ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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※修正前のやつをそのまま投稿してしまいました。15:07分に直しました。申し訳ございません。

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アナザーストーリー:どうどうめぐり

 結論から言えば、彼女は負けた。しかも惜敗の2位とかではない。

 5着惨敗。そして右脚を剥離骨折し、またリハビリの生活へ。

 

 ここで、つまり敗けたあと、悔しさの赴くままに次走――――宝塚記念あたりに出走できたならば、また違っていたかもしれない。

 だがトウカイテイオーは、怪我をした。夢を失い、怪我をして走ることもできず、ただ考えることしかできなくなった。

 

 ブルボンが自分と同じように日本ダービーを無敗で制したときも。みんなが夏合宿に行っている間も。

 

 トウカイテイオーは、何もできなかった。

 

 気が滅入っているときの思考ほど無意味で、ドツボにハマりやすいものもない。

 

 ――――なんのために走るのか

 

 その問いに確たる答えを出すこともできず、トウカイテイオーはリハビリメニューを普通にこなした。

 菊花賞に間に合わせるんだという熱意もなく、ライバルに勝つんだという闘争心もなく、無敗の夢もない。

 

 惰性と言うには熱心過ぎたが、今までの彼女を見てきた者ならば惰性でやってると言われかねない程のペースで、トウカイテイオーは復帰に向けて仕上げていた。

 

 そんな中で、トウカイテイオーの心に少しだけ火を灯すようなニュースが降ってきた。

 

 ――――【皇帝】シンボリルドルフ、秋の天皇賞で復帰

 

 奇しくも、と言うべきではないだろう。トウカイテイオーの復帰レースとかぶせてきたのは、敢えてのことだった。

 

 レースには、走る姿には、その魂のすべてが映る。

 自分の走る姿がテイオーの原点と言うならば、その原点を思い出させてやればいい。

 

 ――――ほかに することは ないのですか

 

 参謀くんパペット11号にそんなことを言われながらも、シンボリルドルフはそうして秋の天皇賞への出走を決めた。

 

 ――――秋の天皇賞という物に対して抱く、参謀くんの苦手意識を払拭するにも、テイオーに改めて目標を意識させるにも、ちょうどいい

 

 世間が騒ぐような――――唯一取り逃した忘れ物を取りに来たという理由ではない。

 シンボリルドルフは、あくまでも自分の大切な人のために走ることを決めた。

 

 秋天。秋の天皇賞。

 

 ――――皇帝再臨/帝王復帰

 

 ポスターにデカデカ書かれた四語が示すように、2人の天才の復帰場となったこのレース。

 復帰戦となったのはトウカイテイオーもであるが、やはり観客の目はシンボリルドルフに注がれている。

 

 【皇帝】シンボリルドルフは8枠17番の出走になった。

 

『貴女には、感謝の言葉の申しようもありません。

 与えられた宿命から、期待から逃げることを許可された私は、あのままでは逃げているという自覚すら持たずに運命から遁走していたことでしょう。

 貴女の言ってくださった【無理】を乗り越えるための言葉は、今も私の胸にあります。おかげで、歴史に名を残す偉大なる皇帝の覇業の一助になることができ――――』

 

 抽選によって決まった枠番を見直しながら与えられた控え室のドアが、2度3度鳴る。

 読み返していた手紙がそのリズムに乗って2度3度宙を舞い、床に落ちる前に磨いたブーツの甲で拾う。

 

 ふー、ふー、と。

 汚れたかもしれない手紙を息で吹きつけて埃を飛ばしつつ便箋の中にしまい、シンボリルドルフは咳払いをした。 

 

「構わない。入ってくれ」

 

「カイチョー復帰おめでとー!」

 

 入ってきたのは、トウカイテイオー。

 

 明るい。だが、心の明るさではない。心の陰から発された明るさ。

 憧れのひとを祝っている。復帰を嬉しいと思ってもいる。だが、自分の復帰へ向けられる明るさがない。

 

「君もな、テイオー。もう脚の方は大丈夫なんだろう?」

 

「うん! バッチリな走り、カイチョーにも見せちゃうから!」

 

「……そうか」

 

 ――――カイチョーにだって勝っちゃうから!

