ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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バレンタインブルボン実装記念です。


アフターストーリー:ブルボンの野望 嵐世記

 バレンタインデーである。

 ミホノブルボンは、計画的な性分を存分に活かしてこの日が来るのを待っていた。

 3年前、ほんの少し育った幼木からカカオ豆を作ろうとした。だがカカオの木は育つのが遅く、これまでは買った豆からチョコを作ることしかできなかったのだ。

 

 だが今年、遂に自前のカカオの木から豆が採れた。

 去年の唐突なる持ち物検査によって理事長代理から『この木は……なんですか?』と問われたが、懇々と言って聴かせた甲斐があったというものである。

 

 我ながら口下手な方だとわかってはいる。

 なのに理事長代理は自分がマスターへの恩返しをしたいという思いを抱いていることを、察してくれたらしい。

 

 その熱い、言うなればメガトンオモイに『そ、そうですか……』と、若干引いたような顔をした理事長代理はベランダに鎮座するカカオの木をちらりと一瞥してから去っていった。

 

 見逃してくれたようである。

 だから、正直なところミホノブルボンは毀誉褒貶の激しい理事長代理のことが嫌いではなかった。いい人だなーと思っていた。

 

 理事長代理の主張は、管理主義の申し子――――と言うよりは誰かの指示を聴いて動くロボ的思考の持ち主のミホノブルボンからすれば理解もできるし同調もできる。

 

「ブルボンさん! チョコです! あと、電池です!」

 

「ブルボンさん、チョコです」

 

 怒涛のような友チョコ攻勢を受けきったミホノブルボンは、友達たちの優しさを受け取りつつ例の謹厳実直な性格を発揮して感謝の念を示した。

 そしてそれだけでなく、ミホノブルボンは市販のチョコを溶かして作ったそれらを返礼として配る。

 

 その返礼品の製作の目処は、立てやすかったと言えるだろう。

 同期も、随分少なくなったからである。

 

 ミホノブルボンの世代は粒ぞろいであると評される。

 

 マイル界へ侵攻を繰り返し、そのたびにノースフライトあたりに撃退されているサクラバクシンオーと、ニシノフラワー、更にはライスシャワーやマチカネタンホイザにキョーエイボーガン。

 GⅠ戦線に絡めるウマ娘も多く、GⅡで無双しているウマ娘が特に目立つ、そんな世代。

 

 1年上のテイオー世代の生き残りがトウカイテイオーとナイスネイチャ、上ではそよ風にしては強烈すぎるマイラーが居るくらいだと考えると、たしかに多い。

 だが、減ってきている。確実に、着実に。

 

「ステータス、『さみしい』を確認」

 

 ポツリとつぶやく。それはミホノブルボンの本心だった。彼女はロボに見えて案外人懐っこく、情が深い。

 去年はこの倍はいた。その事実が時代の移り変わりを感じて悲しくもある。だが次代の新星たちが勃興してくるのはトゥインクル・シリーズの醍醐味でもあるし、自分たちも同じように先代たちを追いやってここにいることを、ミホノブルボンは知っていた。

 

 トゥインクル・シリーズは、華やかである。華やかであるが、その裏には数々の挫折や涙がある。

 

 その挫折や涙を感動に変える者もいる。トウカイテイオー、オグリキャップ。そういった者は、居ることには居る。

 だが挫折や涙すらも感動に変えてストーリーにできる者はほんの僅かな、選ばれし者のみなのだ。

 

 この世界には見向きもされない挫折や、涙がある。

 そういうことを知らずに、ミホノブルボンはトレセン学園にやってきた。そしてトレセン学園に来てから誰からも、そんなことは教わらなかった。

 

 なのに知っているというのはやはり、彼女が精神的に成長したからだろう。

 合鍵を使ってトレーナー寮の私室に入って、ミホノブルボンはドアを開けてリビングに来た。

 

「マスター。チョコです」

 

「ん?」

 

 ちらりと、視線が揺れる。

 てこてこ入ってきたイヌ科のウマ娘を見て、少しだけ視線が優しくなった。

 

「チョコ? 何故だ」

 

「本日はバレンタインデーです」

 

「ああ……そうだったか」

 

 なんとなく、わしゃわしゃと栗毛を撫でる。

 慣れているからか、あるいは反射か。耳をペタリと畳んで尻尾を振るミホノブルボンは、なぜこうされると嬉しいのかはわからない。

 

 だが、触られると嬉しいと思う。撫でられると嬉しいと思う。いつまでもこうされていたいと思う。

 

「マスター」

 

「ん?」

 

 片手で包みを開けてチョコを口に運び、片手でブルボンを撫でる。

 そんな贅沢をしていた男は、ふと思いついたように呼ばれた方を向いた。

 

「どうした」

 

「……?」

 

 お前が呼んだんだろう。

 機能停止したような顔をしているロボにそう言いたかったが、東条隼瀬はなんとなく撫でる。

 

 ミホノブルボンは、ウマ娘である。人格もあるし心があるし、それをわかりやすく表に出すことができる。

 しかし彼女を基本的に犬の親戚のような存在として捉えているところが、彼にはある。

 

「お前が呼んだんだろう」

 

「……ステータス、『寂寥』を確認。今のマスターへのコールはこのステータス異常により、無意識に漏れ出たものだと判断」

 

「何故寂しい」

 

 ミホノブルボンは、少し黙った。それが心当たりを探しているからだということを知っていたから、東条隼瀬もまた矢継ぎ早に問いかけるようなことはしなかった。

 

