ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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本日の被害者:シンボリルドルフ


アフターストーリー:謹慎

 URAの要望は、簡単に言えば以下の通りである。

 

 スタートレーナーである東条隼瀬のトレーナーライセンスを剥奪したくない。

 なぜならば彼は父と同じく、唯一外国勢に対抗できるトレーナーだからである。

 

 だが組織の健全性を保つために処罰をしなければならない。

 個人の実力に忖度して賞罰を弛くしたと言われれば、将来的に禍根を残すからである。

 しかし、隆盛著しいトゥインクル・シリーズに水を差さないために大事にはしたくない。

 

 そしてなにより、ウマ娘のために設立されたURAという組織がウマ娘を助けた者を罰するという捻れた矛盾を引き起こしたくない。

 

 東条隼瀬は、正しい処罰をしてほしい。

 彼は個人レベルの正義が組織レベルの正義と相反することを知った上で、個人の正義を貫いたのだ。別に罰されたくないわけではないし、やや過大に罰されても恨みはない。

 

 その上での結論が、これだった。

 

「東条トレーナーの処分についてお伝えします。今回の彼の行動はレース規定の禁止事項における許諾無き者の侵入・侵入の指示にあたり、その行為は規定違反であると言わざるを得ません」

 

 こういった場合の処罰とはつまり、前例主義である。

 つまり、トレーナーライセンスの剥奪。しかしそうはいかないとばかりに、URAの広報は続けた。

 

「前例を参照するに、この場合の処罰はいずれもトレーナーライセンスの剥奪となっていました。

しかし過去あった前例のすべてがレースの進行を阻害するという意思に基づいた行動であり、今回のケース。すなわち『URA所属の医療班より前に怪我に気づき、迅速な対処が必要と判断したため』という人命救助に基づいた行動とは根幹が大きく異なります。更には当人から事情聴取したところ、レースが終わりウイニングランに移行するまで待つという気遣いもみせていました」

 

 観客たちが認識していた行動から見える情状酌量の余地。

 それに加えて全部録音させていた会話からなんとか抽出した情状酌量の余地を加え、広報官は用意された原稿に目を通して更に続けた。

 

「更には、彼の起こした行動はURAの掲げる精神、健全に公平にウマ娘たちのレースを主催するという理念に合致します。ひいてはなによりもウマ娘の健康を第一に考えるべきトレーナーとして当然の行動であり、これを罰するのはなによりもURAという組織の根幹を否定することに繋がります。しかし規定を破ったのもまた事実。信賞必罰は組織の拠って立つところです」

 

 更にはビワハヤヒデ、ウイニングチケットはエコー検査の結果、共に軽度の屈腱炎の症状が認められました。

 医師によると発症をしてから適切かつ迅速な対応が炎症を抑えたとのこと。

 我々の不手際も踏まえ――――

 

「本来は謹慎半月のところ、URAの不手際から縮めて5日間の謹慎と、規定いっぱいの減俸。また、URA医療班を改革。元トレーナーを最低3人常駐させ、故障の予兆があれば医療班へ報告させることとします」

 

 

◆◆◆

 

 

「甘いな」

 

 実のところ、ライセンス剥奪まではいかないだろうな、とは思っていた。フランスに行くというのはあくまでも最悪にして最後の手段である。

 

 しかし思ったより改革が早く、罰則が軽い。

 そしてギリギリ菊花賞に出られる程度の謹慎期間というのは、やや忖度が感じられなくもない。

 

 しかしURAとしてはそのぶん罰金を重くし、そして自らの非を認めることで『東条隼瀬に甘いのではないか』という矛先をそらした。

 

 だからこそ、『制度の欠陥を見過ごしていた自分たちのミス』ということにしたのだろう。

 

(まあ、府中の医療班はスズカのときもテイオーのダービーの時も怪我の発見に至らず、役に立たなかったわけだが)

 

 スズカが骨折しながらも走り切り、ニコニコしながらこちらによってきたときも。

 トウカイテイオーがダービーで骨折しながらウイニングライブを敢行したときも。

 

 府中、即ち東京レース場の医療班はウマ娘の異変に気づかなかった。即ち、負の実績がある。

 

 しかし負の実績があるとはいえ、URAという大組織があっさりと自らの不手際を認めるというのは珍しい。

 責められるべきは医療班の使えなさ、と責める声もあるが、彼らは怪我を治すことのプロである。怪我を察知することにかけてはトレーナーの方が上で、気づかないのもまあ多少は仕方がない。

 

 だがそこに現役を引退したトレーナーを雇用すれば、雇用の口も広がるし怪我の早期発見にも繋がるだろう。

 なにせ、サイレンススズカを骨折させた男にすら気づける程度のことなのだから。

 

「俺としては、ブライアンはともかく俺は菊花賞は出場停止になると思っていた」

 

「というと?」

 

 謹慎を喰らったいつぞやのように、朝ごはんを食べているとシンボリルドルフがやってきた。額に青筋を浮かべて。

 

