ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

39 / 208
サイドストーリー:どこからでも

 キョーエイボーガンとの攻防を制し、ミホノブルボンはいの一番にスタンド正面に差し掛かる。

 そんな彼女を横殴りの雨のような大歓声が叩いた。

 

 がんばれ、と。

 勝ってくれ、と。

 

 言葉の体をなしている言葉は勿論、言葉にもならない言葉、熱、語気。それら全てが、上昇気流の如く背中を押す。

 

 まだ速くなれる。もっと頑張れる。

 

 そんな気分になる。なってしまう。

 だがそうなることが自分の敗北に繋がると、ミホノブルボンは知っていた。

 

 ――――ルドルフですらかかり掛けた。あいつは菊花賞でここを通るとき、ギリギリとはいえ最後尾だったからな。頑張ってくれと言われて、頑張りかけた。だから、気を引き締めろ。声援に応えることは、目の前で全力を出すことではない

 

 

 勝つことだ。

 

 

(謝罪します。貴方たちの期待には、今は応えられません)

 

 ――――ただ、いずれ応えます。このレースが終わる、その時には。

 

 ブルボンがんばれー!、と。小さな身体で目一杯息を吸って声を上げる小さなウマ娘を視界の端に捉えながら、ミホノブルボンはスタンド正面を駆け抜けた。

 

《ウマ娘たちが大歓声を受け、正面スタンド前を駆け抜けます。先頭はミホノブルボン。続いてキョーエイボーガン、ライスシャワー》

 

 栗毛の超特急が駆け抜けたすぐ後にキョーエイボーガンが続き、その内側を漆黒の髪を靡かせた刺客が続く。

 

 キョーエイボーガンは、未だ全力を出せている。彼女にとっての100%を出している。

 

 この事実こそが何よりも雄弁に彼女の努力を、そして彼女がミホノブルボンに勝つつもりであったことを語っていた。

 

 120%を出せたからこそ、ミホノブルボンの前を行けた。110%でも、差を維持することはできた。

 だが彼女の100%よりも、ミホノブルボンの80%の方が速かった。

 

 コーナーをぶち抜かれ、靴を並べて走っていたのは一瞬だけ。

 ミホノブルボンの方が速い。ミホノブルボンの方が内側にいる。

 

 速度差と地形の有利さで、キョーエイボーガンは徐々に離されていた。

 ミホノブルボンは、徐々に外へ外へと押し込んでくる。キョーエイボーガンには、その追い出しに抵抗する力がない。

 

《キョーエイボーガン、徐々に離されていきます。しかしそれなりのペースです!》

 

 実況の言うよりも遥かに、キョーエイボーガンはハイペースを維持できていた。なにせ、ミホノブルボンを射程に捉え続けようとしているライスシャワーに抜かれていないのである。

 だがその速度を、キョーエイボーガンは利用された。

 

 ――――キョーエイボーガンの内から抜いたら横に押し出して、ライスシャワーの蓋にしてやれ

 

 たぶんやる前に気づかれるだろうが、それでも成果はある。

 外に若干押し出すように走りつつ、ミホノブルボンは視線を後ろに走らせた。

 

 ライスシャワーはいない。

 

 ――――居たら、大外からの追い抜きを強いることができる。居なかったら、君の後ろにいる。大した意味はないが、牢屋番が牢屋にぶち込まれるわけだ。これはなかなかに頭にくるだろう

 

 まだ、参謀の参謀たる由縁は発揮されていた。

 

《ライスシャワー! ミホノブルボンの後ろにつけました。かつてライスシャワーが居た位置にはキョーエイボーガン、かつてのキョーエイボーガンの位置にはミホノブルボン! ひっくり返った形になります!》

 

 ミホノブルボンに蓋をしていたライスシャワーは、気づけばミホノブルボンに蓋をされている。

 

 と言っても、ミホノブルボンが垂れてくることはない。即ち、大して意味のない檻。

 だが、圧迫感はある。そして、大外へ打って出る選択肢を潰せる。それだけでも、これからの予想がしやすくなる。

 

