ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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作中の時間経過はRTAの設定的にアニメに準じてます。
故にスズカ世代→黄金世代→テイオー世代って感じです。なのでオペラオーはデビュー前です。

※間違った誤字報告が多発したので解説しますと、本文中の『ミスターシービーすれば』はマティリアルと言う馬がスプリングステークスで最後方から差し切り勝ちしたときの鞍上岡部幸雄のコメント『ミスターシービーしちゃった(直線一気に追込んで勝つことの意味)』をもじったものであり、誤字ではありません。


アフターストーリー:無敵

 ファンファーレが、京都レース場に響き渡る。

 空には雨雲。湿気が多いからなのか、音が微妙に揺れていた。

 

「雨か」

 

 鼻に落ちた、水滴。軽く首を振って空を見て、黒鹿毛の怪物はつぶやいた。

 

 パドックでのアピールを終えてファンファーレが鳴れば、ウマ娘たちは次々にゲートに収まっていく。

 ナリタブライアンは、3枠4番。東条隼瀬が注目するスターマンは1枠1番。

 

 全員が収まるまで、内枠に近いウマ娘たちは狭いゲート中での待機を強いられる。中には閉所恐怖症ぎみなウマ娘もいるが、ブライアンに関してはそういうこともなく落ち着いていた。

 

『さあ、全員がゲートに収まりました。ナリタブライアンの三冠が成るかどうか。もしくは、目下絶好調4連勝のスターマンが連勝を伸ばすかどうか』

 

 最後の1人、外枠のゴートゥーゼットがすんなりと収まる。クラシック級だろうがシニア級だろうがゲート入りを拒んだり怯んだりするウマ娘がいるものだが、このレースに関してはいやに大人しかった。

 気性が素直なウマ娘が多いのか、あるいはナリタブライアンの醸し出す雰囲気に呑まれているのか。

 

『さあ、クラシックロードの終着点、菊花賞。世代の中で、最も強いウマ娘は誰かを決めるレースが――――』

 

 ガタンと、ゲートが開いた。

 その瞬間。いの一番に、ひとりのウマ娘が飛び出した。

 

 黒鹿毛。しかし、ナリタブライアンではない。

 

『――――今、はじまりました! いいスタートを切ったのはスティールキャスト! たった1人でレースを牽引していきます! 最後尾にはポツンと1人ナリタブライアン。自らの影を引き連れてバ群に続きます』

 

 先頭は黒鹿毛。

 最後尾も黒鹿毛。

 

 オセロであればたぶん中段のウマ娘の尽くが黒鹿毛になりそうな展開で、菊花賞ははじまった。

 

(単逃げは恐れるに足らん)

 

 逃げウマ娘は、多ければ多いほど良くないというわけではない。ただ、単騎ではその本領が発揮できない。

 ウマ娘の根源、闘争心。逃げウマ娘と逃げウマ娘同士が競り合い、闘争心が喚起されあってこそ本当の強さが発揮される。

 

 東条隼瀬は、基本的に古い感性を持っている。クラシックディスタンス至高主義であるし、先行・差しといった王道の戦法を得意とする。

 だが実績を見ると確実に、逃げを育成することにかけては当代随一だった。

 

 その男が脅威がないと言っているなら、そうなのだろう。

 そういう眼で、ブライアンは黒鹿毛の逃げウマ娘を見ていた。どことなく、ミホノブルボンに近い匂いを感じるウマ娘を。

 

(親戚? いや、どうでもいいか)

 

 意識外に置き、そして最内枠を運で勝ち取ったウマ娘へと視線を移す。

 1枠1番スターマン。運もある。調子もいい。

 

(負ける可能性があるならばと、アイツが言うのもわかる)

 

 だが、その対策も立ててある。アイツが。

 脚を早めつつ、ナリタブライアンは向こう正面、正面スタンド前を通過した。これまで声を潜めていた観客から放たれた大歓声が横殴りに浴びせられ、外を走っていた身体が内に揺れる。

 

(そんなに急かさなくとも勝ってやる)

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 徐々に加速していき、そして中段に追いつく。それが、中盤までのレース運び。

 

 迫ってくる怪物の足音に気づいたのか、群れを為す中段がゆっくりと撓んでいく。

 

