ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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アナザーストーリー:夢破れ

 トウカイテイオーには、夢を叶えた経験がなかった。

 

 かつて彼女は、憧れに向かって言った。貴女のような――――シンボリルドルフさんのような、強くてかっこいいウマ娘になります、と。

 

 日本ダービーのあと。まだ皇帝の側に、羽翼となる参謀が居なかった頃。

 

 誓った。シンボリルドルフのようになると。

 憧れた。シンボリルドルフのようになりたいと。

 

 その後ほどなくして、トウカイテイオーはトレセン学園に入った。

 ルドルフに挨拶しに行くと、皇帝はなんかよくわからん男――――極めて無愛想な芦毛の男――――を侍らせながら、とても楽しそうに話している。

 

「次のレースだが、知っての通り京都だ。難敵となるのはミスターシービー。師匠にこれまでのレース結果を用意してもらったから、俺なりに分析してみた。ある程度だが、予測もな」

 

「……流石だな、参謀くん。仕事が速い」

 

「やることが決まっているからな。お前の判断の果断さ、迅速さに任せているが故だ。別に褒められる謂れはない」

 

「ふふ……その期待、この資料に応えるような走りを、見せなければな」

 

 恐ろしく広いリギルの部室、その一角で隣に座りながら話し込む2人。

 

「まただ」

 

 それを見たナリタブライアンが、半笑いながらボソッと言った。

 

「まるで恋人同士だ」

 

 こちらはエアグルーヴが、対照的に苦々しく言った。

 

「朝から晩まで参謀くん参謀くん。食事をするのも参謀くんと一緒。私が彼を得たのは、魚が水を得たようなものだとも言っておられた。ブライアン。少し行き過ぎてるとは思わないか?」

 

「別にいいだろ。アイツも自分を預けられる杖を得たってところだろうし」

 

 事前準備を整え、不敗の態勢をとってから正攻法でゴリ押す。

 それしかできない参謀と、それ以外ならできる皇帝。

 

 いいコンビじゃないかと、ナリタブライアンはそう見ている。

 

 皇帝と呼ばれるには幼く思える程に、彼といる時に笑う姿は子供っぽく映る。

 ナリタブライアンとしては、別にああいう相手がいても問題はないであろうと思っていた。

 

「だが」

 

「嫉妬か、アンタらしくもない。いや、アンタらしいのかな」

 

「な……」

 

「水になれなくて悔しいわけだ。副官としては」

 

「そんなことはない! 私は会長がトレーナーとしてなんの実績もない男にほれ込み過ぎだということを――――」

 

「実績がないのは私もだし、アンタもだ。それに、アンタも充分ほれ込まれてるよ。役割が違うだけだ」

 

 隣の机で話すエアグルーヴとナリタブライアンにそんな呆れ気味の愚痴を叩かれているあたり、いつもこうらしい。

 

 耳をピコピコして収集したところ、話している内容は次のレースについてという色気の無いものだったが、何となくもやもやしたトウカイテイオーはそこに近づいた。

 

 その3歩目を踏み出したところで、青年の鋼鉄の瞳がテイオーを射た。

 

「おい」

 

「うん?」

 

 皇帝に――――あの大阪杯を勝ったばかりの最強無敵の7冠ウマ娘に対して、青年は軽く顎で指示した。

 

「ファンだぞ。相手してやれ」

 

 それだけ言って、資料を残して去っていく。

 空気が読めるんだか読めないんだかわからない男――――まだ20代になったばかりくらいの若造――――に感謝する心と対抗心を同時に抱きつつ、トウカイテイオーは挨拶をした。

 

「シ、シンボリルドルフさん!」

 

「君は、ダービーのときの子だね。連枝の家の子だったとは驚いたよ。名前は……トウカイテイオー」

 

 ――――覚えられている!

