ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「……これはひどい」
これは戦いではない。一方的な虐殺だ。そんな感想が出てくるほどの圧勝だった。
……いや、違う。そもそも、勝負にすらなっていない。
シニア級。同年代同士で鎬を削るジュニア級とクラシック級を乗り越え、心身ともに鍛えられたウマ娘たちが戦う年齢不問の無差別戦。
ジュニア級とクラシック級では圧勝というのはある。なにせ、同年代しか出てこないのだ。そもそも一流と呼べるウマ娘の総数が限られ、その一流も距離適性によって更に細分化されるから、ライバル不在というのもあるにはある。
ライスシャワー本格化前のブルボンがまさにそうだった。覚醒前のライスシャワーとマチカネタンホイザ、ナリタタイセイでは相手にならなかった。
例えば、皐月賞。圧勝だった。誰も相手にしなかった。する必要もなかった。意識する必要すらなかった。
シンボリルドルフは今、それをやった。
世界でもトップクラスと呼んでいい日本のトゥインクルシリーズの最高峰であるシニア級の最高の舞台、GⅠで。
誰かが言った。
先行・差し。王道の戦いをするウマ娘のための教科書を作りたければ、シンボリルドルフの走行写真を教科書に貼っておけと。
負け筋を減らし、勝ち筋を通す。王道を進み、全く隙のないレース運びで勝ちを当たり前のように持っていく。
――――憎たらしい程の強さ。
その通り。
序盤は前に出て周囲を焦らせ、わざと抜かせてから自ら下がりつつ好位に付け、中盤からペースを上げて終盤一気にハナを奪う。
全く以て面白みのない、しかし優美で芸術的なまでに鮮やかなルドルフ戦法。
『1年という帳を破り皇帝復活! シンボリルドルフ、これで日本の中・長距離GⅠ全制覇! 国内外合わせて11個目の冠を手にしました!』
濃い深緑の軍服の如き勝負服には、胸に3個、ベルトに7個。10個の勲章が誇らしげに踊る。赤いマントを靡かせながら、画面の中の皇帝は改めて1本だけ指を立てた。
凄まじい大歓声の中、彼女は胸元からひとつの勲章を取り出し腰のベルトに自ら付ける。
更に勢いを増した大歓声の中、皇帝はファンの声に応えるように東京レース場を一周し、控室の方に消えていく。
それと同時に、隣で今までパチパチパチパチと完璧なリズムで鳴らされていた拍手が止んだ。
拍手の主は、ミホノブルボン。現在無敗の三冠に最も近い存在である。
『最も強いウマ娘が勝つと言われるレース、菊花賞。ここ京都で、新たな伝説が生まれ――――』
見飽きたCMが流れてきたのを見て、電源を切る。
少なくともこれから相手にする好位追走型、その理想と呼べる走りを見たあとで見たいものではない。
「大丈夫でしたか、マスター」
「……ああ」
レースがはじまる前からなんとなく顔色がよろしくないことを察知していたミホノブルボンは、隣に座っている青年に対してそう問うた。
レース中盤には顔色が戻っていたものの、終盤で再び悪化。今はやや戻りつつあるものの、顔色自体は未だに良いとは言い難い。
「それにしても果てしなく調子がいいな、あいつ。何かあったのか?」
「出発前のルドルフ会長はエアグルーヴ副会長に『調子は最高だ。さぁいこう!』と仰られていました。何があったかはわかりませんが、その言葉に偽りはなかった、ということではないでしょうか」
「…………あいつも可哀想に」
「ルドルフ会長が、ですか?」
いや、と言葉を濁す。
菊花賞の頃のルドルフはそれはそれはかっこよかった。威圧感のある、精悍な風貌。女性に対して使うのはアレだが、性格的にも容姿的にも実にイケメンと言っていい存在だった。
その頃に、シンボリルドルフとエアグルーヴは出会った。かっこいいシンボリルドルフに憧れ、理想に魅せられ、エアグルーヴはルドルフに自分のすべてを捧げることを決めた。それが今ではあのザマである。
――――中央を無礼るなよ
調子は最高だ。さぁいこう!
