ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:雑草

 なにかと舐められがちなメジロパーマーは、非凡なものをもっている。それはスタミナであり、パワーであり、メジロ家から施された知識と、それを活かせる聡明さ。

 

 一時期は障害走という――――言い方を取繕わなければ三軍に回されていたわけだが、彼女はそこで芝を踏みしめるパワーを得て見事に芝に返り咲いた。

 

 芝一軍、土二軍、障害三軍。

 別にそれらの競技の間に上下があるわけではないが、観客はそう思っている。

 先発ができないなら中継ぎをやらせるかという感じに、芝ができないならダートに、ダートも無理なら障害に回すか、という空気があるのだ。

 

 メジロパーマーは名家の出でありながら、障害走から這い上がってきた雑草でもあった。

 故に根性というものを、人一倍備えていた。

 

 だから、ミホノブルボンのことを尊敬してすらいた。無理を乗り越えて表舞台に這い上がった、自分と同じ逃げウマ娘のことを応援していた。

 

 無理などない。そのことを、ミホノブルボンを見て知ったから。

 だがそれでも、思う。

 

(あんな無茶な走り方して保つの!?)

 

 大外で誰に追われることもなく、誰を追うわけでもなく。ただひたすらに、先頭に立って走る。それしか考えていないような走り姿。

 

(何考えてんだろ……)

 

 メジロパーマーは、思考した。

 彼女は、メジロ家の者である。当然シンボリ家ゆかりの家である東条家との関わりもあるし、ミホノブルボンのトレーナーの人柄も実績も知っている。

 

 戦略的な優位に立ち、常々理不尽な二択を突きつけてくる男。

 シンボリルドルフと組んでいたからこそ、切れる手札が多いからこそ活きると言われていた才覚。

 切れる手札がずば抜けて多いシンボリルドルフだからこそ、正確なレース予測を完璧に活かせる。

 

 予測できても対処できない男と、予測できれば対処できる女の組み合わせは、まさしく悪夢だったと言ってよかったのだという。

 海外遠征に行く前の国内最後のレースに選んだ宝塚記念でマルゼンスキーと戦って勝てたのはあのコンビであればこそだと、誰もが認めるところだったのだ。

 

 シンボリルドルフに東条隼瀬が必要かどうかはともかくとして、東条隼瀬にはシンボリルドルフが必要だ。ルドルフと戦術幅の広さがあってこそ、奴の才能は活きる。

 

 そう思われていたのが、サイレンススズカと組んで変わった。

 

 絶対の戦略的優位を提供し、駆け引きに勝つ。

 

 それしかできないと思われていた男は、駆け引きの悉くを無視してのゴリ押しもできると、多くのトレーナーが知った。

 

 戦略的に勝つこともできるし、戦術で盤面を破壊することもできる。少なくとも、対面したトレーナーはまだ若き奇才を見てそう感じた。

 

 だが、マシだったのだ。

 シンボリルドルフには戦略的優位しか提供しないし、サイレンススズカにはゴリ押ししかさせなかった。

 

 ある種の戦術的狭さが、東条隼瀬の御すウマ娘にはあった。その狭さがあったからこそ、迎え撃つ側のトレーナーたちは割り切ることができたし、対策を――――勝てたかどうかは別として――――確立させることができた。

 

 しかし、今は違う。

 菊花賞で見せた、破滅逃げへの対処。あれは実に見事な戦術、駆け引きだと称賛するものもいた。

 だが見る者が見れば、キョーエイボーガンがミホノブルボンに勝つために取れる選択肢は実質的に破滅逃げ一択だったのだ。

 

 それを選択するかどうかはともかくとして、東条隼瀬はミホノブルボンを鍛え抜くことによって他のウマ娘がとれる戦術の幅を狭めることに成功した。

 

 戦略的優位に立って敵の勝ち筋を限定させることで、レースを管制下に置く。

 それは、シンボリルドルフと組んでいたときにとっていた彼の常套手段だった。

 

