ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:トレセン三狂

 リギルと夏合宿に行く。

 そう伝えられたときのミホノブルボンの心中は複雑だった。

 

 原因不明のエラーが発生し、もやもやする。

 それと共に理性的な部分は『これは必ず身になる』と喜ぶ。

 

 取り敢えずミホノブルボンは、色々と荷物を詰め込んで荷造りを終え、トレーナーの黒い車のトランクに入れる。

 

「世話になるなぁ、毎度毎度」

 

「こちらのセリフだ、それは」

 

「翻訳機として、だろ?」

 

「そういうお前は足としてだろうが」

 

 彼らしからぬ――――と言えばすごく失礼だが――――軽いやり取り。

 

「仲、良いね……」

 

「軽妙洒脱。マスターにあのように親しい友人がいて、私は安堵しています」

 

 四字熟語ダジャレマン(皇帝)の喋り方をインストールしてしまったミホノブルボンは、ほぼ反射でそんなことを言った。

 

「ミホノブルボンさん、変わったね」

 

 ライスシャワーもまた、反射に任せてポツリと言った。

 少し悔しそうな色が、顔色から見える。

 

「私が?」

 

「うん。無敗同士、意識するのは当然だと思うけど……」

 

 言葉を濁す。

 ミホノブルボンは最近、人の心の機微を読み取ろうと頑張っている。現に四六時中一緒にいる彼女のマスターの心の動きは、たいていわかるようになった。

 

 だがライスシャワーの心の動きは、どうにもよくわからない。

 

 弱々しそうで、芯が強い。

 自信がなさそうで、自信家。

 

 表面と中身の乖離が激しい。それが、ライスシャワーというウマ娘なのだ。

 

「ライスは……」

 

 何かを言おうとして、口を噤む。黒い帽子を深くに被り直し、首を振った。

 

「――――ううん。なんでもない」

 

 なんでもないことはないでしょうと、ミホノブルボンは思う。

 

 なにか言いたいことがあるなら、言えばいい。

 

「ライスシャワーさん。貴女には実力があります。その裏付けとなる努力もしています」

 

「えっ……あ、ありがとうございます……」

 

「はい」

 

 言うようになったじゃないか、と。

 コミュニケーションにおいて没交渉すぎたかつての姿を知っているミホノブルボンのトレーナーは、思った。

 

 それだけの実力があり、努力をしている。そのことをわかっているから、遠慮なんてしなくていい。言いたいことがあるならば、言ってほしい。

 

 そういうことだと、ミホノブルボンとそのトレーナーは思った。ついでに言うならば、ライスシャワーのトレーナーも察した。

 ついで言うならば、ライスシャワーのトレーナーは更に察した。この意味をライスシャワーが汲み取れていないということをである。

 

「そういうことじゃねーかな、ライス」

 

「……えっ、そ、そうなの!?」

 

「はい」

 

 そういう人だ、と察したらしいライスシャワーがおどおどとしながらも積極的に話しかけ、物怖じしないミホノブルボンが消極的に(彼女にとっては積極的に)答える。

 

 そんな中で、車は静かに発進した。

 それは人間よりも遥かに感覚が鋭敏なはずのミホノブルボンとライスシャワーが気づかないほどに静粛なものだった。

 

「着いたぞ」

 

 ライスシャワーが話す。ミホノブルボンが聴いて、少し話す。

 どこかで見たような光景をチラチラと――――微笑ましそうに見ていたライスシャワーのトレーナーが酔ってグロッキーになったのを尻目に、ミホノブルボンのトレーナーは事務的な通達をした。豪華な宿泊施設の相応しい駐車場に機械のような正確さで駐車し、外に出る。

 

「ブルボン、手を前に」

 

「お気遣い感謝します、マスター」

 

 車が止まってから不動のままでいた――――車に直接触れないためのガード、毛布がある場所にライスシャワーが居るため動けなかったとも言う――――ミホノブルボンの扉を外に回って開け、手をとって外に出す。

 キザではなく単純にコケられたら困るからであるが、ライスシャワーはその光景を少し羨ましそうに見た。

 

 そしてちょっと羨ましそうなライスシャワーは、ちらりと自分のトレーナー――――お兄さまの方を見た。

 

(見られている……! 求められている……!)

