ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「領域の弊害について、教えておこうと思ったんだ」
「領域ね」
懐疑的に見ている、というわけではない。見たことはないがあるのだろうとは思うし、プレッシャーのようなものが膨れ上がる感覚を感じたことはある。
だが実際、トレーナーの殆どは領域の存在に否定的である。ゾーンという超集中状態があることは肯定しているが、領域はそれとはまた違った趣きがあるのだ。
――――エクリプス。世界最高のウマ娘と呼ばれる彼女が、最古の領域構築者だとウマ娘たちは言う。
18戦18勝。単走8回。
残りの10回を彼女と共に走ったウマ娘は、決まって同じ幻覚を見た。太陽が翳り、なにかに覆われ、闇に鎖される世界を、だ。
そしてやっと晴れた世界に戻ったと思えば、エクリプスは遥か彼方にいた。
【一着エクリプス、二着はなし/Eclipse first, the rest nowhere.】
彼女が構築した原初の領域の名は意訳され、ところを変えた日本のトレセン学園の校訓として採用されている。
唯一抜きん出て、並ぶ者なし、と。
そう呼ばれたのは、エクリプスが速かったからだ。だがそれ以上に、突き放す術を持っていたからだと彼女らは言う。
敗けたウマ娘たちがあまりにも同じような幻覚を見るため薬物検査が行われたが、薬物の反応は無かった。
そして敗けたウマ娘たちは、薬物を使うなどあり得ないと否定し続けた。
あれは、もっと異質な別のなにかだと。
エクリプスが走ったのは18戦と言われている。だが実際のところはよくわからない。20戦か、もっと多いのか。
わかっているのは、ただひとつ。
エクリプスは、敗けなかった。ただそれだけ。
それからエクリプスは、領域と言うものを広めた。極まったウマ娘は、自分の奥底にある世界を現実に溶け込ませることによって走りやすい環境を構築できるのだと。
彼女は走らなくとも領域を広げることができた。そこから徐々に領域構築を行える者が出てきて、今に至る。
日本初の領域構築者はセントライトであるという。だが彼女は激化する戦争の中の空襲でその命を落としてしまったがために領域を他のウマ娘に伝えることはできなかった。
そこから時代の混乱とともに領域構築を行えるものは消え、そしてようやくシンザンが出てきた。
大鉈で大地をぶった斬るという単純明快にして意味不明な領域を持つ彼女は、その切れ味鋭い豪脚で神となった。
そしてそこからポツポツと、領域構築者たちは少しずつ日本に現れるようになった。
だがそれを体験できるのは、走行中のウマ娘。それも、極一部の限られた強者のみ。
そんな環境で、研究が進むわけもない。
「そう言われるものの歴史は知っている。俺も一応トレーナーだからな。だが実際のところ、よくわからんというのが本音だ」
「そうだろう。だから、少しだけ君を連れて行く」
そう言うと、シンボリルドルフは洗練された手付きで右手を取った。
「眼を閉じてくれ。繋いだ手が離れたら、開けていい」
その言葉に従い、閉じる。
シンボリルドルフが出るレースでいつも感じる威圧感が広がって収縮するのを感じて、身が縮こまるのを感じた。
そして、ふっと。繋いだ手の感触が消える。
「眼を開けていいのか、ルドルフ?」
ああ。
遠くから聴き慣れた声が鳴り、瞼を開く。
大きな――――そう、とても大きな赤い鉄扉。金装飾がどことなく古城を思わせるそれが、音も無く開く。
――――そこには、王がいた。支配者がいた。皇帝がいた。神を引きずり下ろした、ヒトがいた。
普段もっぱらダジャレを言うことに費やされている口は冷たく引き締められ、温かみのある紫陽花色の瞳から熱は引き、威圧感のある鋭い眼差しは狻猊の如く。
肘掛けに肘を突き、手を頬に添える。
絶対の支配者。その名が、彼女には相応しい。
「参謀くん」
そう、呼ばれて。
暫くの間、磔されたように動けなくなった身体に熱が戻った。
