ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:憧れ追いつき

 ライスシャワーにとって、ミホノブルボンはヒーローだった。

 

 強くて、冷静で、かっこいい。その全てが当てはまっているかどうかはともかくとして、ライスシャワーはミホノブルボンに憧れた。

 

 デビューしてからしばらく。ミホノブルボンとそのトレーナーの評判は、悪かった。悪罵に塗れていた、と言っていてもいい。

 

 ライスシャワーには、非難される苦しさがわかった。彼女は人の痛みがわかる優しさを持っていたし、実際経験したことがあるからである。

 

 

 ライスシャワーは、小学校を卒業してすぐにこのトレセン学園を受験した。中学から高校までの勉強を必修とする、ウマ娘のための学園。その最高峰。

 圧倒的なという程ではないが、良家の生まれである彼女にはそこに挑むだけの才能も財産もあった。

 

 入試レースのときにも、彼女はその実力を遺憾なく発揮した。好位に付けて追走し、レースに勝った。

 ライスシャワーは、祝福されると思っていた。よくやった、と。よくがんばった、と。いい走りだった、と。

 

 だが、違った。彼女に飛んできたのはため息であり、失望の声だった。

 彼女が抜かしたのは、寒門の出のウマ娘だった。然程才能はなかったが愛嬌があり、何より地元の星だった。

 

 入試レースで1位をとれば、トレーナーがつく可能性が高まる。特待生になれる。

 その希望を打ち砕いたライスシャワーは、このとき間違いなくヒールだった。

 

 その失望と罵声にも、ライスシャワーはめげた。怯んだ。だが怯んでも、一向にその実力を衰えさせることはなく、彼女は入試レースの全てに勝った。そして負かした相手は殆ど、地元の星というべきウマ娘だった。

 

 祝福は、得られなかった。得られたのは、非難と失望。

 トレセン学園に入ってからも、そうだった。彼女は別に悪くないが、めぐり合わせが致命的に悪かったのだ。

 

 トレセン学園では、退学処分は珍しくない。才能がない、努力が足りない、実力がない。そういった理由で退学処分を受け、地方のトレセン学園に飛ばされるか、あるいは飛ばされすらしないか。

 そういった崖っぷちの相手を、ライスシャワーは容赦なく――――彼女からすれば一生懸命に走っているだけなのだが――――叩き落とした。

 

 どうすれば良かったのか。

 そう考えても、答えは出ない。

 

 手を抜くという選択肢は、彼女にはなかった。彼女はあくまでも、レースに対しては真摯だったのだ。

 

 だが、所詮中学生である。勝つたびに非難されていては、流石に心が傷つく。

 

 ライスシャワーはあるとき、レースを休んだ。ほんの少しだけ、嫌になったからだった。崖っぷちのウマ娘が、また出走する。その娘の後援会が来ている。自分の調子は、すこぶるいい。

 

 出れば勝つ。それがわかるから、ライスシャワーは休んだ。彼女には全力を尽くして負けるか、全力を尽くして勝つかの二択しかない。

 だから、休んだ。次のレースも、そのまた次のレースも。

 

 走るのが嫌になっていた。非難されるのが、嫌になっていた。それは裏返せば、勝てるからだった。勝つということは、誰かを負かすということだ。負けた誰かを、不幸にすることなのだ。

 

 ライスシャワーは、勝って祝福されたかった。誰かにとってのヒーローになりたかった。

 だが彼女は、ヒールになっていた。勝てるから、強いから、目立つから、応援を一身に受ける娘より強いから、ライスシャワーは非難される。

 

 そう。おどおどとしながらも、彼女は実力相応の自信家だったのだ。

 そんな彼女に手を差し伸べたのが、リギルのサブトレーナーをしていたという男だった。

 

 そう。リギルの両翼として活躍していたこの明るそうな男は、たった今この冬の寒空の下に放り出されたのだ。

 

