ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「で、何をしたかだが……まず、ウオッカ。お前、脚が余っただろう」
脚が余る。つまり溜めていた末脚を爆発させ切れなかった。
その言葉の意味するところを察して、ウオッカはすぐさま頷いた。
「それはなぜか。ダイワスカーレットにペースを乱されたからだ」
基本的に、ダイワスカーレットの走りというのはスタートした瞬間からゴールまで全力である。
無論スタミナが持つように調整するだけの頭はあるが、基本的に全力全開で突き進む。
ウオッカは、途中で減速したダイワスカーレットと言うのを見たことがなかった。だからこそ戸惑い、そして戸惑った自分を認識して埒を明けようとした。
この場合取れる選択肢は2つ。
減速したダイワスカーレットを追い越してしまうか、あるいはダイワスカーレットに合わせて脚を溜めるのか。
追い越してしまうという選択肢を、ウオッカは取らなかった。というより、取れなかった。彼女たちの併走とはつまり、ダイワスカーレットが前を走り、そしてウオッカが後半差す。そういったものだったからである。
つまり、前に行ってどうするかという具体的なビジョンを描けなかった。
ただでさえ、ダイワスカーレットの減速という謎の事態に見舞われているのに、その謎の上に仮定を乱立させることはできない。
そう判断して、ウオッカはコーナーで減速していつもより詰まった距離を元に戻した。戻そうとした。
しかしその瞬間に加速されて、減速したウオッカは唐突な再加速を余儀なくされた。
ダイワスカーレットは減速した後も本能的にゆるやかに加速を続けた。加速からの減速にしても5秒の間、ゆるやかに速度が推移した。
静から動へ、動から静へ。
激しい変化を強いられたウオッカは、この時点での不利を悟った。
これまでは、逃げるスカーレットは自分を振り向いていた。見ていた。いつ仕掛けるのか、いつ仕掛けるのかと自分に問うてきた。
即ち、ウオッカは主導権を握れていた。だが振り向きもしないこの場合、主導権はあちら側にあるのだと。
「お前は乱されたペースに付き合うと自分に不利に働くと知っていたから、距離をとって眺めることに徹した。だがそれこそが、こちらの狙いだったのだ」
ダイワスカーレットとウオッカの距離は、いつもよりも大きく開いた。そしてそのリードを保ったまま、ダイワスカーレットは脚を溜めることができた。
「……ってーと?」
「脚を溜めるというのは、なんの為にやる」
「そりゃ、ラストを全力で走るためだろ」
「その通り。つまり自分の最高速度を出せるが、それ以上は出ない。しかも併走だ。展開の紛れがないから予想もしやすい」
ラストにおいては、逃げウマ娘より差しウマ娘はいくらか速く走れる。
そのいくらかがリードを埋め切る前にゴールするのが、逃げというものの勝ち方である。
ならば、その速度差で埋められないだけの距離を作ってしまえばいい。
「つまりお前は、直線に入った時点で負けていた。差しウマ娘の勝負は最終直線だからつまり、戦う前に負けていたということだな」
「なるほどなぁ……」
「お前みたいなバカみたいな差し脚を持っているやつをまともに相手にするトレーナーはいない。何かしらの勝算があって動いてくる」
まるきり犯行予告である。
「脚を封じる。余らせる。囲む。消耗させる。対策はこの4種に大別されるが、実際の方法はこの十数倍もある。全てに対策することは不可能だが、知っておくことは損にはならない。ともあれ、臨機応変に動くことだ」
「わかったぜ!」
「で、ダイワスカーレット。窮屈だと思うが、よく走ってくれた。性には合わないだろうが、逃げというものはああして引きつけながら距離を徐々に離していくというやり方もある」
「はい。学ばせていただきました!」
優等生スカーレットが謹厳に返事したのを見て、隣のウオッカが噴き出す。
その流れでいつものようにやいやいやり合い出した2人を、メジロマックイーンは少し驚いたように見ていた。
「あのひと」
「おおん?」
「現場指揮もできたんですわね。思わぬ収穫でしたわ。音に注意を払わなければ……!」
情報を抜かれるだけでなく抜き返してやろう。
そんな責任感溢れるマックちゃんをしれーっとした目で見て、ゴールドシップは両手を後ろに回しながら笑った。
「ちげーよマックちゃん。スカーレットのスタート見たらわかるだろ」
ダイワスカーレットは、スタートがいい。抜群である。
そのスタートのうまさは気性――――私が1番、という――――によるものだが、それだけではない。
「普通のウマ娘は眼で見てスタートを切るけど、スカーレットは音でスタートを切ってる。音を感じる速度が他よりはえーんだよ。だからアレの判断の若干の遅さを補えてる。んでもって2人立てのレースだから紛れが起こらず選択肢が少ないから予測もしやすい。だからできてんだ」
