ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
程近い未来、第一回のアオハル杯は大盛況の後に幕を閉じることになる。
これはリギルという最強チームがその最強たる所以を見せたこともあるが、ドリームリーグにしか出てこないウマ娘が現役のウマ娘と混じって覇を競うというのは、非常に刺激的であったからである。
URAとしてはこれを契機にダートや短距離に目を向けてほしかったわけだが、結果としてはより王道、中長距離に注目が向くことになった。
しかしそれでもダートや短距離にもしっかりと注目が向くようになったから、彼らの目論見は成功したと言えるであろう。
で、そんな目論見が成功する前。
アオハル杯で出番が終わったリギルはといえば、1年の締めを終えてめいめい自由行動に移っていた。
現在は1月。有力なウマ娘は休み、そして実績のないウマ娘たちはここで力をつけるべくレースに出る。
そしてリギル所属のウマ娘は、実績と結果が豊かな者が多かった。
故にこの1ヶ月は、リギルのウマ娘たちにとっては久々となる休息期間、ということになる。
しかしそれは、トレーナーたちにとっては休息が与えられることを意味しない。
この暇な2ヶ月でローテーションを構築し、担当するウマ娘をいかなるビジョンを持って形作るか想定し、その想定に合うようにトレーニングメニューを組む。
そういうことを、しなければならない。
これは言葉で言うほど簡単なものではなかった。ウマ娘の希望と現実をすり合わせ、そして現実的なラインでどこを目指すか、どう目指すかを策定する。
チームを率いるトレーナーがサブトレーナーを大量に雇用する理由は、このあたりにあった。
捌ききれない事務作業をさせると共に、トレーナーにとって1番必要となる実務の経験を積ませる。
そして上げられてきたローテーションやトレーニングメニューを見て、無理なものがあれば改善させ、目標が甘ければ再考を促す。
補佐と育成を同時に任せるこの時期は、サブトレーナーにしてみれば自らの能力を高める好機であり、不眠症になりかねない時期でもある。
「よし、できた」
しかしその難しい作業を、東条隼瀬はさっさと終えた。
「四路侵攻の計というわけかい、参謀くん」
シンボリルドルフ。
サイレンススズカ。
ミホノブルボン。
ナリタブライアン。
今の日本の中でも、そして恐らくは世界でもトップクラスの力量を持つ4人を一括で管理する。
その為のローテーション、その為のトレーニング。そしてその為に要請していた施設は、トレセン内に増設されている。
そのあたりを頭に入れて声をかけてきたルドルフの方を見て、東条隼瀬は軽く頷いた。
「ああ。今のうちに、やれることはやってしまおうと思ってな」
「しかしそう思い通りにいくかな」
「いかせるさ」
4人は、優秀なウマ娘たちである。そして比較的、手がかからない連中でもある。
練習のやり方も知っているし、故障の恐ろしさも知っている。そんなウマ娘たちを管理するというのは、さほど難しいことでもない。
問題は、ローテーションをどうするかということだった。
4人のうち3人が、王道の距離を得意とする。
「前代未聞だな、これは」
「だからこそ、ブルボンを仕上げたんだ」
それはそうである。
しかしシンボリルドルフとしては、心配なこともある。それを口にこそしないが。
「君の作戦を必要としないように、かい?」
「そうだ。お前が心配していることは、無論わかる。だから一応、こちらとしても対策はしているのさ」
トレーナーがレース中寝てても勝てるウマ娘こそ、最良であると彼は言う。
これはウマ娘単体の力で展開のあやをねじ伏せられるようになれば誤算がなくなる、という思想の完成形でもあった。
無論だからといって油断するということではない。だが、ミホノブルボンとサイレンススズカはその理想に限り無く近づきつつある。
そしてこの1年を完走すれば、ブライアンもそうなる。自分は既に、そうなった。
(2種の逃げ、先行、差し追込。その完成形を見せてやろうということか)
目指す理想が存在すれば、後に続く者もいくらか楽になる。亜種を生み出すこともできるだろう。
基本形が存在してこそ、変則することもできるのだから。
「これほどの才能を預かっている。預からせてもらっている。となると、それなりのものを残さなければな」
