ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
ブルボンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の犬ツーを除かなければならぬと決意した。
ブルボンには恋慕の情がわからぬ。ブルボンは、サイボーグである。トレセンでマスターと共に二人三脚で暮して来た。けれどもマスターのペット事情に対しては、人一倍に敏感であった。
「よしよし犬ツー。かわいいなお前は」
一方、アメリカから帰ってきた男は自分が帰ってくることを察知して玄関前に座って待っていた犬が飛び込んできたのを受け止めて、よしよしと顎の下を撫でる。
「マスター」
「ああ、ブルボン。居たのか」
撫でられるたびにうれしいうれしいと言うように息を吐く犬ツーを地面に降ろし、東条隼瀬は遠征中のお世話を任せていた自分の担当ウマ娘の存在にようやく気づいた。
お留守番役のミホノブルボンはマンボと犬ツーと言う1羽と1匹のお世話を任せられ、そしてその為にトレーナー寮のカードキーと自室の部屋の合鍵を預けていたのである。
ブルボンは基本、感情が顔に出ない。だからこそロボだのサイボーグだの言われているわけだが、案外と眉毛やら耳やら尻尾には出ていた。
そして今回に関しては眉毛には出なかったが、耳がきゅっと絞られているし尻尾がピーンと立っている。
「はい、マスター。実は居ました」
ものすごく淡々とした声色の中に、ひそやかな怒りが感じられないこともない。
事実、ミホノブルボンは怒っていた。マスターおかえりなさいと言いつつ、犬ツーのようにぴょーんと飛びかかりたかったのである。
しかし犬ツーに先を越され、その後にやっては犬ツーを怪我させてしまうかもしれない。
だからこそ、彼女は理性的に我慢した。心中で犬ツーは子供ですね……とかなんとか言ってマウントを取りつつも黙って見逃してあげたのだ。
(……ん?)
足元にしきりにじゃれついてくる犬ツーを蹴っ飛ばさないようにゆっくりと歩きながら、上着を脱いでハンガーラックにかける。
少し声色が硬い。
そんなことを思いつつも、彼はふぐを食べて帰ってきたばかりであるし、時差ボケがひどい。
適当に片付けたあとソファーに寝転び、彼は寝た。珍しく夕方から爆睡した。
そして、起きる。腹の重さに耐えかねて。
「犬ツー……」
腹の上で寝ていた犬ツーをなるべく起こさないようにうまく身体を起こし、ソファーの空いた部分に移送する。
移送してから、窓から外を見た。暗い。おそらくはもう夜であろう。
「ブルボンは帰ったかな。まあ、合鍵は後で返してもらえばいいか」
敏腕トレーナーと言えども一人暮らしの男が発症する独り言の多用からは逃れられない。
軽く右腕を伸ばして凝り固まった身体をほぐしながらくるりと振り返ると、居た。
「お呼びですか、マスター」
「いや、合鍵をな」
「はい。お返しします」
その為に待っていたのだろうか。別に机あたりに置いてくれればよかったのだが。
そんなことを思いつつも、一人より二人の方がなんとなくいい。少なくとも、寂しくはない。
しかしなんとなく、目の前に立っているミホノブルボンからは違和感が感じられた。
いつも通りのような、そうでないような。
「お前、俺のトレーニングメニュー通りに練習していたか?」
「はい」
「そうか……」
となると、この違和感を感じるのは何故だろう。
そう思い、爪先から頭のてっぺんまで2度に渡って見渡す。見渡すが、立ち姿や身体のでき方に故障の影はないし自分の予測通りに仕上がっている。
だが、謎の違和感があった。
そして何度かに渡ってブルボンを見て、東条隼瀬は気づく。
(耳だな、これは)
耳と尻尾は、ウマ娘の感情を映し出す鏡である。
そして基本的に名ウマ娘は気性難が多い。
これは性格が悪いということではなく闘争心が旺盛過ぎるとか、無駄なこだわりがあるとか思春期の少女特有の反骨心があるとかそういうことだが、ミホノブルボンは珍しくそういうものがなかった。
旺盛な闘争心はレースの時くらいにしか発揮されないし、無駄なこだわりはないし、反骨心もない。
思春期を拗らせたような、反抗期もない。もっともこれは反抗期を迎える程度にまで精神が成熟していないということかもしれないが。
まあとにかく、ミホノブルボンは従順な気性をしている。だから耳も基本ピンと立っているのだが、今日は後ろに絞っている。
「ふむ」
無造作に絞られた耳を掴み、くるりと柔らかくひねって立たせた。
しかし手を離すと、元に戻る。
触っているうちはピンと立っているが、離すと絞られる。そんなことを何回か繰り返し、寝ぼけから覚めた男はミホノブルボンの栗毛の耳から手を離した。
これまた当然のように、耳が絞られる。
「お前、怒っているのか?」
「……?」
いつもの若干アホっぽい顔を晒してるサイボーグは、一見怒っているようには見えない。
しかし耳と尻尾は、ウマ娘の感情を映し出す鏡である。耳と尻尾を感情の連動から切り離す技術は割と簡単にできる(らしい)が、耳と尻尾を意図的に動かす技術はかなり難しいとのこと。
