ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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一ヶ月記念です。記念と言っても特になにかあるわけではないですが、毎回の感想や評価のおかげで毎日投稿を行えました。ありがとうございます。


サイドストーリー:晩夏秋風

 ブルボンロケット事件から十数分後、ミホノブルボンにとっての夏祭りははじまった。

 

「そう言えば、その浴衣はどうした。用意していたのか?」

 

「はい。お父さんに送っていただきました。移動には不向きですが、『場の空気に合った』ものであるかと」

 

「確かに。股の可動域の狭さといい下駄といい、著しく歩行に向いていない格好だが場の空気には合っている」

 

 割と辛辣な物言いである。

 別に怒っているわけではないとはいえ、少なくとも夏祭りで、おめかししてきた少女に対して言うべき言葉ではない。

 

「ブルボン」

 

「はい」

 

 差し出された手を見て、ミホノブルボンは固まった。

 自分の手をごしごしと意味もなく浴衣にこすりつけ、パチパチと目を瞬かせる。

 

 それにつられて尻尾がピーンと立ち、ふちゃりと萎びてブンブンと揺れた。

 

「俺は先程学んだ。お前は時折、著しく知能が落ちると。そして、そんな格好で転びそうになったら危ない。つまり、あらゆる面から見て、今の君は信用できない」

 

「……はい」

 

 それは全く、否定できない。

 差し出された手に申し訳なさそうにおずおずと伸ばされた少女の手を、東条隼瀬は自ら掴んだ。

 

「申し訳なく思わず、これからも好きなように動いて、死ぬほど迷惑をかけろ。意のままに駆けろ。転びそうになった時は俺が支えてやる」

 

 ――――俺はお前のトレーナーだからな

 

 少し目を逸らしながら言う、一番信頼できる人。ずっと側にいてほしい人。

 その人から掴まれた手を握り返して、ぎゅっと掴む。

 

「よろしくお願いします、マスター」

 

「ああ。で、プランは?」

 

「まず主食たる焼きそば、お好み焼き、たこ焼きを食べて腹を満たします。その後はゴミ箱に寄って包装を処分。その後は比較的嵩張らない綿飴、りんご飴。その後は舌をリセットし、くじらのベーコン、あさりのフライ、ピーナッツのソフト――――」

 

「わかった。その都度聴くことにする」

 

 焼きそばは紅しょうがをたっぷりとかけて食べ、お好み焼きは豚バラを3枚。たこ焼きも2箱平らげる。

 

(金をおろしてきて良かった……)

 

 普段の買い物をカードで済ませている弊害、と言うべきだろう。彼はあまり、多くの現金を持ち歩かない。

 だがこういった屋台ではなるべく小銭を用意しなければならない。無論カードなど使えるわけもない。

 

「ブルボン、こっちを向け」

 

「はい」

 

 ソースで汚れた口元を使わなかったお手拭きで拭ってやり、包装やプラのパック共々ゴミ箱に捨てる。

 

「ブルボン――――」

 

 じーっと、ミホノブルボンは何かを見ていた。美しい青色の中に煌めく星をいくつも宿した、宝石のように無機質な瞳。

 

(ぬいぐるみか)

 

 射的である。景品が木の板の上にずらりと並び、それを子供やその親が頑張って狙い撃っている。

 

「お前、ああいうの得意だろう。やったらどうだ」

 

 触れた精密機械を爆弾に変える能力者――――致命的に致命的な静電気をバリバリと出しているだけだが――――である彼女は、その代わりに機械顔負けの精密動作を得意とする。

 家庭科の授業でもいくつかのミシンを破壊した末に手編みでミシン顔負けの精密な縫いっぷりを披露し、課題を見事(ほぼスペックに任せたゴリ押しだが)クリアしていた。

 

 だから彼女は本来、射的やらなにやら、計算しようと思えばできそうなことは得意なのである。

 

「見てください、マスター。恐らくあれは、私が触れたら爆発するたぐいのものです」

 

 指差した先では、力のない子どもたちがやりやすいようにか、結構機械的な――――エア・ガンに近い銃がそれなりの速度でコルクを吐き出している。

 

 ……まあ、機械といえば機械。そう言えなくもない。少なくともバネで動いている従来の簡単な作りのものではない。

 

「……親父さん、一回分お願いします」

 

「あいよ!」

 

 威勢のいい声と共に渡された銃とコルク。

 なるほど、確かに重かった。コルク銃がどれほどの重さかというのは知らないが。

 

「で、どれが欲しいんだ」

 

「上から2番目、左から8番目のぬいぐるみが」

 

 欲しい、ということらしい。

 上から2番目、左から8番目には真っ白なうさぎが堂々と鎮座している。長い耳は左右に垂れ、米のような口はちんまりとしていて服は着ていない。オーソドックスなうさぎ人形。

 

 右隣には度重なる銃撃を受けたらしき現在大人気の二冠ウマ娘の人形が時計を抱え、ニコニコ笑って座っている。そしてこの人形のモデルがこんなにニコニコしないことを、現在いい年こいて射的に挑戦しているこの男ほど知っている人間もいない。