「未来を見るのはいいが、今を疎かにしないように」
「無論のことだ」
これ以上は、言わないでもいいだろう。
そう判断して離席しようとしたルドルフと入れ替わるような形で、急報が入った。
――――リギルの部室に出頭しなさい、という一報である。
基本的に信頼した相手は権限を与えるのが、東条ハナという人物である。だからこういう呼び出しはめずらしい。
しかし、呼び出される心当たりは実のところある。つまり、ローテーションについてなにか不手際があったのだろう、ということ。
だがその予測は、全く以て違っていた。
「沖野さんが倒れた。あの頑丈な人が?」
「……そうよ。軽い過労だから大したことはないということだけれど、心労も重なっていたようだし」
テイオー骨折4連発。
マックイーン降着、骨折、あと繋靭帯炎。
怪我が多い。そして降着騒動もあった。メディアや世間から、『何度怪我をさせるんだ』という非難がなかったと言えば、嘘になる。
無論怪我した本人は、辛い。だがそれを止められなかったトレーナーも、辛いのだ。
「なるほど、確かに怪我続きでしたからね。私なら2度目あたりで自決しているでしょうし、素晴らしくタフな方です」
おそらくは純粋に、彼は褒めている。
精神的なタフさ。めげなさ、不屈さ。自分にはない強さを認め、そして尊敬しているからこそこういう口を利いている。
だが、である。
「それ、人前では口に出さないようにしなさい」
「何故です?」
きょとん、と。
この顔からも純粋に褒めていたことが確定的に明らかな甥を見て、東条ハナはしかたないなぁと少し笑った。
天才という人種には、人間的にやや欠けたところがある。彼女はそれを、この甥の父から学んでいた。
――――はい! 今年で最低でもこれくらいはできるようになってね!
東条鷹瀬。現場指揮の天才。
デビュー時、サブトレーナーとして彼の下についたときにひとまずという感じに指し示された到達点に、未だ彼女は至れていない。
「なんでも、よ。わかった?」
「はい。まあとにかく、怪我での心労はわかりますよ。経験者ですから」
「……それだけではないでしょうけど」
「というと?」
その問いには答えず、はぁー、と。
露骨にため息を――――たぶん安堵由来のもの――――吐き出す叔母を見て、東条隼瀬はなんとなく気づいて眉をピクリと動かした。
「まあそれはそれとして、お見舞いに行かなくていいのですか? 師匠としては、ことさら心配でしょう」
「それは、どういうことかしら」
「いや、好きなんでしょう。見たらわかりますよ」
これでも他人の心理を読むことにかけてはそれなりの自信がありますから。
そんなことを言うこの甥は、好意に無頓着なこと甚だしい。そんなやつに勘付かれたことを若干不服に思いつつ、東条ハナはゴホンと咳払いをした。
「それはともかく。スピカのウマ娘の面倒を見てほしいという依頼が来ているわ」
「サブトレーナーは……いないんでしたか」
「ええ」
ほんの数年前まで、スピカは滅びかけだった。所属ウマ娘がゴールドシップなる謎のウマ娘だけになったこともあった。
そんな惨状では、サブトレーナーなどいるはずもない。
スピカは学園内でも有数の強力なチームである。しかし同時に学園内でも有数の少数のチームでもある。
放任主義は、管理主義よりも多くを担当しにくい。臨機応変さというものをより多く必要とするだけに、限界というものが早く訪れる。
マンツーマンで成果を残した放任主義のトレーナーが規模を拡大して収拾をつけられなくなるというのも、珍しいことでもない。
故に成果を残してからも、沖野トレーナーは自分が臨機応変に対応できるだけのメンバーしか、スピカに招き入れることはしなかった。
そして放任主義のトレーナーとは、職人気質である。これといった定形がなく、経験と勘で進めていく。
世に蔓延る管理主義全盛の空気感もあり、なによりも教えを受けられないという難しさもあり、放任主義のトレーナーのもとにはサブトレーナーは集まりにくかった。
「で、やれというわけですか」
「役に立つでしょう。あなたにとっても」
「……よろしいのですか?」
「それくらい、向こうも承知しているわよ」
沖野トレーナーは、練習の虫軍団のスピカのストッパーである。
放任主義だからといって休んでいる間完全に放置すれば、多分誰かが怪我をする。となると誰かに任せるしかないわけだが、彼はミスターシービーが対ルドルフ4連敗の果てに休養に入った後、一時的にこの業界から離れていた。
