ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:今再び

 有馬記念は、クリスマスのたった2日後である。

 結局のところ、ミホノブルボンは闘走心と理性の間で折り合いをつけることはできなかった。

 

 であれば、無理に折り合いをつける必要もない。2500メートルは長距離に分類されるが、限りなく中距離に近い。全力で逃げ切りを図っても、スタミナが切れることはないだろう。普通にやれるなら、だが。

 

 そう。問題はそこなのだ。果たして普通にやれるのか。

 ミホノブルボンの最大の長所である掛からなさ、無用にスタミナを使わないという部分がこのレースに限っては失われていると考えたほうがいい。

 

 無駄な期待はしない方が良いのだ。最悪を極めた予想をした方が、却って事前に対策できる。

 

 現在、トレセン学園は閑散としていた。

 年末のレース――――有馬記念やら――――を控えていないウマ娘たちは実家に帰省し、骨休めの期間に入っている。無論残ってトレーニングに励む者もいるが、ウマ娘にとっては休むのも立派な仕事である。

 ミホノブルボンも出走したGIホープフルステークスが12月の28日。これが今年最後のレースになり、新年の初レースは1月の5日。京都と中山で行われる金杯が、トゥインクルシリーズの開幕を告げる。

 

 だが実際のところ熱心な、それも古参のファンであればあるほどホープフルステークスが1年の最後を締めくくるレースであることを認めない人間が多い。

 1年の最後は、有馬記念。そういう固定観念のあるファンは、未だに多い。というか、それほどの人気と伝統のあるレースなのだ。

 

 これまで無敗の三冠ウマ娘・ミホノブルボンの対抗ウマ娘は、宝塚の覇者メジロパーマー。次いで、ジャパンカップで底力を見せたトウカイテイオー。

 

 トウカイテイオーについては置いておくとして、メジロパーマー。

 彼女は宝塚記念の覇者だが、続く天皇賞秋で大惨敗をかました。

 

 このせいで『逃げは安定感がない。パーマー、ヘリオスは博徒みたいなもん』『宝塚はフロック。マックイーンが出たら勝ってた』という見方が多くなった。

 しかし、『逃げは安定感がある。覚醒したあとのサイレンススズカも、初戦で出遅れかまして以降のミホノブルボンも全く危なげなく勝ってる』『宝塚はフロックで制せるほど安くない。2200ならパーマーはマックイーンに勝てる』という論調もある。

 

 もともと、トゥインクルシリーズのファンたちは逃げという戦法を愛していた。大半のトレーナーが不安定で自分の介在の余地がないそれを嫌うのに対し、ファンたちは面白いものを見るような目で見ていた。

 

 ファンからすれば、低打率ロマン砲を見るような感覚だったのである。

 勝ったら『うおぉぉおお! 珍しいもの見た!』となるし、敗けても『あー、またスタミナ尽きて沈んでる』と笑えるし、駆け引きなしの全力で走る姿は見ていて感動できる。

 

 そう、それは、弱小球団を応援するファンの心理だった。負けてもいつものこととして流せるし、勝ったら珍しいから嬉しい。

 ある種の無敵さを持つファンたちに、逃げは細々と支持され続けてきたのである。

 

 そういう手合に加えて、最近は逃げという戦法そのものが見直されつつあった。

 これひょっとして強いんじゃないか、と。

 

 まあそんなことはないわけだが、逃げというだけで評価が下がる時代から逃げというだけで評価が上がる時代になりつつあった。一種の流行りである。

 

 更に、有馬記念の開催場所がよかった。

 なぜメジロパーマーがトウカイテイオーを抑えて対抗一番手であるか。その理由はたったひとつ。それはここが中山レース場だから以外にはない。

 

 中山の直線は短い。

 そして直線が長ければ長いほど、後続から差し切るタイプのウマ娘が有利になる。

 逃げの黄金の負けパターンが最終コーナーから直線にかけて差し切られるというものだから、逃げにとっては直線は短ければ短いほどにいい。

 

