ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
100万UAいったから記念投稿です。
ここからひとつ、普通の話をする。ごく常識的な話をする。
クラシック級のウマ娘――――Aとする――――がシニア級にいくとき、メディアはこういう。『Aは、シニア級の強豪たちに勝てるのか?』、と。
だがこの場合は、違った。かつてのシンボリルドルフのときもそうだった。トウカイテイオーのときもそうだった。
シンボリルドルフに、シニア級のウマ娘たちは勝てるのか?
トウカイテイオーに、シニア級のウマ娘たちは勝てるのか?
絶対的な強さは、自分の世代を征服し支配する程の強さは、立場すら換える。
挑戦者であるはずの自身を、君臨者に。
君臨者であるはずのシニア級のウマ娘たちを、挑戦者に。
かつてそうであった自分を見るような気持ちで、トウカイテイオーはミホノブルボンを見ていた。
東京2400メートル。525メートルもの長大な直線で差しきれなかったトウカイテイオーが――――射程距離が中距離までの彼女が長距離、それも中山の310メートルしかない短い直線でミホノブルボンを差しきれるとは思えない。
それが、評論家たちの統一見解だった。
だからこそ、メジロパーマーが対抗ウマ娘に挙げられたのだ。メジロパーマーは今のところ、シニア級最強のウマ娘である。
セイウンスカイが怪我をして療養に入ったあとは、サニーブライアンが継いだ。
彼女は覚醒前のサイレンススズカをボコボコにし故障。そしてそのバトンは覚醒を果たしたサイレンススズカへ。
サイレンススズカが故障して外国に渡って程なく、メジロパーマーは出てきた。
王道の戦法に固執して伸び悩んだり、障害に転向したり。色々あって吹っ切れた彼女は、現在逃げウマ娘最強の座を保守している。
メジロ家の中でも異端扱いされる彼女は、ある意味ではメジロ家のウマ娘らし過ぎる程にはらしかった。
つまり、逃げと言う邪道に転向しても王道だったのである。最初から全力、徐々に力が落ちていき、なんとかかんとか走り抜く。
盤外戦術を含めた駆け引きで、時に中盤はバ群に埋もれることを善しとするなど緩急自在の逃げを見せたセイウンスカイ。
彼女の衣鉢を継ぎ、逃げウマ娘にしては珍しく他の逃げウマ娘への牽制を積極的に行い、単騎逃げのスタイルを確立したサニーブライアン。
逃げつつ脚を溜めて最後の直線で差すという、天才的な感覚と爆発的な加速を生み出す柔軟性が可能にした理解不能な逃げを打ったサイレンススズカ。
精密な体内時計と距離感覚――――彼女に配られた数少ない手札を最大限に活かした、正確無比なラップ走法。『レコードを出せるレベルのラップをひたすら刻み続ければ勝てる』という最高に頭がいい戦法をとるミホノブルボン。
彼女ら邪道の横道を行く逃げの異端児――――異端の異端児たちと比べて、実にお行儀のいいのがメジロパーマーだった。
――――逃げのハナの奪い合いは、殴り合いだ
スピカのトレーナーは、そう言った。
どちらが速いか。どちらが理想のコースをとれるか。そして、どちらが有利な位置でスタートできるか。
理想のコースと言えば頭が良さそうに聴こえるが、要は力でもぎ取れるかという話である。
(ブルボンは8枠16番大外枠。パーマーは2枠3番。ヘリオスは4枠8番。間違いなく、ハナはパーマー)
そう予想するトウカイテイオーは3枠5番。パーマーとヘリオスの間。
パーマー、ヘリオス、ブルボンの3人の逃げウマ娘。実力で言えば間違いなく、ブルボン、パーマー、ヘリオスになる。
だがこのレースに限っては、パーマー、ブルボン、ヘリオスだ。
つまりトウカイテイオーがマークするべきはメジロパーマー。そんな彼女の少し外に配置されたのは、まさに僥倖。好位置も好位置と言っていい。
しかし、ミホノブルボンを監視するには遠すぎる。それが、ほんの少しだけの不満。
わぁ、と。観客が湧く。
瞬間、トウカイテイオーは察知した。もうすぐ、レースがはじまることを。
《3番人気は春のグランプリ覇者、メジロパーマー。シニア級最強の逃げウマ娘です》
メジロパーマーは、ちらりと視線を外に走らせた。視線の先にはジャパンカップで復活を果たしたトウカイテイオーがいて、盟友であるダイタクヘリオスが居て、ミホノブルボンがいる。
《2番人気は無敗の二冠ウマ娘、トウカイテイオー。ジャパンカップで見せた、鋭い末脚がここ中山ではどう出るか!》
トウカイテイオーは、落ち着いていた。
大阪杯のときのように、闘走心をむき出しにしてこれから行われるレースが楽しみだとばかりに笑うことはしない。だがその眼には、熱がある。
