ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
花見に行くことになった。
まあ、たいていのウマ娘が花より団子なわけだが、季節ごとの行事というものへの憧れはある……らしい。
ロボっぽくて犬っぽくて実はサイボーグでウマ娘なミホノバーボンは、ぴょこぴょこと耳を左右に動かしながら尻尾を縦に振っている。
基本的に物静かなこのロボは、案外とみんなで何かをするのが好きだった。如何にも一人でいるのが好きです、みたいな雰囲気をしているのにである。
そんなウキウキブルボンを他所に、各員の役割は滞りなく決まった。
東条隼瀬とルドルフが料理を用意し、ブライアンが荷物持ちと味見役を兼任し、行き先までは料理に引き続きまたも彼が担当し車を出す。
「トレーナーさん?」
「ん?」
心底意外だとでも言うように、東条隼瀬は少し離れたところにいるミステリーサークルの主を見た。
「いたのか、スズカ」
めずらしい。室内にいる時間より走っている時間のほうが遥かに長い彼女からすれば、こういった長時間の企画会議に顔を出すのは如何にも珍しかった。
うそでしょ……としている先頭民族は、案外何でもできたりする。一応車も運転できるし料理もできる。アメリカで過ごしたクリスマスではブッシュ・ド・ノエルを自作したとも聴いた。
しかし、じゃあどこに割り振る?と言われると答えに窮する。
できることが多いというのは必ずしも、適役の多さを意味しない。日常的な面でも、レース的な面でも。
「スズカは……まあなんかこう、そこらへん走っていればいいんじゃないか?」
俺としては、元気に走っているだけでいいのだが。
彼はそう思いつつも、そういうことに限っては言わない。そういう性格なのである。
「こ、この雑さ……」
うそでしょ……とは言わなかった。ホントであってほしいから。
語尾に勢いがありつつもどこか嬉しそうなスズカ――――昔に戻ったようでなんとなく嬉しくなっているらしい――――を本当に雑に放置したまま、彼は話を進めることにした。
ちなみに一応言っておくと、彼がこの会議中に彼女の存在に触れることはこれ以降なかった。完全に放置を決め込んだのである。
「で、料理はルドルフに頼みたい」
「ああ。任せてもらおう」
心無しか嬉しそうに頬をほころばせて言った【皇帝】は、スズカとは違う。
つまり、やれることが多いし適役も多い、ということである。彼としてはやってほしいことが多くあって、もう2、3人欲しいくらいだった。
「じゃあ私が味見役をしてやろう」
そんな心中も知らず、今年の――――否、ここから2、3年間の間のトゥインクル・シリーズの主役がすっくと立ち上がる。
姉と両親に厳しく鍛えられた百戦錬磨の味見スキルは極めて高い。自己申告によると。
それは福引でガラガラを回すスキルと同格、いやそれ以上だという。自己申告によると。
「じゃあまあ……それで」
「アンタは私の味見スキルを信じていないようだが、驚くことになるぞ」
驚くことになっても、それはルドルフの手柄だよ。
この場にいる誰もがそう思ったが、この生粋の妹気質であるバンカラ風末っ子に直接言うことはしなかった。
「マスター。私は何をしましょうか」
「ブルボン……」
2人は見つめ合った。少なくともサイレンススズカにはそう思えた。
え、なんでしょうこの差。私の時はちらっと見て諦めたような雑さだったのに。
心の中で抗議している先頭民族は、実のところ自分の気質をよく理解している。
それだけに、ごたごたとデモを起こすようなことはしなかった。
「……君にはある重要な任務を与える。これの成否如何で、この花見の成功失敗が決まる。それほどのものだ」
「光栄です、マスター。どうぞ私にオーダーを。必ず達成してみせます」
沈黙が流れた。
というか東条隼瀬は殊更に沈黙を流してみせた。これは彼の趣味ではなく、昨日ブルボンがこういう勿体ぶった会議シーンを何回も巻き戻して見ていたからである。