 まさにプンプンルドルフであったわけだが、そこは割とすぐに機嫌の治る皇帝。こうして一緒に朝ごはんを相伴し合っている。

 

「そちらの方がURAとしてはやりやすいだろう。個人に遠慮はしない、という組織としての姿勢を明確にできる」

 

「私が思うに、そういった組織のメンツのような都合でウマ娘に影響を与えたくなかったのではないかな」

 

「俺も頭が冷えて思った。ブライアンには申し訳ないことをした、と」

 

 あのときは、必死だった。観戦しているだけなのに、精神的に限界なところがあった。

 サイレンススズカ。故障で才能を潰しかけた天才。あの再来になるかもしれないと咄嗟に思って、まさにトラウマに突き動かされたと言っていい。

 

 心が沸き立つような熱意に動かされ、しかし頭は奇妙な程に凍るような冷静さを保っていた。

 だから、必死にやった。あの時できなかったことを、贖罪のように。

 

「俺はスズカのとき、冷静さを欠いていた。現実を直視できていなかった。正しい判断ができなかった。だから今、動いてしまった。少し考えると、URAに連絡して現地の医療班に繋いでもらい、こちらが事前に用意していた器具を提供して処置してもらう。そうすればブライアンには迷惑をかけなかっただろうに」

 

「ただその場合、対応は遅れていただろうね」

 

「……まあな」

 

「そして、君はそのことに気づいていたはずだ」

 

「まあな……」

 

 基本的に割とその場の最適解を行えるが、後々グチグチと気にする。

 シンボリルドルフは、彼のそういうどうにもめんどくさいところが好きだった。

 

「まあ、菊花賞に出れてよかったじゃないか」

 

 それはルドルフとしては、単純な励ましだった。最後の担当ウマ娘、最後の菊花賞。出られればそれに越したことはない。

 

 シンボリルドルフにトレーナーとしての彼の気持ちはわからない。経験したことがないからである。

 しかし自分の現役の最後の1年のどこかで彼が不在のままにレースに臨むのは、正直なところ嫌だった。

 

 そうなる場合たぶん、いなくなるそれなりの理由があるから仕方ないなぁと許すだろうが。

 

「そう。正直良かったと思っている。実のところ、試したいことがあるんだ」

 

「試したいこと?」

 

「そう。お前の最後の有馬記念のとき、ミホシンザン相手にやったことがあっただろう」

 

 ミホシンザン。神の子孫。

 シンザンという神の血統を継ぎ、そしてその領域を継いだ者。

 

 大鉈を振るい自分の前を走るウマ娘を纏めて差し切る、最強クラスの領域。その対策の為に、彼の知恵を借りたものだった。

 

 そしてそのとき、彼はこともなげに言ったのだ。

 

 ――――要は、発動させなけりゃいいんだろ

 

 そして彼は、発動させなかった。ミホシンザンの幼少期から今までのレースをすべて観察し、領域の発動トリガーを丸裸にして。

 

 その頃の彼は、領域を知覚できなかった。

 だが彼は領域というのは要は速くなるための技術であると的確な定義をし、そしてミホシンザンが加速した瞬間、あるいはその前に何をやっていたかをすべて洗い出して『何をもって領域を構築するか』を発見したのである。

 

「領域のキャンセルか」

 

「そう。それの亜種をやりたい。というか、試してみたい」

 

「ふむ……」

 

 シンボリルドルフは、彼が単なる好奇心で動く人間ではないことを知っていた。

 好奇心は猫を殺す、と言う。己の好奇心を優先して勝率を下げるような真似を、彼はしない。

 

「覚醒封じ、か?」

 

「御名答」

 

「なるほど、君の唯一の弱点をどうにかできないかと言うわけか」

 

「そうだ。俺はあのクソガキのような爆発力に淘汰され続けてきた。だが、ここらで何とかしておきたいのさ」

 

 彼が自分不在時にと用意していた菊花賞の作戦プランはシンボリルドルフも見た。それはある意味王道の――――謂わばナリタブライアンの強さに絶対的な信頼を置いているが故の、そして直前まで情報を集められないが故の力押しというべきもの。

 

 細かい調整ができない場合に備えて現場での自由が利くような作戦を事前に立てておくのはさすがと思ったものだが。

 

「俺の父は本家の嫡子に向けて自分のゴミを送りつけるようなところがあるが、優秀だった。現場レベルでなんとかすることができた」

 

 東条隼瀬の優秀さは、事前に勝負を決めておくことである。充分な時間があれば確実に勝つための算段を立てられる。少し足りなくとも7、8割で勝てるくらいの算段は立てられる。

 

「情けないことに、俺は現場でどうにかすることができない。担当ウマ娘が頑張っているというのに、なにもできない。だから多少なりともなんとかできないかなと思っているわけだ」 

 

 だから現場レベルでなんとかできるウマ娘と組んできたのである。

 シンボリルドルフは本来トレーナーを必要としないほど優秀だし、サイレンススズカは現場での指揮の必要が皆無だし、ブルボンはあらゆるパターンを全部詰め込んでおけばプログラム通りに動いてくれる。