 深く考えることを全て信頼するマスターに任せたミホノブルボンは、見慣れた景色のその先を見ていた。

 

《さあ、全体が縦に伸び切りながらも一周目の直線に入ります! ミホノブルボンはどう動くか! ライスシャワーはいつ仕掛けるのか!》

 

 

 ――――正直、あとは流れで押し切れる。何故ならば、駆け引きする気のない相手と駆け引きをするには、複数人のウマ娘が必要だからだ

 

 

 駆け引きする気のない相手は、あらゆる誘いを無視する帰宅部のようにゴールに向かって突っ込んでいく。何をしようが関係なく、前に突き進む。

 そういう手合を駆け引きに引きずり込むには、駆け引きせざるを得ない状況に引き込むしかない。

 

 この場合、キョーエイボーガンがその状況を生み出した。机と椅子、駆け引きのためのカードを作り出した。

 そしてライスシャワーとミホノブルボンは、机を挟んでカードを並べるところまで来たのだ。

 

 さあ、駆け引きだ。戦術だ。遅延して、盾を割って、少しずつ削ってとどめを刺すぞ。

 ライスシャワー側がそう思っていたところに、ミホノブルボン側は言った。

 

『私はこれから、2ターン連続で動きます。この2ターンで決められなかったら私の負けでいいです』

 

 そんなルールはないよ。

 

 そう言う前に2ターン連続で動かれ、駆け引きするための場は吹っ飛んだ。それが、今である。ついでにライスシャワーは、簡易の檻にぶち込まれている。

 

 

 ――――だがまあ、あいつのことだからな。そう簡単に諦めないであろうと思われる。ライスシャワーは本来、単純な力比べでも君と互角にやれるから……適当にやれ。仕掛けてきたら、教えておいた対策を必要に応じて思い出せ

 

 

 そんな前途洋々に突き進むミホノブルボンを他所に、将軍は半ば呆れていた。

 

(暴力だな、こりゃ……)

 

 ミホノブルボンの強さの根っこにあるのは、それだ。ミホノブルボン本人の単純な気質と、効率厨と最強厨の悪魔合体、単純化厨と呼べる参謀の気質が絶妙に噛み合ったがゆえの単純な暴威。

 

 暴力的な速度を暴力的な力で御し、暴力的な持久力で保たせる。それだけ。それだけだからこそ、恐ろしい。

 

 ――――俺はあの子に、ウマ娘としての理想を見た。どんな策も、駆け引きも、最短距離で噛み砕く。あれが、あれこそが、競走者としての到達点なのだ

 

 参謀がはじめて生で見たウマ娘。シンボリの家にいたらしい、才能と力の化身。呼吸するハリケーン。

 熱く語る当人も名前すら、今どこで何をしているかも知らないらしい、シンボリルドルフに伍する才能を持っていたであろう怪物。

 

 ――――汝、暴君の猛威を見よ。

 

 参謀の理想となったその娘を例えるならばそんな感じか。多少美化されているとは思うが、誇張したり嘘をついたりするやつではない。

 

 あんまりにも強いその娘に理想を見て理想とする偶像が――――スペックゴリ押し厨という意味で――――変な方向に曲がり。

 あんまりにも賢いルドルフを見てトレーナーとしての役割認識が――――指導・事前予測特化という――――変な方向に曲がる。

 

 シンボリの家のウマ娘たちこそが、あいつをこんな怪物に仕立て上げたのだ。

 

 将軍は、切に思う。おかげでとんでもないやつが生まれたぞ、と。

 しかし、嘆いてばかりもいられない。

 

(まだ手はある)

 

 ただそれは、なるべくならば切りたくない手でもある。

 

《1バ身、2バ身、3バ身! ミホノブルボン、どんどんと差を広げていく! 先頭はミホノブルボン、続いて差が開いてライスシャワー。その後ろ、キョーエイボーガン。キョーエイボーガンのすぐ後ろに、8人からなる集団が続きます》

