ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
寒くなったことを、肌で感じる。
今年は、やや暖かめの冬だった。秋からの移り変わりが感じられない程度には。
秋というのは、中途半端な季節である。春でもなく夏でもなく、冬でもない。だからこそ、多くの人間が好きな季節に秋を挙げるのだろう。何かが始まるわけでもなく、終わるわけでもなく、熱くもなく寒くもない。何気ない日常を過ごせる、そんな季節。
だが今は、ちゃんとした冬になっている。
出会いを控えた、別れの季節に。
「マスター。夜から降雪予報がされています。確率は78%。雪への対策が求められると思われます」
「なるほど。たしかに降りそうな空をしている」
練習を終え、風呂に入って帰ってきたミホノブルボンが部室の扉をガチャリと開け放ちながら天気予報士じみた報告をした。
時は12月25日、クリスマス。
分厚いカーテンのような灰色の雲が幅を利かせる曇天を見ながら、参謀は頭の中で予定を書き換えた己を褒める。
早めに練習をはじめて、早めに切り上げてよかった、と。
ミホノブルボンは相変わらず自分の意志、感情、理性の三方が折り合いをつけられていないようだが、それでも一時期と比べると、遥かにマシになってきた。
「マスター」
耳を萎れさせた、ミホノブルボン。尻尾は力なく左右に揺れ、目線がやや下を向いている。
なにか悩みがあるのだろう。となれば、闘走心との折り合いが、未だについていないという話か。
「どうした、ブルボン」
「未だ、私のもとにはサンタさんからプレゼントが届いていません。これは私がステータス【いい子】を失った、ということなのでしょうか」
真剣に、かつ親身に。ミホノブルボンの悩み相談に応じる姿勢を見せた東条隼瀬は、拍子抜けした。
彼にしては珍しく、オウム返しに問いかける。
「サンタ?」
「はい。お父さんは言っていました。ブルボンがいい子にしていれば、クリスマスにはサンタさんがいいものを持ってきてくれるよ、と。朝起きた時、そして現在。部屋に帰っても、プレゼントは置かれていませんでした」
淡々としながらも、どこか物悲しさ漂う語り口。出会ったときのサイボーグじみていた声色とは全く違う、感情の色が色濃く反映された独白。
「昨年はサンタさんサイドにもなんらかの事故があったということが考えられたため、私は我慢しました。こんなこともあるだろうと。ですが今年も来ないということは、私に問題があるのではないでしょうか」
「……ああ」
「マスターは、私は【いい子】ではないと思われますか?」
川に突き落とされてずぶ濡れになった犬みたいにしょぼーんとしている。
もとから強かった犬っころ感が更に強調されているミホノブルボンを見て、参謀は割とエグいことを言った。
「サンタの理屈は、方便だ。行事の続く家庭的な繁忙期と言える年末付近で、子供に色々な問題を起こされればたまったものではない。だから一時的にでも子供をおとなしくさせるために、『いい子にしていればいいものが貰える』と餌で釣って行動を制御しようとする」
「つまりサンタさんはお父さんのために動いている。故に私はお父さんと離れてからプレゼントをもらえない。そういうことでしょうか」
ここまで言っても、サンタなどいないという理屈に辿り着かない。
そんな姿を見て、参謀は迷った。思考こそすれども基本的に迷わないこの男には珍しく、迷った。
サンタなどいない。その証明はできる。だが赤子がキャベツ畑で拾えたり、コウノトリが運んできたりすると信じているような純真さを持つミホノブルボンにその事実を突きつけるのは、どうなのか。
「……それに加えて、餌で釣る必要がなくなった、ということもあるのではないか」
「なるほど。サンタさんはステータス【いい子】を持たない子供たちを対象にプレゼントをあげる。そしてそのことによって一時的にステータス【いい子】を付与している。ですが、私はステータス【いい子】がデフォルトプログラムにインストールされているため、その必要を感じなかった、ということでしょうか」