 シンボリルドルフが海外遠征を行っている。しかもアメリカでGⅠを3つとって、今4個目に向かっている。その背中を刺すようなことはしたくない。終わるまで待とう。

 だがリギルは一人でトゥインクルシリーズの環境を破壊している。魔導書の神判を持った征竜みたいなあのチームを、どうにかしなければならない。

 ちょうどよくあの東条の甥――――果てしなく扱いにくいが故に信頼ができるやつ――――が個別に面倒を見はじめたウマ娘が結果を出しつつあるし、分離独立させようか。

 

 でもあいつ、誰も担当していないと言ってたぞ。嘘をつくようなやつではないが。

 

 それはない。あれだけ頼られておいて。

 

 じゃあ4勝目をあげて帰国するであろうシンボリルドルフがまた海外遠征に乗り出したらどうするんだ。

 

 その時は選抜チームを作って同行させるということにしよう。そういうルールも作ろう。

 

 そういうことで、解体の話は進んでいた。

 しかし東条の甥に任せるはずだったウマ娘にレース後の骨折が判明したり、シンボリルドルフが負けたりと色々あって、解体は結局冬になった。

 

 ライスシャワーにとっては、中等部2年の冬。彼女は、差し伸べられた手をとった。

 

「君は悪くないよ。ただ、巡り合わせが悪かっただけだ」

 

 自分の撒き散らす不幸を受けながら、そう言って笑ってくれたひとの手を。

 そのひとは、気にかけている人がいた。本来なら、同時に誰かの担当をするはずだった、優秀な人。

 

「故障の原因は、あいつにはないのにな」

 

 その言葉から、なんとなく察せた。

 自分の失敗じゃないのに、背負い込んでるんだ。その人は、苦しんでるんだ、と。

 

(だから、かな)

 

 だから似てるライスを見て、手を差し伸べてくれたのかな。

 

 そう思える程度には、ライスシャワーはポジティブになれていた。周りの不幸は自分のせいではないと、自分は背負いこみすぎていたのだと、そう思える程度には。

 

 半年後。

 ライスシャワーの『お兄さま』は、嬉しそうな顔をして言った。

 

「あいつ、やっと担当を持ったよ!」

 

 ライスシャワーは、嬉しかった。自分の大好きなお兄さまが喜んでいることが。昔の自分が、誰かに救われたという事が。

 

 だがそのあと程なくして、お兄さまの顔はすぐに暗くなった。

 

「どうしたの、お兄さま?」

 

「……決裂したらしい。契約破棄ってことだな」

 

「……お兄さまの言う、その人は」

 

 どんな人なんだろう。どうやって立ち上がって、歩いてきたんだろう。

 今、大丈夫なのかな。

 

 それからしばらくして、その人はもう一回担当を持ったということが告げられた。

 そして同じくらいの時をおいて、再び決裂したとも。

 

「不器用なやつが輪をかけて不器用になってやがる」

 

 お兄さまは、そう言った。

 たぶんもうその人は、あと1回失敗したら次はないのだと、ライスシャワーにはわかった。

 

 その、3ヶ月後。

 

「契約したらしい。ミホノブルボンだ」

 

「すごい人、だよね?」

 

 どこを走るかは、知らない。だが、これまでお兄さまの友達が契約した相手は名前も知らない人たちだった。

 だがミホノブルボンという名前は、聴いたことがある。高等部から入ってきた、期待の新星だとか。

 

 今年高等部に進学するライスシャワーも、小耳に挟んだことがある。

 

「ライス、一緒に走れるかな……?」

 

 最後に選ばれた人を、見てみたかった。どんな人かを知りたかった。一緒に走ってみたかった。

 だが、お兄さまは首を振った。

 

「ミホノブルボンはマイル路線に行くと思うよ。ライスは長距離を軸にして王道の中距離に足を伸ばす形になるから、難しいかな」

 

 嘘である。

 

 ミホノブルボンはクラシック路線に進むと公言し、三冠ウマ娘になると嘯いた。

 

