ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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当初予定ではこれ全部カットして実況だけ冒頭に挟んでジャパンカップはじめるつもりだった


アフターストーリー:疾風

「最も警戒すべきはこの娘、ティカネン。アメリカに生まれ、欧州のトゥインクルシリーズで今年7戦し、フランスとアイルランド2カ国のダービーに参戦。欧州では合わなかったのか、故郷のアメリカに帰国。ターフクラシック招待ステークスで初GⅠを制覇した。つまり彼女の脚はアメリカ向きで、留学しないほうが良かったということになる。あまりアメリカで走っていないだけに人気は中堅止まりだが、侮れない」

 

「でも、私のほうが速いですよ?」

 

「まあそれはそうだな。次に行こう」

 

 ペラリと資料が捲られたのを見て、スズカも卓上に置かれた資料を捲る。

 

「次に恐ろしく感じるのは、パラダイスクリーク。今フランスにいるアレとはなんの関係もないが、実力は本物。今年に入ってからGⅠ3勝含む8勝を挙げている。バーナードバルークHでは取りこぼしたものの2着だし、現在のところアメリカ最強と言っていいだろう」

 

「トレーナーさんが好む感じの安定感ですけど……でも私のほうが速いですよ?」

 

「確かにそれはそうだな。次に行こう」

 

 米製ビワハヤヒデみたいなウマ娘だなーと思うが、こういう安定感抜群なタイプは爆発力を発揮するタイプに弱い。

 

「これからは順不同で行くが、オンリーロイヤル。去年の凱旋門賞での5着だ。覚えているだろう」

 

「後ろに目は付いていないので……」

 

 私より前を走る人は覚えていますけど、他の人は覚えていないですね。

 

 一応掲示板に載った相手であるが、彼女からすればそういうことである。

 

「あ、そ。まあ、彼女は高速逃げに弱い。だから勝てるだろうと思う」

 

「はい。私のほうが速いですしね」

 

「なるほど、理にかなっている。次に行こう」

 

 ブルボンとスズカが作り出す高速逃げを得意とする者はいるのか。そういうことを言い出すとおそらくこの世の中に高速逃げを得意とする者はいなくなるであろう。

 

「次のウマ娘はエルナンド。誕生日は2月8日。毛色は鹿毛。メイクデビューこそ2着と惜敗したものの次戦、ロンシャンでのブランジー賞で勝利。そこからロンシャンで3連勝を挙げレース場での適性を見せた。その後はフランスダービーを制し、アイルランドダービーでは2着」

 

 あれ、詳しい。

 基本的にボケーッと聴いていたサイレンススズカは、死ぬ程長い説明にやや意識を覚醒させた。

 

「去年は凱旋門賞で16着。BCターフからジャパンカップに参戦している」

 

「凱旋門賞で負けてる人って多いんですね」

 

「まあ勝ったやつより負けたやつの方が多いからな」

 

 おそらくなんの悪意もないド天然な発言だが、サイレンススズカも一応負けている。負けて強しの2着だったわけだが。

 

「今年は凱旋門賞に向けて調整していたのか出ているレースこそ少ないが、その成果あってか2着と好走。去年のローテーションと同じく、BCターフにも出てきている。ジャパンカップにも出るだろう」

 

 凱旋門賞2着。素晴らしい成績である。

 しかし何故それでもあんまり重く見られていないのかと言えば、ミホノブルボンとサイレンススズカの地獄のハイペース凱旋門賞であまりにもあんまりな結果を出したからに他ならない。

 

「でも私のほうが速いですよ」

 

 こんなにも詳しいのは、ジャパンカップに出てくるからか。

 

 なんでこんなに詳しいのかという疑念を確信に変えながら、サイレンススズカは取り敢えず思ったことをそのまま口に出した。

 

「……うん」

 

「……え……速くないですか?」

 

「いや、速いがね」

 

 なんとなく釈然としないような顔に小首を傾げるサイレンススズカにジェスチャーで資料を捲ることを示し、次の説明に移る。

 