この目の前のイヌ科のウマ娘は【……?】となっている間に尻尾をはてなマークになるように動かすが、耳に関しては基本素直に感情を映している。
「怒っていません」
「……本当か?」
「はい。マスターに嘘はつきません」
むふーっと胸を張りつつ気を吐きながら自分の誠実さをアピールするブルボンの愛らしさを見てなんとなく頭を撫でつつも、東条隼瀬は思った。
じゃあなんでこいつ、耳を絞っているんだと。
撫でるのをやめた瞬間に絞られた耳を見ながら、東条隼瀬はなんとなくまた撫でた。
「ブルボン。何か食べに行くか」
「はい。お供します」
そういった瞬間、耳がピンと張る。
やはり一時的に嬉しい気分になると戻るが、基本怒っているという感じなのだろう。
――――何に怒っているかは知らないが、自分に怒っていないのならばいいか
東条隼瀬は、そういう単純な思考で行動していた。
なにせ相手にしているのは、自分のことを慕ってくれているイヌ科のウマ娘である。素を出せるし、多少雑に扱ってもいいし、ほっといても付いてきてくれる。
ブルボンに対するそういう甘えが、彼にはあった。
事実ブルボンは基本的にどこにでもテコテコと付いてきてくれるだろうが、それが怒りの原因を精密に突き止めようとしない思考に繋がっていたのである。
「何が食べたい」
「お魚を」
「魚以外で頼む」
たらふくフグを食べた後にまた、魚を食べようとは思わない。
『煮魚を食べたいです』と書いてある顔から目を逸らしながら、東条隼瀬は後出しの条件を突きつけた。
突発的にフグを食べたいなどと言い出したが、実のところ彼が自ら食事をリクエストすることは少ない。無いと言っても間違いではない程に。
つまり逆に言えば、彼は提案された食事の中身を変えるように要求することも少ない、ということである。
それだけにやや驚きつつ、ミホノブルボンは尻尾を軽く揺らしながら考えた。
たぶん、マスターは疲れている。海外遠征もそうだし、時差ボケもある。何よりも即座に寝ていたあたり、結構見えない疲れが蓄積しているのだろう。
となると、なにか温まるものを食べさせるべきだ。
IQ1億を誇るブルボンヘッドは冷蔵庫に今ある材料を照らし合わせ、すぐさまその結論を導き出した。
「でしたら、お鍋などはいかがでしょうか。身体も温まりますし、季節にもあっています」
「それはいいな。よし、そうしよう」
じゃあどこに行こうかな……と。
おそらくは接待とか密談とかそういうものに使った料亭の内から鍋の美味しかったもの、そしてウマ娘の食事量に対応できるものを導き出そうとしているであろう彼の思考を遮るように、ミホノブルボンは口を開いた。
「では、ミッション【鍋作成】を起動します。マスターは休んでいてください」
「何だ、作るなら手伝うが」
「休んでいてください、マスター」
方向性こそ真逆ながら同じく圧倒的な圧しに再び屈した哀れな男は、しょぼーんとしてソファーに座った。
「なんの鍋にする気だ」
「豚生姜鍋です」
髪を後ろで一房に括り、いつものPaka-Pakaエプロンを着込んでいそいそと厨房に向かう後ろ姿を見送って、なんとなく思い出される母の姿。
(そう言えば、栗毛率が高い……)
その確率、実に50%。面影を求めている、ということも無いだろうが。
起きてきた犬ツーと遊んでやったあと、東条隼瀬はすっかり元気になったこの老犬を撫でた。
流石に老いているだけあって、遊んで遊んでとせがんできても体力の減りが早いだけにすぐ疲れる。
再びソファーに飛び乗って横になった犬ツーと入れ替わるように、両手に鍋を抱えたブルボンがやってきた。
肉5割、野菜5割。そんな感じな塩梅である。
「美味そうじゃないか」
「はい。鍋は得意ですので」
得意も何もない料理を得意という。
そんな渾身のブルボンジョークを華麗にスルーして、東条隼瀬は頷いた。
鍋の見た目はこう、見目麗しいと言うのか。
彼が個人的に食すぶんには食べられればそれでいいと思う質なだけに、鍋をやることはあっても盛り付けを綺麗にしようという努力はしない。
「確かに、上手いもんじゃないか。しらたきは?」
「野菜の下です」
「豆腐は?」
「お肉の下です」
用意されたつけ汁にひたして食べる。
結構ガッツリと使われた生姜は、身体を温めると言うよりむしろ燃やすようだった。
「熱いな。窓を開けるか?」
「マスター。それは本末転倒というものです」
確かにそれはそうだが、熱いものは熱い。
芯から温められているような生姜の効能に舌鼓を打ちながら、口に水を含む。
「熱い。が、美味いな」
「マスターに喜んでいただけて何よりです」
隣でものすごい量を食べているブルボンは流石にウマ娘と言ったところだが、彼もそれなりに食べていた。
少なくとも、この年で一番食べていただろう。朝は軽く済ませたとはいえ、昼はふぐの刺身で夜は鍋である。
「やはりこういう料理を食べると、帰ってきた感じがするな」
「はい」
実直に。
星の瞬くように煌めく青色の瞳を瞬かせながら、限りない親しみを込めて。
「おかえりなさい、マスター」
そう言った頃には、絞られていた耳はピンと立っていた。
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