ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アフターストーリー:決着

 本物のゲート難なのか、それとも頭がキレるのか。

 やや遅れてスタートしたブライアンより後ろに、謎の黄金船は漂っていた。

 

(わざとなら、曲者だな)

 

 皇帝の支配圏内から逃げた。そういうことになる。

 東条隼瀬は、唯一わからない存在であるゴールドシップを注視していた。だからこそ、わかる。

 

 サイレンススズカのような天稟も、ミホノブルボンのような修練も、辛抱たまらんとばかりに踏み出すダイワスカーレットのような早仕掛けの気性も、あの芦毛のウマ娘にはなかった。

 単純に、スタートをちゃんと切る才能がない。ついでに言えば練習も不充分で、気性的にもスタートを切るという行為に向いていない。

 

 それは明確に短所ではある。だが。

 

(一応打つ手を用意しておくか)

 

 事前に起こるべきことを予測して対処する。見てから即座に、すなわち臨機応変に対応することは無理だが、長距離だからこそ思考をまとめる時間もある。

 

 視界良好とばかりに視界を揺らして後方につける謎の存在をちらりと見つつ、東条隼瀬はゴールドシップから目を切った。

 

(気づかれたな、ありゃ)

 

 切られた瞬間に、ゴールドシップはそう悟った。

 わざと出遅れて大局観を得る。皇帝の支配から逃れる。出遅れ癖という短所を活かして、視野の広さという長所に変える。

 

(アンタなら、まあ気づくわな……)

 

 言い出しっぺなわけだし。

 そしてたぶん、対策も打ってくる。そしてその内容はわかっている。ミスターシービーに使った手だろうと。

 

 東条隼瀬がミスターシービーに抱いていたのは、紛れもない脅威の念。

 だから初戦では利用し、2戦目と3戦目では封じ、そしてじっくりデータをとった4回目でやっとまともに勝負した。

 

 しかもまともと言っても、それはミスターシービーがこれまでの3連戦で自分の持ち味をいかせなかった反省から早仕掛けをしてくると読んで――――というか誘導してのもの。

 ハイペースの中で早く仕掛けさせて消耗を誘い、本質的にはスプリンター並の脚の持ち主であるミスターシービーを天皇賞春という距離の防壁によって防いでから叩くという、入念さがあった。

 

 それくらいの警戒はされていると、ゴールドシップは踏んだ。

 となると使われる手は、使える手は限られてくる。

 

(となると……)

 

 1回だけ経験のある、あれをするか。

 そう決めてから、脚の調子を確認するようにゆるゆると最後尾をポツリと走る。

 脚の長さを活かした大きな歩幅で跳ねるように、黄金船はターフの上を駆けていた。

 

 そしてその頃先頭集団ではというと、熾烈な駆け引きが繰り広げられている。

 

 

 トウカイテイオーは、東条隼瀬のチーム戦における戦術の癖を見抜いていた。そしてその癖を逆手に取って数多ある選択肢をある程度まで絞ることに成功している。

 それはつまり、彼は核になるウマ娘を軸にして戦術を立てる、ということであった。

 

 サイレンススズカという核の為に、エルコンドルパサーとグラスワンダーを補佐に使った。

 これは、ウオッカというウマ娘が持つ、自分に似た爆発力を警戒したから。

 一方では爆発力に欠ける反面、安定感のあるスペシャルウィークとダイワスカーレットには核となるミホノブルボンをそのままぶつけてきた。

 

 そしてこのレースにおいては、トウカイテイオーにとってはシンボリルドルフこそがその核であり、その軸であろう。

 

 この考えは全く以て間違ってなどいなかった。このレースの軸はシンボリルドルフであり、このレースの核はシンボリルドルフである。

 重度のルドルフ信者である東条隼瀬はそれとは別なところにある冷静さで、シンボリルドルフほど核に据えるに相応しい存在はないことを知悉していた。

 

 つまり、皇帝を。シンボリルドルフを抑えられればトウカイテイオーは勝てる。

 言うは易しというように、それはその通りではあるができるとは限らない。

 

 しかし現実問題、この先行制圧が服着て歩いているようなウマ娘をどうにかしない限り勝ち目はない。

 どのみち、一本道なのである。

 