 

 憧れのヒトに認知されている。

 そのことで更に自己肯定感を高めながら、トウカイテイオーは精一杯胸を張った。

 

「ボ、ボクも……じゃなくて、わたしも!」

 

「ふふ……」

 

 頑張って張った虚勢を可愛いものを見るような微笑みで見透かされ、少し凹む。

 そんな感情をも見透かしたように、シンボリルドルフはトウカイテイオーと視線を合わせた。

 

「ありのままで、君のままで言ってごらん。私はそういうところを気にしないよ」

 

「あ……は、はい! ボクは、シンボリルドルフさんみたいな強くてかっこいい――――無敗の三冠ウマ娘になります!」

 

 その宣言通り入って早々、彼女は学園内のレースで経験を積んでたちまち有望株となる。

 彼女には才能があったのだ。他の誰にもない才能が。

 

 メイクデビューすらできない。

 メイクデビューをできても、勝てない。

 未勝利戦で勝てても、OP戦で勝てない。

 OP戦で勝てても、重賞を勝てない。

 重賞で勝てても、GⅠでは勝てない。

 

 日本全国からやってきた優駿たちは、様々な壁にぶつかる。その中には乗り越えられる者もいるが、乗り越えられない者もいる。

 

 ――――三冠ウマ娘になってやる。

 

 それはもっとも、ポピュラーな夢だった。

 

 だがそんな普遍的な夢を叶えると決意して入学しても、たいていのウマ娘たちは現実を知る。そして彼女らの目標は、徐々に下方修正されていく。

 

 ――――GⅠを勝ってやる。

 

 ――――GⅠに出てやる。

 

 ――――重賞を勝ってやる。

 

 ――――重賞に出てやる。

 

 ――――せめて、勝ちたい。

 

 そうして、一勝もできずに消えていく。走るのをやめる。地方に移籍させられる。そんなウマ娘は、全体の75%を占める。

 

 だがトウカイテイオーは、その75%ではなかった。

 

 リギルと並んでトレセン学園の双璧と呼ばれるスピカに入り、メイクデビューを勝った。相手にならなかった。

 重賞ではないながら、3つのレースを獲った。話にすらならなかった。

 皐月賞を制した。重賞未勝利ながら、完勝だった。彼女は初の重賞制覇を、皐月賞で果たした。

 日本ダービーを制した。圧勝だった。

 

 ――――菊花賞も勝てる。

 

 誰もがそう思った。明らかに突出した実力、今すぐにシニアクラスに放り込んでも勝てるであろう才能。

 

 ――――シンボリルドルフ以来の、無敗の三冠ウマ娘の誕生だ!

 

 ――――無敗の三冠ウマ娘同士の、しかも同門の戦いだ!

 

 だが、その後。彼女の運命は暗転した。

 

 骨折。全治半年。

 

 これから幾度もトウカイテイオーの道を遮る悪夢。

 どうしようもない事故によって、トウカイテイオーの夢は終わった。

 

 スピカのトレーナーは、トウカイテイオーの復帰に向けて尽力した。

 

 勝負服を改造し、タイツにサポートのような機能を組み込んだらどうか。

 靴を変え、負担を減らしてみたらどうか。

 

 それでも、トウカイテイオーの力は戻らなかった。骨はくっ付いたが、走れる状態ではない。

 もっとも、いい勝負はできただろう。それほど、彼女の才能は同期の中で傑出していた。

 

 だが菊花賞3000メートルは――――地獄の坂を2度乗り越えなければならないコースを、骨がくっついたばかりの脚で走れるのかと言えば、そうではない。

 

 走行中の骨折は、転倒に繋がる。完璧に骨折しているにも関わらずトランスしたような涼しい顔で転倒しないまま走り切ったウマ娘も居たが、あくまでもあれは奇跡。

 栄光の日曜日ではなく、沈黙の日曜日でもなく、奇跡の日曜日と呼ばれているのは伊達ではないのだ。

 

 時速70キロでの転倒は、命に関わる。それが坂ならば、なおさら。

 後続のウマ娘も巻き込んでの大事故という可能性も、大いにありえる。

 

 だから、トウカイテイオーは夢を諦めた。

 そして、夢を下方修正したのだ。

 

 怪我は、事故だ。そこには誰が悪いということもなく、責められるべき何者もいない。

 

 無敗の三冠ウマ娘にはなれない。だけど、無敗のウマ娘にはなれる。

 大阪杯で凱旋と言うべき勝利を挙げて、トウカイテイオーは、下方修正した夢を高らかに掲げた。

 

 ――――もう、誰にも敗けない。自分にすら。

 

 その頃、聴こえてきた名前があった。

 

 ミホノブルボン。

 当時の彼女は、短距離かマイルでそれなりのところまでいけるのではないか、と評されていた。

 

