ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
ざわっ、と。
明らかにこれまでとは違うレース展開に、観客がざわめいた。
《先頭はキョーエイボーガン! 先頭はなんとキョーエイボーガン! 全力全開で突き進みます!》
開始と同時に、スタートダッシュの域を超えたブーストでミホノブルボンと並び、キョーエイボーガンはちらりと外枠を見た。
彼女の外枠には、ミホノブルボンが居る。全力でスパートをかけてもなお追い縋ってくるミホノブルボンに恐怖を感じたのか、更に加速して一気に斜行。ギリギリを攻めてハナと内を奪い、経済コースを突き進む。
これに対してミホノブルボンはなんの感情も見せず、キョーエイボーガンの後ろについた。
波乱が起きた。このことに対して驚く者もいれば、顔を歪める者もいる。そして、予測していた者もいる。
その反面、喜ぶ者もいた。将軍である。
ライスシャワーの中のミホノブルボンは、常にハナを走っているウマ娘だった。誰にも追いつかれない、無敗無敵のウマ娘だった。
それが今、初めて崩された。その波乱を感じ、ライスシャワーは客席に掛ける将軍を見た。
(ライス)
(うん)
身体を低くし、軽いスパート体勢に入って一気に先頭集団へと駆けていく。
《ライスシャワー動いた! ライスシャワーも早々に仕掛けた!》
ライスシャワーも、キョーエイボーガンに釣られたのか。
そんな空気に牽引されるように、好位につけようとする中群が一気に上がっていく。
――――殺人的なハイペース。
後にそう呼ばれる菊花賞は、静けさと無縁の喧騒を纏って幕を開けた。
先頭、キョーエイボーガン。その後ろ、少し離れてミホノブルボン。その斜め後ろにライスシャワー。その後ろに、15人のウマ娘たちが続く。
菊花賞は向正面、第3コーナーを前にしてスタートする3000メートルを走るレースである。
出発して即座に高低差4.3メートルにもなる淀の坂にぶち当たり、スタート直後に坂を登ることを要求される。キョーエイボーガンは、登り坂に向かって全速力で突っ込むという、坂路に慣れきったミホノブルボンでも中々やらないような道を選択した。
《ライスシャワー、ミホノブルボンの外、斜め後ろを維持! 風を避けなくていいのか! あるいは自分を見せるためか、他に目的があるのか! 不気味にマークしています!》
そもそも後ろにつけるのは、風の抵抗を避けるためである。だから、ミホノブルボンはキョーエイボーガンの後ろにつけている。
ではライスシャワーは、何故ミホノブルボンの後ろにつけなかったのか。
それはそもそも、目的が違ったからである。
将軍は、キョーエイボーガンの狂奔を歓迎した。キョーエイボーガンを天井にして、ミホノブルボンを内に押し込んでライスシャワーで蓋をする。
キョーエイボーガンが仕掛けた理由はわかる。逃げウマ娘同士の戦いは、能力が高い者が勝つ。あらゆる面で、ミホノブルボンはキョーエイボーガンに優越している。だから普通に100回走ったら、ミホノブルボンが100回勝つ。
だが、最初から全力で走ってそれを維持する破滅じみた戦法であれば、勝てる可能性がある。99%負けるが、1%の可能性がある。
だから、キョーエイボーガンはその1%に賭けた。
その気持ちは、痛いほどわかる。
わかった上で、将軍はその限界を悟っていた。スタミナが足りない。圧倒的に足りない。
最近同じような戦法を得意とする(というか、それしかできない)ツインターボが校内の模擬レースで最初から最後まで全力のまま1200メートルを走り切ったが、菊花賞は3000メートル。2倍以上の開きがあるのだ。
だからどこかで、スタミナが切れて垂れてくる。垂れて、ミホノブルボンのラップ走法を阻害する壁になる。
その壁を、ミホノブルボンは外に出て躱そうとするだろう。躱してハナを奪い返し、変わらず時を刻み続ける。だからこそ、ライスシャワーは上がってきた。
常に斜め後ろに位置し、ミホノブルボンが外に出ようとする進路を塞ぐようにプレッシャーをかけ続ける。
それが、将軍が即興で組み立てた檻。
垂れてきたな。じゃあ抜くか。
言葉にすれば簡単だが、誰しもができることではない。機を窺う卓越した眼とレースセンスが必要である。
だが参謀は、ミホノブルボンならばできるだろうと思っていた。
将軍もライスシャワーも、そう思っていた。
キョーエイボーガンがほんの少し外へ膨らみながら第3コーナーを曲がり切り、第4コーナーの下り坂へと駆けていく。
それに比して完璧なハンドリングで無駄なく曲がりきったミホノブルボンは、視線をチラリと大外方向へ向けた。
――――君の負け筋はふたつある。しかし、敗因は同じだ。それは、ラップ走法を捨てること
マスターは、言った。