 ミホノブルボンは、ゴリ押し系のウマ娘である。だから東条隼瀬は戦略的な優位を作らないし、作れない。そう思われていたのが、あの一戦で変わった。

 

 つまりやろうと思えば、彼はミホノブルボンに戦略的優位を提供できる。そして、そういうのを無視して単純にゴリ押すこともできる。

 

 事実彼は、サイレンススズカと組んでいたときも戦略的優位を築くことができた。だが、やらなかった。サイレンススズカが、そういうめんどくさいことを好かなかったからである。

 逆に、シンボリルドルフは力でねじ伏せることを明確に好まなかった。だから、ゴリ押しさせなかった。

 

 しかしミホノブルボンに、そういうこだわりはない。マスターの言う事ならば、と無邪気に信じて実行する。文句を言わないし、好みにうるさくない。

 

 だから東条隼瀬は、ミホノブルボンという器に自分の全経験と全知全能を傾けた。傾けることができた。

 

 ラップ走法も逃げ差しも、駆け引き無用の理不尽な戦術だが、無敵ではない。

 対策はある。それがうまくハマれば勝てる程の、確固たる対策が。

 だが、どちらが来るかわからない。現にメジロパーマーは、未だにミホノブルボンがどちらを選択しているのかわかっていない。

 

 両者とも無敵ではない。だから、対処法はある。だが両者とも、対処法は異なる。

 リザードン検定のような厄介さを持つこの二択だけでも死ぬほどめんどくさいのに、戦略的に勝ち筋を限定させられているかもしれない。

 

 ラップか、逃げ差しか。戦略的に嵌められているのか、嵌められていないのか。見つけ出した勝つための一手が、舗装された敗北への道ではないのか。

 

 早々にそれを見極めなければ、勝負にすらならない。ミホノブルボンがなーんにも考えず走っているだけで、頭のいいウマ娘たちを戸惑わせることができる。

 存在そのものが、牽制になる。彼はミホノブルボンを、そんなウマ娘にした。

 

 現に、頭のいいメジロパーマーは悩んでいる。

 

 ラップ走法ならば、このままでいい。このまま走り続けて、地力で圧し切る。できなければ、ラップ走法が完璧な逆算の走法であることを利用する。

 

 利用して、崩す。

 

 信じがたいことに、ミホノブルボンは1ハロン何秒という具合にラップを刻んでいるのだ。

 スタミナを100とする。この場合2400メートル――――12ハロン――――を走るのであれば、1ハロンにつきスタミナを8.3使用することが許される。

 その8.3のスタミナを、1ハロンの中で最も効率的に使い、最良のラップタイムを出す。それが、ラップ走法。

 

 精密機械のような完璧な噛み合い、狂いのなさ。その精緻さこそがラップ走法の武器だが、ほんの少しでも歯車がズレればおしゃかになる。

 つまりラップ走法とは逆算の走法なのだと、名家特有のネットワークを持つエリートトレーナーの方々は気づきはじめていた。

 

 多くのウマ娘とトレーナーにとって初見のものだった戦法が、なぜここまで速く解析できたのか。

 

 それは調べに調べ抜いた結果、前例があったからだった。

 

 ――――ピュアーシンボリというウマ娘が似たようなことをやっていたな。

 

 そう言い出すベテランがいたことから、ラップ走法というものは紐解かれた。

 彼女は結果を出せたとは言えないウマ娘。調べてもよくわからないし、そもそもあまり知られていないから、大体のトレーナーからすればラップ走法なる代物は初見だった。

 だが、見たことがある人間が居た。そして、ピュアーシンボリの自ら崩れることの多さを知ってもいた。

 

 つまり、ほんの少しでいいからミホノブルボンの歯車を狂わせる。一瞬でもいいから、闘走心を煽って掛からせる。

 それだけで終盤の伸びが失われる。つまり終盤に限っては、ミホノブルボンをスタミナの尽きた二流の逃げウマ娘に変えられる。

 

(つまり、どこかで接近して仕掛ければ勝てる。なんか最近、掛かりやすくなってるっぽいし)