 包囲。

 ほぼすべてのウマ娘が、そうすることを考えていた。現実的にそうする他に勝ち目がなかったのである。

 

 クラシック級に進んだナリタブライアンが最も苦戦したのは、宝塚記念のとき。姉貴ビワハヤヒデがその広い視野と傑出した頭脳で包囲を完成させ、そして最後の最後には突破された。

 

 しかし突破されたと言っても、それは自ら進路を開けてしまったからだ。

 

 内か、外か。

 ナリタブライアンの進路は2つ。その2つを塞ぎにいって、そして中央を突破された。それだけのこと。

 

 だから、各陣営は対策をする。

 他の陣営も同レベルの思考を持っていることを信じて。

 

 しかしこれにも、穴があった。

 つまり、終始後方に位置取られたり終始大外を走られたりすると包囲し損ねた挙げ句に差し切られてしまう。

 

 それはかなり大きな欠陥であった。つまり、なんの駆け引きもなんの勝算もなく、【ナリタブライアンが前に進出して来ること】を願わなければならないのである。

 だが他陣営には、ここまで詰みかけている状態にも拘わらずそれなりの勝算があった。つまり、菊花賞とは長距離レースなのである。

 

 

 ナリタブライアンの末脚は、常軌を逸している。

 ステイヤーとはもっとこう、脚がズブい。彼女にはそれがない。鋭過ぎる。

 

 ナリタブライアンは、マイルでメイクデビューを飾った。

 そしてホープフルステークスではなく朝日杯FSをジュニア級最後のレースに選んだ。

 

 本質的には、マイラー。あるいはクラシックディスタンスあたりが適性。

 担当トレーナーが東条隼瀬に替わったのは、距離を延長させたいから。つまり菊花賞では、あまりにも外を回り過ぎるとスタミナが尽きる。

 

 つまり、好位を狙って前目に付けなければならない。

 その考えは、まったく正当なものだった。ナリタブライアンの実力が最も出る距離が3000メートルである、ということを除けば。

 

 だから、東条隼瀬は言った。

 

 ――――正直、無視して外を回れば勝てる

 

 ホログラムディスプレイによる精緻なレース予測を再生し終えて、そう言った。

 

 こいつ、また変なのを作ったな。

 ブライアンは走る前にそんな謎の技術力に感心したものだが、今感心するのはそれにではない。

 

(見た通りのレースだ)

 

 予想、予測。

 そういった言葉で表せるのか、どうか。それすらわからない精緻な予知。

 

 それはナリタブライアンという傑出した実力を持つウマ娘が手札を開示することによって相手の選択肢を狭めていったからこそであるわけだが、狭める為に利用され尽くした当人は素直に感心し尊敬した。

 

 ――――見たか。お前が外を回ると、こうなる。回らない場合は、こうなる

 

 なった。となると、これからもなる。

 

 そうしてナリタブライアンは、重層的な罠の中に飛び込んだ。

 つまり、バ群の中に突っ込んだのである。

 

 

 ――――俺は来年、お前と日本で取れるGⅠを全て取る。だから、普通に勝つのではない何かがいる

 

 

 そんなことをしたやつは、いない。1年でできるものではない。だが、アンタはできるという。

 

 ああ、そうか。なら従ってやる。アンタが信じた以上の力を見せてやる。

 そんな獰猛な心で、罠を噛みちぎる気で、ナリタブライアンは罠の中に突っ込んだのである。

 

 その何かとはつまり、どんな状況でも勝てるところを見せること。

 確かにこのレースは包囲を回避すれば勝てる。ミスターシービーすれば――――後ろから豪脚爆発させて追い込めば勝てる。

 だがそうなると、ナリタブライアンの唯一の弱みが包囲されることであるとわかってしまう。

 

 それにいずれ、前目に付けなければならない時が来るのだ。となると、包囲は避けられない。

 一瞬一瞬が命取りになる互角の相手と戦うその時までに、包囲策を取ろうとする思考自体を、脳自体を潰しておく必要がある。

 

 鮮烈に黒く輝く雷霆のような、中央突破で。

 そしてそれができるのが、菊花賞。即ち、今だった。

 

 何故ならば、このレースは誰もが見ているから。6代目の三冠ウマ娘を決めるこのレースは、きっと誰もが見るはずだから。

 