「次、ハトゥーフ。引退宣言が出ているが、今年GⅠを制覇。去年も似たようなローテーションを用いているから慣れがあるだろうし、侮れないぞ」

 

「でも」

 

「私のほうが速いですよと言うんだろう」

 

「え……すごいですね、トレーナーさん。昨日はわからなかったのに今日は私の心を読めるなんて……」

 

 昨日はの件は皮肉。

 今日はの件は天然。

 

 要は皮肉半分天然半分な言葉をぺいっと吐きつつ驚いた顔をしているサイレンススズカのほっぺたをむにーっと左右に伸ばしたあと、パチンと離して東条隼瀬はため息混じりに言った。

 

「お前はbotか。サイレンスbotか?」

 

「うそでしょ……」

 

「ノットうそ。まあ、いいや。勝てるだろうからな」

 

「え、はい。勝てますよ。私の方が速いので」

 

 サイレンススズカアメリカ最後のレース。

 今年に招待状が来るまで、そして遠征を決めるまで。それはガルフストリームパークレース場でのBCターフだった。

 

 そこで2着を着外に追いやる程の圧倒勝ちを見せた――――もっとも次元を超えたタイムを叩き出したというより2着以下が無理に付いてこようとして失速した結果そうなったわけだが――――ことにより、サイレンススズカは『ガルフストリームの怪物』なる異名を奉られた。

 

 自分の速さに対する、絶対的な自信。

 ライスシャワーもそうだが自分の強さを信じられるそのメンタルを、東条隼瀬は尊敬していた。彼には持ち合わせがなかったからである。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「勝ち負けはともかく、アメリカの皆さんは私を覚えているかどうか。そのあたりが気になります」

 

 あれだけ好き勝手荒らし回されたら、忘れようがないんじゃないか。

 まったく誰に似たのか、自分を取り巻く環境や評価に対して無頓着すぎるところがある。

 

(困ったものだ)

 

 お前が言うなの極致である。無論ツッコミは不在中なので誰も何も言ってくれなかったが。

 

「で、レース前インタビューは締め出し形式でいいのか?」

 

「はい。アメリカの古参メディアは相手にするなという家訓なんです」

 

「まあ……お前の母親の現役時代のことを考えれば無理からぬことだが」

 

 色々あった。本当に。

 だがその不遇さや周りに死ぬほど叩かれたり認められなかったりしたことが、あの母親の狂気的な勝負根性を生んだことは間違いない。

 

 ドーピングしているウマ娘が狂気じみた走りを見せることはままあるし、アメリカではそういうものはよく見られる。トレーナーもウマ娘もそれぞれ薬をやっているのもまあ、よくあることである。

 

 だが母サイレンスのあの狂気的な負けん気は薬で得られるものではなかったし、影に潜航する豹の如きしなやかで理性的な走りは母サイレンスが極めて強靭な――――ドーピングなど必要としない程の強さを持っていることを示していた。

 

「私としてはどうでもいいんですけど、一応」

 

「わかるわかる。因縁とは厄介なもので、俺も日経新春杯に出ることが禁止されているんだ」

 

 そんなことを言いつつもトレーナーさんが親になったら秋天禁止令出しそうだなーと思うスズカであった。

 

「トレーナーさんも母親に止められたくちですか?」

 

「いや、父親がな。不吉だなんだと言って」

 

「なるほど、親子ですね」

 

 感覚が鋭敏すぎるからこの世にはびこるものを感じて、スピリチュアルなものをも感じてしまう。

 頭が良すぎるからどうにもならないことの多さを察して、スピリチュアルなものを信じてしまう。

 

「そのたぐいのことを結構言われるんだが、言うほど似ているかな」

 

「私はこの世で信用できない最たるものの例がトレーナーさんの自己評価だと思っていますよ」

 

「そうか……そうか……?」

 

 僕は天才さ!と言って憚らない父親に、指導を受けてきたわけである。そしてその言って憚らなかったのは全くもって事実であったわけで、自己評価が相対的に低くなるのもわかる。

