ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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15時にヘッドスライディング


サイドストーリー:前哨戦

 視線を感じる。

 観客席から、他のウマ娘たちから。

 観客席からは声援と、期待。左右に居並ぶウマ娘たちからは、畏怖と闘志。

 

(マスター)

 

 ゲートに入ってアホ毛の指し示す方向に従って客席を見ると、何故か周りがガッツリ空いた席で快適に座っているマスターがいた。

 隣には、なぜかお腹の前に引っ張ってきた尻尾を片手で掴んでいるシンボリルドルフ。手に持つ便箋を鞄にしまったり、取り出して空に翳し、日光に当ててみたりとせわしない。

 

 夢を舗装してくれたヒーローと、夢のその先を行くヒーロー。

 ひとりは相当挙動不審だが、そんな二人が自分を見てくれて、ミホノブルボンは嬉しかった。

 

 ――――システム点検完了。調子、極めて良好と判断。いけます

 

 復活のブルツーが保守点検を終えてあげてきた報告を脳裏から消す。

 

 腕を組んで、目を瞑る。首を左右にゆっくりと振って、ミホノブルボンは静かに構えた。

 

 しみじみと、調子がよかった。1ハロン11秒を切れるかもしれないと思う程に。

 1ハロン10秒台。間違いなくいける。確実に走れる。なにせ、2200メートルなのだ。

 

 ウマ娘にとって、速度への魅力は抗い難いものがある。ピッチャーにとっての球速と同じく、無意識に求めてしまう。最高を目指してしまう。

 

 ――――勝つためには、勝つための最低限の速度があればいい。スパートでむやみに速度を上げれば、身体に負担がかかる。体温の変化が身体を損なうように、な。君は常に平熱で走れ

 

《さあ、菊花賞前哨戦、京都新聞杯! 10人のウマ娘たちが挑みます!》

 

《3番人気は復帰してここまで逃げで4連勝! 4枠4番! キョーエイボーガン!

2番人気は重賞未勝利ながら対ミホノブルボンの急先鋒、1枠1番! ライスシャワー!

一番人気はここまで無敗、二冠ウマ娘! 8枠10番! ミホノブルボォォオン!!》

 

 実況のテンションに釣られるように、京都レース場が凄まじい騒音と熱気に包まれた。

 周囲全方向から放たれる歓声が落ちくぼんで溜まり、出走を今か今かと待つ幾人かのウマ娘の耳を直撃する。

 

 それほどの、大歓声。誰もが、ミホノブルボンの勝ちを望んでいた、そんな中。

 

 

 熱狂を他所に、あくまでも静かにゲートが開いた。

 

 

 逃げウマ娘、キョーエイボーガンは狙ってこの場に参加した。自分のみがきあげた武器が通用するのか、否か。

 彼女も逃げを得意とするだけあって、スタートには自信がある。ミホノブルボンのスタートの巧さを何度も見たし、その上でこのレースに出てきた。

 

(まず、ハナを奪う!)

 

 4枠4番は、8枠10番よりも有利である。

 ダートならばともかく、芝では走るにあたって内側を走る方が圧倒的に楽なのだ。

 なぜならば、外に回れば回るほど、走る距離が大きくなるから。だが何よりも、逃げにとっては4枠と8枠では大きく差がある。

 

 逃げは、単純に先頭を走るだけの戦術だ。

 故にいち早く、もっとも優位に立てる経済的なコース取りをした逃げウマ娘が勝つ。

 

 しかしキョーエイボーガンは、そんな決意に反してやや遅れた。世代最強の――――ともすれば日本最強かもしれない逃げウマ娘と対決することへの緊張が、彼女の身体を強張らせたのである。

 

 一方でミホノブルボンは、緊張とは無縁だった。

 彼女はこれといった指示を下されなければ『指示なしでも勝てる程に強くなった』と安心し、細かい指示を下されれば『この指示をこなせば勝てる』と安心するという――――絶対的な信頼に裏打ちされた、ある種無敵のメンタルを持っている。

 

 3ヶ月のブランクなど感じさせない、リプレイされたかのようないつも通りの完璧なスタートを決めて、ミホノブルボンがあっさりとハナを奪った。

 

(見ると感じるのでは、まるで違う!)

 

 キョーエイボーガンは、ひと目見てわかった。逃げウマ娘だからこそ、あるいはライスシャワーよりもその脅威がわかった。

 

 速い。頭がおかしいレベルのロケットスタート。足首、膝、腰。あらゆる関節の柔軟性を一瞬だけ全開にして、低い姿勢から電撃のようにハナを奪う。

 

 聴いたことのないほどの歓声に怯んでほんの少しだけ出遅れたが、それでも速い。

 ハナを奪ったら即座に、関節の柔軟性を活かすフォームから常と変わらぬ走行姿勢に変化して、ただ淡々と駆けていく。

 

 ――――普通、その柔軟性を捨てることなんてできないだろうが!