 故にここでは、トウカイテイオーよりもメジロパーマーの方が勝ち目がある。そう考えられていた。

 しかし、大半が思っていた。短い直線に、直線前の短く急な上り坂。これらの地形は、間違いなくミホノブルボンに有利に働く。だから、ミホノブルボンが勝つであろうと。

 

 そんなミホノブルボンはと言えば、最後の作戦会議に入っていた。

 

「作戦を説明する」

 

「傾聴いたします」

 

 自戒の念の塊のようになっていた男は、弛まぬ努力によって得たメンタルリセット術を駆使してすっかり元に戻っていた。

 ミホノブルボンも、いつもの右手を突き出す例のポーズ。信頼するマスターの過去を知りたいと思いつつも、特にその後は追求することなく通常のまま。

 

 これに勝てば、ミホノブルボンはクラシック級の終わりまでにGⅠを7勝したことになる。

 シンボリルドルフはクラシック級終わり時点でGⅠを6勝しか(今は倍くらい勝っている)していなかったから、一応超えたと言ってもいいかもしれない。

 

 もっともミホノブルボンの2勝はジュニア級のものであり、シンボリルドルフはシニア級に混じって宝塚を勝ったという――――勝ち数では単純に計れない差異がある。

 だが、何はともあれ大多数のファンはミホノブルボンのGⅠ7勝、或いは無敗伝説の終わり――――どちらにせよ歴史に蹄跡を刻む様を見たくて有馬記念を見ている。

 

 皐月賞以来の中山レース場である。奇しくも、控え室はあのときと同じ場所。

 同じ場所であるが、走り競う相手は大きく異なる。ライスシャワーはいないし、全員が全員人気のウマ娘。

 

 人気者、というだけではない。無論人気の裏には、確かな実力がある。

 

「まず、今回の有力ウマ娘はトウカイテイオー、メジロパーマー、ナイスネイチャの3人だ」

 

 ホワイトボードに貼り付けられた3枚の写真。教杖で指し示されたそれを見ながら、ミホノブルボンはやっとまともに触ることができるようになったデバイスを操作した。

 

 参謀自作のウマ娘データベースアプリが、このデバイスにはインストールされている。

 

「まずナイスネイチャ。彼女は頭のいい、駆け引きのうまいウマ娘だ。自分の基礎能力が超一流とは言い難いことを自覚し、それでも超一流どころに喰らいつけている。それはつまり、どういうことか」

 

「ルドルフ会長のような戦法を取る、ということでしょうか」

 

「まあ、そうだ。あいつのように中盤からレースを支配することはできないが、後方から前方のウマ娘の調子を乱す。届かない星があるならば引きずり下ろして勝つ、というのが彼女の戦法だ。力勝負では君は勝てるだろうが、駆け引きではとても及ばない」

 

 よーいどんの徒競走で100回走れば、ナイスネイチャはトウカイテイオーに100回負ける。

 なぜならば、トウカイテイオーはナイスネイチャよりも遥かに強いからである。

 だが、レースでは異なる。状況に応じて作戦を変え、掛からせ、消耗させ、最後に勝つ。そんなレースを行える力がある。

 

「だがそれもこれも彼女を近づけなければ問題ない。つまりナイスネイチャを恐れるべきは好位置をキープして一気に仕掛ける王道のウマ娘であり、無視して先頭を行く君には関係がないと言える」

 

「ルドルフ会長のように、両脇を掛からせて蓋をするということをしてくる可能性があるのではないでしょうか?」

 

「あれはルドルフの持つ威圧感を利用したものだ。それに反して、ナイスネイチャに威圧感はない。というか、彼女は威圧感がないことを利用して場を撹乱するタイプだ。その恐れはない」

 

 なんでもない与しやすいウマ娘と思わせて、早めに仕掛けて焦らせたりする。それがナイスネイチャである。

 一方でシンボリルドルフは、自分の側に謎の空白空間を作り出すが如き威圧感を利用して焦らせ、掛からせるのだ。

 

 両者は駆け引き上手と言う点では同じだが、即効性の駆け引きを行うルドルフと遅効性のネイチャという大きな差がある。

 だから開幕で掛からせて逃げを潰す、ということはルドルフにしかできない。

 

