ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
寝てた先輩兄貴、yuuki100兄貴、コウノ兄貴、たくた兄貴、echo10兄貴、槍座兄貴、夜警兄貴、鰯だよ兄貴、黒雛兄貴、しおむすび兄貴、つじっち兄貴、wing417兄貴、Amber bird兄貴、璃狗兄貴、fomalhaut兄貴、yoritori兄貴、くさんちゅ兄貴、評価ありがとナス!
GⅠの2位。本来ならば祝福されるべきその成績を、トウカイテイオーは悔しさと共に噛み締めていた。
「トーカイテイオー」
片言の日本語。
テイオーの前を走り、手本を見せてくれた金髪のウマ娘が、後ろから近寄ってきていた。
「あの、ニゲ。ブルボン」
「あ、ボク、英語話せるよ?」
「そう? では、英語で」
流暢な英語で話しかけるとやや訛った――――たぶん、アメリカ訛り――――英語が返ってくる。
「いい走りだったわね。あの逃げウマ娘への対策は、自分で思いついたのかしら?」
「ううん。キミの真似させてもらっただけ」
「なるほど。アナタは聡かったわけね」
金髪のウマ娘は、ぽけーっとしているミホノブルボンをちらりと見て、視線を戻す。
そのタイミングを計って、トウカイテイオーは思っていた問いを投げた。
「あの戦法って、一朝一夕で編み出したものじゃ……ないよね。つまり、他にも居るの?」
「ええ」
短く、金髪のウマ娘は答えた。
悔しさと、憧憬と、怒り。それらが混ざった、複雑な眼の色。
「最強だったと思うわ。ミホノブルボンも強かったけれど、遥かに及ばない」
「まあたぶん、あれは付け焼き刃だからだけど……」
なんとなく反論したくなって、トウカイテイオーは反論した。
その反論に少し笑い、頭を振る。
「たぶん、見なければ……いえ、見たことはあるかもしれないから、走らなければ、かしら。そうでなければ、彼女の恐ろしさはわからない」
白い指が、掲示板を指した。レコードという赤文字が、ミホノブルボンの横で踊っている。
「優れた逃げウマ娘は、ペースを支配する。彼女に付いていこうとしたウマ娘がスタミナを使い果たして潰れていくのは、それが原因よ」
――――だけど真に優越した逃げウマ娘は、レースそのものを加速させる
苦渋を漏らすような声音だった。
それは、苦い経験。高速化したバ場、丁寧に刈り揃えられた芝、長距離偏重。ガラパゴス的な発展を果たしてきた日本という島国から、その怪物はやってきた。
「それはさ。ブルボンもやってるじゃん」
「GⅠで。それも、たかが10ハロンで。全員がスタミナを使い果たして、たったひとりが世界を駆ける。そんなことがあると思う?」
本当に軽く、速く駆ける。体感時間が、心が急く。追わずにはいられなくなり、身体の温まりきらない序盤から無理矢理に速度を出さざるを得なくなり、加速度的にスタミナが減衰する。
「その娘は、競う相手を見ていなかった。追う者に影すら踏ませなかった。たった2年で伝説になり、残りの1年で神話になった。あのミホノブルボンという娘もまた、走るときに他者を必要としない。必要としないように、育てられている。どこでもベストな力を発揮できるように」
――――よくやった。疑いの余地のない不調の中、あくまでもサブプランではあるが不調なら不調なりの戦い方があると見事に証明してのけたな
――――はい、マスター
耳をすませば聴こえる程度の声量、距離。不調でもよくやったと褒めてるのか、不調になどなるなと詰っているのかよくわからない、あの芦毛の男。
彼女は彼をたったの1度だけ、見たことがある。あのウマ娘がゲートの中で見ていたペンダントの中の写真。
何者をも視界に入れない走りをしていた彼女の世界に住まうことを許された、数少ない人間。
「アナタの最後の咆哮が心底からのものならば、逃さないようにしなさい。追っているひとから相手にされないほど、悲しいものもないのだから」
「キミは、これからどうするの?」
「鍛える。究極の速度が導く世界を知る彼女を打倒するために、彼女の原点を知るためにここにきた。そこで負けていては、ね」