 

 わかるが、実際のところそう悪くはない。むしろ良い。ウマ娘との巡り会いがいいだけと本人は言っているが、無論それだけではない。

 

 ――――そうかな

 

 ――――そうです

 

 そんな応酬をいくらかし合った後に、二人はそれぞれ床についた。

 そして、翌日。アメリカのトゥインクルシリーズ運営者たちにとっては歓喜の、参加者たちにとっては絶望のレースがはじまった。

 

 チャーチル・ダウンズレース場は、珍しく満員。大レースでも満員にならないことが珍しくもなくなってきたのだが、今回に限っては席と席の合間を縫っての立ち見すらもいる。

 

 サイレンススズカ、アメリカのアイドルの帰還。彼女は逃げという駆け引きもクソもない圧倒的な暴力、速度によってねじ伏せる。

 

 トゥインクルシリーズの王道は、先行と差し。その認識に間違いはない。しかしだからこそと言うべきか、直線で一気に捲る追込と初っ端から全開で走る逃げには不思議な魅力があった。

 

 東条隼瀬は、めずらしく観客席にはいなかった。関係者席でおとなしく観戦者として見守っている。

 

 癖でぎゅっとペンダントを握りかけて、やめる。関係者席の方に微笑んでから手を振って、サイレンススズカは1枠1番のゲートに収まった。

 

 第11回BCターフ、1枠1番1番人気。

 不吉だなんだと騒ぐスピリチュアルおじさんをなだめてすかして黙らせて、彼女はここに立っている。

 

 枠順の関係で真っ先に収まったサイレンススズカを、他の13人は畏怖とも恐怖ともつかない眼差しで見ていた。

 

 ――――レースにではなく、走ることに特化したウマ娘

 

 そう呼ばれるに足る実力があることを、彼女たちは過去から学んでいた。

 

『さあ、満員という言葉では言い表せない程のお客様がたの視線の中、枠入りがはじまっています。注目のサイレンススズカは1枠1番。かつてアメリカを席捲したその逃げ脚が今回も発揮されるのかどうか』

 

 砂混じりの風に、細く長い栗毛がなびく。

 その威圧感を欠片も感じさせない佇まいに怯む者もいれば、安堵する者もいる。

 

 そんな彼女たちの作戦は、無論個人によって多種多様に異なる。

 しかし共通するのが、サイレンススズカに好き勝手をさせないということだった。

 

 楽に逃しては、負ける。

 楽に逃さないためには、あの開幕の領域――――ゴールまで加速し続ける無限の領域の構築を阻害しなければならない。

 

 遥か空を飛ぶ鳥を、大地に引きずり下ろす。

 それが、彼女たちの勝ち筋。爆発物を、爆発させない。必殺技としてではなく、起爆剤として使われる領域を防ぐ。

 

 それは日本でタマモクロスがオグリキャップを相手に辿り着いた結論だった。

 つまり、集中する。圧倒的に、絶対的に集中する。そして空気が変わった瞬間に反射で発動トリガーのゆるい領域を構築して相手の領域と相殺する。

 

 それはまさしく、天才にしかできない天才対策。

 

「さあ、はじめて」

 

 スタート。

 その直前、一瞬前。サイレンススズカは呟いた。

 

「すぐ、終わらせましょうか」

 

 ゲートが開く。ハナを切る。

 そしてその瞬間、青々とした草原を両脇に控えた畦道が14人の出走者の前に現れ、消えた。

 

 それからゼロコンマ2秒だけ遅れてふたつの領域が同時に放たれ、そして相殺される。

 狙いこそ違えども、結果は同じ。サイレンススズカ対策を考えていたウマ娘の中に領域を使える者が2人居て、そして同じ結論に至った。それだけのこと。

 

 領域とは、構築したあと維持しなければならない。維持しなければ、最大限の効果は得られない。それが、常識。

 

 しかしサイレンススズカの領域は、世界の軛から脱する為の領域である。

 

