ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アフターストーリー:天然

 そのウマ娘は、わずか26度の戦いで神話になった。

 嫉妬すら追い付かない、憧れすら届かない。「後ろからは何にも来ない」と、アナウンサーは3度叫んだ。

 速さは、自由か孤独か……絶対の強さは、時に人を退屈させる。

 緑のメンコ。速さの象徴。そのウマ娘の名は――――

 

「スズカ」

 

「はい?」

 

 サイレンススズカ。

 アメリカを特に何も思わずに粉砕したウマ娘は、再びアメリカの地を踏んだ。

 

「お前、どっかいくなよ。流石に土地勘がないところでは探せんからな」

 

「今度は私が探してあげますよ、トレーナーさん」

 

 フフッと笑う、緑のメンコをしたウマ娘。オレンジがかったこの栗毛が空港に着く前に何をしたのかを、東条隼瀬は知っていた。

 

「走ってる最中のお前がそんなことを気にするわけ無いだろぉ、スズカさんや」

 

 ぺたんとなりかけた左右の耳を両手の指で挟んでぐいーっと引っ張って吊り上げる。

 

「この東条隼瀬、無理を承知で言いますが……空港での待ち時間くらいはじっとしていただきたかったですね」

 

「い、一応間に合いましたし……」

 

 死ぬほど他人行儀な言葉遣いに何かを感じたのか、掴まれた耳の先をピコピコさせて俯く。

 

「1日単位で遅刻するところだったけどな」

 

「うそでしょ……」

 

 ところがどっこいそうではない。

 悲しいことに、スズカは彼が売店から帰ってきたら消えていたのである。

 

 まあ普通に帰ってきたからアメリカに航れたわけだが。

 

「ノットうそ。だが……まあ仕方ないからいいとして、取り敢えず荷物をおろそうか」

 

「あ、はい。ちゃんと付いていきますね」

 

 ――――まずい。心の底から信用できない

 

 これがルドルフなら、迷子になっても普通に帰ってくるだろう。

 ブルボンなら信用どころか全幅の信頼を置ける。隕石が降ってきても付いてくるだろうし。

 ブライアンでも、あれで結構人見知りなところがあるから付いてくるだろう。

 

 しかし、このサイレンススズカ。この娘は深窓の令嬢めいた雰囲気を持っているくせに物怖じをしないし気がついたら消えている。

 

「スズカ、手」

 

「はい」

 

 おそらくは勝負服のものをそのまま流用しているらしい黒い手袋とほぼ同じ意匠、同じ色の手袋が重なる。

 

 一回り大きい手に包まれたのを見て、なんとなくスズカは尻尾を振った。

 

「私の手袋、まだ着けてくれていたんですね」

 

「ああ。壊れるまで着けるつもりだ」

 

「壊れたら、また作りますよ」

 

 やや寒い、アメリカの街。ケンタッキー州チャーチル・ダウンズ。

 BCターフに招待される形で、サイレンススズカと東条隼瀬はやってきた。

 

「壊さんよ。大事に常用しているからな」

 

「もしも、です。もしもに備えておくことは、大事ですから」

 

「まあ、それはそうだな。先の天皇賞秋でも俺はもしもに備えておいたが故にうまく立ち回れたわけだし」

 

 天皇賞秋と聴いたあたりで前にヘタれた耳が元の位置に戻る。

 彼女としては、レース自体にトラウマがあるわけではない。正直、別に怪我したこと自体はどうでもいい。

 しかしどうでもいいにしても、自分が与えたトラウマに関してはちゃんと責任を感じていたし、申し訳なくも思っていた。

 

 だからこうして彼の口からその単語が出てきた瞬間に申し訳なく思って凹んだわけだが、思ったよりも声音は明るい。

 

 成功体験が上書きしたのかもしれない。

 頭先頭民族なだけでこれでも一応頭はいいサイレンススズカは、きちんと察した。

 

「よかったですね、トレーナーさん」

 

「ああ。今度はしくじらないから安心してくれていいぞ」

 