「でも、ここの芝に慣れてなかったでしょ? 負けたって言うのは……」
違うんじゃないの。
そう言いかけたテイオーの視線を、白い手が遮った。
「勝って言い訳をするのはいいでしょう。もっと巧く勝てた、と。それは向上心だから。だけれど、負けて言い訳はしたくないわ」
負ける。
その言葉は、トウカイテイオーにとっての軽いトラウマである。ライバルのマックイーンに敗れ、目指すべきシンボリルドルフに敗れ。
マックイーンに負けたのは、距離適性が足りないから。病み上がりだから。
シンボリルドルフに負けたのは、経験が足りないから。病み上がりだから。
「……うん。そうだね」
「ま、がんばんなさい。応援してるわ。見れないけど」
「キミもね」
名も知らぬウマ娘は最後にジロリとどこかへ視線を向けて、背を向けて去っていく。
「勝つ、かぁ……」
勝つ。勝利する。誰よりも速く、ゴール板の前を駆け抜ける。
簡単だった。ジュニア級でもクラシック級でも、負ける気がしなかった。そして、1度たりとも負けなかった。
シニア級に行っても、負ける気はなかった。
大阪杯。いきなりのGⅠにも勝った。春の天皇賞でも、勝てる気でいた。
だが大阪杯から、トウカイテイオーは勝つという経験をしたことがない。
控え室には、トレーナーがいた。チームを率いているが故に、普通のトレーナーよりも何倍も忙しいはずのトレーナーは、トウカイテイオーを待っていた。
「テイオー……」
「トレーナー。今までごめん」
テールヘアーが、下げられた頭につられて揺れる。
「ボク、今までわからなかった。なんのために走るのか。なんのために、なんのためにって考えて、考えて、わからなかった。でも、走ってみてわかった。ボク、負けず嫌いなんだ」
手を伸ばす。
練習をなんとなくこなし、なんとなく話を聞き、なんとなく生きる。そんな腑抜けた自分を、見放さなかったトレーナーに向けて。
「三冠の夢も、無敗の夢も、もうボクは掴めない。だけど、ボクは勝ちたい。誰にでも勝てる自分でありたい。だからもう一回、走り出す。そのための、力を貸して」
「……ああ。お前は、負けず嫌いなやつだったよ」
手が取られた。信頼と、情熱。興奮と歓喜、安堵。あらゆる感情が込められた、熱っぽい掌がトウカイテイオーの手に触れる。
「よろしくな、テイオー」
「うん。よろしく、トレーナー」
こうして。
かつての無敗のウマ娘が立ち上がったとき、現在の無敗のウマ娘は何をしているか、と言えば。
「で、どうだった」
「お互い万全であれば私が勝ちます」
彼女は、助手席にちょこんと腰掛けていた。いつものように後ろの席に座るのではなく、しっかりとシートベルトをして手を膝に。精密機械の群れである車に触れないように、最大限努力して座っている。
「なるほど。意味の無い仮定だが、真理でもあるな」
どうだったと訊くこと自体が、ナンセンスなのだ。
実力は不変ではなく、調子は変動する。今日の対戦における感想が、次回の対戦に活かされるとは限らない。得られた情報が先入観に変じて、足枷になる可能性すらある。
「マスターは、どう思われましたか?」
「思ったよりは巧くいった、というのが正直なところだな」
トレセン学園は、府中にある。東京レース場の別名が府中であるように、両者の距離は非常に近い。
だからといって車に乗って移動するというところは変わらない。故にやること自体は変わらないわけだが、いつものような長時間運転にならないところに参謀は感謝していた。
「俺は菊花賞あたりでラップ走法の限界が来ると思っていた。だから日本ダービーと京都新聞杯で息を入れる練習をさせた」
ラップ走法は勝てる相手には絶対に勝てるが、負ける相手には絶対に勝てない。
だから勝てる相手にはラップ走法、負けると思ったら息を入れて全力での差し切り。
その所の判断をミホノブルボンに任せる。そのために、わざわざ2回ほどリハーサルをさせたのだ。