 

(絶対に然るべき場所で買ったほうが早いだろうな)

 

 ――――思っても、口に出さないことは大事だよ。

 

 あまりにも火の球ストレートな物言いにそんな苦言を呈された経験もあって、流石にそんなことは言わなかった。

 

 必要なコルク弾は、3発。それ以上はいらない。

 

 隣の時計持ち二冠ウマ娘ニコニコ人形を狙った流れ弾を受けたのか、白いうさぎの人形は右肩が少しズレている。普通ならば垂直に座らせられているところを、右に斜行して座っている、とでも言うのか。

 

 1発目で、右肩を打った。勢いに押されて少し後ろに沈み、止まる。

 2発目で、左肩を打った。右への斜行が収まり、ギリギリのところで踏みとどまっているような姿勢になる。

 

 3発目は、額を捉えた。指でひょいと押されて倒れるように、白いうさぎ人形が落ちていく。

 

 ついでに残りの弾で右隣の人形も落として、ゲーム終了。それぞれを違う袋に詰めてもらって、振り向く。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます、マスター」

 

 白いうさぎ人形。おそらくはワンコインくらいの、特に上等でもないやつ。

 それを実に嬉しそうに受け取って、ミホノブルボンはぎゅっと袋ごと抱き締めた。

 

「大事にします」

 

「……とっておいてなんだがお前、繊維系のアレルギーはないだろうな」

 

「はい、問題ありません」

 

 そのまま歩き出そうとして、くいくいと袖を引っ張られる。

 振り向いてブンブンと振られている右手を見て、『ああ』と気づいた。

 

「ブルボン、手を前に」

 

「はい」

 

 左手に袋、右手は繋ぐ。

 じゃあ転んだときはどうするんだと思って、東条隼瀬は自分が勝ち取ったぬいぐるみを持っている手の方を見た。

 

 ―――――帰る必要がありそうだ。少なくとも、一旦は

 

 その見解は二人の間でなんとなく一致していたらしい。

 カラコロと、舗装された石造りの道の上を叩く下駄の歯が、軽い音を鳴らす。

 

「このあとはりんご飴と……あとはくじらのベーコンとあさりのフライだったか。くじらのベーコンは人気だから、順番を繰り上げたほうがいいかもしれんな」

 

「マスターは食べないのですか?」

 

「リンゴを食べたよ、俺は」

 

「朝に、それも一個であったと記憶しています」

 

「……人間だからな」

 

 パタパタと尻尾を振ってご機嫌アピールをするブルボンの、リラックスの極みにあった耳が少しへたれた。

 

「マスターは、なにか食べたいものはありますか?」

 

 袋を手首にかけて空いた手で、帯の中に挟んでいた地図を出して器用に片手で広げる。

 よくやるものだと感心している男を他所に、ミホノブルボンは器用に地図を腕に乗せた。

 

「いや、特にはない」

 

「マスター。マスターに健康を管理されている私が言うのもおかしな話ですが、ご飯は食べるべきだと思われます」

 

「君、俺を心配しているのか?」

 

「はい」

 

 いえ、そんなとか言われれば、『そうか』とか言って流せたのだが、ブルボンは基本的にどストレートである。

 そんな駆け引きなど頭にあるわけもなく、頭にあればレースでああも逃げを打たない。

 

「俺は小さな頃ずーっと寝ていたんだ。それでその頃からあまり物を食べなかったもんだから、今でもあまり食わない。だから心配しなくていい」

 

「病気、ですか?」

 

「ああ」

 

「私は病気にかかったことがありません」

 

「そうだろうな……」

 

 ミホノブルボンより速いウマ娘はいる。

 ミホノブルボンよりスタミナのあるウマ娘はいる。

 ミホノブルボンよりパワーのあるウマ娘はいる。

 ミホノブルボンより根性のあるウマ娘もいるかも知れない。

 ミホノブルボンより賢いウマ娘は、勿論いる。

 

 だが、ミホノブルボンはとにかく頑丈なのである。精神にも肉体にも、脅かされざる強靭さがある。

 

「病気は、快癒されたのですか?」

 

「ああ。でなければトレーナーなどできようはずもない」

 

 たぶんああも長期的に病気にならなければ、対人関係の拙さもいくらかマシになっていただろうと思う。というか彼としては、そう思いたい。

 

「俺とルドルフはほぼ同年代と言っていい。歳は俺の方が上だが……どちらもまあ、天才と形容される才幹を持っていた。その2人がなぜ組まなかったか、幼少の頃から面識がなかったかと言えば――――」

 

「マスターがトレーナーになれないほど身体が弱かったから、ですか」

 

「そうだ。シンボリの家には悲願がある。相応の覚悟もある。だがその為に、共生関係にある家の嫡子に『お前の寿命を削って、うちの天才のために才能を傾けろ』と言うことはできなかったのだろう。ルドルフを見ればわかるが、あの家の連中はノリがいいと言うか、優しいからな」

 