 

 だから大外を走っているのだろうと、メジロパーマーは察していた。他のウマ娘に近寄ると、掛かる。掛かりたくないから、離れる。そんな単純な思考だろうと。

 

 掛からせる。それが、ラップ走法に対する勝ち筋。

 

 だから本来ならばこの時点で、メジロパーマーの勝ちは決まっていた。

 

 ――――有馬記念で勝つ。不敗を、私が終わらせる

 

 その覚悟もあった。決意もあった。

 

 だが対策が確立されかけた時に、東条隼瀬は爆弾を投下した。

 

 それは、ジャパンカップで見せた逃げ差し。真実、前例のない戦法。サイレンススズカと彼が、1から編み出した固有戦術。

 

 最終コーナー1個手前のコーナーで息を入れ、スタミナを回復させてぶっちぎる。単純に強いという恐怖の戦法。

 これに対しての対策は、一応ある。サイレンススズカへの対策は皆が頭を悩ましていたから、一応用意自体はしてある。

 それはつまり彼女が息を入れる脚のチャージ期間に――――わずかな減速に入る前に脚をなんとか工面して溜め、減速に入った瞬間加速して差し、最短の進路を塞ぎつつそのまま逃げ切る、ということ。

 

 そのためには、掛からせないということが重要になる。

 

 掛かる。つまり、焦る。焦れば、速度が上がる。闘走心が煽られる。

 無用なスタミナを消費し、対抗心が燃えてペースが崩れる。ラップ走法を打ち破るための速度の上昇と、闘走心の向上。これが、逃げ差しを対策するには致命傷になる。

 

 チャージしている期間に、追いつく。追い越す。そして、最短の進路を塞ぎ、自分の物にする。それくらいしか勝ち筋がないのに、後先考えなく掛かられるとチャージ中に追いつけないのだ。振り切られるのだ。

 

 掛からせることが勝ち筋の戦法と、掛からせないことが勝ち筋となる戦法。

 そのふたつの札を、ミホノブルボンは持っている。

 

 どちらの札を切るのか?

 切ることを決めるのはミホノブルボンなのか、東条隼瀬なのか?

 

(わからない……ペースを守っているのか、それとも守っていないのかがわからない)

 

 メジロパーマーも、ミホノブルボンも走っている。速度を測る方も、測られる方も動いている。こんな状況では、まともな測定などできようはずもない。

 更には、大外。メジロパーマーの走る最内とは距離がある。その距離が、コーナーを曲がるときに要する距離の差が、ミホノブルボンの速度が一定であるのかどうかを測ることを至難にしている。

 

 メジロパーマーは、全力を出して走っていた。その全力を維持していた。

 だからこそ、その全力に追従してきているミホノブルボンもまた、全力を出していると思わないでもない。

 

 だが菊花賞を見るに、ミホノブルボンは3000メートルを3分切るくらいの速度でラップタイムを刻むことができる。2500メートルであれば、もっと速くなってもおかしくない。

 

 1ハロン11秒を切る。それくらいできるかもしれない。

 疑心が暗鬼となって、メジロパーマーを悩ませていた。

 

 自分の全力が、ミホノブルボンの12.5分割した上での全力なのかもしれないという悩みに、彼女は苦しんでいた。

 

(……対処は)

 

 どっちをとるか。掛からせるのか、掛からせないのか。

 

 ――――いや、そもそも、対処をしに行く必要があるだろうか?

 

 絶好調だ。自分は、疑いなく絶好調。今年1、いや、生まれてからこの方味わったことのない絶好調。脚が動く。肺も喉も痛まない。いくらでも空気を吸える。いくらでも走れる。

 

 絶好調のメジロパーマーは、ミホノブルボンに負けるのか。

 

(負けない)

 

 戦歴も、努力の総量も、自分の方が上だ。

 負けているのは、努力の密度。1年後には総量でも負けているかもしれないが、今は負けていない。

 

 2500メートルは、長距離だ。長距離の覇者になるのは、メジロ家だ。自分はメジロ家の一員、メジロパーマー。春のグランプリ覇者。

 

 ライアンにも、アルダンにも、ドーベルにも、そして、マックイーンにも。

 負けない。負けたくない。

 

(勝負だ、ブルボン!)