 そして案の定シンボリルドルフは、メジロマックイーンを封じ込めた。両隣のウマ娘が弾かれるように急進し、前への進路を塞いだからだ。

 そしてそれに伴い減速してみせることで、シンボリルドルフは他のウマ娘から『流石にこの人は冷静だ』と言う評価を得て、支配権を手にした。

 

 今やペースを決めるのはシンボリルドルフであり、彼女の顔色を見て他のウマ娘たちはペースを定めている。

 この状況にそろそろ、埒を明けなければならない――――と、考えるだろう。普通は。

 

(このまま……)

 

 だが、トウカイテイオーからすればこのままで良かった。

 シンボリルドルフに『トウカイテイオーはこのままで良いと思っている』と思わせることこそが、彼女の狙いだったのである。

 

 シンボリルドルフ。百戦錬磨の皇帝。彼女に、トウカイテイオーが最も尊敬する歴戦の戦士に、読み勝とうとは思っていない。

 しかしだからこそ、読み負けないことに徹した立ち回りをした。

 

 即ち、大外という位置を活かしてコーナーを曲がる都度、徐々に内ラチに詰めていく。

 少しずつ少しずつ、バ群の横幅を縮めて縦に伸ばす。即ちそれは、バ群中央に位置してレース展開を支配しているルドルフの動きを拘束することに繋がるのだ。

 

 ド派手に出遅れたゴールドシップによって後ろは防げなかったが、まあいい。

 後ろに下がったウマ娘に差し切りを許すほど、トウカイテイオーは弱くないのだから。

 

(ゴールドシップなら、好きに動かした方がいいだろうし……)

 

 計算に入れることが、というか計算に入れていたことが間違いだった、みたいなところがある。

 ゴールドシップは良くも悪くも期待と言うコースを逸走するウマ娘なのだから。

 

 そんな感じで、トウカイテイオーは特にサインを出さなかった。ちょっとの出遅れならば『すぐに後ろについて』というサインを出しただろうが、結構な出遅れである。

 これを修正することに精神を割いている余裕は、テイオーにはない。

 

 なにせ、相手は皇帝なのだ。

 そしてそんな皇帝はといえば。

 

(なるほど、未熟だが理に適っている)

 

 読み合いで勝てないなら、読み合いの余地を潰す。回避する。大外による距離の不利を、展開の有利に変換する。

 

 それは、見事な手ではあった。

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーを直接ラジコン操作できるわけではない。トウカイテイオー、メジロマックイーン、あとはゴールドシップ。

 それ以外ならラジコン操作できるし、その『それ以外』を使って作り出した状況で間接的にトウカイテイオーとメジロマックイーンを操作してきた。

 

 そんなシンボリルドルフの耳に、指で鳴らされた音が届く。

 

(なるほど)

 

 事前に取り決められた通りのサイン。

 路線を修正する。その知らせを受けて、シンボリルドルフは頷いた。

 

 となると、第3コーナーに程近い位置まで待つ。つまり、テイオーの思惑に乗る。

 

(だがそれだけでは芸がない)

 

 東京レース場でのレース序盤によく見られる、横長の隊列。それをコーナーでやや強引に、トウカイテイオーは圧迫した。

 そしてそのことにより隊列は押し出される形で縦長になり、大外枠であるトウカイテイオーの隣、即ち左隣にいたウマ娘たちは前に進むか後ろに下がるかを強いられた。

 

 いつもであればこうも団子にはならないのだが、このレースはシンボリルドルフを軸に動いている。

 それであるが故に、ほとんどのウマ娘はルドルフに程近い場所にいることを選択した。

 

 つまりそれは、包囲網になる。

 

 そんな包囲網の中で、シンボリルドルフは動いた。やや空いている内に切り込むように進み、最内となるメジロマックイーンの左に出る。

 

 トウカイテイオーとしてはこの動きをすぐさま察知した。

 そして内へ内へと歩を進めて、自分の左隣のウマ娘をルドルフが内側に潜ったが故に空いたスペースに滑り込ませようとしたのである。

 

 だがその前に、つっかえ棒のような形でひとりのウマ娘が落ちてきた。

 ルドルフが強制的に掛からせたウマ娘2人の内、1人。開幕から全力で走り、しかも前に行こうとするマックイーンの圧を受け続けて肉体的にも精神的にも疲労した彼女は、道半ばにしてすでに限界に近づいていた。

 

 そんな心身両面の疲労の為かするすると落ちて、かつてシンボリルドルフがいた場所に――――包囲網の中心にスライドしていく。

 

 そしてそのことによって空いた道を、シンボリルドルフは掠めるようにして辿って前へ出た。

 

(さすが会長。だけど……!)