 十歳になる頃には快癒したが、遅すぎた。

 いくら才能があっても、幼少から英才教育をしなければ皇帝の杖にはなり得ない。

 ついでに言えば治った頃には、分家にあたる東条ハナのところにルドルフは預けられると決まっていた。だから彼は、フランスの教導院に進んだのだ。

 

 シンボリの家は、悲願の関係もあって国際派だった。海外で勝つには、海外で学ぶ必要があることを知っていた。

 だからそのための知識を付けさせる。その為に派遣されたのが参謀こと、東条隼瀬。

 

 現地のトップチームからの誘いを断って帰国し、教官としてシンボリの家に就職する。

 その筈だったのだが、思ったよりも元気だということでリギルに合流して今に至る。

 ということで、彼が中央トレセンのトレーナー免許をとったのはかなり遅い。フランスでの免許をとってから3年後、21歳の頃である。

 と言っても、充分エリートと呼べる年齢ではあったが。

 

「マスターが対人関係に難を抱えているのは、幼少のみぎりに経験を積む機会を逃したからだったのですね」

 

「……お前、割と直截的に言うじゃないか」

 

「はい。私と同じですから」

 

 同じ、と言うのはわかる。彼女も小さい頃から夢に向かって膨大な基礎訓練を積んでいたばかりに、対人関係の経験を積む機会を逃したからだ。

 だがそれを何故嬉しそうに言うかが、東条隼瀬にはわからない。そう、対人関係の経験を積む機会を逃したから。

 

「……話を戻そうか。で、何が言いたかったかと言えば、だ。俺は小さい頃に食べるということをしていなかったこともあって、もともと少食なのだ。だから心配する必要はない」

 

「はい」

 

 ――――病気は、苦しいことだ

 

 そんなことはぼんやりとわかる。

 驚異的な頑丈さを持つお前に反して母は病弱であったと、ミホノブルボンは父から聴いていたからだ。

 

 だからとても、嫌だと思った。マスターが病気でいてくれて良かったと、そんなことを思った自分が。

 

 マスターが小さな頃から病気でなければ、会えなかった。トレーナーになってもらえなかった。

 そんな事実を突きつけられて、無意識にミホノブルボンは掴んだ手を離すまいと強く握った。

 

 石造りの道が終わり、下駄の歯が砂利を噛み締める。

 

 ――――お前に降りかかった幸運を、当たり前のことだと思わないようにしなさい

 

 父の心からの言葉が改めて身に沁みて、ミホノブルボンはゾッとした。

 幸運だということは、漠然と理解していた。日本ダービーは、最も運のいいウマ娘が勝つ。逆説的な話になるが、ダービーを勝ったのだから、ミホノブルボンは幸運だったということになる。

 

 だが、会えなかった可能性もある。そのとき自分は、どうしていたのか。都合よく夢を理解してくれて、共に歩んでくれる人が出てきたのか。

 

「マスターでも、病気は辛かったのですか」

 

 こいつ、俺のことを機械かなんかだと思ってんのかな。

 そんな思いをササっとしまい込み、彼は顎を下げてため息をついた。

 

「まあな。だが別に、悪いことばかりでもない。良いこともあった」

 

「それは……」

 

「お前に出会えた。心血を注ぎ、全知全能を傾けるに足る至高の素材に。実現不可能な夢を抱き、それを貫徹する意志を持ち、夢に殉じられる強さがある。甘い夢を見ながら、苦難に耐え抜く精神力がある」

 

 氷嚢を挟むように耳がピコピコと動き、聴き逃すまいとしきりに動く。

 打ち上がりはじめた花火が、ミホノブルボンの青色の瞳に様々な光彩を広げていた。

 

「俺には夢が無い。将来の選択肢も無かったようなものだ。別にそこを恨む気はないし、嘆きもしない。何度生まれ変わってもトレーナーを目指すだろうと思う程度には気に入っているし、ひたむきに夢を追うウマ娘たちの助けになれることを誇りに思っている。だがやはり、憧れはある」

 

 それはたぶん、将軍などと呼ばれる男へ抱く感情の内のひとつでもあった。

 茨の道を自ら選択して突き進む。なんの補助もなく、誰の助けも必要とせずに望んだものへと駆けていく。

 

「夢への路を切り開いていく者たちへの、憧れはある。だからルドルフも、あいつも、お前も。無茶な夢を持つバ鹿共を笑う奴らが許せなかった。見返してやろうと思った。それは――――そうだな。ヒーローに憧れる、子供のような感情だ」

 

 繋いだ手が、揺れた腕が、ミホノブルボンの腿に触れた。鍛えて鍛えて、強く柔らかく、靭やかに収斂された脚。

 

「勝てよヒーロー。夢を叶えろ」

 

 ――――マスター。貴方が、私のヒーローです。

 貴方が切り開いてくれたから、道を拓いてくれたから、私は今ここにいます。

 

 貴方が翼になってくれたからこそ、夢の続きを見ることができた。

 貴方が覆いになってくれたからこそ、周りに流されることなくここまでこれた。

 貴方が支えてくれたからこそ、ここまで挫けずに来れた。

 

「勝ちます、マスター」

 

 ――――絶対に

 

 決意を新たに。

 夏が終わり、秋がはじまる。




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