「……ああ。たぶんな」
釣った魚に餌をやらないサンタさん。
なんてひどいやつなんだ、と。知能レベルをミホノブルボンに合わせた頭でそんなことを考えながら、参謀は頭を切り替えた。
世の中にはサンタからのプレゼントに『この日だけでも、全ウマ娘にささやかな幸せを』とか言って困らせるやつもいれば、蹄鉄付きスニーカーを7年連続7回要求して買い溜めさせていたやつもいる。
そのどちらも、割と早期にサンタの不在に気づいていた。
気づいてからは願いを変えたやつと変えないやつに分かれたが、そもそも気づいていないやつは初めて見た。
「まあその代わりと言ってはなんだが、今夜の食事は豪勢なものにしてやろう」
「それはマスターご自身で調理してくださる、ということでしょうか?」
「ああ。外食が良かったか?」
「いえ」
まだ食材は買っていないから、取り返しが付くぞ。
軽い嘘をつく前に否定してきたミホノブルボンは、すぐさまぴょこんと立ち上がった。
「最近、マスターはお疲れ気味だと推察します」
「ああ。秋冬は特に、働かなければならないからな」
秋から冬のはじめにかけては、ミホノブルボンの主戦場たる中長距離のGⅠが多い。ちなみに春から夏にかけてもGⅠがそれなりにあり、冬を超えてどれほど強くなったかを測らなければならないために忙しく、夏は合宿があるので忙しい。
話を戻すが、GⅠに出走するのは口に出すのもバカらしいながら、当然有力なウマ娘である。
そしてミホノブルボンはクラシック級を卒業し、来年からシニア級に突入する。
今までは、同世代との戦いが中心だった。気をつける相手と言えばライスシャワーくらいなものだった。
だが、これからは違う。クラシック級を勝ち抜き、戦い抜いてきた歴戦の猛者たちが集まるのがシニア級なのだ。謂わば全員が全員、ライスシャワー級。警戒する相手は何倍にも増える。
だから、研究しなければならない。成長曲線、長所、短所、得意とする戦法、どこで仕掛けられると嫌なのか。
正確に、精密に、推論の余地も、疑問の余地もないほどに集め切る。
正しい情報の元にこそ、正しい推測は成り立つのだから。
ジャパンカップでは意表を突いて勝てたが、ミホノブルボンは常に意表を突き続けられるほど手札の多い、器用なウマ娘ではない。
いつか必ず、意表を突ききれない時が来る。17人のうちの数人が気づく。気づいて対策してくる。
全員を騙し切る策はあるが、そう何回も使う気はないし、タネが割れれば意味を成さない。
それを使う相手はただひとりだと決めていた。
「ですので今回は、私が料理をします」
「部屋ごと料理しかねないだろう、お前は」
「問題ありません。実家では私が料理を担当していました。機器に関しては木のヘラなどを通して操作することで解決しています」
「ああ……確かにその方法ならなんとかなるだろうな」
一応、その厄介極まる体質を改善するために色々と試してきた。
間に木を通せば、確かに電子機器やら機械やらを破壊せずに触れることができるだろう。
――――もう渡してしまおうか
そう思わないでもないが、やはりプレゼントを渡すのは食事のあとだと相場が決まっている。少なくとも、親はそうしていた。
ご丁寧に何故プレゼントにこれを選んだか、どのような挙措に心の動きが表れるかの解説と共に。
「……そうだな。なら、二人で作ろうか」
「はい。はい」
なぜ二度言った。
そんな疑問がちらりと頭をよぎるが、ブルボンは耳をピコピコと左右に動かし、パタパタと尻尾を振っている。
(ごきげんだな、こいつ……)
隣で料理してると時折、ブルボンの意識外で勢いよく振られているであろう尻尾が太腿の裏をひっぱたいてくる。
地味に痛いが、別に我慢できないほどではない。ここで痛いと言って凹ませるのも大人気ない。
殆どの仕込みを終え、あとは焼くだけ煮るだけよそうだけ。
