ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:一路京都へ

「……これまた懐かしい夢を」

 

 あくびをして、髪をかきあげる。左腕を空に伸ばして右腕を頭の裏に回し、東条隼瀬は伸びをした。

 

 菊近し、と言うべきだろう。

 夏が終わり、唸りあげるような暑さが去り、そして熱狂の季節がやってきた。秋のGⅠラッシュのはじまりである。

 

 部室に備え付けられた仮眠用のベッドから起き上がってみれば、ミホノブルボンが椅子にちょこんと座って待っている。

 

「……起こしても良かったんだぞ」

 

「マスターがお疲れのようでしたので」

 

 心配の眼差しが、瞬きに閉ざされてまた開く。なんというか随分、最近のブルボンは感情が豊かになってきた。

 

「そうか。まあゴタゴタ言ってる暇もないから、作戦会議をはじめよう」

 

 秋のGⅠ。嚆矢となる中山のスプリンターズステークスではミホノブルボンと同世代のサクラバクシンオーが制覇。

 今年の桜花賞を制したニシノフラワーとの熾烈な同期対決を、サクラバクシンオーは制した。

 

 今年の世代は、短距離が強いと言われていた。サクラバクシンオーとニシノフラワーで双璧、成長次第ではミホノブルボンも含めて三強を形成するだろう、と。

 一方で、こうも言われていた。だが花形である中・長距離の層が薄い、と。

 

 人気で言えば中距離>長距離>>>>>短距離=マイル>>>>ダート。短距離がいくら強いと言われても、たとえ歴代最強クラスになりうる逸材が2人いても、やはり目を引くのは王道の距離を走るウマ娘たち。

 

 中・長距離において世代を代表するとされていたのは、マチカネ家のマチカネタンホイザ、ナリタ家のナリタタイセイ。

 マチカネタンホイザはこれといった長所がないものの高く纏まった王道の好位追走型。ナリタタイセイも再来年にメイクデビューする予定のナリタブライアンの威名に隠れているものの逸材であるとの評価があった。

 

 この二人が、クラシック三冠を分け合うだろう。そんな風聞があったものの、実際は短距離に進むはずだったミホノブルボンが現在二冠を占めている。

 

 ドラフト5位指名された野手に、世代ナンバーワン投手の座を掠めとられた。彼らの陣営が感じている屈辱は、これに近いものがある。

 

 皐月賞のときは、どちらの家も屈辱を感じていた。血筋の大したことない短距離ウマ娘に負けるなど、ありえんと。

 だが日本ダービーでその考えを改めた。認めよう。強い、と。

 

 そして雑草をあそこまで育てられる、レースで勝たせる育成メソッドを持つ東条隼瀬を危険視し、名門の優位性を覆されると思い排除に動いた――――わけではなかった。

 

 むしろ彼らは、こう考えた。

 

 ――――そのメソッドを我らが使えば、もっとURAのレベルは向上する。そうすれば外国にも追いつける。

 

 ルドルフは、日本を席巻した。そして海外遠征を企図したあの時、日本は世界に届いていた。

 だがそれは特異的な――――東条隼瀬の言葉を借りれば天才的な頭のキレ、駆け引きの妙によるものであるらしい。

 

 ならば、ルドルフの強さは遺伝しない可能性が高い。やや足早な思考になるが、それではまずい。ならば、実力を物理的に向上させる手法が要る。

 

 幸いにも東条隼瀬は閉鎖的な人間ではない。全ウマ娘のため、と称して定期的に研究の成果や練習メニューの組み方、体調管理の術などを体系立てて発表している。

 

 ――――何言ってんだこいつ。秘伝は秘匿したほうが自分のためだろうに

 

 今まで大抵がこういう反応ではあったが、その情報管理の緩さに彼らは今更ながら感謝した。

 

 ――――坂路を作ろう。作らないことには話にならない

 

 それらを見てまず、彼らはそう思った。

 

 これは彼の理論が無課金向けと称した課金者向けの攻略動画に近かったからである。

 人権キャラを持っている前提で話が進む。それと同じように、まず坂路がある。そういう前提で話が進む。

 だからまず、人権キャラというべき坂路がいる。そしてその優秀さの解説も、くどいほどにしている。

 

 そうして今まで房総で暴走していたシンボリ家の独占状態であった坂路は各家に輸出された。

 そしてこの夏、各名家――――特に今まで後塵を拝していた関西勢は一気に坂路を導入して特訓の夏を過ごした。

 

 そして殆どの家が、坂路練習の優位性を実体験として経験した。これはすごい。故障しないし、かかる負荷がすごい割に関節に負荷がいかないから体調管理が楽だ、と。

 

「だがそんなものはお遊びのようなものだ」

 