 

 そしてブライアンは、勝手にゴリ押しで勝てる。

 

(事前に勝ちが決まっているくらいに詰めてくれるというのは、こちらとしてはかなりありがたいことなんだが)

 

 典型的なトレーナーを父親に見ているのだから、納得しないだろうな。

 そんな冷静で的確な分析で理解を示しつつ、ルドルフは話を反らすことにした。

 

「そう言えば、参謀くん。記者会見は開かないのかい?」

 

「URAから駄目だと言われた。ま、謹慎期間中だから仕方ない」

 

「まあ、そうだろうな……」

 

 URAが頑張って取り繕ったものを本音と正論で破壊しかねない。

 東条隼瀬という男を知っているだけに、シンボリルドルフは深く深く頷いた。

 

 そして、ふと頭に浮かぶのはとあること。

 

「理事長代理はなにか言っていたかい。処分の通達は理事長が行っていた。今海外出張中だから、おそらく代理が行ったのだろう?」

 

 何故、ウマ娘であるルドルフがトレーナーに対する処分の通達者に妙に詳しいのか。

 それはたぶん、説明する必要もないだろう。自分の分身のようなトレーナーが処分ガチ勢だからである。

 

「ああ。規定は守りましょうと言われた」

 

「そうだろうね」

 

「あと、怪我に気づく眼力を褒められた。やはりなんと言うか、彼女もトラウマから完全に抜けきれてはいないようだな」

 

 理事長代理。つまり、樫本理子。

 彼女は昔担当ウマ娘の意思を尊重した結果、トゥインクル・シリーズとアオハル杯のレースを全力でこなすという過密な出走スケジュールを容認してしまい、故障・引退させてしまったという過去を持つ。

 その過去故にトレーナーからURA本部へ転身していたわけであるが、URA内部の改革に目処が立ったが故に学園に戻ってきた――――ということになっている。

 

 本人の心を読んだわけではないからわからないが、事実URAは改革された。今回の対応の迅速さを見れば、わかる。

 そしてついでにわかること。それは少なくとも、嘗て寛容な管理主義者であった彼女はトラウマによって徹底的な管理を標榜している、ということである。

 

「同族だからわかる、と?」

 

「いや、同族ではないさ。スズカは復帰したが、あの人のウマ娘はそうはならなかった。だからこそその傷は深いだろうし、その傷に根ざした反動的な管理主義の根は深く、幹も太い」

 

 スズカが、あのまま引退していたら。

 この人はどうなっていたんだろうかと考えかけて、シンボリルドルフは頭を振った。

 

 考えたくない未来が見えたからである。

 

「そう考えると、俺は心が脆いのかな。今回もそうだが、相変わらず成長のない感じであるわけだし」

 

「……成長しているさ。日々自分と向き合っているから気づかないだけで、私からすれば大きく成長しているよ、君は」

 

「…………そうか」

 

 納得したような、安心したような、あるいは、嬉しそうな。

 そんな笑みを浮かべた彼を見てなんとなく嬉しくなって尻尾を振り、シンボリルドルフは皿の上に視線を戻した。

 

「……参謀くん」

 

「ん?」

 

「目玉焼き……新しく焼いてくれないか?」

 

「ああ、構わないが……」

 

 あるだろ。

 そんな彼の眼差しがおしゃべりにうつつを抜かして、ある時から一切手を付けられていないルドルフの皿に刺さった。

 

 そこにはパンがあり、サラダがあり、黄身の固まった目玉焼きがある。

 本来5枚あったそれが。

 

「…………ああ、固まったからか。そういえばお前、トロトロのやつが好きだったな」

 

「うん……」

 

「仕方ないな、皇帝陛下の思し召しだ」

 

 ヒョイっと、参謀の箸が一閃した。ルドルフの目玉焼きがかっ攫われ、参謀の口に消える。

 彼としては、これは善意だった。限られた摂取カロリーの中で最上のものを、より美味しいものを食べてほしい。

 だが自分のわがままで食べ物を捨てるようなことを彼女はしないだろうし、押し付けるようなこともしないだろう。

 

 だから、奪ってしまう。それが一番いい。その判断は、正しかった。ある意味で。

 

 

 そして、ある意味では致命的に間違っていた。

 

 

「あ、あーっ!!!!」

 

 皇帝らしくないなっさけない悲鳴を『私の目玉焼き! 私の目玉焼き!』というような、オグリキャップじみた、あるいはスペシャルウィークじみたあげません的悲鳴と感じたのか、東条隼瀬はちょっと肩をすくめた。

 

「なんだ、2枚がいいのか」

 

「い、いや、それは……私の……付けてるというか……」

 

 ブツブツブツブツと言っている皇帝を無視して、サラリと作って帰ってくる愛嬌×無神経男。

 

「おい、また固まるぞ」

 

 そんな言葉と共に、やや頬を赤く染めた皇帝は目の前のご飯をもそもそと食べはじめた。

 

 菊花賞まで、あと6日。




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