「……あなた、頭がいいんだかなんだかわかりませんわね」
偽情報を掴まされかけたマックイーンは、それでもめげずに彼の指導を見ていた。
翌日。
翌日もまた、この2人の併走はウオッカの勝利ではじまった。
ウオッカの宿題のようになっていた、引きつけながらの逃げの対応策。
それはあくまでも自分のペースで動く、ということ。
超ハイペースなら、追込。
ハイペースなら、差し。
スローペースなら、先行。
――――自分は、差しウマ娘だ
そんな意識の強かったウオッカはあっさりとその思考の縛りを捨て、後に常識破りの女帝と呼ばれるようになる柔軟さを見せていた。
引きずられることなく状況に流されることなく柔軟に対処し、ダイワスカーレットを逆に引きつけて一時逃げのような形になりながらも最後は差し切り。
(メキメキと、成長していますわね)
アオハル以前は、ダイワスカーレットの方が強かった。それが今ではウオッカの方が強い。
肉体的な性能ではなく、なんとなく視野が広がった。選択肢が増えた。そして今も増えつつあり、強くなっている。
「逃げで勝つならば、まず何よりも圧倒的なスペックを持つことだ。しかしまだ本格的にトレーニングを積み始めるには早い。今はとにかく、手札を増やす。これしかないだろう」
「どうすればいいですか?」
「……そうだな。陳腐な手だが」
次のレースでは、ダイワスカーレットが勝った。
これまで通り、ダイワスカーレットは付かず離れずの距離でウオッカとの距離を保つことに腐心する――――と思いきや、昔のように一気にスタートを切って突っ走る。
そしてウオッカは待ってましたとばかりに勇躍して追跡し、自分の得意とする差し脚質の本領というべき距離を保ちつつダイワスカーレットを追跡する。
そして、異変が起こったのは第3コーナー。
その付近でダイワスカーレットは頭を下げてやや減速しながら走りはじめた。
果たして、ウオッカは差しきれなかった。少し目を凝らすような挙動の後に無理に上がっていき、そして脚を使いすぎて差しきれなかったのである。
「ゴールドシップさん。今の、なぜああなったのですか?」
「ウオッカは今前を走るスカーレットとの距離を把握することを意識してる。自分のペースで走りてぇからな」
「ええ」
「スカーレットの髪は、その距離感を掴むのにちょうどいい。どんな感じに揺れてるのか。どう見えるのか。それで距離感を大雑把に掴んでペースを上げてるのか下げてるのを見て取って維持してた。アイツ、それを見抜いて潰しに来たんだろ。いかにもスパートっぽい体勢をスカーレットに取らせつつ減速させて脚を溜めさせて、ウオッカを騙して早期に仕掛けさせる。んで最後に溜めてた脚を使って逃げ切った」
「……よくもまあそんな使い勝手のいいペテンをポンポンと思いつくものですわね」
「今のは多分二度は通じないんじゃねーかな」
その通りである。
事実この日は勝ち逃げしたダイワスカーレットは翌日あっさりと負けた。
ウオッカが勝つ。
対策してダイワスカーレットが勝つ。
対策を対策してウオッカが勝つ。
対策を対策した対策を――――と。
そんなふうに繰り返されていく合宿の中で、メジロマックイーンは気づいた。
ダイワスカーレットが、普通に勝ち始めている。それも、自分で考えて。
(なるほど、思考の幅を与えたのですか)
何個か策を与えた。そしてダイワスカーレットはそれを実行して勝った。
無論その後はウオッカに負けるというのが続いたわけだが、今や連勝するのも珍しくはない。
「スカーレット。今のは良かった。組み合わせの妙だな」
「はい!」
「だが組み合わせを工夫するだけではいずれ限界が来る。定期的に自分で新しいやり方を考えて、実行に移すんだ。別に失敗してもいい。失敗したこと自体を後に活かせばいいし、失敗したとしても不意をつければ勝ち目もある。ウオッカが策の一発目で負けるのは、何よりも思考の死角を突かれたからだ」
――――相手がどう考えるのか。どう動きたいのか。そこらへんを洞察してから、レースを組み立ててみるといい
そんなふうに〆た言葉に元気のいい【はい!】を返し、練習後は過去のレースを見返しにかかるダイワスカーレット。
練習したあとも練習しようとする生粋の脳筋であった根性属スカーレットは、脚を休ませつつ別な面から強くなれる方法を自ら知った。
「使い勝手のいいペテンを組み合わせられるようにしたわけですか」
「そゆことじゃねーの」
あとはたぶん沖野トレーナーに切り替わったときに彼の心労を減らすために無茶練でない――――脚を使わない練習というのも教え込んだのだろうと、ゴールドシップは考えていた。
そしてそれは事実であった。狂人じみた言動の中でも輝く明哲な知性は、まさしく東条隼瀬のやろうとしていることを見通していたのである。
