ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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キャンサー杯についての活動報告を投稿しました。よろしければごらんください。


アナザーストーリー:雪は音を吸い

 雪は音を吸う。吸われた音は大地に沈んで、空に大きく響かない。

 だから、雪の日が好きだった。静寂を与えてくれるからこそ、サイレンススズカは雪の日を愛していた。

 

「相変わらず熱心なのね、スズカ。こんな日に」

 

「こんな日?」

 

 雪の夜の、パリの街を走る。

 と言っても、ウマ娘の全力疾走は景観保護の観念から禁止されている。だからゆっくりと――――それでも並のウマ娘が見たら才能に嫉妬しそうな程に軽やかに――――走る。

 

 スズカの言う『トレーナーさん』の、フランスでの同期。

 奴のことは死ぬほど嫌いだったと宣言する女性の下で、サイレンススズカは走っていた。

 

「今日、なにかあったかしら。レースは……」

 

「……クリスマスよ」

 

「…………ああ、クリスマス」

 

 自分が出るレース以外にはあまり興味を示さないサイレンススズカには、日付感覚がない。曜日感覚もない。

 

 あと何日でレース、だからこんなメニューを組む。

 もうボロボロのノートを捲って自分でカリキュラムを組み上げ、無理をせず走る。その程度の認識。

 

「そう言えば、クリスマスでしたね。ええと……」

 

 どんな挨拶をすればいいのかしら。

 フランス語を話せはするが、それはあくまでも日常レベルでのこと。行事に合わせた挨拶を、サイレンススズカは覚えていない。

 

「そういうのはいいわよ。で、また走りに行くの?」

 

「いえ。でも少し、行きたいところがあって」

 

「行きたいところ? レース場とか?」

 

「あの……私ってやっぱり、走ることしか考えてないって思われていますか?」

 

 答えは沈黙。つまり、そういうことだった。

 走るために、勝つために来た。そう言って憚らない彼女は、事実アメリカで異次元の成績を残してここへ来た。

 

 そして芝に脚を慣らすや否や、怒涛の5連勝を上げている。

 来年には、凱旋門へ。そんな声もあった。

 

「で、レース場じゃなかったらどこに行くのよ。鍛冶場にでもいく?」

 

 蹄鉄を打っている、昔ながらのところに。

 そんな問いに微笑みながら、サイレンススズカは答えた。

 

「少し、ケーキを食べたくて」

 

「へー……めずらし」

 

 行事に興味なし。食べることにも興味なし。友達付き合いはするが、積極的に遊びに行くわけでもない。

 

 無趣味。

 学生ながら走ることを仕事にしているウマ娘たちからは、彼女はそう思われていた。

 

「ええ。クリスマスですから」

 

 すっかりぽんと忘れていたくせに何を抜かすか。

 そんな言葉を吐きかけたのを引っ込めて、トレーナーはスズカを送り出した。

 

 ――――風邪、ひかないようにしなさいよ

 

 トレーナーとしてはそう言えばよかったとも思うが、サイレンススズカは生まれてから今まで、全く風邪をひいたことがないらしい。

 それは当人の資質によるものが大きいだろうが、ウマ娘としては得難い才能であるのは間違いない。

 

 スズカは、ゴムのような身体をしていた。速度、瞬発力、柔軟性。どれをとっても超一流の、怪我をしにくい身体。

 

 その柔軟性は、あの憎たらしいあんちくしょうと組んでからの初戦で実証された。

 マイルチャンピオンシップで5枠10番のゲートに入ったはいいものの、レース前の緊張で作戦を忘れてきょろきょろとした挙げ句ゲートの下をくぐって抜け出し、観客席に駆け寄って『あの、どこで息を入れればいいでしょうか……』と問う。

 

 ――――わかった。なら序盤はひたすら楽に走って、その楽が続かなくなったら息を入れろ

 

 そういう助言を受けてからURAの職員たちに連行され、怪我がないかという身体検査を受けて無事だと判断されるや大外枠に移されて、普通に勝ったとかいう謎。

 

 ハナを奪わなければならない逃げウマ娘が、何故大外枠に回されて勝てるのか。そして何故、狭いゲートの下を潜り抜けられるのか。潜り抜けられたとして、なぜ関節を痛めたりしないのか。

 

「……アイツ、こんな逸材をほっぽりだして何やってるのかしら」

 

 1年前。

 アメリカを震撼させたサイレンススズカが移籍先を探しているらしい、というニュースが欧州ウマ娘界を揺るがしていた頃。

 

「スズカがフランスに行くらしい。エアグルーヴから聴いた。お前のところで受け入れてくれないか?」

 

 エアグルーヴって誰だ。

 朝っぱらからいきなり国際ビデオ通信を送ってきた男にそんな疑問を投げる前に、思わず感情が、不満が口をついて出た。

 

「なんで私がアンタのお手伝いをしなきゃいけないのよ」

 

「お前が同期の中で一番マシだったからだ」

 