これ、同一人物の発言である。信じがたいことに。
中身は変わらず――――多分、生まれ落ちたときからあんな感じだったであろうと東条隼瀬は信じている――――立派なままだから特に非難するわけにもいかないが、それにしたって変化がすごい。
「シニア級になれば、私もルドルフ会長と戦うときが来るのでしょうか」
「やりたいのか」
「はい」
やりたくなくとも望まれるだろう戦いである。そして望まれていなくとも、いずれくる戦いでもある。
ブルボンが望んでいるのであれば、それに越したことはない。
最短であればジャパンカップか有馬記念。
故障明けということを考えれば大阪杯か、或いは宝塚記念。そのあたりだろう。
そんなことを、練習を見ながら考えていたことに驚いた。
シンボリルドルフ。11種のGⅠを12勝した永遠なる皇帝。その輝きの影に潜むのが、ライスシャワー。漆黒のステイヤー。やや短めの背丈の中には、いかにもステイヤーといった風な粘りのあるスタミナが隠れている。
(考えたくない、というのが本音なのか)
【将軍】。自分と並び立っていたあの男。
やたら自己評価が過小ですぐ一歩後ろに立とうとするが、やつはウマ娘と信頼関係を築くことにかけては並ぶものがない。
将軍という渾名が示す通り、彼は戦術家である。レース展開を察知し、台風の目を観測し、対処するための手を打つ。
だが実際に実行に移すのはウマ娘たちだ。故に、その戦術を信じてもらわなければはじまらない。戦術を信じてもらうには、やはり当人が信じられなければならない。
だからだよ、と将軍は言う。だが、だからだよで済ませていい才覚ではない。
なによりも信頼を築くことに苦心している自分だからこそ、やつの偉大さがわかる。
そしてその強敵を倒したとしても、夢を叶えたとしても。
夢を叶える。本来は祝福されるべきその瞬間が何をもたらしたのかを、東条隼瀬は知っている。
ミホノブルボンの夢は、クラシック三冠だった。その夢を叶える前から、自分は求めた。次の夢を。
それはきっと、共に夢を駆けたことがあるからだ。駆け抜けて、ゴールテープを切ったことがあるからだ。
夢を果たして後に、それからがあることを知っているからだ。
だから、懸念が抜けない。ミホノブルボンにとって最後のレースが菊花賞になるのではないか、と言う。
夢の終着駅が即ち破滅であったことを、東条隼瀬は知り過ぎるほどに知っている。
怪我をする。
燃え尽きてしまう。
走るのが嫌になる。
走る意味をなくす。
様々あるが、抜け殻のようになったミホノブルボンを見たくはない。申し訳なさそうにする彼女を見たくはない。
物理的な最効率を求めるならば、ミホノブルボンが三冠になった後のことを迷っていたあのときに、すぐさま次の目標を与えればよかった。
例えば、とジャパンカップを目指せという。そうすれば、11月までは駆けられた。
ジャパンカップに負ければ、次の年まで。ジャパンカップに勝ったなら、有馬記念を目指せばいい。逐次目標を与え続ければ、ミホノブルボンは愚直に走ったことだろう。素直に従ったことだろう。
だがそれではだめだと、なんとなく感じた。怖かった。自分の夢を抱き続けて欲しかった。
達成した、という顔をして。本当に綺麗な、透き通ったような笑顔を向けられて。
その笑顔を本当のことにできなかった、その笑顔の裏に不幸が忍び込む余地を与えてしまった自分の未熟さを思い知る。
たぶん、2回目は耐えられない。菊花賞を勝って夢を叶えたら、ミホノブルボンが故障してしまうのではないか、と。
何度も何度も、そんな夢を見た。だから、夢を持つことを求めた。自らの手で、新たな夢を見つけることを強いた。
「マスター」
少し身をかがめて、ミホノブルボンは真っ直ぐこちらを見ていた。
青い、ひたむきな美しい瞳が向いている。
「なにかお悩みですか?」
「悩み。悩みではない。ただ少し、菊花賞を迎えるのが怖い。そういう話だ」
「夢の終わりを迎えるのが、ですか」
ちょこんと、ミホノブルボンはベンチに座った。近頃様々なウマ娘たちに踏みつけられ、賑やかになった坂路の中でも、このベンチだけは奇妙な静寂を保っている。
「菊花賞で勝っても敗けても、君の夢は終わる。良い形であるか、悪い形であるか。どちらの目が出ても、終わりは終わりだ。それが少し寂しくなった。そういうことだ」
「マスターもですか」
「お前もか」
「はい。13年間、追い続けてきた夢ですから」
少し微笑みながら、胸元に重ね合わせた両手を当てる。
そこで何かに気づいたのか、ミホノブルボンはパチリと青い瞳を瞬かせた。
「お父さんと13年間。マスターと2年間。ルドルフ会長と3ヶ月。他にも多くの方に、私の夢は支えられています」
後輩から色紙や靴にサインを求められました。
変な方からオムライスへのサインを求められました。
街で応援をいただきました。
――――よかったな。
――――そいつと関わるのはやめておけ。
――――ちゃんとお礼を言っておけよ。
ミホノブルボンは、時折そんなことを報告をしてくる。彼女宛てに送られてくるファンレターにも一応目を通しているから、彼としても実感している。ミホノブルボンは応援されている、ということを。