負け筋は、ミホノブルボンがミホノブルボンたる所以を捨てるところにあると。
捨てるか、捨てざるを得ないか。
どちらにしても、そうなれば負ける。
――――京都新聞杯でキョーエイボーガンはわかったはずだ。まともにやったら勝てないと。なら、そのまま挑むか。そうではない。なら、まともではない方法で来る
それが、今。破滅的な逃げ。最初から最後まで全力、100の内120を出してミホノブルボンとの間にある隔絶した実力差を埋める。
――――九割九分九厘、キョーエイボーガンはスタミナが尽きる。力を使い果たして垂れてくる。それが予測できた上で君の取れる選択肢は2つ。キョーエイボーガンの後ろにつくか、つかないか
つけば、スタミナの消耗を抑えられる。
つかなければ、選択の幅を増やせる。
――――菊花賞3000メートルを走るにあたって、スタミナを温存するに越したことはない。今回は最も内側、経済コースを走るであろうキョーエイボーガンの後ろに付き、防風壁にして走る。これは春天への布石でもある
となると、展開はどうなるか。
キョーエイボーガンが垂れてきて、外から抜こうとすればすかさず前に進出してきて進路を狭め、塞ぐ。ライスシャワーの意図を、トレーナーはそう予測した。
――――おそらく、そこで初めてあいつは安心する。どうしようもない猛獣を倒すには檻に入れるしか無いことを、あいつは身を以て知っているはずだ。キョーエイボーガンというウマ娘が巻き起こしたハプニングを味方にしたことに、できたことに、安堵する
そこまで聴いて、ミホノブルボンは思った。
言っていることはわかる。未来予知じみているが、少しずつ今ある情報、作り上げてきた状況を積み重ねて得た台座に立って遠視しているに過ぎないからだ。
それが誰にでもできるか。
そう言われればそうではないが。
――――君は今思っているな。予測できていても、キョーエイボーガンをどうするのか、と。垂れてきたキョーエイボーガンは、無論君のペースに付いていけない。となれば外から抜きに行く必要があるわけだが、ライスシャワーの牽制とブロックで抜けない。つまり、ラップ走法が使えなくなる、と
1ハロンを何秒でではなく、疲れて垂れてきたキョーエイボーガンに合わせて走らなければならない。
そうなれば、ライスシャワーと将軍の思う壺である。
――――その通りだ。たぶん将軍は、中段に位置するウマ娘たちが上がってくるまで疲弊したキョーエイボーガンに合わせたスローペースでライスシャワーを走らせる。
そして終盤、まくって上がってくる中段の群れ……たぶんマチカネタンホイザが率いる形になると思うが、それに君とキョーエイボーガンに突っ込ませ、自分の代わりの蓋を任せてハナに立つ。そんなところだろう
(たぶん、そうなります。マスター)
ライスシャワーの目線が、ちらりと後ろを向いている。今まで自分のことしか――――ミホノブルボンしか見てこなかったライスシャワーの眼が。
つまりそれは後ろに目的があるということ。
ライスシャワーは、これと決めて腹を括る。つまりミホノブルボンを追うことしか考えていないならば、こういう動作は取らない。
――――では、どうするか。無論、策はある。だが、使うタイミングは最終的に君に任せる。流石にどこで仕掛けるのが適切かまでは、俺にはわからないからな。
ただ俺は、坂後のコーナーが狙い目だと思う。
(マスター)
徐々に、キョーエイボーガンとの差は縮まってきている。
全力というものは初っ端から出していいものでもなければ、坂を登るときに出していいものでもない。脚に負担がかかり、負担をカバーするために上体が理想から少しずつズレていく。それでも前に、前に行こうとするからフォームの地軸そのものがズレる。
――――無理なく抜かせる
ミホノブルボンは、彼女のマスターの如き冷徹さでキョーエイボーガンのがんばりを見ていた。
《さあ、淀の坂を超えてコーナーに入ります! その殺人的なハイペースに流されず、減速しつつうまく曲がることができるか!?》
まず3人が、坂を下る。少し遅れて、15人が続いた。
体勢を思い切り低く保ったキョーエイボーガンはノンストップノンブレーキで、淀の坂を駆け下っていく。
下って、そのままコーナーに差し掛かった。
速度とは、諸刃の剣である。当然ながら速度があればあるほどコースを速く駆けられる。だがその一方で、コーナーを曲がることが難しくなる。
キョーエイボーガンは、そこのところを理解していた。だからコーナーを曲がるための練習を特にした。
淀の坂の下りでは、速度を緩めることが鉄則である。常識である。
なぜならば、コーナーを曲がり切れないから。慣性の法則とやらが悪さをして、大外に膨らんでしまうから。
――――ミホノブルボンが常識など知らないなら、私も知らない!