「アンタ、ブツ切りされたいの!?」

 

 選んだ理由は消去法です。それはわかる。消去法も立派な思考法のひとつだから。だがそれを、正々堂々と口に出すことをコミュニケーションとは言わない。

 

 回線切ってやろうか。

 そんな殺意がピリッと剥き出しになったことを察知してか、鋼鉄の瞳が虚空を向く。

 

「お前、デビューしてから担当ウマ娘を怪我させたことがないだろう」

 

「まあ、そうだけど?」

 

 ドヤドヤドヤ。

 

 なんでこいつ、フランスのことを詳しく知ってんだろ。そんな疑問が浮かぶ前に、感情が先に立つ。それは、彼女の特質と言ってよかった。

 

「だからこうして頼んでいる」

 

「アンタあれで頼んでたわけ……?」

 

「ああ。スズカにとって必要なのは、怪我をさせないトレーナーだからな。お前の了承をとり次第、エアグルーヴがそれとなくスズカの移籍先として推挙する。そういう流れになっている」

 

 流れを勝手に作ってんじゃないわよ。

 余程そう言ってやりたかったが、サイレンススズカはいい。とてもいい。

 

 極めて――――そう、極めて優秀なウマ娘だ。なにせ、日本でのマイルチャンピオンシップで覚醒して以来負けていないのだから。

 アメリカにはたしかに、彼女の得意とする左回りのコースしかなかった。だがそれでも、無敗はすごい。

 

 ――――1着サイレンススズカ。2着は誰だ!?

 

 新大陸の名物実況は、彼女がアメリカで走る最後のレースが開始されて早々、やけくそ気味にそう叫んだ。そこに誰も、なんの非難を浴びせないほどに、赤みがかった栗毛の超特急は誰にも止められなかった。

 

 危なげなく圧倒して勝ち続けるその様から『接戦には弱かろう』と接戦にまで持ち込もうにも、持ち込めない。持ち込めるウマ娘はひとり居たが、それでも鬼気迫る再加速によって完膚なきまでに叩きのめされた。

 

(こいつが育てたって時点で、能力は高い。戦績がそれを証明してる。それに、アメリカのダートにいきなり適応してみせた。なら洋芝への適応はそれなりにできるはず)

 

 そんな算段で、彼女はサイレンススズカを受け入れた。従順でおとなしい――――しかし、芯の強いウマ娘。

 練習メニューを自分で組み立てられるほどの頭もある。

 

 彼女に足りていないものは、なかった。臆病なほど慎重に、身体を大事にして走っている。

 それはたぶん故障の影響だろうと、彼女は考えていた。

 

 そんな彼女を、補佐する。性格とは正反対の放任主義的信頼で、彼女はサイレンススズカを御していた。

 

 任せられた理由は、今となってはわかる。無能なトレーナーであればあるほどに、自分が自分がと前に出る。ウマ娘に任せることを――――指導者として立っているはずの自分が競技者であるウマ娘に劣ることを認められない。

 

 最低限の健康管理を除いた放任。それが、完成を迎えたサイレンススズカというウマ娘に必要なことである。

 

 学生だった頃、常々言った。主流である管理主義は、その軛を緩めるべきだと。

 管理主義の権化だったあの男は、その論説を聴いていたらしい。

 

 自分の主義に、自分の主張に拘泥しない。ウマ娘のためであれば、自分の何もかもを擲てる。

 

「……アイツ、来んのかしら」

 

 サイレンススズカは最強だ。間違いなく。強さという階を、登りつめた先端、突き立った塔の果てに、孤高に佇んでいる。

 

 暗い外を眺めながら、サイレンススズカを思う。片翼で、誰よりも速く飛翔するウマ娘のことを。

 

 自由の果て、孤独の先の強さを得た彼女はひたすらにストイックで、だからこそ隙がない。

 

 そんな隙のない孤高の存在はと言えば、現在迷っていた。

 迷いウマオーバーランと言った感じに、パリを大外からくるくると左回りに走る。

 それは何らかの儀式かと問われれば、そうかもしれないと思える程度には不可思議な光景だった。

 

 緑の耳当て、白いマフラー、黒い手袋。

 それなりの防寒対策を施された服を着て、パリの路地に突っ込んでは戻り、突っ込んでは戻り、しらみつぶしに探索しながら範囲を狭めていく。

 

 向かいたい場所は、決まっている。だが、向かう場所は決まっていない。

 

 ――――どこのケーキ屋さんにしようかしら

 

 彼女が盛大な左回りを見せている理由はと言えば、その程度なものだった。

 

 できれば、美味しいものがいい。ちゃちな、安い味であってほしくない。クリスマスに、雪の降るあの夜に食べたあの味を汚されたくない。

 

 マフラーを鼻のあたりまで深く巻きながら、サイレンススズカは駆けた。どこまでも、いつまでも走れそうなほどに脚は軽い。

 今の彼女を見て、そしてそれまでの彼女を見ても、脚の骨が折れたことがあるなどと誰も思わないだろう。それほどまでに、後遺症というべき症状の何物もない。

 