 

 スペックでは他を圧倒しているミホノブルボンが、地力の差を見せて京都レース場の直線を駆けていた。

 

 誰も相手にしない彼女の走りは、まさに圧倒の二文字が似合う。

 後にピッタリと付くライスシャワーを抜かして中段のバ群から仕掛けてくるウマ娘も居るには居たが、視線を向けられず、相手にもされずに振り切られていく。

 

 ――――せめて付いていかなければ

 

 そんな思考が、マチカネタンホイザら中段のウマ娘たちの頭にはある。

 

 二度目の坂を超えて最後の直線、約400メートル。ここで差し切るしか勝ち目がないことを、彼女たちは知っている。

 だが、ミホノブルボンが刻む高速のラップ走法はレースを大気圏外にまで押し上げていた。

 

 並のウマ娘であれば窒息してしまう程のハイペースに付いていけば、菊花への切符を掴んだ選ばれしウマ娘である彼女らでも潰れてしまう。

 だが自分のペースを守るだけというのも、いけない。たった400メートルでは差し切れない程の物理的な距離を空けられてしまう。

 

「……例年の菊花賞より3秒は速いぞ、これ」

 

 そんな中で誰かが、そう言った。ストップウォッチを持っているあたり、熱心なファンなのだろう。

 

 だがその熱心なファンが感じることは当然、走っているウマ娘たちはわかっていた。

 3000メートル。クラシック級ウマ娘たちにとっては未知の距離。ライスシャワーなど明らかに長距離適性のあるウマ娘――――ステイヤーたちもこのレースに参戦してはいるが、それでも3000メートルのレースを走ったことがある者は居ない。

 

 ただでさえ未知の距離でペース配分がわからないのに、高低差のある地形が彼女らの思考能力を削いだ。

 平面だけが続くレースならば、計算もできる。だが、坂を2度超えるような経験も彼女らにはないのだ。

 

 ――――このペースはおかしい

 

 そう。それはあっていた。間違いなく、ミホノブルボン以外の全員がこのハイ・ペースのおかしさを認識していた。

 いずれどこかで減速すると思っていた。

 

 ――――まさか、普通の逃げに戻る気なのかな

 

 そんな思考も、走るウマ娘たちの一部にはある。

 体力をギリギリ残して坂を下って、あとは勢い任せでヘロヘロになりながらゴールする。本来の逃げウマ娘の姿に戻る気なのか、と。

 

 だが、そうではないと考えるウマ娘も居た。彼女らは高速道路に合流しようとする素人のように早めに仕掛け、見事に失敗してペースを乱され、後方に沈んでいく。

 

 ただ悠然と走っている。それだけなのに、他のウマ娘たちが次々に仕掛けを誤ったりついていけなくなって潰れていく。

 

 その中で平然と――――徐々に差を広げられてはいるが――――ミホノブルボンを自分が差し切れるであろう射程距離に入れ続けながら走っているライスシャワーというウマ娘の異常さに、今のところ誰も気づいていない。

 

 どこで息を入れるか、どこで急ぐか。

 ミホノブルボンが平熱の走りをしているならば、ライスシャワーは緩急を入れた走りでなんとかぶっちぎられるのを防いでいた。

 

 ただ、差は広がっている。当初はミホノブルボンを風除けにすることで防いでいた余計な体力の消耗を、今のライスシャワーは防げていない。

 ただここで無理に差を詰めれば、風を受ける以上の体力を消耗することになる。

 

 

 今はギリギリまで耐える。

 

 

 動かないことこそ、将軍のとった戦術だった。

 

 思うがままの単騎行を楽しむミホノブルボンは、ちらりと再び振り返る。

 この振り返りの多さこそが彼女が如何にこのレースにかけているか、ライスシャワーを警戒しているかの証左であろう。なにせ日本ダービーまで、彼女は後ろを気にしたことがなかったのだ。

 

 

 ――――動かない。そう判断して余裕をこくのはよろしくない。だが、動かない場合は仕掛け時を探っている。あるいは、決めてある【その時】を待っている

 