極めて慣れた動作でおかずの準備を終えたミホノブルボンは、おたま――――機械ではないから爆発しない――――で味見をし、コクリと頷いてふと気づいた。
「マスターは何を作られているのですか?」
木にチョコレートで装飾しているようにしか見えない。そんな問いを投げてきた少女の青い瞳と視線を交えて、少し口籠る。
「ブッシュドノエルだ」
やや躊躇いながら、参謀は口を開いた。
出来合いのものを使えば簡単にできるそれを、東条隼瀬は1から作っていた。無論すべてを今日作ったわけではなく、昨日から準備していたものを使ったりしているわけだが。
「フランス留学中に覚えた。ウマ娘には、スイーツが好きな連中が多いからな」
「なるほど。だから手慣れているのですね」
「……まぁ、そうだな」
いつもは無慈悲な程に明快な声音、語尾、口調をしている彼の様子が、どこかおかしい。
――――触れないでおいたほうがいいかも知れない
意外とその手の感情に聡くなりつつあるミホノブルボンは、耳をぺたんと畳んで疑問の扉を閉じた。
「なんだ、訊かないのか」
「マスターが望んでないと推察しました。私の疑問はごく軽量なものであり、マスターの反応とは釣り合わないものと考えます」
「……そうか」
かつて。
本当に思いつきで、このケーキを作った。クリスマスの日に降る雪を見て、『雪は走っている時に音を吸うから好きだ』と言ったウマ娘に対して。
そのウマ娘は、今まで走ることにしか興味を示さない感じがあった。だからこれから走りに行くであろうことを察して、先んじてカロリーを与えておこうと思ったのである。
クリスマスだし、どうせなら。そんな気持ちで作ったケーキ――――ブッシュドノエルを、彼女は美味しいと言った。
ここまでは、よくある話である。中流のお嬢様家庭生まれの彼女は、基本的に美味しい美味しいと物を食べる。
だが、彼女は言ったのだ。来年も食べたい、と。
目の前のこと。走ること。レースのこと。
それくらいにしか興味を示さない彼女の、非常に珍しい未来への言及。
彼女の言う来年は来なかったが、そのときに備えて練習していた結果、うまくなった。
「無論、聴きたくない、ということではありません。マスターが話したいと思ってくれたときに話してくだされば、私は嬉しく思います」
「そうか」
慎重に言葉を選んでいるであろうミホノブルボンは、心配そうにゆっくりと揺らす尻尾の勢いを緩めながら僅かに微笑んだ。
――――落ち着く、と。
そう思ったのは、雪が音を吸っているかの如く静かだからというわけではない。
ズカズカと踏み込んでくるときと、踏み込まないところがはっきりしていて、妙に噛み合うこの少女が側に居ることは、決して無関係ではないだろう。
「来年も、再来年も。このままでいいと思います。マスターが口にしにくいことを、無理に聴きたいとは思いません。マスターの事を知りたいという気持ちより、私はマスターが傷つかないことを優先します」
「……来年も、再来年も、か」
「……? はい」
シニア級に上がって、1年保たないウマ娘がいる。2年保たないウマ娘も居る。たいていのウマ娘は、シニア級で3年目を迎えられない。
世代のスターと呼ばれようとも、だ。
来年も再来年も、迎えたい。心から――――参謀に心はあるのかと、結構な人数から疑われているが――――そう思う。
しかし、来年や再来年のことを考える前に、食卓を見るべきだろう。
眼の前の――――ウマ娘2人前では済まないくらいの、明らかに多い料理をどう食べるか。食べられるのか。
がんばる姿は、美しい。ひたむきに、愚直に、ひたすらに。がんばる姿は、見る人間の心を打つ。
しかし、3皿分のラザニアが焼き上がる音を聴いて、東条隼瀬はいそいそと頑張って作っていたミホノブルボンのがんばる姿を微笑ましく思って止めなかった自分の判断を激しく後悔した。
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