「私は幸せ者です。お父さんに背中を押していただきました。マスターに導いていただきました。ルドルフ会長に、夢を肯定していただきました。今もきっと、多くの方に応援されています。ですが誰しもがこうなれないことを、知っています」
ミホノブルボンは、恵まれている自分を見つけた。奇しくも、いつかのシンボリルドルフがそうであったように。
だから『切り開く者』になると決めた。夢を諦めざるを得ない人間の、夢を諦めかけている人間の偶像になる。道を拓くと。奇しくも、いつかのシンボリルドルフがそうであったように。
「マスターは全力を尽くしてくださいました。私もまた全力を尽くしています。その結果で負けても仕方がないと思えるほどに。ですがマスターは多分そう考えないであろうと、私は思います。競技者と指導者では考え方が違うことを、私はお父さんを見て知っています。一応、理解できているつもりです」
ミホノブルボンは、東条隼瀬をまっすぐ見た。
今まで一度たりとも間違えていないトレーナーではなく、自分を導いてくれるマスターでもない、ただの東条隼瀬を見た。
「……ああ。そうだな。俺は思うだろう。あのときもっと何かやれたのではないか、と。俺ではない誰かならもっとうまくやれたのではないか、と」
「私は、そうは思いません」
少し言葉を選ぶように俯いてから、彼女は再び凪いだ湖水のような瞳で向き直った。
「あのとき、もし。そう考えるのはトレーナーのサガです。否定するわけではありません。ですが私は、例えば菊花賞で負けても、やり直したいとは思いません」
たどたどしく。少しずつ言葉を紡いでいくようなゆっくりさ。
「たとえ負けたとしても、私のマスターはそのとき共に負けを経験したマスターです。私が求めているのは、無敵のマスターではなく、間違えない導き手ではなく、あのときに――――私が夢を諦めなければならないかもしれないと思ったあのときに、手を差し伸べてくださったマスターです」
絶対的な信頼を置く相手に自分の言葉がちゃんと届くように。すれ違いが、誤解が発生しないように。
「だから、私は判断ミスをしたとしても責めません。トレーナーとウマ娘は、ミスを補い合うものです。私たちは喜びも、悲しみも、栄光も、凋落も、共に分かち合うパートナーです。なのでご自分を責められるときは、ご自分を責められるのと同じように、私を責めてください」
少しずつ、しかし確かに、自分の意志を紡いでいく。
それはたぶん、出会ったときには考えられないようなことだった。たったひとつの夢を抱き、他者のオーダーを受けるだけのミホノブルボンでは考えられないことだった。
「――――たとえミスをしても、なにをしても。私は、あの日手を差し伸べてくれた、貴方と夢を駆けたいと思っています。だから、手放さないでください。どこにもいかないでください」
あの、ミホノブルボンが。
パタパタと揺れる尻尾とへたりと不安げに垂れる耳に目をやって、赤みがかった栗毛に手を乗せる。
最初は、ただ信じて従うだけの子だった。
それが自分で色々考えるようになり、求められて自ら目標を描いた。
そして今、意志を出した。求められたからではなく、自分から。
「……成長したな」
「? はい。身長は3.2センチ伸びました」
そういうことではない。
だがまあ、そこはそのままでもいい。
目を閉じて気持ち良さそうにするブルボンの頭を、頑張ってフリスビーをとってきたわんこを褒めるような感覚で撫でながら東条隼瀬は笑った。
因みに原作(史実)のミホノブルボンは菊花賞のあと、ジャパンカップに向けての調整中に故障。
次の年のダービー前日には自分を育て上げた調教師を病気で失い、それに伴い厩舎を移籍。復帰に向けて何年もの間リハビリを重ねますが、結局叶わず引退しています。
やっぱり神ってゲイのサディストだわ(忍殺)
123G兄貴、白河仁兄貴、天須兄貴、迫る影兄貴、葵い兄貴、咲さん兄貴、ユーギ兄貴、初見兄貴、必勝刃鬼兄貴、七七七七兄貴、ガンバスター兄貴、mtys1104兄貴、tamatuka兄貴、FROSTY=BLAKK兄貴、レンタカー兄貴、レイヴン兄貴、相対的貧困兄貴、ブブゼラ兄貴、光に目を灼かれたペニーワイズ兄貴、はやみんみん兄貴、槍持兄貴、曼陀羅兄貴、zenra兄貴、tukue兄貴、通りすがり兄貴、超兄貴、化猫屋敷兄貴、fumo666兄貴、志之司琳兄貴、五穀米兎兄貴、夕莉兄貴、RS隊員ジョニー兄貴、書記長は同志兄貴、ガトリング・ゴードン兄貴、鋼月兄貴、サガリギミー兄貴、Carudera兄貴、spare9兄貴、星ノ瀬竜牙兄貴、ライセン兄貴、立花ちーふ兄貴、noxlight兄貴、終焉を齎す王兄貴姉貴、raglaner兄貴、ハガネ黒鉄兄貴、バナナバー兄貴、ESAS兄貴、主犯兄貴、何足道兄貴、消波根固塊兄貴、感想ありがとナス!
初楼兄貴、yucris兄貴、エスパーダ兄貴、kotokoto13兄貴、tora兄貴、shinon2200兄貴、kanna_k兄貴、評価ありがとナス!