ロボアニメなら、戦闘シーン。
どうせブルボンは戦闘シーンを何回も見るタイプなのだろう。そう思っていたが、そうではないらしい。
それが彼女の精神的成長によるものなのか、元々なのか。そのあたりを、彼は知らない。
知らないが、勿体ぶった会議シーンをセリフを真似しながら一人二役でこなすブルボンはかわいかった。あと、【こういうのに憧れる年齢なのか】という納得もあった。
「ブルボン。君には【場所取り】を命じる。君が花見に適した場所を選び、確保するんだ」
「ステータス【感激】を確認。そのオーダー【場所取り】は皆さんの仕事の根底、基幹を為すもののはず。それを私、ミホノブルボンに任せていただけるのですか?」
「ああ、ブルボン。任せた」
言葉使いがロボっぽく――――おそらく、いや間違いなく昨日見ていたアニメの影響――――戻ったブルボンを微笑ましげに見ていたルドルフは、贔屓目なしにいい人事だと思った。
ミホノブルボンは当初、自分の判断を放棄しているようなところがあった。細かな指示をされなければ1日でも2日でもやり続ける愚直を超えた愚直さがあった。
それは時と経験による情緒の成長によって大方解消されたわけだが、こういう大幅な裁量を与えられて動くのはあまり経験のないところだろう。
精神的な成長が見込める。さすがは参謀くん。一石二鳥のいい手だと彼女は思った。
で、実際はどうなのか。どうだったのか。
ブルボンの行動から見ると、これは世紀の人選ミスであった。
(任せるとは言っても)
心配だ。率直に言って、東条隼瀬はそう思う。
親心、あるいは放し飼いにしていたペットがちゃんと自分のところに帰ってくるのか心配な飼い主心。
ブルボンは極めて優秀な能力を持っているが、絶望的に抜けているところがある。
つまり、天然なのだ。
彼女はある瞬間を切り抜いたらそこらへんの犬の方が賢いのではないかと思うくらいな天然さを、時折見せる。
(一応事前に見ておくかな)
ルドルフは問題ない。味見役の妨害を受けてもなんとかするだろう。スズカはなんの仕事もないからなんとかなるだろう。
……いや、集合場所に来るかはちょっと自信を持って断言できないが、結果的にはたぶん問題ない。きっとスズカは走って目的地に来る。
問題は、ブルボン。いぬっぽいウマ娘。
あの天然が炸裂した結果、例えば花見なのに頑なに居住性を重視し、花が見られないところを取る可能性もある。
「心配し過ぎな気もするが……」
予め下見して、適した場所をそれとなく教えておくか。
そういう配慮のもと、夕刻。彼は車に乗って出発した。ブライアンの宝塚記念の相手と、アオハル杯の次戦、芦毛バスターズの調査の途中だが、まあ行って帰るだけならなんとかなるだろうと思ったのである。
事実、行って帰るだけなら彼の仕事は今日中に終わったことは間違いなかった。
トレセンは、府中にある。
そして花見場所は府中に程近い河川敷にあった。桜たちは見事に花を咲かせ、白と桃色の間の子のような花びらを振りまいている。
車を所定の駐車場に入れ、東条隼瀬は景色を見渡した。
(中々に綺麗だ)
沈む寸前の夕焼けは光量が足らない。そしてその足らない光量も橙色に染められていて、本来の桜の色を完璧に堪能できたとは言い難い。しかしそれでも、歩いていて風流だと感じさせるだけの美しさがあった。
「ジャリガキぃ! どこや!」
「こっちだよー!」
「声出して教えてくれるなんてアホやなぁ自分。姉諸共しばき倒して腹に飯ぎゅうぎゅうに詰めたるわ!」
汚い悲鳴と汚い笑い声のハーモニーが、ここは風流とは程遠い現実であることを教えてくれる。
風のように駆けていく鹿毛の少女と、それをかなりの速度で追っかける男。
兄弟だろうか。いや、口ぶりからして姉とやらの友人かなにかか。
まあそんな興味は薄れて消え、彼の意識は桜に戻った。