 

 本当のトウカイテイオーならば、こう言うだろう。

 

「テイオー」

 

「なに、カイチョー?」

 

「ちゃんと付いてこい。私を見て、学び、そして負かしてみろ」

 

 走れば折れる骨との付き合い方、練習の仕方に苦慮していることは知っている。

 だが強さとは、練習によって鍛え上げることだけでしか得られないわけではない。

 

 その辺りを、シンボリルドルフはこのレースで伝えたかった。

 

「……うん」

 

 静かに笑って、トウカイテイオーは去っていく。

 そんな背中を見つめながら、シンボリルドルフは瞑目した。

 

 ――――パドックへ、行かなければならない。

 

(こわい)

 

(こわい)

 

 16番、18番。シンボリルドルフのお隣さん。

 もともと不利な外枠に埋められたふたりのウマ娘は、同じことを思っていた。

 

 腕を組んで、目を瞑る。ご機嫌と不機嫌が混じった、しかし心配そうな複雑さを表に出したこのお方。

 シンボリルドルフ。永遠なる皇帝。

 

《ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた脚を武器に征く栄光への道! 天皇賞秋!》

 

 聴こえないはずの実況、迫るスタート。

 その風に触覚を撫でられたように、シンボリルドルフがゆっくりと瞼を上げていく。

 

 切り離していた聴覚、視覚、触覚。

 手袋に包まれた手を握り、開く。

 

《今、スタートしました!》

 

 横一線、ウマ娘たちが跳び出す。

 先陣を切るのはメジロパーマーか、ダイタクヘリオスか。

 

 どちらかの逃げウマ娘だと予想していた観客の予想を、ふたりのウマ娘が裏切った。

 18番、16番。ふたりは熊に追われる人間のように、狼に追われる羊のように、一気に全開までギアを上げてハナに立った。

 

 気怠げな勢子のように、その後をシンボリルドルフが追いかける。

 皇帝は一瞬だけトウカイテイオーの隣を走り、そのままずるずると落ちていった。

 

《16番、18番、いきなり全開、先頭に立ちます! 続くようにダイタクヘリオス、メジロパーマー。シンボリルドルフは1、2――――15番目。トウカイテイオーは7番目と好位で追走!》

 

 ――――これはまずい

 

 メジロパーマーもダイタクヘリオスも、状況の拙さを悟った。

 逃げウマ娘とは、先頭に立ってこそ意味がある。だというのに先頭に立つのは掛かったらしい王道戦法のウマ娘。

 

 急に戦法を逃げに変えた理由は、わからない。最近逃げが環境を席巻しつつあるから宗旨替えしたのか。

 

 ――――違う。掛かったんだ。なら外枠に……!

 

 掛かった。理由はわからない。スタート直後に掛かるとなれば、たぶん好スタートを切りたかったが故、だろうか。

 

 先頭を目指す。横から降ってきた思わぬ敵に反応、分析、追い抜きを目指す。

 しかし、外から内に来るまでの距離を活かして加速しきったふたりは――――少なくとも序盤では――――差して先頭を奪うのは無理と判断。

 掛かっていると判断し、外に抜けて進路を確保しようとする。

 

 見る者が見ればわかる、判断の的確さ、迅速さ。さすがはメジロの家のものだと褒める程の判断。

 

(も、もう外に来てる……ペース速くない!?)

 

 進路が塞がれている。

 それは7日後に行われた菊花賞序盤のミホノブルボンのような感じだった。

 

(これで厄介な逃げは封じた)

 

 逃げは、厄介だ。単純なパワーというものは、小細工が通じない。だからこうして、事前にそのパワーの全容が現れないように手を打っておく。

 

 両脇を掛からせ、足を緩めながらやや内側に斜行。視線を飛ばして焦らせ、脚音と視線で幾人かを強制的に掛からせてパーマーとヘリオスのコースを塞ぐ。

 シンボリルドルフがやったのは、中盤からの盤面操作だった。

 

(俯瞰は――――)

 

 脚を溜めつつ後方に下がり、高台に立っているかの如く戦局を見渡す。

 

(――――よし)

 

 前に12人。後ろに2人。

 勝てる。

 

 ――――かと言って、油断しないことだ

 

 確信した瞬間、心の中でぴょこんと人影がポップアップした。

 

 わかってる。

 

 ――――必要に応じて脚を緩める。それは長期間走り続けるために必要な技術だ。故障を防ぎ、消耗を避ける。それは正しい。が、それは今に全てをかけていない、とも言える

 

 それはそうだ。だが、無闇に力を発揮することを全力とは呼ばない。適切な地点で、適切な力を発揮することを、不測の事態に備える力を残していることを、全力と呼ぶ。そうだろう?

 

 ――――そうだ。その適切さで、まず前を封じた。だが後ろはどうだ?