「それにしてもゴールドシップさん。よくもまあそんなに意図を察せますわね」
「……ああ。実はな」
急にシリアスになった空気を察してなんとなく身構えるマックイーンを相手に、ゴールドシップはボソリと続けた。
「ゴルシちゃんは天然の人造ウマ娘なんだ。シンボリエレクトロニクスの試験管の中で【タンショハチョウショ、チョウショハタンショ】という呪文を聴きながら……」
「へー、そうなんですわね」
割といい性格をしているマックイーンは隣の不沈艦の謎の言説を華麗にスルーしながら頭を回す。
――――お祖母様はある程度距離を取ることが必要だと言ってましたけれど
もっと積極的に連帯していけばいいのではないかと、メジロマックイーンは思った。合宿がはじまってからというもの、東条隼瀬は実によく指導してくれている。
普通ならばライバルチーム相手にはどこかに弱点を作ろうとか、長所を潰そうとかいう思惑があってもおかしくないのに、徹頭徹尾自分たちのために動いてくれている。
原石というべきウオッカとダイワスカーレットには、新たな面の開拓を。
完成しつつあるスペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオー、ゴールドシップには無駄を無くすような研磨を。
こういう私心のない人物とは、本格的な友誼を結ぶべきではないのか。
メジロの次期当主は、メジロライアン。その補佐役になるであろうマックイーンは、より良い未来のためにそう思った。
――――私心がないから躊躇いがない。だから怖い
百戦錬磨というべきメジロのお祖母様ならそう言うであろうが、少なくともマックイーンはそう思った。
(不敗のトレーナーとして名声がある。私たちを鍛えてもなんの利益もない。その名声を損なう可能性しかないのに、本気で行う)
彼は、素晴らしい人格をしている。
出世する。実績を作る。それと共に志を忘れる者が多いことを、名家の生まれであるメジロマックイーンは知っていた。
「ありがとうございます」
「うん?」
「あの二人に、適切な指導をしてくださって」
「お前たちがどう思っているかは知らないが、代理とはいえ今のところ俺はお前たちのトレーナーだからな」
そりゃあ本気でやるさ。
そういった言葉は、沖野トレーナーの人を見る目の確かさの証明でもあった。
「貴方にとって損でしかないはずなのに、熱心に指導してくださっている。本来使えたはずの手札を配ってくださっている。感謝していますわ」
「損でしかない、というわけではないさ」
「情報を取れる、ということですか」
だがそれにしたって、正しく釣り合っているとは思えない。特にウオッカとダイワスカーレット。あの二人の成長は目を見張るものがある。
「いや、夢の為にだ」
「すべてのウマ娘に幸福を、ですか」
「ああ。できるならばすべてのウマ娘が最良の状態でスタートラインに立ってほしい。立てるような環境を作りたい。だからこうして、できるところから頑張っているわけだ」
「貴方、思ったより遥かに単純で一途な人ですのね」
そう返したときにやっと、メジロマックイーンは彼の瞳に灯ったその光が何を意味するのかを察した。
それは、忠誠心。自分がメジロに仕える家人たちから向けられていたもの。しかしその色は、大きく異なる。
光の深さが、色が違う。
「なぜ、困難な道をいこうとされるのですか?」
「生きる意味と、指針をくれたからだ」
その深い色が殉ずるようなものであることを、メジロマックイーンはこの一言と共に知った。
理想のために自らを焼き焦がして悔いない程の忠誠と共鳴。
イタリアからはじまりエジプトとロシアを越えても、エルバ島どころか、セントヘレナまで付いていくであろう絶対的な忠誠心。
それを見て、マックイーンは悟った。
彼は、変わらない。栄光を掴んでも、無敗という伝説を得ても。
そしてこの変わらなさは、頑なさは、妥協を知らない。連帯する相手が妥協を知らないとなれば、未来はふたつ。
従属するか、決裂するか。
(だからお祖母様は、距離を取ることを選んだ)
メジロが呑まれないために。
そして、決裂の未来を避ける為に。
(そういうことですのね)
人格も信頼できる。
能力も信頼できる。
だが、だからこそ連帯はしない。
その方針は正しかったのだと、メジロマックイーンはこの会話で悟った。
67人の兄貴たち、感想ありがとナス!
LazyLazy兄貴、Orennji兄貴、大秦王安敦兄貴、竜騎士レオン兄貴、くりゅ兄貴、mikoya兄貴、椎庵亭兄貴、かいねこ兄貴、につけ丸兄貴、シロハ兄貴、ポートピア兄貴、キムチ鍋2024兄貴、swimmer枝垂桜兄貴、DsAscalon兄貴、kanichan兄貴、jetmog兄貴、撒かれ菱兄貴、彗星のカービィ兄貴、評価ありがとナス!
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