「はい。安心して走りますね」

 

 このしくじらないからというのは、骨折させないし事故にもさせないという意味だということも、無論サイレンススズカは知っている。

 繋いだ手を握り直して大きく息を吸い込み、吐く。

 

「冬ですね……」

 

「いや、まだ一般的には秋だったはずだ」

 

 吐いた息が白くなったのを見て風流を感じ、季節のうつろいを感じた先頭民族は、あまりにも現実的すぎる男のセリフに眉をひそめた。

 だが、それでも嬉しい。尻尾は揺れるし耳は左右にピンと向く。

 

 なにせこの新大陸にはじめて降り立ったとき、こんなときが来るとは想像もしていなかったのだから。

 

 ――――あのことがなければ、4年前にこうしていたのかもしれませんね

 

 そう言おうか、言うまいか。

 そんな微妙な逡巡を切り裂くように、沈着さを感じさせる重みのある声が彼女の名を呼んだ。

 

「スズカ」

 

「はい」

 

 自分の心を読み取ったのか。

 あんまりにもピッタリなタイミングに驚いたスズカは、弾かれるように俯きがちだった顔を上げた。

 

「なんでしょう、トレーナーさん」

 

「着いた。荷物を置いたらチャーチル・ダウンズレース場に行く。一応言っておくが、最初はゆっくり歩いて、早歩きになって、そして走る。これは脚を慣らすのが目的であって、速く走るのが目的ではない。わかるな」

 

「はい」

 

 恐ろしく事務的な通知に片頬を膨らませつつ、サイレンススズカは肩に掛けた小さなカバンを改めて手に持った。

 チェックインとか、そういう細やかな業務。走ることしか考えてなさそうなサイレンススズカにはできないと思われがちなそれらを、東条隼瀬は淡々とこなした。

 

 ――――部屋はひとつでいいな?

 

 ――――はい

 

 そういうやりとりは、飛行機の中で済ませている。周到な用意を旨とする男なだけあって、その手続きは鮮やかな速さだった。

 

 ひとつの部屋と言っても、流石は一泊とは思えないほどの大金が飛ぶ高級ホテル。

 部屋は広く、風呂やら厨房やらも完備されている。

 

 そこに荷物を置いて、トレセン学園の校章付きのジャージに着替える。

 そうして2人は、チャーチル・ダウンズレース場に繰り出した。

 

「最初はゆっくり。歩いて、早歩きになって、そして走る。これは脚を慣らすのが目的であって、速く走るのが目的ではない。わかるな」

 

「はい。トレーナーさん」

 

 それ、二度目ですよ。

 たぶんそう言っても『知っている』とかそういう感じの答えが返ってくるので、サイレンススズカは特に指摘せずに頷いた。

 

 そう。チャーチル・ダウンズレース場に向かうのはスズカの走行欲を満たしたいというのもあるが、彼女の脚をアメリカの雑然とした芝に慣らさなければならないからである。

 無論一度慣れているわけだから思い出すだけでいいのだが、それでもぶっつけ本番となっては万が一がある。

 

 そういうことで、サイレンススズカは柔軟して軽く身体を作った。

 

「最初はゆっくり歩いて、早歩きになって、そして走る。これは脚を慣らすのが目的であって、速く走るのが目的ではない。わかるな」

 

「あの。3度目ですよ」

 

「ああ。何度でも言うぞ」

 

 東条家本家に所属するGⅠ未勝利一般トレーナーの口癖をそのままトレースしたようなセリフに、サイレンススズカは首を傾げた。

 

 ひょっとして、と思ったのである。 

 

「ひょっとして……トレーナーさんは私のことをターフがあれば走り出す娘だと思ってませんか?」

 

「思っているが」

 

「うそでしょ……」

 

 ちなみにアメリカについてから2回目である。

 

「嘘ではないさ」

 

「みんな言うんです。スズカは走ってない普段でも走ることしか考えてない先頭民族なんじゃないかって……」

 