 骨折したときの記憶が蘇り、踏み込む脚が鈍る。走ることが怖くなる。そんな心理的な影響もなければ、寒くなると痛んだり、走って痛むなどという、肉体的な影響もない。

 

(トレーナーさん。元気ですよ、私)

 

 クラシック三冠を、ミホノブルボンという娘と共にとったらしい。

 その知らせを聴いて、サイレンススズカは心の底から喜んだ。

 

 執着とか、嫉妬とか、そういうものから解き放たれたのだ。究極の速度が齎す真実の世界に脚を踏み入れて。

 

 また歩きだしてくれて嬉しい。自分のことを、いつまでも引きずってほしくはない。

 共に駆けたあの時のことを覚えていてほしい。忘れないでほしい。そんな気持ちはあるが、傷になってまで残ろうとは思わない。

 

 治ることを知らない膿んだ傷を抱えたまま、苦しんでほしくはない。

 そしていつかは、わかってほしいのだ。あのときの判断に、それまでの積み重ねには何一つ、間違いなどなかったのだと。

 あれが事故だということは、走っていた本人である自分が一番良くわかっている。なんの兆候もなかった。不調なのに無理矢理走らされたというわけでもなく、完璧な絶好調。

 

 絶好調だからこそ、速度の壁を超えられた。究極の速度がもたらす新たなる世界の片鱗を見れた。

 そう。その時は片鱗だけだった。だが今は、違う。片鱗ではなく、くっきりとした輪郭を捉えている。領域の裏側に侵出している。

 

(他の誰にもできなかったことをすれば)

 

 誰にも至れなかった地平に立てば、証明になるかもしれない。あの理由なき怪我があってこその今の自分だと言えば、救いになるかもしれない。

 その先を考えることはしなかった。分厚いガラスのウィンドウの中で、色とりどりのケーキが並んでいる。

 

 考え事をしながらも鍛え抜かれた冷静な部分は無意識に、獲物を捉える鷹の如く働いている。熱意と集中力の裏側にはびっしりと、冷静な判断力が敷き詰められているというのが、サイレンススズカの長所だった。

 

「いらっしゃ――――」

 

 から、ころ。

 赤い木の実とひとめで針葉樹とわかる葉っぱに彩られたベルが鳴り、うつむいていた店長らしき男が面を上げた。

 

「さ、サイレンススズカ!?」

 

「え」

 

 なんで知ってるんだろう。

 自分の評判というものにひどく無頓着な――――とある男と僅かな相似を感じさせる反応を示してから、栗毛の彼女は黒い手袋を口元に当てた。

 

「あ、ファンの方ですか?」

 

「いや……まあ、うん」

 

 今年のムーラン・ド・ロンシャン賞とジャック・ル・マロワ賞をぶっちぎりで勝ったウマ娘を知らない人間はいない。

 彼の推しを粉砕したこのウマ娘。アメリカ人から自嘲気味に《黒船》などと呼ばれた彼女の走りは、あまりの無双ぶりにアメリカのトレセンに『逃げウマ娘育成専属コース』なるものを新設させたらしいという噂に真実味を帯びさせるに充分なものだった。

 

 一挙手一投足も逃すまいと左右に揺れた耳を他所に、サイレンススズカは濁された返事への興味をすぐに無くした。もともとが、走り以外には淡白な質なのである。

 

「ブッシュ・ド・ノエルをふたつ、いただけますか」

 

 はい、2つですね。

 すっかりと商売人のよそ行きの顔に戻った男性からケーキを2つ収めた紙箱を受け取り、ぴったりのお金を渡す。

 どこかさみしげな、でも嬉しげな横顔を見せながら、ゆっくりと優しく駆けながら寮に戻る。

 

 マフラーをほどき、手袋を外す。お皿を2つ用意して対面に置きながら、サイレンススズカはコーヒーを入れた。

 緑と白、好きな色。太極図のように配色されたその銀製のペンダントを開き、中の写真に語りかける。

 

「私、喜んでいるんですよ。本当です」

 

 何も答えないし、なんの反応も示さない冷たげな顔。信頼と愛情を感じさせる、妙な色気のある声色を可能な限り明るくして、栗毛の少女は宙を向いた。

 

「でも、約束しましたよね。来年もって」

 

 その手を離したのは、自分だ。一人でも大丈夫だと、来年から海外遠征をするつもりだったからと言って、苦悩する彼から離れた。

 そんな彼が約束を果たせなかった理由も、わかる。ウマ娘の命とも言える脚の故障中にクリスマスなど祝えない。だからこれは、ほんの冗談だった。

 ブッシュ・ド・ノエル。一緒にまた食べようと言った、約束の象徴。

 

「うそつき」

 

 ――――トレーナーさんの、うそつき

 

 ――――私の、うそつき

 

 その声も、ゆっくりと。外に降りしきる雪が吸っていった。




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