「だが、俺の予想は外れた。君の弛まぬ努力は、俺の予想を覆した。だから、一応やっておくかという感じなサブプランが主軸になった」
菊花賞もあっさり勝てるかもしれない。
となれば、壁にぶつかるのはいつか。シニア級に進んだら、どうなるか。出るのはジャパンカップか有馬記念か。或いは年を越して大阪杯か、春天か。
ジャパンカップは、日本ダービーと同じ距離、同じコース、同じ場所。故に、ダービーで余裕ができればリハーサルをさせよう。
京都新聞杯など、菊花賞で差し逃げを使えるようにするためにエントリーをしただけだが、春天にも応用が効く。
大阪杯は、2000メートルという短い距離である。ミホノブルボンにとっての確実に勝てる射程は2400メートルまでだから、ラップ走法でも余裕で勝てる。
「よくやったと思う。本当にな」
「マスターのご指導の賜物です」
「お前には中距離ウマ娘としての才能はない。長距離ウマ娘としての才能も、当然ながら勿論ない。だがお前は、求道者としての資質がある」
才能とは、言わなかった。
天性の才能を、血統による距離の壁を覆すために努力を続けているミホノブルボンの姿を、努力する才能があるという一言で片付けたくない。
「確かに、指導したのは俺だ。しかし、実行したのはお前だ。絵図面を描いた者よりも、絵図面を現実に起こした者の方が遥かに優れている」
「マスターは、私の功績だということを仰りたいのでしょうか」
「ああ」
「私は、そうは思いません。絵図面を現実に起こせる者は確かに偉大かもしれませんが、その者が絵図面を描けるとは限りません。逆も然りです。両者の間に立場の差異はなく、責任も報奨も功績も分かたれるべきだと考えます」
ミホノブルボンはこういうところで妙に頑固なところがある。
――――いえ。私はこう思います
自分の考え……というより、信念か。そういうところを、彼女は度々譲らない姿勢を見せてきた。
「お前は言っていたな。判断ミスをしたとしても責めない。トレーナーとウマ娘は、ミスを補い合い、喜びも、悲しみも、栄光も、凋落も、共に分かち合うパートナーだと」
「はい」
「だがそれはそれとして、俺はお前の方が偉大だと思う。ひたむきさを、努力する困難さを、継続させる難しさを知っているからな」
「それは【隣の芝生は青く見える】という言葉の通りだと思われます。実のところ私も、私にできないことを行えるマスターの方が偉大であると考えていますから」
こいつ言いおるわ。
そんな視線が、運転中の参謀からミホノブルボンに突き刺さった。
「お前、言うようになったな」
出会った頃は立派なサイボーグだったのに、最近言動に人間性が垣間見られるようになった。
「そのがんじがらめな理屈っぽさはルドルフ。或いはその直接的な物言いはエアグルーヴかブライアンか……」
「マスターです」
「俺はもう少し人の心が無い物言いをする」
「……そうでしょうか」
「ああ。他人の心を斟酌して表現を変え、正しく意図が伝わらない。そういうことが起こっては事だからな」
そしてそれが癖になっている。そういう自覚が、参謀にはある。
というか時間をかければ深く考えられるし感情もわかるという彼の頭の構造がそもそも、反射で行う会話というシステムにマッチしていないのである。
だから話すたびに一定の――――数秒の空白を開ければ、参謀も他人の心に沿った物言いができる。しないが。
(マスターのステータスに、変化を確認)
なんとなく、寂しそうな。後ろめたそうな。
そんな感じが、伝わってきた。ややネガティブな、と言うのか。
頑張っておしゃべりして、少しだけマスターの機嫌が上向いた。悪かったのが良くなったのではなく、沈んでいたのが浮かんできた。
「ブルボン」
「はい」
「ありがとよ」
多分今までなら、悪いな、だった。
他人の感情に疎い――――というか、自分の感情すらよくわかっていないブルボンは、なぜだか彼の心の動きがわかった。
それが何故かは、今の彼女にはわからなかった。
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