 なるほど。しかし走ってる時でも走ることを考えているからそれは嘘だな。

 そう言いかけて、東条隼瀬は思いとどまった。

 

(普段でも、ということは無論走ってる時は走ることを考えていると理解されているわけか。となると嘘ではないな)

 

「フクキタルもドーベルもスペちゃんも同じようなことを言うし……なんでなのかしら」

 

「そりゃ、それが事実だからさ」

 

 思考中に問いかけてきて答えてやったら頬を膨れさせてぷくーっとなったスズカ(フグ娘)を見て、東条隼瀬はふと思った。

 

「じゃあお前、他に何を考えていると言うんだ」

 

「トレーナーさんのことを考えています」

 

 コンマ何秒の間もなく、サイレンススズカは答えた。

 それはおそらく本当にそれくらいしか考えることがないからで、それだけにド天然なところがある彼女の偽らざる本音だった。

 

(結局は走ることじゃないか)

 

 トレーナーとは、彼女にとって走りを指導する存在であろう。おそらくは、世間一般のそれと乖離はない、はず。

 

「えー、えーっと……あ、あと! 天気とか……そういうことも考えていますよ」

 

「なんでお前はそんなに焦ってるんだ」

 

 今のを文にするなら語尾にビックリマークが付いているであろう、スズカの言葉。あと若干頬も赤い。

 なんでコイツはそんなにらしくないほど焦っているのか。そう思いつつ、冴えてる男隼瀬は気づいた。

 

(なるほど……結局自分が走ることしか考えてないと自ら開示してしまったことに気づいたわけか)

 

 ならばその焦りようもわかる。しかしそれで追加で出したのが天気というのは、笑える。

 天気も走りに関係することである。彼女は雨が走りにくいというただそれだけの理由で、嫌いなのだから。

 

「大丈夫だ、スズカ。俺はお前が年がら年中走ることしか考えていないことを、無論知っている。走っている最中にも走ることしか考えていないことを知っている。だが知った上で俺はお前のストイックなところが好きなんだ。いや、尊敬すらしている。だから隠さなくてもいいんだぞ」

 

「うそでしょ……」

 

 ハットトリックである。

 

 まあそんな何の意味もないうそでしょハットトリックは置いておいて、スズカはなんだかんだで走ることが好きなウマ娘の鑑であった。

 

 周りのウマ娘たちから畏怖の眼差しを向けられながら何も気にせず、走る、走る、走る。

 脚が慣れるまでどころか満足するまで走って、そうしてスズカはぐるりと回って帰ってきた。

 

 ――――いやあ全く、彼女の母を追い出したマスコミ共を射殺したくなるくらいの国家的損失ですよ

 

 ――――お互い、マスメディアには苦労しますね

 

 ――――まったくです。スズカさんがいないアメリカのトゥインクルシリーズは平和でした。しかし、つまらなかった。なのでこうして招待したわけでして

 

 風の音の中から徐々にハッキリとしていく、英語での会話。

 なんとなく英語もフランス語もできるスズカは、更に加速して自分のトレーナーと偉そうな(つまり、母が見れば無条件で噛みつきそうな)相手が話している場に近づいた。

 

「平和は謳歌できるときに謳歌しておいたほうが良いと思いますよ。来年は到底平和にはならないでしょうから」

 

「おお……では!」

 

「はい。本人の了承があれば、そうなります」

 

 ありがたい、と言いつつ去っていく偉そうな人を見送っている背中に向けて、サイレンススズカは突撃をかけた。

 

「トレーナーさん」

 

「見ていた」

 

 話していましたけど、私の走りはちゃんと見ていてくれましたか。

 そう言おうとした彼女の心理を完璧に読み取って、東条隼瀬は去っていく後ろ姿に向けて礼を尽くすのをやめて振り返った。

 

「加速が速い。日本のとは違うまとわりつく芝への嫌悪感がそうさせるのかもしれないが、脚への負担がバカにならんな」

 