 しばし、二人の間を沈黙が包む。

 沈黙といっても論文を書く手を止めていない男による控えめなタイプ音は続いているし、マンボなる鳥が時折羽をバタつかせる。

 老年の域に入った犬はすやすやと寝息を立てていて、一応生物の範疇にいるミホノブルボンも呼吸音を漏らしている。

 

 だが、静かな――――そう。とても静かで犯し難い、そしていつまでも続きそうな空間に、ミホノブルボンはいた。

 パタパタと、尻尾が揺れる。この永続するような静謐さを、沈黙を、ミホノブルボンは望んでいたのかもしれない。

 

 無論マスターに話しかけられることは、嬉しい。どんな話でも――――全く聴かせる気のない、自分の思考をまとめるための散文的な思考の放出の如き話でも、ミホノブルボンは嬉しい。

 だが、この永続するような沈黙が、ミホノブルボンは好きだった。

 破りたくないと、思った。

 

(マスター)

 

 心の中で、意識してつぶやく。

 なんとなく、一緒にいたい。そういう気持ちと、ずっとこのままで居たいという気持ちがある。

 

「原因不明。なんとなく、です」

 

「そうか。まあ俺も、なんとなくお前といるのは悪くないと思っている」

 

 パタパタと、尻尾が激しく振れる。

 ウマ娘という生物の致命的な欠点――――感情を取り繕うことが下手、という――――がそのまま表れたかのような動作に、東条隼瀬は苦笑した。

 

「マスターは今、何をなさっているのですか?」

 

「レースの見方、という記事を書いている。月刊トゥインクルに寄稿するつもりだ」

 

「ファンに向けたものですか?」

 

 そうではない。

 実のところこれは記者に向けたものである。記者というのは、世間への発信力がある。

 今や個人が世間に自分の言葉や思想を伝えられるようになり、その特権的な権力・威力は抑えられたものの、依然として旧態依然とした人間には絶大な効力を発揮する印籠である。

 

 東条隼瀬としてはファンのレースの見方をどうのこうのいう気はなかった。正直なところ興味もないし、コンテンツを観客として楽しむ人々に、楽しさの押しつけはしない。

 まあ詳しくなった方が楽しいだろう……と思うことは多々あるが、別にそこらへんは干渉しない。

 

 しかし記者はそうではない。見て、解釈して、出力する。そういうことを仕事にしている以上、マトモな見方をしてもらわなくては困るのだ。

 

 だから謂わばアンチョコとして、こういう記事を書いているのである。

 無論これは彼が勝手にはじめたことではない。基本的に受動的な人間である彼は、馴染みの乙名史という記者に頼まれて書いているのだ。

 

「で、お前はなんでそうなったわけだ」

 

「……?」

 

「寂しいんだろう。ホームシックか? 今のところ予定も無いし、また帰省しても構わないが」

 

 なにせ、今年は海外を主戦場にすることになる。日本を離れるのが初めてだというし、そういうのもあったのかも知れない。

 

 案外とそこらへんが柔軟な男は、さっさと脳内でミホノブルボンへのトレーニングメニューを再構築しはじめた。

 

「ホームシックではありません」

 

「ではなんだ?」

 

 そして再構築していたトレーニングメニューが一瞬で吹き飛ぶ。

 まあいいやと考え直し、ちらりと鋼鉄の瞳がミホノブルボンを見た。

 

「ずいぶん……少なくなりました。私の同期が」

 

「そりゃあそうだ。いつもいつまでも走り続けられるのは極少数で、たいていは3年目で見切りをつける。やめるか、ダートに行くか、障害にいくか。お前はそういう世界で生きてきたんだ」

 

 と言いつつも、実のところ東条隼瀬はこのイヌ科のウマ娘がそれほど偉大な存在であるという実感を持てずにいた。

 なんというか、中身が幼すぎるのである。別に悪いことではないが、貫禄はない。威風もない。これは身内から見ているからなのかもしれないが。

 

「それはわかっています。ですが、現実に打ちのめされている。そういう状態であろうと推察します」

 

「自分の状態を推察するのか」

 

「持論ですが、自分のことほどわからないこともありません」

 

「確かに、それもそうだ」

 

 自分のことは、わからない。

 それは彼自身が未熟だからかもしれないし、そうでないかもしれない。

 シンボリルドルフというウマ娘にだって幼少期があり、そしてライオンとして畏怖を撒き散らしていたあの頃にはわからなかったものがある。

 

 少なくとも過去の彼女は自分が弱者の為に――――より正確な表現をすれば恵まれない者たちのために動くなどとは、思っていなかったはずである。

 

 自分のことは、わからない。それは非常によくわかる理屈だった。

 

「で、寂しさを埋める為にここに来たのか」

 

「はい。マスターはいつも、私の欠けたところを補ってくださいます」

 

 それは物理的な要素じゃないのか、と彼は思った。

 確かに自分は埋めた。距離適性とか、実力とかを。

 

 しかし概念的なものを与えられているとは思えない。三冠以後の夢に関しても、結局は彼女が思いついたものなのだ。

 

(まあ、いいさ)

 

 そう思いたいなら――――ミホノブルボンが東条隼瀬といることでなにか概念的なものを補えると錯覚したいなら、させておけばいい。

 かつて自分がサイレンススズカを相手にしたように、自ずと気づき悟るまで。

 

(俺は、お前のトレーナーだからな)

 

 口に運ばれつつあるチョコをじーっと見つめつつ尻尾をブンブンするこのイヌ科のウマ娘を、東条隼瀬はちらりと見た。




遅れてごめんちゃい(ドブカス)
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