 

 シンボリルドルフの前には、ウマ娘は2人。掛かったウマ娘の片割れと、マックイーン。

 3人抜かなければ、皇帝の神威を発揮することはかなわない。

 

 しかし自分の領域は、そういう数による縛りがない。肉薄すれば即座に構築できるものばかりである。

 

 トウカイテイオーは、領域を必殺の技術だと思っている。ある一定の条件を満たすことをトリガーに、自分の限界を超えた力を出す。

 確かにそれは、必殺技というべき強力な一手だった。同じ実力であるならば、領域の有無、発動の如何が勝負を分ける。

 

 これは、間違いのない事実である。

 

(蓋ももうすぐ剥がれる。となると、マックイーンはそう簡単には抜かれない)

 

 シンボリルドルフがトリガーを完全に満たさずとも領域を構築できることを、トウカイテイオーは知っていた。

 

 自分が参加できず、無念の臍を噛んだ宝塚記念でやっていたから。

 あのとき、シンボリルドルフは抜かす地点というトリガーを省略して発動した。であれば、抜かす人数も省略できる。そう考えるのが自然であろう。

 

 しかし、メジロマックイーンは、落ちてこない。

 そのことを、トウカイテイオーは知っている。前を抑えられてはいるが、それが逆にマックイーンのスタミナを温存する結果に繋がっている。

 

 スタミナ万全のマックイーンほど、恐ろしいものもない。友達だからこそ、仲間だからこそ、ライバルだからこそ、それがわかる。

 

(会長が抜き去る前に肉薄して領域を2つ繋げて勝つ!)

 

 それは、充分に計算され尽くした勝ち目だった。

 そして、第3コーナー。疲労によって膨れながらコーナーを曲がり切ったマックイーンの蓋となっているウマ娘が、剥がれる。

 

 そして、マックイーンのロングスパートがはじまった。

 

(……何もしなかった?)

 

 前に誰もいない状態での、マックイーンのロングスパート。それを、シンボリルドルフはたやすく許した。

 

 無論少しだけ外へと進みかけたが、テイオーの視界内にもたらされた影響はない。

 

 そして、コーナー時横に膨れるウマ娘がシンボリルドルフの進路を一瞬遮ったからかもしれない。

 

(新領域がある、のかな)

 

 ボクの知らない、新たな地平が。

 しかしそういうわからん殺しを気にしていてもどうしようもないというところはある。

 

 トウカイテイオーは持ち前の切り替えの速さを存分に活かして、膨れたウマ娘を抜き去って前へ出るシンボリルドルフの背を、当初の予定よりも迅速に追った。

 

 そして、その瞬間。

 雪崩を打つように、後ろが一斉にスパートをかけた。

 

 この被害を一番多く受けたのは、誰か。

 それは、ゴールドシップだった。

 

「うげっ」

 

 進路が塞がれた現状を見て、顔を引きつらせて呻く。

 無論、こうなることは予測していた。

 

 

 ――――次は、追込の対処だ。トップスピードに至ったところで翼を広げるように他のウマ娘を横に伸ばして進路をブロックする。そして、一度ついたスピードを他のウマ娘を避けるという労力を割かせることによって漸減させて、邀撃する。こうすることで、前のウマ娘はリスク無く後方のウマ娘の脚を無駄に消耗させ、そして余計な神経の消耗を強いることができるわけだ

 

 

 ――――追込のウマ娘とは、スパートに入った瞬間視野が狭くなる。これは序盤中盤と最後尾に位置することで視野を広く持つためだ。広い視野で集積した情報である程度の道順を組み立て、走ることのみに集中する。だからこそ、加速した追込相手の対応は難しい。だが、この脅威的な集中力の裏には弱点がある

 

 

 ――――長所は、短所だ。このことを覚えておくといい

 

 