春の天皇賞で負けて走る意味を失ったときのような冷めきった静けさと、走りへの熱を共存させるだけのセンスが彼女にはあった。
《1番人気はここまで無敗、三冠ウマ娘、ミホノブルボン。クラシック級でのGⅠ勝利数記録更新となる7勝目を掛けて、有馬記念に挑みます》
敗れざることを誇りとしてミホノブルボンがここにいるならば、敗れたことを糧にしてトウカイテイオーはここに居る。
《さあ、16人のウマ娘たちの夢とプライドがぶつかり合う年末のグランプリ、有馬記念!》
バタン、と。歓声を鎮めるような重い音と共にゲートが開く。
《今、スタートしました!》
真っ先に飛び出したのはメジロパーマー、ダイタクヘリオスのバカ逃げコンビに、ミホノブルボン。この中ではミホノブルボンのスタートが最も速いが、メジロパーマーも速い。
両者の速度差は確かにあったが、大外の不利を覆す程ではない。経済コース――――もっとも体力を消耗しない内枠のコースを取り、その横にダイタクヘリオスが並ぶという、いつもの形。
前に立ち塞がるウマ娘もいない。秋の天皇賞――――メジロの悲願たる盾を得るための戦いではものの見事に蓋をされたが、今回は蓋を作れる者はいない。
《先頭はメジロパーマー、2番手、ダイタクヘリオス。ダイタクヘリオスの後ろにトウカイテイオーが続きます》
メジロパーマーの隣で追従するダイタクヘリオスの後ろ。そこがこのレースの好位であると、トウカイテイオーは見抜いた。
ダイタクヘリオスは、マイラーである。2500メートルでは当然ながら彼女の射程距離ではない。
距離適性の怖さというものを、トウカイテイオーは知っている。
春の天皇賞で敗けた時に、トウカイテイオーは知ったのだ。距離適性というものの嶮岨さを。それを乗り越えるための苦難を。
間違いなく絶好調だったのに最後に伸び切れなかった自分を見返して、改めてトウカイテイオーは理解した。ミホノブルボンの偉大さを。
トウカイテイオーには、2500メートルはやや長い。
それは事実だ。だが、ミホノブルボンの射程は精々1800メートルまで。だがそれを、彼女は3000メートルにまで伸ばした。あの菊花賞を見るに、3200メートルも走れるだろう。
(たった100メートルくらい、ボクなら超えられる!)
ちらりと、外を見た。
大外は、基本的に誰にとっても不利な位置である。だが実力のある先行や差しであれば、誤差で済む。あくまでも仕掛けるのは中盤以降であり、仕掛けるまでは極論、好位に付けなくとも勝ち目があるからだ。
序盤は不利な位置にいても、立ち回りで徐々に挽回することができる。どうしようもない運に左右されない強さ。それが先行や差しが王道の戦法と言われる所以。
だが、逃げは違う。逃げは端から仕掛けていくが故に、序盤の立ち回りが重要になる。
(おっ、と)
良バ場の芝に滑りかけた脚を止めて、トウカイテイオーは息を入れた。気が急いている。その自覚がある。だからこそ彼女は瞼を閉じて一度視界を切り、意識を完璧にリセットした。
後ろには好位につけず臍を噛むイクノディクタスら他のウマ娘、中盤後方でバ群に潜むナイスネイチャ。内には好調らしいウマ娘。前にはメジロパーマーとダイタクヘリオス。
そして外にはミホノブルボン。内に視線を向けることもせず、ひたすらに前へ前へと進んでいく。
(ブルボン……どうくるのかな)
そろそろ来る。頭ではわかっているが、勘がその理論的な予測を否定している。
大外に回された逃げウマ娘は内に向かって斜行し、なんとか最効率のコースを取ろうとする。でなければ風の抵抗を受け続け、スタミナ消耗の激しい逃げウマ娘は途中でスタミナが尽きてしまう。
だがミホノブルボンはひたすらに愚直にまっすぐ駆けている。大外だとかそういうことがまったく関係ないといわんばかり真っ直ぐに、不利なコースを突っ走っている。
――――自信があるんだ
ミホノブルボンの意図に気づいたのは、やはりトウカイテイオーだった。
彼女は、鍛えに鍛えた自分のスタミナを信じている。2500メートルを余裕で走りきれるという確信がある。少しくらい無駄な走路をとったからと言って、走りきれるという確信が。
力に任せた、積んでいるガソリンの容量に任せたスタミナ勝負。逃げウマ娘同士の戦いは、殴り合いに似ている。
パワーとスピード同士のぶつかり合いなのだ。肉薄しながらドンドンと速度を上げていく、メジロパーマーとダイタクヘリオスのように。
《ミホノブルボン! 大外から一気に上がっていきます! どうやら完全に、ラップ走法を捨てた様子!》
スプリンターとしての才能しか持ち合わせていなかったちっぽけな寒門のウマ娘を、三冠へと押し上げた戦術を捨てる。