「次はメジロパーマーだ。彼女は典型的な逃げウマ娘と言っていい。逃げるために走りを作り、逃げることしかできない。開幕からスパートをかけて中盤までにリードを広げ、へろへろになりつつも最後まで先頭を譲らない」

 

 ミホノブルボンは自分の機械的なペースを乱れさせないために逃げている。だから自分より速いウマ娘がいれば、先頭を奪われても全く問題はない。

 だが逃げるために走りを作っている典型的な逃げウマ娘は、先頭をとらなければペースがドンドンと崩れていって自滅する。それは、秋の天皇賞を見ても明らかである。

 

「楽逃げという言葉もあるように、逃げというのは単騎であればあるほどいい。なぜなら、逃げウマ娘は先頭を取れなければ崩れていくからだ。だが、君のラップ走法は一般的な逃げと共存できる。君は必ずしも先頭であることを必要としないし、そうなると互いに干渉しあわないからな」

 

「では、今回はラップ走法でいきますか」

 

「いや、今回はジャパンカップと同じ戦法で行く。正攻法でメジロパーマーに勝て。どちらが上かを証明しろ」

 

 スタートに全力を注ぎ、中盤で息を入れ、終盤で突き放す。これまでも度々試してきた、そしてジャパンカップで一応モノになった二の矢。

 

 闘走心を煽るような発言に、ミホノブルボンは頷いた。

 

「最後に、トウカイテイオー。彼女は、進化したと言っていい。一皮むけたというべきかな」

 

「ルドルフ会長へのこだわりを捨てた、ということでしょうか」

 

「そうだ」

 

 好位抜出、ルドルフ戦法。

 憧れの人と同じ戦法で勝つ。そのことにこだわって、トウカイテイオーは走ってきた。ひたすらに、愚直に駆けてきた。

 

「あいつは、こだわりを捨てた。誰しもが捨てたからと言って強くなるわけではないが、トウカイテイオーは捨てることによって作戦の幅を増やした。それはつまり、対応できる状態が増えたということだ」

 

 基本的に逃げという枠組みの中で手札を増やしていくのがミホノブルボンである。

 彼女には先行で好位をキープしたり、差しで周りを気にしながら臨機応変にスパートを掛けたり、追込で一気に差し切るといった才能はない。だから、ひたすらに1つのことを極めることに注力している。

 

 トウカイテイオーは、持ち合わせていた幅広い才能を狭く深く使っていた。だが今や、広く深く使おうとしている。

 彼女が目標としていた日本ダービー時のシンボリルドルフという枷から解き放たれ、こだわりを捨て去った結果、却ってよりシンボリルドルフに近づきつつあるのは皮肉と言う他ない。

 

「故に今回は、確たる戦術は立てない」

 

 立てても実行できる精神状態ではないしな、という言葉は口に出さなかった。

 将軍は掛からせないように育てることはできないが、掛かっても対応できる。その場で修正できる。

 だが、参謀としては掛からせないように育てられるが、掛かられるとこれと言って有効な手を打てない。

 

「スタートでハナを奪って加速し、中盤に息を入れて中山の坂を超えろ。今のお前ならば、平押しでも勝てる実力はある」

 

 参謀の未来予知的な先読みは、序盤をミホノブルボンが支配できるという前提でのものである。今の掛かりやすいブルボンでは、序盤を支配できるかどうかも怪しい。

 

 よって先読みはできても当たるとは限らない。当たらない予想を長々語っても、どうしようもない。

 

「乗り越えろ。再びここ、中山で。去年の今頃と同じように」

 

 去年の今頃行われたのは、ホープフルステークス。有馬記念と同じここ、中山で行われたレース。

 あのときは、今の自分を信じられていない状況を打開するために。そして今は、信じられる自分に戻るために。

 

 ――――いや、信じられる自分に戻るのではない。受け入れて、糧にして、新たに半歩でも進めるように。

 戻るのではなく、新しい自分を信じるために。

 

 ミホノブルボンは、8枠16番。最も不利な大外に設置されたゲートに入った。




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