上げ、下げ、重心が変わる。
フォームが変化しても、速度は変わらない。
最後の2ハロン、400メートル。ここでは流石に速度が衰えた。
これは、当たり前である。スパートというものは一時的なもので、長く続くものではない。
しかしミホノブルボンは10ハロン――――2000メートルの間持続させてみせた。
「どうだ、見事なものだろう」
「……ああ。あれがアンタの理想形か」
「いや、まだだな。2400メートルはもたせたい」
目標が高い。全力で2400メートル走れるのは、とんでもなく射程距離の長いステイヤーでも無理難題である。
「お前を見ていて、気づいてな」
「なにをだ」
「お前、スパート時に身体を低く保つだろう。あれは使う脚の筋肉を変化させて更に出力を上げているんだ。それを人為的にやろうと思ってな。お前の場合出力が高すぎて抑える側に回ったが、あいつの場合出力はそうでもないから万全に活かせる」
なるほど、とブライアンは思った。
彼女は、嘗ては徐々に身体を傾斜させていくように走っていた。それはなんとなくやりやすかったからで、それを『出力に身体が追いついてない』とフォームを改造させたのが彼であった。
変えるときは『速さが落ちるのではないか』と思っていたが全然そんなことはなく、その結果かどうかは知らないが、今まで怪我せずに走れている。
怪物がなんとなくで行っていたことを言語化し、体系化し、理屈として整備して他に活かす。
らしいと言えば、彼らしい。
「それにしても、2400メートルか。無理難題じゃないのか、それは」
「そうなんだい」
「……アンタ昨日の夜、ルドルフの側にいたろ」
そして昨日の夜、たぶん寝てない。寝ないで仕事をしていたから、若干脳が壊れている。
「確かに俺はルドルフにヒモの如きお願いをしていた。やりたいことがあるから金出してくれ、と。で、なぜわかった?」
「…………いや」
金を出してもらう代わりに、だじゃれ100連発の贄になったのか。
ちょっとかわいそうになって、ナリタブライアンは追求の手を優しくほどいた。
「似てるな、と」
「おお、嬉しいな。尊敬すべき相手と似ている、というのは」
似通わざるべきところが似ているんだよ。
そう言わないのはおそらく、ナリタブライアンのせめてもの情けだった。
天皇賞秋まで、残り2週間。10月17日のことである。
UAを見るにサイドストーリー:擬態(12/25更新分)を挿入投稿したことを半分くらいの読者が気づいていないみたいなので、章分けを廃止し最新話=更新された話という形にします。
完結したら掲示板回は別途後ろにまとめて隔離します。よろしくお願いいたします。
なお後書きを非表示設定にしている読者兄貴たちもいるかと思いますので、これは前書きにも掲載します。
3日経ったら消しますので、もし読み返すときの邪魔にならないと思います。
42人の兄貴たち、感想ありがとナス!
RWtabby兄貴、仙-sen-兄貴、ミスター超合金兄貴、くお兄貴、touya兄貴、いりまめ兄貴、かはつ兄貴、樹木兄貴、評価ありがとナス!
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