何も知らないファンはその果断すぎる決断に疑義を挟むだろう。それは今年やっとブレイクした期待の若手が、フォーム変更の旅に出かけるというニュースを聴いた野球ファンの如く。
だが、共に走っているウマ娘たちは知っていた。貪欲に進歩を求めなければ、現状維持すら不可能だということを。
メジロパーマーと、ダイタクヘリオスが、焦ったように大外を見た。
並んで抜かしてきたミホノブルボンの、勝利に飢えてるかの如く闘走心が迸る貪欲な眼差し。視線が交錯し、離れる。
(喉笛に喰らい付かせたら負ける)
メジロパーマーは、咄嗟にそう判断した。絶好調の身体を動かし、限界に近い速度の壁を超える。
マイラーであるダイタクヘリオスの速度上限は、メジロ家らしく本質的にはステイヤーであるメジロパーマーのそれよりも高い。
更に突き放しにかかったバカ逃げコンビに合わせて速度を上げるミホノブルボン。
トウカイテイオーは、その景色を冷静に見ていた。
(絶対、これは続かない)
なぜなら、ミホノブルボンはラップ走法を捨てたから。
彼女は勘がいいから天才と呼ばれているのではない。誰にもできない走り方をできるから天才と呼ばれているのではない。
それら2つを兼ね備え、自分の才能を疑いなく信じ、不確かな勘が導く結論となんの躊躇いもなく心中できるから天才と呼ばれているのである。
この場に集まったウマ娘は、皆一流だった。だが天才ではなかった。第一、1番人気からして天才ではない。
皆、わかっていた。こんな殺人的な――――もはや虐殺レベルのハイペースでレースは終らないと。そんなことはできやしないと。
メジロパーマーとダイタクヘリオスが逃げているだけならば、いつものことかと流すこともできた。
だが、『できやしない』を覆してきたミホノブルボンが、正確なコースレコードを刻むサイボーグが同じペースで走っている。
ペースが速い。
それはわかる。それはわかるが、どれくらい速いのかがわからない。ミホノブルボンであればわかることが、彼らにはわからない。トウカイテイオーにもわからない。
身体にメトロノームを仕込まれたような精緻極まる時間感覚をもつのは、ミホノブルボンだけなのだ。
何秒速い。そう断言されれば、彼女らは気が急くくらいで済んでいただろう。
だが、断言してくれる人間はいなかった。中盤を構成するウマ娘たちは、皆他人の顔を見て走っていた。
正しいよね、と。
私達のペースがおかしいんじゃなくて、あいつらのペースがおかしいんだよね、と。
その時までは、皆が保証してくれた。あいつらがおかしい、と。誰も追わない。急がない。だからこそ、この均衡は保たれていた。
だが、わからないことに変わりはない。そしてわからないことほど、恐ろしいものもない。
ヒトが闇を恐れるのは、害獣が潜んでいるからではない。お化けがいるからではない。
居ることが確定しているならば、ヒトは恐れを抱かない。ヒトが闇を恐れるのは、わからないから。何がいるか、何が起こるかわからないから。
(仕掛けようかな)
トウカイテイオーは、思った。
パンパンに膨らんだ風船のような恐怖心。このままレースが淀みなく進み、自分たちはなんの良いところもなく、控えたまま負けてしまうのではないかという恐怖。
その心理を察して、トウカイテイオーは一歩前に踏み出した。中盤のみんなを掛からせて追わせて、逃げ3人組を更に焦らせる。消耗したところを、まとめて差す。
そうするためには、どうすればいいのか。
少し考えればわかる。彼女は、そうされた経験があるから。シンボリルドルフに、掛からされた経験があるから。
掛からせ。焦らせ。牽制。
少女の頃には思いもしなかったし、見向きもしなかった。王道しか見えていなかったし、見る必要もなかった。だが今では、それなりに機微を察することができるようになった。
それはたぶん、トウカイテイオーが弱さを自覚したからこそ。
自分の弱さを発見し、自覚し、向き合って、克服したからこその、進化。
だがこの場には、トウカイテイオーの何倍もの時間を自分の弱さに向き合うことに費やしたウマ娘がいた。
王道で勝ちたい。キラキラになりたい。そんな思いを持ったまま、自分の実力と適性を見極め、敵の弱所をついて勝つという道を選んだウマ娘が居た。
レース序盤と、レース中盤の間。皆が――――トウカイテイオーすらも作戦を頭の中で組み立て直している、思考の間隙。
《ナイスネイチャ、仕掛けました!》
その隙を逃さず、伏兵が現れた。
42人の兄貴たち、感想ありがとナス!
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