ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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マックイーン好き。

今回のお守りネタはタマゴタケ兄貴の感想からアイデアをお借りしました。ありがとナス!
次回はRTAパートになります。


サイドストーリー:ついてる

 その日は、雪が降っていた。

 色素の薄い肌に似合う、黒い手袋。防水性はないが見た目は美しい――――雪合戦には向かないであろうそれをパンパンと音を鳴らすように合わせて、頭を下げる。

 

 論文の発表を半分くらい終えた男は、めずらしく神妙に祈った。

 

(全員とは言わない。俺の関わった全ての娘が、健康に1年を過ごせますように)

 

(マスターの願いが叶いますように)

 

 白いコートを着た長身の男と、着物を着た栗毛の少女。

 女性にしてはそれなりの身長がある彼女の頭の上には耳、お尻には尾っぽ。

 

 誰が見てもウマ娘だとひと目でわかる、そんな彼女の尻尾は機嫌良く振られていた。

 

「マスター。マスター。暖かいですか?」

 

「ああ。いいマフラーだ、これは」

 

 出発時、歩行時。そして現在、参拝時。

 ミホノブルボンには珍しい、計三回に渡って同じことを問いかけるというバグ。

 

 2回目で(こいつは自分が作ったマフラーを褒めてほしいのか)と察して褒め、満足したかと思いきや3度目が来た。

 

 袖の端っこをつまむように持った少女から投げかけられる問いを無視するような冷酷さは、さすがの彼にも無い。

 

 縦横無尽に振り回される尻尾を恐れてミホノブルボンの側から離れていく人混みの構成者たちに心の中で詫びつつ、東条隼瀬は真の意味で尻尾制御術の意味と意義を理解した。

 

 ウマ娘は、どんなに弱くても成人男性の3倍程度の力を持つ。

 それ故、それなりの力で尻尾は揺れているのである。当たれば当然、とても痛い。

 

 これは余談になるが、ミホノブルボンはその中でも特別力が強い。特にレースに役立つこともないが、怪力であると言っていい。

 ライスシャワーの帽子が木の枝に引っかかってしまったとき、ブルボンは木を引き抜こうとした、らしい。

 最終的には帽子の引っかかっている箇所にライスシャワーを上げるように両手で放り投げ、放り上げられたライスシャワーが帽子を手で捕獲。軌道そのままに直線に落ちてくるところをキャッチするという荒業で解決しようとしていた。

 

 あれは忘れもしない。ルドルフの秋の天皇賞を控えた10月のこと。

 窓から見える景色をボケーっと見ていた参謀は、いきなりライスシャワーが下から視界に突っ込んできて【ひゅーっ】と落ちていったので、心臓が止まりかけた。本当の意味でライスシャワーになりやがった、と。

 

 そして『すわ、いじめか』と思ったら違ったという、そういう経験がある。

 

 ――――あと横にちょっと! 頑張ってブルボンさん!

 

 ――――了解しました。約右へ24センチ、力を27%減らし調節。迅速且つ合理的な解決を果たします

 

 とかノリノリでやっていたので、たぶん本人たちの間では至極真っ当な解決策だと思っていたのだろう。

 

 その時はとにかく静止を呼びかけ、事情を聴いてから有り合わせの材料でマジックハンドを作成。それを将軍――――奴は妙にこの手の物の扱いが巧い――――に操作させて帽子を回収、事なきを得た。

 その時に珍しくブルボンを叱った時に、言っていたのだ。では木を引き抜いた方がよかったでしょうか、と。

 そしてブルボンは、尻尾だけで身体全体を何回か浮かせられる。そんなパワーを秘めた一撃が当たると本当に、本当に痛い。

 

 ともあれそういうことで、名門のウマ娘は、たいてい感情が尻尾に反映されないように頑張っているのだ。

 

 ――――ルドルフを見よ。あの泰然とした佇まいを。

 

 あれが名門のウマ娘というものである。

 そうやってルドルフの感情操作の巧みさを誇る参謀は知る由もないが、西の名門ことメジロ家のトラキチはらぺこクソ映画お嬢様も尻尾制御術が抜群にうまい。驚くとピーン!となるが、普段は緩やかな律動で揺れているだけという見事さである。

 

 

 閑話休題。

 

 

「お前、その服装で寒くないのか」

 

「……? はい」

 

 雪が本格的に降りはじめたこともあり、流石に着物のままで歩くのは危険極まりない。ウマ娘は、転んではいけない生物なのである。

 そういうことで、早々に車で帰ってきた参謀は、結構見慣れたブルボンの和装をササッと着替えさせ、また出かけようと誘った。

 

 福引でも引きに行こう。

 そう言われて、ブルボンは着替えてきた。そう、着替えてきたわけだが。

 