 

 問題ないさ

 

 ――――だといいがな。牽制を入れておけ

 

 それもそうかと、紫電の残光を残して振り返る。

 追っている2人の歩幅、息、顔。それらから、意志は読み取れる。

 

(少なくとも今ではない)

 

 いつかは、わからない。だが、そのいつかには直前で対応すればいい。

 

(テイオーは……好位につけている。だが)

 

 どうにも、覇気がない。こちらを一回も振り向かない。

 勝とう勝とうと思えば思う程、ウマ娘は前を睨んで後ろを振り返る。菊花賞のミホノブルボンにも、その兆候は現れていた。

 

(前を睨んでいるだけなら、それでいい)

 

 だが、そうではない。

 とうに捨て去ったはずの動物の部分が、直感がそう告げている。

 

 大きく、息を吸った。距離を詰め、前へと伸びていく。大ケヤキがすぐそこに迫る、仕掛け時。

 

 シンボリルドルフの脚の回し方が本格化したことは、前方集団に恐怖を与えた。

 

 ――――奴が、来る

 

 ひとりが、ペースを上げる。それを見たひとりが、負けじとペースを上げる。

 あとは、連鎖だった。その連鎖にトウカイテイオーも巻き込まれ、スパートをかけるべきではないところでスパートが強制的に掛かった。

 

 焦った先頭集団が抜け出すとともに、垂れてきた18番と16番がパーマーとヘリオスごと置いていかれていく。

 全力を出しきれず垂れてきた、4人のウマ娘。彼女らの向かう先は、皇帝の顎門。

 

《さあ目覚めるか、シンボリルドルフ! ここから一気に差しにいくのか!》

 

 一瞬で領域を開く条件を満たし、シンボリルドルフは距離を詰めた。

 

 ――――雷鳴が、轟く。

 

 ここでようやく、トウカイテイオーは振り向いた。支配の象徴たる雷霆を身に受け、積んでいるエンジンの差を感じさせるような加速を手に入れた皇帝が、すぐそこにまで迫ってきている。

 

 踏み込みで抉れた芝を踏みつけ、空を駆けるがごとき速さで。

 

(カイチョー……)

 

 勝ちたい。

 その気持ちはある。だが、できないことはわかっている。

 

 走れば怪我をする。負荷を上げて練習をしても、怪我をするだろう。

 走って、経験を積む。練習して、強くなる。トウカイテイオーにとって、それ以外に強くなる方法はない。

 

 それ以外の方法を――――実績と駆け引き、歩法、音、視線で牽制し、掛からせ、レースを支配する。

 それらの手札を、皇帝は帝王に見せた。負荷をかけられない身体でも強くなれる術があることを示した。

 だが、帝王はそれらから学ぶことができなかった。

 

 ミホノブルボンを通して己の今を強く見たからこそ、今の自分に必要なものを見ることができなかった。

 

 早めのスパートの弊害を受けて垂れてくるウマ娘たちを一足でぶち抜き、残りを脚に負荷のかからない走りで駆け抜けて、皇帝は凱旋を果たした。

 

『圧勝! まさに圧勝! これが皇帝の走り! これが世界のルドルフの走りです!』

 

 それが本当に手に入れたかったものが手に入らない、虚しい勝利だったとしても。

 勝者は、胸を張る義務がある。

 

 11個目の冠を手にした皇帝は、失意の内に改めて指を一本掲げた。

 

(テイオー……)

 

 掛かりに巻き込まれて逃げるように走り、沈む。闘争心が掻き消されたような無様な走り。

 それは、着順以上の敗戦だった。

 

 視線が交わり、離れる。

 こんなところで終わるウマ娘ではない。必ず、立ち上がる。1度目の怪我を乗り越えたのだから、2度目もある。3度目もある。

 

 やればできるだろうと、シンボリルドルフは信じている。そしてそのことをテイオーは感じてくれているとも、信じている。

 

 ――――自分は、信じられている。

 

 立派な走りをできるウマ娘だと。立ち上がってくるウマ娘だと。

 そのことを、トウカイテイオーは知っている。

 

 だが今は、その期待が重かった。期待に答えるための力が、夢がない。果たせなかった夢の残骸が、身体に纏わりついている。

 シンボリルドルフの期待に応えるだけの強さが、自分にはない。そのことを、テイオー自身が一番よく知っていた。

 

 ――――どうすればいいんだろ

 

 ぼんやりと、皇帝コールと大歓声が起こる中でトウカイテイオーは何かを見た。

 過去でも現在でも、未来でもない、どこかを。

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