(VIP待遇だな)

 

 周りに広がる、ウマ娘の輪。

 普通の有力ウマ娘であれは青ざめそうな程に進路を塞がれている光景を見て、ナリタブライアンは不敵に笑った。

 最内に近い、隣。腕を横に伸ばせば届くほどの距離に、スターマンがいる。

 

 才能を爆発寸前にした、常に110%の力を出しているであろうウマ娘。

 彼女は領域に届くのか、否か。それはわからないが、少なくとも東条隼瀬は届くとは思っていない。

 

 空よろしく暗雲が立ち込めてきたレース模様を見て、実況は状況を手早く纏めて解説に話を振った。

 

『ぐんぐんと逃げていくスティールキャスト! 後続との差は20バ身ほどあるでしょうか! ナリタブライアンはバ群の中。これはどう見えますか?』

 

『隼瀬の考えてることなんて僕にわかるわけないでしょ。これまで考えないで生きてきたんだから』

 

 ええ……貴方の息子でしょう。

 そんな声が漏れ出そうになってもなんとか締めたのは、流石主要レースをほとんど実況しているだけはある。

 しかしそんな彼女の若干呆れたような頬を張るように、久々に解説席に呼ばれた男は言葉を続けた。

 

『ただまあ、似てるなぁとは思うよね』

 

『と言いますと?』

 

『いや、僕に。やっぱ……血かな。血は水よりも濃いって言うし』

 

『つまり……中央突破ですか』

 

『たぶん!』

 

 そんなに自信満々に自信なさそうな答えを言われても困る。

 そんなふうに思う実況だが、実際そうするしかない状況であるのもまた、確かだった。

 

『確かに前走の宝塚記念では見事な中央突破を見せました。しかし今回はどうでしょう。同じことを再現できるものでしょうか?』

 

『できないだろうねぇ……』

 

 じゃあ無理じゃん。

 そう思う状況であったが、隣に座る解説者の顔には余裕がある。

 

 天才。

 そう呼ばれた者だけに見れるものが、あるのか。

 

『でも別に、方法が違っても結果が同じであればいいわけだから』

 

 そう言った言葉の真意はおそらく、訊いても答えてはくれないだろう。

 なるほど、と。1つ相槌を打って、彼女は目まぐるしく変わるレース展開に目を落とした。

 

 その展開を言語化するのが、彼女の仕事だったからである。

 

 現在の状況は、変わりつつある。というかこれだけ話しておいて状況が変わらないほど膠着したレースというのは存在しない。

 だがそれは、物理的に俯瞰で見れる解説席なればこその話。

 

 誰かが抜き、抜き返し。

 本来はそう言ったことなど、実際走っているウマ娘たちからすれば些細なことでしかない。

 

 中盤を越えて順位が変動するというのはさほど珍しいことでもない。だがこの場合、逃げているスティールキャスト以外がこの些細な変動に一喜一憂していた。

 包囲する。それはつまり、いつかは包囲を解くということである。包囲を解いた瞬間、いかにうまく抜け出すか。それがレースの勝敗を決める。

 

 合議して包囲することを決めた訳ではない以上、どこで包囲を解くかも決めていない。故に一々気にすることで意識が行き、そして消耗していく。

 

 だがそれにしても、中段を構成するウマ娘たちの疲労は尋常ではない。

 その理由はひとえに、ナリタブライアンとの力の差にある。側で走れば走るほどに、彼我の能力の差がわかる。

 

 気を抜けば一瞬で食いちぎられる、と。

 

(そろそろだな)

 

 包囲している側より強く包囲されている側、ナリタブライアンは冷静な眼差しで位置取りを見回した。

 

 スターマン。

 

 いくぞ、いくぞ、いくぞ。そんな前へ前へと突き進む、そんな気質が見え隠れしている。

 

 爆発する。覚醒する。予想外の力が発揮される。そんな、寸前。

 

 ――――絶好調とは、なにか。それは精神と肉体が完璧に連動し、連動した肉体を正しく動かすための眼が備わっている。そういう状態だ

 

 スターマンがその寸前にあることを、そしてその対策を、東条隼瀬は知っていた。

 

 

 ――――本家のやり口をパクる

 

 