 同期のサクラバクシンオーやニシノフラワーとは一枚劣るが、従順で癖のない気質などを加味すればあるいは、と見られているウマ娘。

 

 ――――私は、三冠ウマ娘になります

 

 そんなふうに完全な短距離路線に進むと見られていたミホノブルボンへの評価は、このトチ狂ったような発言で壮絶な変化をたどった。

 

(結構言うんだ……)

 

 物静かで、冷静で、頭の良さそうなウマ娘。それが、ミホノブルボンの外見を見て下した評価。

 そんな彼女が大口を叩いたことで、トウカイテイオーは興味をそそられた。

 

 元々彼女は、こういう大口を叩くタイプの方が好きなのである。現実を見て堅実に進む人よりも、大口を叩いて空を征く人間の方が、見ていて楽しい。

 故にちょろっと練習を見に行くことにした。自分に後輩ができるという感覚を味わってみたかったということもあるが、どんな練習をしているかが気になったのだ。

 

 ――――そこには、地獄があった。

 

 坂路。権力と金に物を言わせて造らせたそれを使って走らせ、走らせ、走らせ。

 傍から見ても疲れている状態から更に坂路を走らせる。ミホノブルボンも文句も言わず、恨めしそうな目も向けず、やめていいと言うまでフラフラになりながらも坂路に向かう。

 

(本気なんだ……)

 

 クラシック三冠に輝くという夢を抱くウマ娘は、星の数ほどいる。だが、夢を見続けられるウマ娘となれば一気に少なくなり、夢を見る資格があるほど努力をしているウマ娘となれば両手の指の数に満たない。

 

 

 ――――距離適性。

 

 

 それは、絶対的な壁である。常識も慣例も、今も過去も否定して、あの2人は距離の壁を破壊しようとしている。

 

 そしてその【距離適性】という絶対は、トウカイテイオーにとっても無縁ではなかった。

 

 ――――大阪杯の次は、春の天皇賞。

 

 ライバルであるメジロマックイーンと戦い、勝つ。そのために、トウカイテイオーが自身で決めたローテーション。

 春の天皇賞は長距離。それも、菊花賞よりも長い3200メートルを走ることになる。

 

 トウカイテイオーの経験している最長距離は、東京レース場の2400メートル。菊花賞を経験していないが故に、一部では距離が長すぎるのではないか、トウカイテイオーに長距離は無理なのではないか、という論評があった。

 

 そして、春の天皇賞1週間前。

 今年の皐月賞は、大抵の人間からすればまさかの結果で終わった。

 玄人であればあるほど、陥りがちな常識という名の陥穽。一部を除いた殆どの業界人が、一様に予想外だと口にした。

 

《1:59:7! レコード! レコードです! ミホノブルボン圧勝ォォオ! 最初から最後まで、減速なしのノンストップ! 影すら踏ませませんでした!》

 

 実況は叫ぶ。世間はどよめく。ウマ娘たちも驚く。

 

(まあ、勝つよね)

 

 トウカイテイオーは、別段驚かなかった。

 死ぬほど練習していたことを知っている。そして彼女を担当しているトレーナーが、直接関わったレースで一度も負けていないことを知っている。

 

 ――――敗けさせない。

 

 そのことに特化した男だということを、尊敬するシンボリルドルフから聴いている。

 

 シンボリルドルフに関わったのは、日本ダービー後からアメリカ遠征終了まで。

 サイレンススズカに関わったのは、マイルCSから天皇賞秋まで。

 

 もともと最強であったシンボリルドルフはともかくとして、悩める天才であったサイレンススズカ。

 才能だけは確かにあったが、どうにもちぐはぐな彼女を天皇賞秋の6着からマイルCSまでの約1ヶ月間で立て直し、初GⅠ勝利に導いた手腕には評価すべきところがあると、世間では言われている。

 

 敗れざるというのはなんたるかということを、トウカイテイオーは知っている。そのプレッシャーも、期待の重さも。

 

 ――――今度は、ボクの番だ。

 

 マックイーンに勝つ。

 長距離という距離の壁を超える。

 

 その目標を達成するために、トウカイテイオーは春の天皇賞に臨んだ。

 新たな、修正を強いられた夢に向かっての二歩目。そこに大きな落とし穴が空いていることを、トウカイテイオーはまだ知らない。




※カイチョーは再会できてウキウキしています(調子:ハイパー絶好調)
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