 バッサリと、坂路練習の伝導者はあとに続く者たちのひと夏の苦労を切り捨てた。

 

「坂路とはあくまでも、長期的にやってこそ価値がある。ひと夏でどうこうなるものではない」

 

「つまりマスターはライス以外は相手にならないと思っている、と言うことでしょうか」

 

「そうは言っていない。特にマチカネタンホイザ。あいつは夏、一気に伸びた」

 

 ホワイトボードに付けた写真――――マチカネタンホイザがにぱーっと笑って手を振っているという、月刊トゥインクルのベスト・ショットと呼べる一枚――――をパンパンと指示棒で叩く。

 

「彼女からはマックイーンに近い何かを感じる。クラシック時代のマックイーンは春から夏にかけては故障もあって大したことのないウマ娘だったが、夏から秋にかけて急激に伸びた。所謂夏の上がりウマ娘だと思われる」

 

 次に、と。一拍間をおいて、指示棒が気の強そうな瞳を持つウマ娘の写真を叩いた。

 

「ナリタタイセイ。彼女もまだまだ侮れない。菊花賞のトライアルである京都新聞杯にエントリーしているところを見るに、出てくるだろう。やつには執念がある。根性もある。到底侮れる相手ではない」

 

 その練習のスパルタさもあって、彼は根性論を唱えていると思われがちである。

 だが実のところはフランスで吸収してきた最新情報をもとにした練習メニューを組み、暇さえあれば世界各国の論文に目を通し、これだと思うものは積極的に受け入れるという、生粋の理論派。

 

 だから、『根性だ! 根性が大事だ!』とは言わない。

 ただ実力が拮抗した場合、決めるのは根性であることを知っている。

 

 ――――勝負を最後に決めるのは、執念だ。

 

 勝つために、走る。その裏により質の高い理由を、信念を持った者が勝つ。彼は、そう信じていた。

 

「君は皐月賞に続いて日本ダービーも勝った。枠は優先されるだろうし、賞金額も足りているから間違いなく菊花には出られる。だが今回はその前に、京都新聞杯を走ってもらう」

 

「京都新聞杯……分析完了。菊花賞のトライアルレースですね」

 

 京都新聞杯は芝2200メートル。開催場所は菊花賞と同じ京都レース場。

 夏を超えてからいきなり菊花賞、というのではなく、ワンストップを置く。それは全く以て正しい。

 

 なにせミホノブルボンは5月の日本ダービー以来、レースを走っていないのだ。勘を取り戻すという意味でも、現状の実力を確認するという意味でも、菊花賞に向けてのリハーサルという意味でも、あらゆる意味で京都新聞杯に出走する意味はある。

 

「マスター。やはり菊花賞は厳しいものになると、そうお考えですか?」

 

 だが、ミホノブルボンには自信があった。皐月賞もダービーも、ほぼぶっつけ本番で勝ってきたのだ。

 レースに勝る練習はないという言葉がある。だがミホノブルボンは、レースに勝る練習があることを知っていた。

 

「そう見えるか」

 

「はい」

 

「なら良かった」

 

 ミホノブルボンは、頭にはてなマークを浮かべた。

 マスターの意図するところが、わからない。ただ別に、彼女はわからなくてもいいと思いはじめている。

 

 人には役割というものがあり、何でも自分1人でやろうとしてもうまくいかない。走ることが自分の役目で、走るまでの場を作るのがマスターの役目。ミホノブルボンはそのあたりを、さらりと割り切るのがうまかった。

 

「マスター。なにか気をつけること、作戦などはありますか?」

 

「ぶっちぎってやれ」

 

 それはとても簡単なことだと、ミホノブルボンは思った。

 少なくとも、世代一を決める日本ダービーの最中――――第3コーナーで力を抜いて呼吸を入れるより余程簡単なことは確かだった。

 

 

 ――――ミホノブルボンが京都新聞杯に出る。

 

 

 このニュースは、ミホノブルボンを仮想敵にするあらゆる陣営を驚かせた。

 GⅠにしか出ない。というか、必要最低限のレースにしか出ない。あいつはそう言っていたではないか、と。

 

 この一報を聴いたのか、すぐさま月刊トゥインクルから取材の申込みが入った。

 

「京都新聞杯に出られるということは、必要と感じられたからであろうと思います。その理由を伺ってよろしいでしょうか?」

 

 こいつ、頭いいな。

 相変わらず漠然としていない、いい質問だ。

 

 こっそりとこの乙名史という記者の評価を上げながら、参謀は用意していた答えを言った。

 

「まず、京都レース場に慣らしたいというのがひとつ。ふたつめに、レースの間隔が空きました。試運転が必要だというのもひとつ。そしてみっつめに、夏を超えての実力を実戦で測ってみたいというのがあります」