(やはりそれなりに、花見には来ているか)
ただ、撤収の時間になりつつある。
家族連れたちが続々と帰っていく光景をなんとなく見ていた彼は、視界の端に何かが過ぎったのを見て立ち止まった。
なにか、光る物。ほぼ無くなりつつある陽光を跳ね返してぼんやりととかそういうのではなく、明らかに人工的なその青色は到底自然界に存在していいものではない。
そしてその青色は、これまでに何度も見てきたものに酷似していた。
「……」
その光は、好立地に座していた。
地面スレスレで光っているところを見ると、落とし物か。
そんな現実逃避をしつつ、彼は光源に寄っていく蛾のような塩梅でその好立地へと近づいていった。
近づけば近づくほどにわかる。桜も見えるしレジャーシートを張る広さもあるし、5人で食べても寝ても余裕な大きさがある。
その中心に、何かがあった。ぐるぐる巻きにされた人体、あるいはミノムシ。そんな感じ。
ぼんやりと光る髪飾り。何を考えているかわからない、形容しようのないアホ顔。強いて言うならば、ミホッとした顔というべきか。
そんなミホッとした顔を晒していた謎のウマ娘は、寝袋から出た耳をピンと張って揺らした。
足音で近づいてくる誰かに気づいたのか、ごろりんとこちらに寝返りをうつ。
やけに尻尾を振っている謎のウマ娘はミホッとした顔をキリリと引き締め、そのままいつものように腕を前に付き出そうとして寝袋に阻まれて諦めた後、口を開いた。
「これはマスター。奇遇ですね」
寝袋入り一般無敗三冠ウマ娘。
暗がりで発光する謎の耳飾りを付けた、実によく聞く声がした。
「ミノムシブルボン……」
「はい。ミノムシブルボンです」
そしてノリがいい。ミノムシのようになっているブルボンは腕をズボッと寝袋から出して身体を起こした。
「何故ここにいる?」
「……?」
フリーズしたように疑問符を浮かべるブルボン。再起動した方がいいかもしれないなどと思いつつ、完璧な野宿態勢をとっているこのイヌ娘の隣に座る。
「マスター。私がなぜここにいるかと言えば、それは場所取りの為です」
「うん……」
「はい」
ピコピコと耳が動く。
それが理解してもらえたという嬉しさ故だということも、そしてみんなの為になる場所取りの為なら夜から待機しかねない性格であることも、彼は理解していた。
「マスター、お茶をどうぞ」
(たしなめにくい)
熱々のお茶を渡された東条隼瀬は、そう思った。
場所取りという行動目的は正しい。
防寒具や寝具、飲食物などの携帯など事前準備も間違っていない。
ただ致命的に出発時間が間違っている。具体的に言うと9時間くらい。
ぽけーっと口を半開きにしているブルボンはたぶん、とてもワクワクしている。お花見がそうさせるのか、みんなでするという状態がそうさせるのか、あるいはどっちもか。
「マスターも場所取りに来られたのですか?」
「いや、見に来ただけだ。すぐに帰るつもりだった」
「そうですか」
耳がしょんぼりとする。
腰をゆっくりと上げると綺麗な青色の瞳が追従し、更に耳がしょんぼりとしてシルエットがヒト娘のそれになった。
「……」
そのまま、座る。
ウマ娘の平均より長そうな耳ときれいな形をした眉がピコンと上がる。
立つ。
ウマ娘の平均より長そうな耳ときれいな形をした眉ががしょんぼりと萎れる。
(わかりやすいやつ)
もう仕方ないと、彼は腹を括った。
夜に1人で場所取りをしている担当を放置して帰るわけにも行かないし、なによりそんなことをすれば罪悪感が湧く。
「ブルボン。毛布はあるか?」
「はい」
耳がピコピコしている。嬉しいのだろう。
寝袋の中に納められた尻尾がブンブンする代わりに、どうにも耳が感情を表す端末になっているらしい。
「どうぞマスター」
「ありがとう」
PCを立ち上げて学園に外泊する旨の連絡を入れ、仕事をはじめる。
そんな彼をご機嫌そうに、ブルボンは耳をピコピコさせて眺めていた。