 

 お兄さまは、車に酔っていた。将軍などと大層な渾名をつけられたこの男は、微笑ましいライスとブルボンの姿を見ることに熱中して、後ろを見続けた結果、したたかに酔っていた。 

 

「だが俺は覚悟を決めた! ……全力でお兄さまを遂行すると!」

 

「三半規管諸共脳もイカれたか」

 

 割と辛辣な友のツッコミにもめげず、動くお兄さまを他所に、ミホノブルボンは尻尾と耳をピコピコさせながら宇宙に思いを馳せている。

 

「さあライス、おいで」

 

「うん、お兄さま!」

 

 酔っているのに無茶をするなよ。というかお兄さまってなんだよ、と。

 ぴょんと跳び出したライスを抱えてくるくると回している友を見て、参謀はそんなことを思った。

 

「来たか」

 

「お久しぶりです、師匠」

 

「ああ。お前もなんというか……うまく行っているようで何よりだな」

 

 最近のクラシック三冠は、リギルの独壇場となっていた。

 だが去年のクラシック路線はトウカイテイオー擁するスピカが席巻。今年は今のところ、ミホノブルボンの一強。

 

 リギル最強の風潮は薄れ、政権交代というべき新風が吹いている。

 これはURAとしては歓迎すべきことだったが、リギルとしては看過できない。

 

 URAの持っていた、『参謀』とその担当――――当人としては担当ではないと言い張っていたが――――にシニア路線を荒らさせるという当初の目論見は外れた。

 しかしその1年後、ミホノブルボンと彼の存在はまさに新風を巻き起こしたのだ。

 

 結局歴史の古い名門が勝つ。メジロ、シンボリ、ナリタ、アグネスなど、帝王になるべくして生まれてきたウマ娘が勝つ。

 リギルの一強は終わったが、それでも勝ったのはトウカイテイオー。シンボリ系に属する連枝の家。

 

 そんな定石と、勢力図を覆す。革命というべき事件が、ミホノブルボンの躍進だった。

 彼女はなんてことない生まれである。遡れば名門と言っていい血が入っているが、今では凋落しきって久しい。その程度のもの。母親もウマ娘ではあるが、実績はないに等しい。

 

 どんな生まれでも、まるっきり名門でなくとも、適切な指導を受ければ才能は花開く。世代最強を決める祭典、日本ダービーを圧巻の走りで制覇できる。

 

 URAとしては、これほど広めたい事実もない。故にウマッターなどでミホノブルボンの練習風景の切り抜きや試合の切り抜き、解説などをちょこちょこと上げ、積極的にスターとしての道を歩ませようとしている。

 最近上げた『【誤差0.1秒】冷徹なるサイボーグ、ミホノブルボン』の再生数は既にミリオンに到達している。

 

「めんどうなことです。トレセンの坂路を拡充してくれたことに関してはありがたいと言えますが」

 

 これまで坂路施設の拡充は、彼の給料からちょこちょこと工面して行うくらいなものだった。

 自腹の理由はその効果が証明されていなかったからであるが、今となっては坂路練習はフィーチャーされた。その結果、この合宿期間を使って大幅な拡充工事が行われる予定である。

 

「図面を送ったらしいじゃないか」

 

「ええ、幸いなことに、案があれば聴くと言っていただけましたので」

 

 (予算は)あげません!状態だったのが予算あげるよぉぉぉお!状態になったのはやはり、実績を上げたからだろう。

 すごいことなのだ。サブトレーナーとして実績を上げていたとはいえ、新人トレーナーがいきなり皐月とダービーを勝つというのは。

 

(なんてことを言っても、どうでも良さそうだな……)

 

 その性格を知っている。自分の名誉、栄光。そういったものに無頓着で、他人の夢のために全てを懸けられる男。

 

 無欲なやつは、強い。邪念が無いから感情に振り回されず、理性的に物事を進められる。

 

 智者の慮は必ず利害を雑うと言う。これは要は、物事は必ず両面的に見なければならないということである。

 感情は、両面的に見るということを阻害する。理性的で無欲なやつが誰しも有能というわけではないが、有能なやつが理性的で無欲だと手がつけられないと、東条ハナはつくづく思うのだ。

 

「そう言えば、将軍はどうした」

 

「一足先に宿に行きました。車に酔ったようで」

 

「なるほど」

 

「一応全員分の練習メニューは渡しておきましたから、酔いが直るまでに覚えて来るであろうと思います」

 

 全員分のメニューを、もう作ったのか。

 かつては慣れていたはずのその仕事の速さに、東条ハナは驚いた。

 