 ウマ娘は体温が高い。そういう事実は確かにあるが、それにしてもミホノブルボンはとてもラフな格好をしている。

 細い脚のラインにピッタリと吸い付くような黒いズボンと、《HANRO》と書かれた白地のシャツ。上は黒、下は白の二色ジャケット。

 

(どこで買ったんだ、このシャツ……)

 

 胸のあたりに印刷された、水色の文字。《HANRO》。しかも微妙に左にズレているから、ジャケットを着ると《HAN》しか見えない。

 

「どうかされましたか?」

 

 我ながら似合っていると自負しているのですが。

 

 そう言うブルボンだが、まあ……似合ってはいる。これまで走ることしかしてこなかったが故に絶望的な私服センスを持つウマ娘も多い中ではマシ――――いや、結構いい方ではある。

 

 なにせ割と完璧超人なルドルフですら、上に羽織った緑の上着を前でぴったりと止めていたのだから。

 普通、ボタンは止めない。前は開けておく。そうすることで下に着ている黒と緑のコントラストが映えて、ラフながら気品を感じさせる色合いになるのに。

 

 ――――前で止めるな。ダサい

 

 もう他に言う術を知らずにそう言ったらやめてくれたが、ウマ娘は自分の美しさを服で加工することがへたくそである。

 仕方ないことだと思いつつも抵抗し、近頃はほとんど諦めていたが、ミホノブルボンの私服はいい。確かに子供っぽいが、それが妙に似合っている。

 

「そのHANROのTシャツ、どこで買ったんだ」

 

「URAから送られてきました」

 

 ミホノブルボングッズの展開は速い。

 これはURAがトゥインクルシリーズの寡占化――――名門による独占を防ぐため、在野の人材が埋もれることを防ぐため、なによりもコンテンツの発展のためにやっているからであるし、旬な内に売り出してしまえ、というのもある。

 

 そしてこの迅速さはなによりも、とある男がミホノブルボンに注目していたからだった。

 

「……あいつ、相変わらず動くのが速いな」

 

「マスターの御令弟ですか」

 

「ああ」

 

 トレーナーとしての名門の家は、基本的にスペアを用意している。それが分家であり、東条の家の場合は東条ハナだった。

 

 本命は産まれてから才能の片鱗は見せつつも、生来の病弱で寝込み続けトレーナーは無理だということになったので、東条家としての人脈は基本的に東条ハナに移譲された。

 

 だが寝込んだり起きたり寝込んだりしてたやつが急に元気になって留学したり、そこそこの貴門の令嬢に大逃げを薦めて活躍させたり、寒門のウマ娘と組んで好き勝手やりだした。

 

 普通ならば「トレーナーになれるなら貴門と組め。家を継げ」というところだが、東条家の当主は一度変えた本命=東条ハナ、スペア=東条隼瀬の体制を崩さなかった。

 

 何度もコロコロ変えるのは、よろしくないからである。

 ということで東条隼瀬の持つ人脈は狭い。狭いわけだが、無いわけではない。

 

 その数少ない手札の1枚が、24という若手ながら広報販売部のエースにまで駆け上がった弟。

 兄がトレーナーになるべくして生を受けた存在であるならば、URAに入るべく生を受けた存在だった。

 

 兄は、チームを率いるトレーナーとして。

 弟は、URAを支配する官僚として。

 

 互いが互いを支え合い、権力を盤石のものにする。名門らしい思考である。

 

「やはりあいつは優秀なやつだ。君に目をつけるとは。才能はないが、類まれな精神力と頑丈さがあることを察知したんだろうな」 

 

(マスターの才能を信じていた、ということだと思いますが)

 

 弟から兄へ向けられていた純粋な尊敬の念。

 棘を無くしたマスターのような人だと、ミホノブルボンは思っていた。

 

 シミュレーションゲーム的な数値。統率・武力・知力・政治・魅力のステータスのうちのいくつかがカンストしているのが東条隼瀬だとすれば、カンストはしていないがまんべんなく高いのが弟。全部80後半くらいある、そんな感じの印象だった。

 

(ですが、こう言うとマスターはたぶん、しゃべるのをやめてしまうでしょう)

 

 マスターが一番しゃべってくれるのは、自分が好きな人が褒められたとき、認められたとき。

 

 ここは、黙っておこう。

 珍しく計算高いところを見せて尻尾をブンブンしながら『努力しているところが――――』とか、『ひたむきな愚直さが――――』とか、次々降りかかる褒詞をうれしいうれしいと味わいながら、ミホノブルボンは歩いていた。

 

 マスターと話すのは、とても楽しい。褒められるのは、すごく嬉しい。一緒に歩いていると、胸がぽかぽかする。

 

(来年も)

 