――――心からの信頼、確かな自信、絶対的な強さ。
言語化が不要な程に、それらがわかる。
「これが、領域だ」
「……なるほど」
度々頻発していた謎の事象の原因が、なんとなくわかった。
彼女とレースで戦ったウマ娘が、一時的に、とはいえ鹿毛を恐れるようになった理由。
強さ。隔絶した差。
それをダイレクトに、刷り込まれるように叩きつけられては、怯むだろう。走り、競い、争うことを本能とするウマ娘ならば尚更。
「お前、予想より遥かに俺を信頼してたんだな」
「そうだ。何となく、伝わるものがあったろう?」
「ああ。なんとなく、な」
「うん。なんとなく、でいい」
なんとなく、わかった。
領域に引き込まれるだけでそれなりに、相手のことがわかるのだ。
これを真剣に、ぶつけ合ったらどうなるか。
たぶんお互いのことが、わかりすぎるほどにわかる。そして必ず、影響を受けるだろう。
ライスシャワーをライスシャワーたらしめている、あの執念とすらいえる闘争心の影響を。
「私が今構築した領域は、ごく簡易的なものだ。走るときに造るそれとは彩度も精緻さも異なる、ハリボテ。実際のところなんの効果もない。だがそれでも、伝わるものはあった。それを真剣勝負の場で、ぶつけ合う。そうなれば」
「影響を受ける、ということか」
「その通り」
ピッ、と。人差し指で銃を作って正解、とでも言うように参謀を指し、バーンと撃つように上に上げて、シンボリルドルフは続けた。
「ミホノブルボンとライスシャワーの領域の競り合いは、シニアでもそうない規模のものだった。おそらく……互いに互いの領域の影響を受けている。互いのことを、理解し過ぎているほどに理解してしまっている」
「なるほど」
なんとなく、感覚的に理解した。
一方的にぶつけられるだけでもそれなりにシンボリルドルフという存在の本質、その表面を撫でることができたのに、これがぶつかり合えばただではすまないだろう。
「それにしてもお前、無条件で構築できるようになったのか?」
「いや。領域は固定化させたルーティーンによって発動し、一般論で言えばルーティーンが困難であればあるほど、状況が限定されればされる程に強固なものになる。今の私の領域は極論、何をしていなくても発動するものだ。だから効果は無に等しい」
「お前の場合、真の領域を構築するためのルーティーンは後半で3回抜くこと。それは変わっていないわけか」
「そうだ。よくわかったな、参謀くん」
「ちゃんと見てきた。それくらいわかる」
そんなルーティーンになったのは通常ならば目標とされる三冠を足蹴にしてジャパンカップへ飛翔したからだろう、ということも。
ジャパンカップが創設されて以来はじめてとなる、日本勢による優勝。
シンボリルドルフは理想に至る中間目標として、本来は三冠ではなくそれを目指していたはずだったのだ。
――――永遠に勝てないのではないか
第一回の開催時、アメリカではパッとしなかったウマ娘にコースレコードを1秒縮められたときからずっと、URAの関係者はそんなことを思っていた。
何が永遠だ。永遠は私だ。
中一週間を、苦もなく制す。一着ルドルフ、二着はなしという圧勝で。
永遠なる皇帝の姿に、そのとき人は絶対を見た。
「お前、今年のジャパンカップには出ないのか?」
「出ないよ。見たいものがある」
それは残念だ。
そんな言葉は、口に出さなかった。
「今年のジャパンカップは、テイオーが出る。無敗の夢を立て続けに砕かれたテイオーが」
砕いたのは春天のマックイーンだが、立て続けに砕いたのは秋天のお前だ。
ミホノブルボンと共にテイオーの理想――――無敗の三冠、憧れの皇帝を再現してみせるという割と残酷なことをしてみせた男は、自分を棚に上げてそんなことを思った。
すごく他人事というか、突き放したように語るシンボリルドルフの声色には、期待がある。
「彼女は夢を探している。無敗の三冠に代わる夢を。それはきっと、座して手に入るものではない」