 

 後ろを駆けるほとんどのウマ娘が、そう思った。

 ミホノブルボンのフォームは、最も怪我に繋がりやすい関節への負荷を可能な限り軽減させたものである。故にその特異なまでの柔軟性――――参謀のしつこいまでのウォームアップとクールダウンによって後天的に備わったわけだが――――を活かしきれないものとなっている。

 

 その柔軟性だけでスカウトされてもおかしくないほどの武器なのだ。

 関節の柔軟性の代名詞であるトウカイテイオーには大きく劣るが、それでも極めて滑らかで強靱な柔軟性を持っている。

 

 それを、ミホノブルボンはパージした。スペースシャトルが宇宙に上がっていくにつれて余計な部品を棄てていくように。

 

 ハナを奪われれば負けに直結するキョーエイボーガンと、意地を見せたナリタタイセイが上がっていく。不気味に大外に付けるのは、ライスシャワー。

 

「ああ……」

 

 開始して程なく、シンボリルドルフは少し興味を無くしたように呟いた。

 エンジン音を聴いただけでセスナ機なのか、プロペラ機なのか、ジャンボジェットなのか、戦闘機なのか。それが自ずとわかるように、シンボリルドルフには誰が抜きん出ているかわかる。

 

 ――――勝つな、これは

 

 レースは全くなんの危なげもなく、淀みなく進んだ。

 ミホノブルボンはハナを進む。常と変わらぬフォームで脚を動かし、1ハロンを11秒で進む。

 

 後続が追い縋っては疲れて沈み、疲れて沈む。駆け引きそのものを拒否しているような、圧倒的なスペックの差。

 キョーエイボーガンがスタミナを切らして沈み、ナリタタイセイも沈む。

 

 中盤で既に差は開き切り、ミホノブルボンは余裕とばかりに第3コーナーで力を抜いて息を入れる。それくらいの差があった。

 

 唯一ライスシャワーだけが追従する気配を見せず自分のレースに終始。

 その不気味さすら感じさせる冷静さ故に2位に食い込んだものの、ミホノブルボンは結局一度も影すら踏ませなかった。電撃的なスタートでハナに立ち、中盤には既に追従しようとした者全ての心を圧し折り、勝つ。

 

 それはあらゆる逃げウマ娘が夢想する勝ち方だった。見ていた小さなウマ娘たちに逃げへの憧憬を持たせるには、充分過ぎるほどの輝きだった。

 

 逃げ損ねたキョーエイボーガンは9着。距離が離される前に仕掛けたナリタタイセイは10着。

 

 悠々ゴールしたミホノブルボンは事前に鏡の前でインプットしておいた笑顔を再現しながら静かに手を振り、大きく息を吸って吐く。

 観客たちが織りなす三冠コールとブルボンコールが響く中で、シンボリルドルフは呟いた。

 

「実力はもうシニア級だな。それも上位だ」

 

 喧騒の中でも、不思議と彼女の言葉はよく通る。いや、もはや喧騒というよりも熱狂とか狂騒とかが似合うだろう。

 ミホノブルボンというウマ娘がURAによって推されているから、では済まないほどの熱狂。

 

 推されている理由はわかる。URAとしては、新風が欲しいのだ。

 

 名門のウマ娘と寒門のウマ娘の間には、まず環境の差がある。それまで積み上げてきた歴史による差がある。

 

 名門のウマ娘は小さな頃から身体の成長にあった有効な練習を行える。

 名門のウマ娘は、身内に重賞経験者がいる。故に直接、本人の口から経験談や教訓を聴くことによって肉感のある知識を得られる。

 

 積み上げてきた歴史の差は、幼少期から既にその他と比べて大きな差をつけるのだ。

 つまりトレセン学園に入る頃、例え才能が同質同量であったとしても名門と寒門では完成度に差が出ている。

 

 しかもそれだけならばともかく、寒門のウマ娘は正されずに放置された変なクセを持っていることが多い。

 

 つけられた差を埋める。

 クセを矯正する。

 

 寒門のウマ娘と組むトレーナーは、この2つのハンデを乗り越えなければならないのだ。

 