 

 京都レース場は高速バ場として知られるし、坂も多い。ブランクのある状態でぶっつけ本番で挑むには、なかなかハードルが高い。

 そういうことなのだろうと思いつつ、乙名史記者は質問を新たに組み立てた。

 

「ありがとうございます。では、最近他陣営では菊花賞に向けてミホノブルボン対策が練られていると思われます。レースの予測と、対策の対策をお訊きしてもよろしいでしょうか」

 

「菊花賞はいつになく高速化するでしょう。ブルボンの勝ちがフロックではなく、普通の逃げとは違って直線で速度が落ちることはない。そのあたりに気づいているはずですから、序盤から距離を離されないようにレースを運んで、終盤に差す。これが予測です」

 

 大雑把な予測だったが、記者としてもそうであろうとは思っていた。

 ミホノブルボンが引っ張り、他のウマ娘が追従するいつもの形になるだろう、と。

 

 そしてその形になってからというもの、ミホノブルボンを負かしたウマ娘はいない。故に、更なる高速化が起こるだろうということも理解できた。

 

「ありがとうございます。では、対策は?」

 

「対策は高速化するレースそのものです。菊花賞3000メートルは、他のクラシック級ウマ娘たちにとっても未知の距離。血統的に長距離での活躍が担保されている娘も多いでしょうが、実際走ってみないことにはペースも掴めない」

 

「確かに……」

 

「だからこそ、ブルボンを目印に付いてこようとするでしょう。ですが、付いてこれるなら付いてくればいい。全員潰しきって勝ちますよ」

 

 ダービーでもそうだった。ミホノブルボンは悠然と、本当に何事もないように先頭を走るだけ。それだけなのに、速度に付いてこれない他のウマ娘たちがスタミナを切らして沈んでいく。

 

「まあ兎にも角にも、バ場の確認が第一ですね。多分マスコミさんならわかると思います。ここまで気にする理由が」

 

 乙名史悦子は、少し考えた。

 バ場の具合。報道。これまでのレース。

 

「……こういうことですか」

 

 聞かれていないことを確認して、口に出す。

 頭の回転の速さに感心しながら、参謀は頷いた。

 

「そう。まあ、オフレコで頼むよ。勝ったら載せてくれていい」

 

 この記事が公開されてからの反響は速かった。

 

 つまり京都新聞杯は、ミホノブルボンにとって必要なレースであるということ。

 ここで『やはり3000メートルはスプリンターには無理だな』とのたまうような阿呆はいなかった。今や誰も、ミホノブルボンが3000メートルを走り切ることを――――しかも、上位に食い込むであろうタイムで――――疑っていない。

 

 だが今までトライアルを無視していたのにバ場の確認をするあたり、不安なのか。

 その事実は、各陣営を勢いづかせた。

 

「不安じゃねーよ、あいつ。いつも通りだ」

 

 ただひとつ、ライスシャワーと将軍のコンビを除いては。

 参謀がミホノブルボンをGⅠにしか出さないと言うのならば、12月後半のホープフルステークスに出て、そこから直接皐月賞に出るはずである。なのにわざわざ皐月賞直前にあるスプリングステークスに出した。

 

「つまり、調整のためのレースは必要最低限の中に入るんだよ。今回もそうだ」

 

「お兄さま。ライスも出る?」

 

 ミホノブルボンはホープフルステークスから今まで、全てのレースで既存のレコードを更新してきている。

 

 当然菊花賞でも、レコードの更新が期待されていた。だが、京都新聞杯に出るという。

 連続レコード更新記録という珍妙な記録がかかっているのだ。京都新聞杯への期待は、否が応でも高まっている。

 

「……んーむ」

 

 出るか、出ないか。

 ライスシャワーの前走も、ミホノブルボンと同じく日本ダービー。というかこの二人はレースがバッティングし過ぎて、『ミホノブルボンが出るならライスシャワーも出るだろ』みたいな風潮が出来つつある。

 

 メイクデビューは別として、朝日杯FSとNHK杯以外の全走で激突しているのだ。

 だから実は、ライスシャワーは重賞未勝利である。信じがたいことに。

 

「出る。出るが、仕掛けない。ひたすら『見』に回る。出走する目的はまず、ライス自身が京都に慣れること。そして、ミホノブルボンの動きの癖を見ること。俺も見るが、実際にレースをしている娘からの意見がほしい。やってくれるか?」

 

「うん、お兄さま」

 

 菊花賞で勝つために、今を捨てる。

 こうしてライスシャワー陣営が出走を決意した、その頃。

 

 ――――【皇帝】シンボリルドルフ、秋の天皇賞で復帰か

 

 そんなニュースが、世間を賑わせた。




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