そんな決意で、キョーエイボーガンは無理矢理に速度を維持したままコーナーを曲がった。
やや横に膨らみながらも、曲がり切った。
そんな彼女の右側を、何かが通った。
《さあ曲がった! 曲がれた! 変わらず先頭はミホノブルボ――――えっ?》
常に話していなければならない実況の脳の動きが停止した。目の前の景色を理解する、そのためだけに。
《ミホノブルボン!?》
そのウマ娘は重力を無視したようなバランス感覚で、キョーエイボーガンが速度を維持したままに曲がったが故にできた膨らみと内柵の間を縫うように駆ける。
最効率の、最短距離。一歩でも間違えれば危険行為と判断されて失格・降着になるかもしれない狂気のハンドリング、コーナーでの加速。
《か、変わりました! 先頭が変わりました! キョーエイボーガンではありません! 先頭はミホノブルボン! コーナーで加速してワープしてきましたミホノブルボン! ハナに返り咲いたのはミホノブルボンです!》
――――お前を超える速度を遮二無二に出すキョーエイボーガンは、コーナーを曲がるのをしくじる。少なくとも、大きく膨らむだろう。その内を突け。そうすれば、外のライスシャワーを気にする必要はない
ライスシャワーの位置ではあくまでも、外からの追い抜きを牽制できるだけ。
ではなぜ、それを許したのか。将軍ともあろうものが、その可能性を無視したのか。
その理由は、『どちらかの対策しかできないから』これに尽きる。
これは内を走るウマ娘の、その更に内から抜き去るようなことは、普通起こらない。故にその可能性は捨て、外からの抜き去りを警戒する。その選択肢しかなかった。
だから将軍にとって、内をブチ抜いてミホノブルボンが進出してくるのは全くの想定外。そして、想定してもどうにもならないことだったのである。
しかし、誤算は起こった。
ここまでの図面を正確に書いた男の想定より遥かに、キョーエイボーガンはうまくやったのだ。会心の走りで曲がり切った。
膨らんだが、ギリギリ。なんの無駄もなくコーナーを曲がり切れば、差せる。コースの最内とキョーエイボーガンとの間には、その程度の間隙しか空かなかった。
だがその会心を超える実力を、ミホノブルボンは示した。
――――曲がれる
これまで、坂路を走ってきたから。
マスターが、曲がれると言ったから。
今ここを走るのは、夢を叶えられる自分だから。
ミホノブルボンは、仕掛けられると確信した。
参謀は、仕掛けるなら次のコーナーだなと思った。
ライスシャワーは、嫌な予感がして将軍の方を向いた。
将軍は、絶対に仕掛けてくるであろうことを直前に察知した。
シンボリルドルフは走るミホノブルボンの意図を汲み取り、成功するだろうと頷いた。
そして、ミホノブルボンは成功させた。
参謀は仕掛けるミホノブルボンを見て危うさを感じたものの、何もできないし何もする気がないので脚組んで腕組んで座っている。
――――自分の現場における判断は、一流のそれと比べて半歩遅い
そして、超一流と比べれば一歩遅い。だから予測するだけしたあとは現場に任せて何もしないという、ある意味清々しい割り切りだった。
(いつ! どこから!?)
キョーエイボーガンにとっては、時を止められたような衝撃だった。時を止めて、止めた時の中をミホノブルボンだけが動けた。
前だけを見ていたキョーエイボーガンにとって、一瞬でミホノブルボンが前に――――それも封じていたはずの内枠から出てきたのは、それくらいの衝撃だった。
《ミホノブルボン! 第4コーナーを抜けて、遂にハナに立ちました! やはり彼女は、先頭を駆けるのが似合います!》
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