 

 生粋のステイヤーが長距離で、スプリンターを最大の敵として認識する。対抗心を燃やす。

 総帥からは、らしくないと言われるかもしれない。ライバルではなくゴールを見ろと、言われるかもしれない。

 

 メジロパーマーは、後ろへ向けていた意識を切り捨てた。追ってくるバ蹄の音をシャットアウトして、大外を見た。

 

 不利の大外に回され、調子の悪化した元スプリンター。自分より遥かに練習していて、自分より多くのレースに出ている。

 今は年末、積み重なった疲労はピークに達しているだろう。

 

 ブルボンにとって不利が――――自分にとっての有利が積み重なったこの状況で、ごちゃごちゃと考える必要はない。

 有利な自分が、自分のレースをして勝つ。考えることは、それだけでいい。

 

(力比べだ!)

 

 そんな決意が秘められた視線を一瞬だけ横に目を向けて受け取り、ミホノブルボンの青い瞳はすっと前を向いた。

 

(……? ステータス【闘志】を感知)

 

 サイボーグウマ娘のミホノブルボンは、メジロパーマーの闘志溢れる眼差しを認識して、どうやら対抗心を燃やされているということを理解した。

 

 ――――申し訳ないな、と。ミホノブルボンは、そんなことを思った。

 正直、今の自分はその闘志に応えられるような走りをできているとは言い難い。どうせならば、全力には全力で応えたいのに、自分にはそれができない。

 

 全力とはつまり最内。経済コースを取りに行くことだが、今の自分には掛かってしまうからそれができない。

 ラップ走法という長所を発揮するために、最善が尽くせないという状況にある。

 

(……はっ)

 

 その時、ミホノブルボンの頭脳に電流が奔る。

 

 ――――最内を走る。他のウマ娘に近寄らない。最善の方法と、全力を出すための条件。それらを同時に満たす方法がある。

 

(パーマーさんを2バ身引き離せば斜行できる。斜行しつつ加速して、引き離し続ければ。そのためにはマスターの仰っていた――――)

 

 接近すると掛かってしまう。掛かるのはよくない。だから、最内のポジション争いには加われない。

 

 ならば。

 

 とある逆転の発想を持って、ミホノブルボンは1度目の直線前の坂を超えて3度目のコーナーに入った。

 有馬記念は6回のコーナーを超えた末に終わる、変則的なレースである。故に再びここに戻ってくるとき、勝負は決している。

 

(戻ってくるときも、このままで!)

 

 メジロパーマーが1番に通過し、それとほぼ同時にミホノブルボンが考え事をしながら通過。1バ身ほど離されてダイタクヘリオスが若干ペースを落としながら通過し、ヘリオスとの6バ身をなんとかして詰めようと集団心理に突き動かされるバ群が群れながら通過。

 

(ここで抜くんだ)

 

 そんな決意と共に、その暴走気味の集団から7バ身離されたトウカイテイオーと、その後ろを駆けるナイスネイチャが軽やかに通過。

 

 ――――あと一周。

 

 大きく集団から引き離されたトウカイテイオーに、黄色い声援が飛ぶ。

 

 頑張れ、追いつけ、追い越せと。

 普段なら奮起して足早になるところで、あくまでもトウカイテイオーは冷静だった。




89人の兄貴たち、感想ありがとナス!

まりあな兄貴、くろばる兄貴、智原愛兄貴、ふがふがふがしす兄貴、mocca兄貴、ろむ兄貴、どこ2兄貴、akkey357兄貴、ノッカー兄貴、豆腐ユナイテッド兄貴、鳥尾読解兄貴、天衣無縫兄貴、志玖兄貴、アリサ兄貴、評価ありがとナス!

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