「そうですね……少し違和感があったのは確かかもしれません。なにせ芝の長さが違うものですから」

 

「まあ欧州のトゥインクルシリーズが貴族の社交場としてできたように、アメリカのトゥインクルシリーズは民衆の娯楽としてはじまった。それ故に整備の必要がないダートが主流になり、そして芝も比較的管理の容易なものになっている。そのせいだろうな」

 

 とは言いつつも、サイレンススズカは何回か走ると加速にも慣れた。

 レースの天才ではないが、走りの天才。

 そう呼ばれるだけのことはある、抜群の適応能力。

 

「相変わらずだな、スズカ」

 

 え?という顔をしたサイレンススズカを見てふと笑い、東条隼瀬は口元に手をやった。

 

「今日はこれくらいでよかろう。何か食べたいものはあるか?」

 

「作ってくれるんですか?」

 

「ああ」

 

 東条隼瀬としては、アメリカのトゥインクル・シリーズの清潔さをそのまま信じる気にはなれない。

 文化の違いというのもあるだろうが、要は薬によるドーピングが顕著なのである。最近も栄光のダービーウマ娘がドーピングで検挙された。

 

 テストステロンなどを増加させるタンパク同化薬や、筋肉に送られる酸素量を増やす血液ドーピングは無論禁止されている。その点では人間が中心となって作り上げるスポーツ、野球などとも同じである。

 一応、禁止されてはいる。だが尋常じゃなく破っている者たちが多い。最近も大規模なチームを抱えていた管理担当トレーナーが継続的にウマ娘にドーピングしていたというニュースが入ってきている。

 

 スズカは、アメリカにいたとき絶大な人気を誇っていた。本人が誇っていたかどうかはともかく、誇っていた。

 それは彼女の母がアメリカのメディアやら何やらから大規模なバッシングを受けて追放され、そしてその娘がかたきを討つかのごとく戻ってきたという背景も一因としてある。しかし何よりも、彼女はクリーンだった。薬物のやの字もなかった。

 

 そんなクリーンなウマ娘が、薬物で強化しているウマ娘たちやらなにやらを純粋な暴力でぶっちぎる。

 それは国内のウマ娘を『こいつもどうせドーピングしてるんだろ』という目でしか見れなくなったアメリカのトゥインクル・シリーズのファンからすれば痛快で、爽快で、見ていて楽しいものだったのであろう。

 

 だから万が一にも、過ちを起こすわけにはいかない。ルドルフやブルボンやブライアンの名誉にも関わるかもしれないことなのだから。

 

「……ノエル」

 

「ん?」

 

「ブッシュ・ド・ノエルが食べたいです。だめですか?」

 

「まあデザートとしてはそれでいいが、一晩寝かせないと然程うまくはならんぞ。材料も満足にあるとは言えないしな」

 

「食べたいんです。ぜひ」

 

 いつになく、押しが強い。

 まあそんなに食べたいならいいか。そういう思考で、東条隼瀬は持ち込んだ食材や事前に輸送しておいた食材をパッチワークのごとくつなぎ合わせてなんとかかんとかブッシュ・ド・ノエルを作るに足る材料を揃えた。

 

「トレーナーさん、私も手伝いましょうか?」

 

「いや、休んでいろ」

 

「わかりました。手伝いますね」

 

(こいつ……)

 

 押しが強い。

 会話が成立しないほどの押しの強さ、ド天然さ。

 そんなド天然な彼女と共同で作ったブッシュ・ド・ノエルは、それなりだった。事前に色々用意した上でブルボンと作ったそれとは全く異なると言っていい味。

 

「確か前にも、お前とこれを食ったことがあったな」

 

「はい。その時トレーナーさんは言いました。『来年も一緒にこれを食べよう』と」

 

 

 ――――うそつき

 

 

 くすりとたおやかに笑って、サイレンススズカはつぶやいた。




41人の兄貴たち、感想ありがとナス!

Eddie_Sumile兄貴、Incognito兄貴、評価ありがとナス!

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