 逃げは逃げらしく。

 先行は先行らしく。

 差しは差しらしく。

 追込は追込らしく。

 

 トゥインクルシリーズのレースは、脚質ごとに決まったセオリーがあり、その上で行われる。

 サイレンススズカの初動の領域。彼女が目覚めた第三の領域は、世界の理を加速させ、風化させ、壊す神業。

 

 故に一瞬でも構築できれば、彼女は世界の理に触れることができる。

 そして触れた理を、変質させることもできる。

 

 ゼロコンマ何秒の世界でのハナ差を競うウマ娘。その世界でも特に傑出した速さを持つのが、サイレンススズカというウマ娘だった。

 ゼロコンマ半秒で領域を構築して世界の理を破壊し、同速で引っ込める。

 

 他のウマ娘たちは身構え、対策し、反射神経を鍛えた。

 しかしそれより、サイレンススズカは速かった。

 

(反応が遅い)

 

 自分か、自分に類する者。

 その初動を叩く為のトリガーがゆるく精度の粗い領域が相殺されて壊れていく残滓の降りしきる中を、栗毛が尾を引いて駆けていく。

 

 左回り。

 芝状態良。

 天候晴れ。

 開催地アメリカ。

 

 環境のすべてが、サイレンススズカの加速要因となりうる。問題は距離のみである。

 

 逃げた。そして、おそらくは捕らえられない。

 それを察した後続のウマ娘たちは、一気に加速してサイレンススズカに迫る。

 序盤で付けられた差が埋まらないままに負けていった先達たちの姿を、彼女たちは見てきた。故にこそ、なんとかレースという形に持ち込まなければならない。

 

 アメリカのトゥインクルシリーズの脳を破壊した、隔絶の感がある異次元の大逃げ。

 それを見た観客たちから圧倒的な大歓声を受けて、サイレンススズカが逃げる。

 

 やや、距離が長い。

 

 サイレンススズカの得意距離は2200メートルまで。BCターフは2400メートル。残り200メートルで捕捉して差す。

 そのための加速。そのための控えなしのレース。

 

 しかし13人のウマ娘たちは、忘れていた。スプリンター、限界距離1400メートルのウマ娘を3200メートルで勝たせるようにした男が、彼女の背後にいることを。

 

 サイレンススズカはいつも通り、最終コーナーで更に加速し。

 

 

 ――――そして残り200メートルで、更にもう一段加速した。

 

 

『サイレンススズカ先頭。先頭はサイレンススズカ。速い。強い。止まらない。もう誰も追いつかない、追いつけない。これがサイレンススズカ。後ろからは誰も追ってきません。完璧な横綱相撲です』

 

 日本の実況が声を興奮で荒げないでいい、それほどの圧勝。完勝。

 

『勝ち時計はレコード。レコードであります。後からゆっくり、他のウマ娘たちもゴールイン。完全にバテさせられた形になりました』

 

 会心の走りをしてのけたスズカは、ニコニコしながら観客席に向かって手を振った。

 サイレンススズカは、アメリカにとってはストイックの代名詞であった。薬もしない。浮いた話もない。スキャンダルもない。ひたすらに、職人のように自分を極める。

 

 だからこそ、ウイニングライブが人気だった。そんな彼女が笑っている姿を見られるから。

 だがそんなファンたちがこの場で見せられたのは、彼ら彼女らがウイニングライブで見てきた笑顔とは輝きが一段も二段も違う、心からの笑顔。

 

「美しい……」

 

 観客の誰かが、つぶやく。

 

 また違った意味で脳を破壊し、サイレンススズカの第二次アメリカ遠征はともすれば1度目のそれよりも大きな影響を波及させて終わった。




Q.なんでスズカさんこんなに強いの?
A.速いから

Q.なんでスズカさんこんなに速いの?
A.速いから

82人の兄貴たち、感想ありがとナス!
キッコーマン@兄貴、笹谷爽兄貴、サンナン兄貴、評価ありがとナス!
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