 たぶんそこは、坂だ。

 淀の坂。本日二度目、計三度目になる高低差4メートルの長大な坂。

 

 そこで来る。

 ミホノブルボンは、背中に突き刺さる茨のような視線を感じながら、己に課したペースを守る。

 スタートした地点を眼の前にしてもう一度ライスシャワーの方を見て、その眼に宿った光を見て、ミホノブルボンは無意識の中で少し笑った。

 

 首を下げ、上げる。

 いついかなる時も全く見せない不敵な笑みと、その笑みを拭い去り心を切り替えたようなその動作は、或いは覚悟に見えたのかも知れない。

 

《さあ、どこからでも! 何でもこいという感じか、ミホノブルボン!》

 

 踏みしめるバ場は良好。視界は広く空気は澄み切る、世界が三冠ウマ娘の誕生を祝福するかのようなこれ以上ない程の快晴。

 

 祝福の名を持つ黒い刺客が肉薄する、二度目の坂が待っている。




123G兄貴、白河仁兄貴、ガンバスター兄貴、べー太兄貴、みさち兄貴、海野もくず兄貴、ピノキオ兄貴、tukue兄貴、志之司琳兄貴、ホワイトロリータ兄貴、よしの兄貴、すまない兄貴、障子から見ているメアリー兄貴、光に目を灼かれたペニーワイズ兄貴、風呂兄貴、レンタカー兄貴、じゃもの兄貴、初見兄貴、なのてく兄貴、Spinel兄貴、tamatuka兄貴、夏野彩兄貴、なぎ兄貴、葵い兄貴、SDHRS兄貴、ラース兄貴、魚クライシス兄貴、通りすがり兄貴、終焉齎す王兄貴姉貴、迫る影兄貴、夕莉兄貴、はやみんみん兄貴、さけきゅー兄貴、サガリギミー兄貴、ピノス兄貴、リアルSCM兄貴、くせもの兄貴、ぷちぶるぼん兄貴、拓摩兄貴、必勝刃鬼兄貴、曼陀羅兄貴、ぽよもち兄貴、ジョージ・ジョースター兄貴、主犯兄貴、卵掛けられたご飯兄貴、うたい兄貴、松田高雄兄貴、アドナイ兄貴、消波根固塊兄貴、更新お疲れ様兄貴、がんも兄貴、化猫屋敷兄貴、ニキータの店兄貴、クリストミス兄貴、いちご酒兄貴、何足道兄貴、非水没王子兄貴、ガトリング・ゴードン兄貴、JORGE兄貴、青タカ兄貴、ドンド・コドーン兄貴、きょーらく兄貴、ナナシ兄貴、fumo666兄貴、Carudera兄貴、ナカカズ兄貴、momo_momo兄貴、星ノ瀬竜牙兄貴、ライセン兄貴、黒兄貴、rairairai兄貴、ESAS兄貴、zenra兄貴、ヒツジん28号兄貴、吹風兄貴、ながもー兄貴、ハガネ黒鉄兄貴、銃陀ー爐武兄貴、バナナバー兄貴、感想ありがとナス!

ヴォル=フラン兄貴、ニュルナ兄貴、itikazu兄貴、nagatuki兄貴、ハレルヤ3852兄貴、Matsuken兄貴、くろばる兄貴、イソノ兄貴、翁さん兄貴、エパルレスタット兄貴、モモンガー兄貴、volfshtein兄貴、ろむ兄貴、ほたる967兄貴、16兄貴、みったん兄貴、焼きすぎトースト兄貴、瀬戸 内海兄貴、myst兄貴、佐賀茂兄貴、リフレックス兄貴、sevenstar兄貴、キッコーマン@兄貴、寒ブリ兄貴、チマ兄貴、kotokoto13兄貴、みかん団長兄貴、シャチQ兄貴、めそひげ兄貴、アイアンメイデ兄貴、サリトス兄貴、評価ありがとナス!

感想・評価いただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。