 白い稲妻、タマモクロス。

 彼女がオグリキャップに対して行った対策のうちの1つ。それを使い方を変えて転用する。

 

 ナリタブライアンは包囲されている。しかし包囲されているとはいえ、動けないわけではない。ただ、抜け出せないだけなのだ。

 

 

 ――――歯車が完璧に噛み合っている。疑いなく、それは長所だ。だが要は、それを裏返してやればいい

 

 

 即ち、歯車を狂わせる。

 では、どう狂わせるか。精神には干渉できない。肉体に干渉すれば反則である。

 

 となると、環境を狂わせる。

 

 ナリタブライアンはこの時、無駄な行動をした。

 自分のすぐ隣、内側を走るスターマン。彼女の視界に自分の影を被せるように急進したのである。

 

 スターマンは、絶好調だった。領域に踏み込めそうで、踏み込めない。その瀬戸際にいた。

 精神が肉体を動かし、肉体が環境に適応している。その環境が、色を変えた。

 

 絶好調だった。なまじ先を読むための感覚が研ぎ澄まされていた。そして、連勝中の彼女はまさしく無敵だった。思い通りにならないことがなかった。

 その無敵感が、ナリタブライアンの放つ威圧感がもたらす精神的消耗から彼女を救っていた。

 

 だがここで、予定外が起きた。起こされた。

 何もかもうまくいっていた。菊花に至るまでの4戦の間、そして今回のレースも含めて5戦。

 

 時間にして実に半年もの間。彼女は予想外とは無縁だった。

 そしてその無縁さが、絶好調だったという事実が、彼女の判断を遅らせた。内ラチによれ、内側の他のウマ娘を前へ押し出す形で隊列を縦長にする。

 

 

 長所が、短所に裏返る。

 無駄な行動がその無駄さ故に、有効な行動へと裏返る。

 

 

 その音を、ナリタブライアンは聴いた。

 眼の前、斜めに伸びる空白の道を見た。

 

 時が止まったような、高速の停滞。自分だけの時間。進むべき道がわかる。事前に見た景色だからか、あるいは自分は新たな領域への道を啓いたのか。

 

 自分だけの時間の中で、ナリタブライアンは突き抜けた。バ群の中、強制的なスローペースで溜められた脚が大きく息を吸い、吐き出す。

 

(予定通りの、最短距離)

 

 ギアを上げつつ外を回るのではなく、脚を溜めつつ内を突く。

 

(最高速度でブッ千切ってやる)

 

 第3コーナー。いつもの彼女からすれば、やや早めの仕掛け。

 

 ――――誰も抜け駆けていないのに、何故空いた!?

 

 驚愕。第3コーナーという、彼女らの仕掛け時の遥か手前に抜け出され、包囲していたウマ娘たちとそのトレーナーらは驚いた。

 

 ブライアンの進むところを、わざわざ開けてやった。そうとしか思えない、卓犖とした指揮。その指示をしたであろう芦毛の男は、ぼんやりと片膝を立てて観客席に座っている。

 

 誰の邪魔をすることもなく、誰もいない空間を走る。

 一瞬で、置いていく。置いていかれる。そして、ナリタブライアンの影がスティールキャストを捉え、引きずり落として更に加速する。

 

『ナリタブライアン1番内! ナリタブライアン1番内!』

 

 するりと、影も無く。

 なんの予兆もなく抜け出して、そして圧倒的な存在感で駆けていく。

 

 第4コーナーから直線にかけて突き放し、突き放し、突き放す。

 

『妹は大丈夫だ! 妹は大丈夫だ! 妹は大丈夫! これが6代目の三冠! ナリタブライアン! これは楽勝だ! 強い強い強い!!』

 

 スタートしたばかりの逃げのような、大きな大きなリード。

 ブライアンのその影だけがゴール板の前を通過して、そしてその後に続く者は無し。

 

『更に更に加速して大差勝ち! 先代のレコードを更新しての圧勝です!』

 

 ――――妹は大丈夫だ!

 

 その後も改めて2度繰り返されたその言葉こそが、トゥインクル・シリーズファンの安堵だった。




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◇空◇兄貴、daisann兄貴、レミュオール兄貴、shirakami_rei兄貴、唐野葉子兄貴、ジェラルド兄貴、Bily兄貴、エイバン兄貴、評価ありがとナス!

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