「バカなのかあいつ」

 

 お兄さまは、天を仰いだ。

 仰いで、嘆息して、立ち上がりかけて、止まる。

 

「…………まぁ、バカと真面目にバカやってる方があいつらしいかな」

 

 そのバカがおそらくはお兄さまのことだろう、と。言葉に含まれる憧れと、懐かしさが伝えてきた。

 

「よ、よかった……のかな?」

 

「いや……ただ……」

 

 非難はされるだろう。

 その予想は、的中した。

 

 死ぬほど非難された。また潰す気かと、またウマ娘の貴重な時間を奪うのかと。

 誑かしただとか、夢という言葉で釣っただとか、あれは虐待だとか、そういうことを言われていた。

 

 ミホノブルボンも、非難された。なぜ、短距離路線じゃないのか。なぜ、マイル路線じゃないのか。なぜ、適性にあった道を進まないのか。

 

「お兄さま」

 

 ライスは、助けになってあげたい。

 そう言いかけたライスシャワーを、彼女のトレーナーは手で制した。

 

「大丈夫だ」

 

 ――――あいつは必ず、結果で見返す

 

 そう、お兄さまは言った。そして、ミホノブルボンとそのトレーナーは見返した。ジュニア級の王者を決めるレース、朝日杯FSにおいて。

 

 圧巻の走りだった。圧巻の逃げだった。

 何故か顔が引きつっているお兄さまに抱きつくほどに、ライスシャワーは喜んだ。

 

 また逃げか……といううわ言のような呟きが、妙に耳に残っている。

 だがそれよりも、ライスシャワーは大歓声に耳を灼かれた。

 

 ミホノブルボンというウマ娘が見せた、圧倒的な走り。クラシック路線の踏み台、ジュニア王者を決める朝日杯FSを制覇した彼女の大言が寝言ではなかったのだと、観客たちはこのときに知った。

 

(すごい……)

 

 ライスとは、違う。

 勝って、批判をねじ伏せた。非難を踏み潰した。これが力だと武威を示し、異見を服属させた。

 

 ライスシャワーはその後、ミホノブルボンに会った。すごかったですと、自分の感動を噛みながら伝えた。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 やや無感情な声だった。

 だがとても冷静でかっこいい人だと、そう思った。自分のおどおどとした態度も、すごく聴きづらかったであろう噛み噛みの言葉も気にしない。器の大きな人だとも。

 

「ミホノブルボン。いくぞ」

 

「はい、マスター」

 

 そうして、去っていく。

 どこか冷たげなあの人がお兄さまのお友達なんだと、ライスシャワーはそんなことを思った。

 

(ミホノブルボンさんは、すごい)

 

 ホープフルステークスで共に走って、ミホノブルボンへの尊敬の念は更に強まる。

 

 全く追いつけなかった。ライスシャワーは、負けると思ったことはなかった。走るのが怖いと思ったことも、負けるのが怖いと思ったこともなかった。

 彼女が怖いのは、勝って罵声を浴びることだけだった。

 

 だが、負けた。相手にもされなかった。罵声も浴びなかった。誰も、ライスシャワーなど見ていなかった。

 

「マスター」

 

 走って上気した頬を少しほころばせてそう言って、ミホノブルボンは控え室へと消えた。心も身体も預け切ったような、絶対的な信頼に溢れた、そんな声だった。

 

(なにか、超えたんだ。ミホノブルボンさんはこのホープフルステークスでまた、すごくなったんだ)

 

 だからライスシャワーは、皐月賞でレースそのものを初めて怖いと思った。

 負けるかもしれないと、そう思った。

 

 ミホノブルボンは、強かった。強過ぎた。驚異的な速度で2000メートルを駆け抜けた。レコードが世界記録を更新するほどの速度だった。

 

 

 ――――すごい、じゃだめなんだ。そこで止まったら、だめなんだ

 

 ライスシャワーは、気づいた。

 追いつきたいじゃなきゃ、だめなんだと。




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