 ここで優秀なトレーナーの身になって考えてみれば、わざわざ寒門のウマ娘を選ぶ必要もない。

 名門のウマ娘は悪いクセがないことが多いし、身内内でのレースで経験を積んでいることが多い。

 更に言えばそこで結果を出して名門の信頼を勝ち取れば、担当していたウマ娘の妹や縁のあるウマ娘をも担当できる。

 

 ブラッドスポーツと呼ばれているトゥインクルシリーズにおいて、このアドバンテージは計り知れない。強いやつの一族は強いと、言い切ってもいいくらいなのだ。

 

 その風潮は無論、声高に喧伝されているわけではない。ただ見ている方もなんとなく、代わり映えのしなさを感じている。

 

 だからこそ、ミホノブルボンは人気なのだ。母はあまり実績のないウマ娘で、父は桜花賞ウマ娘をひとり出したくらいの実績しかないトレーナー。

 そんな寒門のウマ娘が一流の――――少なくとも名門出身であり、父親はトレーナーとしてチームを率い、通算でGⅠを17勝している――――トレーナーに見込まれて夢の舞台へ駆け上がる。

 

 その物語は、弱い者を応援しがちな日本人の性質に噛み合っていた。

 ついでに言えば、適性のなさを努力でなんとかするという成り上がりも、日本人の好みには合う。

 

「まだとっていないのに三冠コールか。呑気なものだ」

 

 自分の担当を、【皇帝】に褒められる。

 並みのトレーナーであれば欣喜雀躍してもおかしくないような状況にあっても、あくまでも参謀はその職名が示す通り冷静だった。

 

「違いない。だが、弾みはついた。そうだろう?」

 

「まあな」

 

 またもブルボンはレコードを出した。2200メートルの新レコードを、だ。

 だが、別にそこは驚くべきところではない。ミホノブルボンには1800-2500メートルまでのすべての距離でレコードを出せる実力がある。

 

「控え室に戻る。手紙のこと、くれぐれも頼むぞ」

 

「ん、ああ。任せてくれ」

 

 そわそわしている皇帝に背を向け、関係者用の通路に入る。

 階段を下って少しすると、近々また見ることになるであろう控え室がズラリと並んでいた。

 

「マスター」

 

 とことことこ、と。後ろからゆるく駆けてきたミホノブルボンは一歩分だけ斜め後ろに付け、パタパタと尻尾を振った。

 

「なにか気づくことはあったか」

 

「走りやすい、と感じました。分析の結果、『バ場が非常に固められている』と推測。普段の京都がどうかはわかりませんが、これまで走ってきたどのバ場よりも固く、芝が手入れされていたことは確かです」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 控え室に戻って早々ミホノブルボンを座らせ、ほんのりと熱くなった脚から熱を引かせながら、丹念に疲れをほぐす。

 

 ミホノブルボンは皐月とダービーをレコード勝ちしている。となれば三冠最後の菊花賞でもレコード勝ちしてほしいと思うのが、URAとしての本音だと思われる。

 なにせそちらの方が、色々と宣伝しやすい。例えば『過去全ての記録を塗り替えた完全三冠』、とでも喧伝すれば、普段はそこまでトゥインクルシリーズに興味のない層もミホノブルボンという怪物の走りを見にくるだろう。

 

 そうすれば収入が増える。そのまま定着してくれれば継続的なコンテンツの発展に繋がる。零細の続く地方トレセンにも予算を回せる。

 

 既に国民的なスポーツであるトゥインクルシリーズは、マルゼンスキー時代→シンボリルドルフとミスターシービー時代→オグリキャップ時代→スペグラエルの黄金世代→トウカイテイオー、マックイーン時代と、立て続けにスターが生まれている。

 

 既存のスターを軽々と超えていくぶっ壊れ共は、いつだって文句を言われつつも歓迎されてきた。

 実際に走っているウマ娘やそのトレーナーとしてはたまったものではないが、いつだってぶっ壊れた力を持つ怪物たちは観客を喜ばせる存在なのだ。

 

 たぶんURAとしては、その後も考えている。新旧無敗の三冠対決という蠱毒の術を。

 だから、ミホノブルボンに負けてほしくない。だからといって贔屓する気もない。だからできることをやる。だからウマ娘たちが走りやすいように、環境を完璧に整える。そんなところだろうと、参謀は考えていた。

 

「マスター。どうかされましたか?」

 

「……いや」

 

 勝ってくれ。多くのひとからそう思われていることは知っている。無論勝つつもりではいる。なによりも、ミホノブルボンの夢のために。

 だが他人がどう思おうが、ターフに立ったウマ娘たちは勝利を求めて駆け抜けるものである。

 

 そう都合良くはいかんだろうよと、東条隼瀬は天井を見た。




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