「……ああ、無論ここに移動するまでに体調の変化があるということは理解しています。1日目の練習でそこを見極め、適宜修正していく予定です。私の練習メニューの作り方はリギルのときと変わっていますから、師匠が削るべきところを削って余白を作っていただければ」

 

 幸いにして、私が陣頭指揮を執らなければいけないというわけではありません。時間がある以上、それくらいはします。

 

 平然と言い放つ参謀を見て、東条ハナはつくづく思った。

 あのときのリギルは間違いなく最強であった、と。

 

「直接指導はまだ慣れないか」

 

「物を的確なタイミングで、適切な言葉で伝える。それができないと思う程度には、自己分析ができているつもりです」

 

「……まぁ、そうだろうな」

 

 言っていることは正しい。厳密に言えば、言うタイミングも正しい。

 だが、その正しさというのは、技術的な正しさなのである。

 

 『将軍』は、指導する相手が一番受け入れやすいタイミングで粗を指摘する。

 『参謀』は、指導する相手が最も克服しやすいタイミングで指摘する。

 

 その結果として疎まれる、ということがある。ここに集まったリギルのウマ娘たちは慣れているが、彼の自己分析は結果的に正しいと言えた。

 

 そんな挨拶とも言えない挨拶を終え退室して早々、トレーナーは後ろをとことこと付いてきたブルボンの方に向いた。

 

「ブルボン。取り敢えず君は荷物をおいてこい。同室はシンボリルドルフだ」

 

「ルドルフ会長ですか」

 

 少し、意外だった。シンボリルドルフの同室はエアグルーヴかナリタブライアンとか、その辺りだと思っていたのである。

 そして自分の同室はライスシャワーであろう、とも。

 

「ライスシャワーはグラスワンダーと同室にした。お互いに学べるところもあるだろうからな」

 

「学べるところとは、なんでしょうか」

 

「最強無敵の逃げウマ娘を如何にして倒すか、という手段をだ」

 

 そう言えばこういう人だったと、ミホノブルボンは思った。

 最善を尽くす。最良を極める。だが、ズルはしない。相手の成長を阻害するのではなく、自分を高めて突破することを好む。

 

 冷徹なまでの、公正さ。

 裏を返せば、それは自分と自分のウマ娘に対する絶対的な信頼であると言っていい。

 

 ミホノブルボンは、言わなかった。貴方は私の味方ではないのですか、とは。

 彼女のトレーナーも、言わなかった。文句のひとつも言わないのだな、とは。

 

「私はルドルフ会長から、何を学べば良いでしょうか」

 

「気位」

 

 言っておくが、ああなれというわけではないぞ。

 そう前置きして、彼は続けた。

 

「あいつは狂人だ。ウマ娘たちを幸福に、というあやふやで果てのない夢を目指し、立ち止まらない。振り返らない。迷いながらも進み続ける。自分の信念と心中する覚悟がある」

 

「マスターに似ていますね」

 

「ん……まあ、そうかもしれんが、もっと似ているやつがいる」

 

「ライスシャワーさんですか」

 

 文字通り閉口したトレーナーを見て、ミホノブルボンは自分の導き出した答えが彼の想定と違うものだと言うことを知った。

 

 ――――誰だろう

 

 その答えが導かれる前に、閉口した口が再び開いた。

 

「彼女の光は新たに飛ぶ空を捜さなければならない今の君には眩しいだろう。だが、見つめ直すには絶好の光源になることもまた確かだ」

 

「はい」

 

「君は今、過去を見ている。原点を探している。だが実のところ、原点などというものはあやふやでもいいのだ。今を原点にしても構わない。要は、何を目指すか。その手段として何に向かうか。それは他ならない君が証明している」

 

 三冠ウマ娘になりたい。

 

 なぜそう思ったかはわからないが、ミホノブルボンは立派にその意志を貫き通している。

 三冠ウマ娘になりたいから、トレーニングをする。皐月賞を目指す。トレーニングをする。日本ダービーを目指す。トレーニングをする。菊花賞を目指す。

 

 ミホノブルボンは何故目指すかを知らなくとも、これまで立派にやってきた。ひたすら真摯に、地獄のようなトレーニングをこなしてきた。身体がちぎれるような緊張を超えて、レースを走ってきた。

 

「マスターは、私が何を目指すべきかを知ってらっしゃいますか?」

 

「ああ」

 

 お前が何を目指すかは、なんとなく予想がつく。

 だが具体的なことは、言わなかった。




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