隔世の感がある――――というわけではないが、繋がりを持っているチームは少ない。
今も繋がりがあるのはリギルか、カノープス。そのあたり。
そしてカノープスの南坂トレーナーは現在他のチームの面倒を見てやれるほどの余裕がない。となると選択肢は1つしかなかった。
それをそれと知りつつ、東条隼瀬は暗に問うたのだ。
――――情報抜き放題なんだが、いいのかな、と
これは、東条ハナ自身が管轄すべきではないのか。それが信頼に報いるということではないのか、と。
だが、それを承知して、沖野トレーナーは依頼してきたらしい。
「なにか策があってのことですか」
「ないわよ、貴方じゃないんだから。おおかた、貴方に知悉され尽くしてもそれを上回る成長をさせられる。してくれる。そう信じているのでしょう」
「素晴らしいことです。私も見習いたいと思います」
信頼する。諦めない。限界を決めない。ウマ娘の意志に、夢に寄り添う。
これは誰にでもできそうで、その実誰にでもできることではない。たいていのトレーナーが哀しいことに、現実に押し潰されて初心を忘れる。
そんな中でも怪我にも折れず責任を全うし続けた沖野トレーナーは、さすがというべきか。
(それだけに、なぜ一度辞めたのか)
それがわからない。まあわかる必要もないし、向こうからしても踏み入れられたくないところだろうから詮索はしないが。
「で、やるの?」
「謹んで、と言いたいところですが……受ける側にも拒否権というのがあるでしょう。そのあたりはどうなのですか?」
そのあたりを気にしていたのだが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「もう確認してあるわよ。その上で、あなたに話を持ってきたの」
「正直、意外ですね」
「そうかしら。貴方のやり口を知りたい、貴方の指導を受けたい。そう考える娘は多いわよ」
いや、そういうことではなく人格的な問題です。
そう言いかけて、東条隼瀬はもっと気になるところを発見して問うた。
「何故ですか? 私のやり方というものは全部学会で公にしていますが」
「それでも同時代に傑出したウマ娘を育て上げたトレーナーがいるならば、直接指導を受けてみたくなるものなのよ」
「……なるほど。入り口の貼り紙にお目当ての品が無いと書かれているにも拘わらず、つい店員に聞いてしまう。そういうことですか」
やけに実感のこもった言葉と、いつもよりも感情の機微が感じられる頷き。
それらを見て無下にすることもできず、東条ハナは曖昧に頷いた。
「……俗な例えだけれど、多分そうなんじゃないかしら」
「わかりますよ、その気持ち。先日、私も探して買いに行ったプラモデルが買い占められてましてね。その時につい訊いてしまった。あれは店員に申し訳ないことをしたと思います」
「プラモデル。貴方にそういう趣味があるとは意外ね」
そういう人間らしい趣味を持っていたとは。
仕事人間らしさのある甥を密かに心配していた叔母は、なんとなく嬉しくなって知りたくもないし興味もない話を広げた。
「どんなものが好きなの?」
「私はジ・Oというのが好きです。ですがまあ、ブルボンがやっているゲームでよく使っていた機体を作ってあげれば喜ぶかな、と思いまして」
ウマ娘の寮に、トレーナーは入れない。
となると部室でゲームをやっていたのだろうか。いや、あの真面目なミホノブルボンが部室でそういうことをするとは思えない。
となるとトレーナー寮に上がりこんでやっていたのだろう。まあなんとも、仲の良いことである。
「一般論だしお節介だけれど、プラモデルというのは作らずに渡したほうがいいと思うわよ」
「いや、渡すのはプラモデルではありませんよ」
「……プラモデルを買いに行ったのではなかったのかしら?」
「行きましたよ。必要だったので」
よくわからん。まあ好き勝手にやらせておこう。
なんとなく、東条ハナはそう決めた。
Q.なんでジ・O好きなの?
A.単純な構造で強い。あと謎の爆発力で死ぬあたりにシンパシーを感じてる
55人の兄貴たち、感想ありがとナス!
Yanbel兄貴、グラスワンダー担当兄貴、ナカミネ兄貴、tanu2兄貴、評価ありがとナス!
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