 覚えている。覚えていた。

 だからこそ、自分がトップスピードになった瞬間に潰しに来ると考えていた。

 だから、ある程度加速したら観客席ギリギリに航路を取り、ブロックされない位置から追い込む。

 

 そのつもりでいたのだが、尋常じゃないくらい仕掛けが早かった。

 

(まだスピードの半分も出せてないぜ、ゴルシちゃんは……)

 

 ルドルフを横に振れさせたのは、スパートをかけ始めると後方のウマ娘に伝えるため。

 そして自分を見にくい外のウマ娘にはトウカイテイオーのスパートした姿が鮮やかに映るように仕向けた。

 

 そして、雪崩を打たせた。

 トウカイテイオーに追いつくためには、シンボリルドルフに追いつくためには、急がなければならない。だからこそ、無理に追い抜きに来た。外へ外へと。

 

 結果、ゴールドシップの進路は横殴りに前に出てきたウマ娘たちによって塞がれた。

 スパートに入って狭まった視野を広げ直し、辛くも捌ききったものの、そのロスは大きい。

 

「面白くなってきたぜ……!」

 

 なんとか捌き切り、そして追う。

 バ群の中にできた一瞬の道を、ゴールドシップには――――メジロ系列のウマ娘にはない優れた瞬発力で突き抜けていったシャドーロールの怪物の姿を。

 

(あいつ、本当に未デビューのひよっこか?)

 

 唐突に観客席からの砲撃を喰らった黄金船がその不沈艦ぶりを示したのを見て、東条隼瀬は舌を巻いた。

 

(捌ききりおった。よくわからんやつは早めに封殺しておくかと思ったが、やっておいてよかったな。沖野さんも流石だ……)

 

 撃沈はしなかった。だが結局のところ、戦艦というのは戦場に到着させなければどうということもない。

 

 視線の先の鉄火場は、まさにスター同士の激戦という体をなしていた。

 マックイーンが非効率なまでに速度を求め、スタミナを浪費しながら逃げる。それを追うルドルフ、直線で抜き去るための脚を残す調整をしつつ肉薄せんと迫るトウカイテイオー。

 

(よし、射程圏内!)

 

 迫った。ここから領域を繋げる。

 ミホノブルボンとの有馬記念のように。まずは第一の領域から造り上げ、そして入る。

 

「勝つのはこのボク――――」

 

 領域を満たすのは、遥か遠くを目指すための極みのない青空。

 その蒼穹の中でひときわ輝く夢という星を掴まんと手を伸ばし、そして掴みかけたその瞬間。

 

「捉えた……」

 

 空が、果てしなく黒い影に覆われた。

 振り向くとそこにあるのは、闇。影で形作られた三冠を戴く王虎が、自分の喉元に爪を当てて唸っている。

 

 かつて自分が今と同じ2500メートルという距離で抜き去ったウマ娘と同色の黄金の瞳が、闇の中に輝いていた。

 

「散れッ!」

 

 世界そのものが影ごと砕け散り、そして怪物が破壊した世界が産む出力を推進力にして駆けていく。

 

 瞬時に、トウカイテイオーは悟った。

 シンボリルドルフに勝つことが、このレースに勝つことではないのだと。

 

 鳴りを潜めていたシンボリルドルフに勝つ為レースで調整された爆発力では、ナリタブライアンを差し切れない。

 

 第二領域たる炎の翼を展開するも、届かない。

 

「私たちの、勝ちだ」

 

 ぶっちぎられた、二着。

 三着のシンボリルドルフとのデッドヒートをハナ差で辛くもしのぎきって皇帝との勝負には勝ったトウカイテイオーには、一瞬その私たちが何を示すのかわからなかった。

 

 姉貴と、私の勝ちだということなのか。

 それとも、自分たちのチームの勝ちだということなのか。

 

 おそらくはどちらもだろう、と。

 皇帝に勝ち、怪物に敗れた帝王は芝を掴んだ。




前話のやり取り訳
「私からすれば、君の策は別に悪くないと思うが(私の指揮官としての適性を活かし、囮にするというのは勝ちへの最善手だよ)」
「俺も悪くはないと思うが、どうにも(お前をデコイにして確実に勝つというのは最善だとわかりつつもお前が負ける所は見たくない)」


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