シンボリルドルフは、知っている。
ミホノブルボンがジャパンカップに出たいと思っていることを。ライスシャワーの闘争心に影響を受け、次なる挑戦を心待ちにしていることを。
「だがあいつはブルボンに勝てんよ」
そのことを、隼瀬もなんとなく察していた。だからこそ、断言した。
トウカイテイオーの才能はブルボンの5倍ある。だが、とにかく怪我が多い。
怪我とは、才能を曇らせるには一番効率のいい方法である。能力は低下し、レースから離れれば勘と経験がリセットされる。
彼女は強かっただろう。そして今も強いだろう。何度怪我をしても立ち上がる心の強さもある。
だが、怪我をすれば能力が落ちる。練習に費やせる時間が減る。レースに出れる機会を逃す。
身体を動かすための練習。
落ちた能力を取り戻す為の練習。
日本ダービー後のトウカイテイオーがやっている練習の殆どは、これだった。
ダービー前の能力に戻す、という埋め立てのような行為。それでも勝てているというところにトウカイテイオーの偉大さがあるが、能力的な成長はその才能と費やされた期間に比べてひどく小さい。
トウカイテイオーが皐月とダービーを制して自らの実力で城を建てた頃、ジュニア級だったミホノブルボンには何もなかった。建物すら立っていなかった。ただの、丁寧に整備された空き地でしかなかった。
だがダービー後、その城は倒壊した。その間にミホノブルボンはやっと、土台を造った。
そして大阪杯でテイオーは城の補修が終わったことを示した。その頃ミホノブルボンは骨組みを組み立てていた。
そして、今。
テイオーの城はまたもや崩れかけていて、ミホノブルボンの城は難攻不落のものとなっている。
「トウカイテイオーはすごい。お前以上になる素質はあった。それこそ、いくらでもな」
だから、順調に歩けていたら。走れていたら。帝王は皇帝を超えていたかも知れない。
「だが、そうはならない。なっていない。なれていない。残酷なようだが、これが全てだ」
トウカイテイオーのレース経験は3年で9戦7勝。ミホノブルボンのレース経験は2年で8戦8勝。
回数においては似たようなものであり、トウカイテイオーが最初のGⅠ、皐月賞に至るまでに4戦していることを考えると、経験の質を考えると似たようなものだと言う見方もある。
参謀はそうは思わないが、世間はミホノブルボンの方が上だと思っている。
本来ならば、世間が論評することをバカバカしく思うような天才だったのに。
「……ああ。そうだな」
三冠を怪我で阻まれ。
無敗を実力で阻まれ。
夢を亡くした抜け殻のままに、トウカイテイオーはシンボリルドルフとぶつかった。そしてものの見事に負けた。
自分の走りができなかった。そんな、言い訳のしようがないほどの敗北。
シンボリルドルフは、何も考えずに秋の天皇賞に出たわけではない。
普通にやるだけで、その先がない。練習に身が入っていない。目標を失い、夢の残骸だけを見ている。
そんなウマ娘たちを多く見てきたからこそ、そしてそんなウマ娘たちがどうなったかを見てきたからこそ、シンボリルドルフは彼女の原点となった自分の走りを見せることにしたのだ。
春天の敗北と2度目の骨折の後。
ただ練習を言われるがままに、普通にやるだけの抜け殻になってしまったトウカイテイオーを奮起させるため――――他にも色々理由はあったが――――シンボリルドルフは秋の天皇賞に出て、そして完膚なきまでにテイオーを叩きのめした。
このままでは目標には、私には届かないぞ、と。
それでもなんというか、トウカイテイオーは湿っていた。いつもの彼女らしい揮発性がなかった。
ならば遥か遠くに座す目標ではない、自分とは違って夢を叶えたウマ娘と戦うことによってなにかが得られるのではないか。
そう。それでこそ、なにかを感じてまた立ち上がってくれるのではないか。
シンボリルドルフは、そう考えていた。
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