 黒い手袋。なんの装いもなく、飾りもなく、ただ黒い。温かみのある色。造り。

 触れようとしても、なんとなく気が引ける。

 

 ミホノブルボンに霊感はない。時折ピキリーンとくるが、そういうスピリチュアルなのは、校内で占い屋を開いているマチカネフクキタルとメイショウドトウに任せればいい。

 だがそれでも何か、その手袋からは強い想いを感じた。悪意でも執着でもない、ただ寄り添い護るような暖かな感情。

 

 それに自分は触れていいのか。

 そんなことを漠然と思ってしまい、ミホノブルボンは袖をちょっと掴むだけにとどめていた。

 

「ブルボン」

 

「はい」

 

 その手袋が、あるものを指した。

 

「あれ、お前じゃないか?」

 

 指された方に目を向けると、そこには商店街内の神社に設けられた特設のお守り販売所。

 初詣で行った由緒正しいそれとは違い、商店街の一隅にあるそれは割と俗な空気がある。

 

 そんな俗な空間の中で派手に掲げられている看板――――《無敗のGⅠ七冠ウマ娘! ミホノブルボンにあやかろう!》などと書いてあるそこで売られているのは、おそらく受験とかそういう勝負事に効能のあるお守りの販売。

 

 URAくんの商魂の逞しさに呆れつつも、驚きはしない。現にルドルフお守りもあったわけで。

 

 トゥインクルシリーズのレースには、事前に人気投票がある。

 勝敗を予想するという意味で投票する人間や、単純に推しに投票する人間もいるので、一番人気=最有力ウマ娘ではない。

 

 だが購入した入場券に同封されるかたちで付いてきているそれを入場するときに提出し、半券を渡されるわけである。

 その半券を加工してお守りにしてくれる施設もあるし、加工しないでそのままお守りにしているファンもいる。

 

 だから別に、目新しいことをしているわけではないのだ。

 ファンがやっていたことを目ざとく察知し、公式で販売し始めた。それだけのことで、要はまたやってやがるという感想である。

 

「一応私も持っています」 

 

「URAから送られてきたわけか」

 

「今も一応所持しています。自分自身を頼るというのは、どうかとも思いますが」

 

「自分を頼るのは、他人を頼るより余程健全だと言える」

 

 明らかに受験を控えてそうな少年少女に、ちっちゃな耳と尻尾を無軌道に揺らしているウマ娘たち。

 ミホノブルボンは、寒門のスターである。だから寒門の――――普通の格好をしたウマ娘たちが買い求めるのは容易に想像がつくし納得もできる。

 

「名門の方々も買い求められているようですね」

 

「ファンレターも来たのだろう?」

 

「はい。他に応援するウマ娘が、いくらでもいると思うのですが」

 

 名門のウマ娘には必ず、現在トゥインクルシリーズで活躍している身内がいる。

 なんの縁もゆかりもない自分よりも、そちらを応援する方がらしいのではないかと、彼女はそう思っているらしい。

 

 確かにお守りを求めるあの群れの中には、明らかに名家っぽいウマ娘もいる。単純な業績にあやかろうとしているのか、勝負事に強く在りたいというのは名門も寒門も関係ないということなのか。

 まあミホノブルボンは間違いなく、去年のトゥインクルシリーズの主役だった。1年でGⅠを7勝する存在は居なかったのだから当然と言えるが、ドラマ性もあった。元々あったものにURAの全・力・宣・伝の効果があってこそのものだが。

 

 PakaTubeのURA公式チャンネルは4時間に1回というハイペースで動画やレースの切り抜きなどを投稿しているし、公式ウマッターではジュニア・クラシック・シニアの3階級に登録されているウマ娘の誕生日を紹介したり、本日開かれる重賞レースの展開の解説など、熱心にファンを引き込もうと頑張っている。

 URAの広報は優秀なのである。月刊ターフをおそろしく無慈悲に切り捨てたが、既に新しいメディアを作っているし。

 

「まあ、GⅠを勝つというのは本来凄いことだからな。GⅠでなくとも、重賞7連勝でも本来はすごいことだ」

 

 ジュニア級GⅠを2勝、クラシック級GⅠを3勝、シニア級GⅠを2勝。GⅠを7連勝。重賞9連勝。デビュー以来10連勝、連対率100%。

 

 それが数値で見るミホノブルボンというウマ娘である。

 2年でやっと2桁かぁ……とか思う人もいるだろうが、本来名門寒門問わず、重賞で1回勝つというのがすごいことなのだ。

 

 1世代の中でトレセンに入学するウマ娘は4500人くらい。その中で中央のレースで勝てるウマ娘が100人くらい。地方トレセンとの入れ替えは結構頻繁に行われるが、大抵は重賞どころか未勝利のままでキャリアを終える。

 

 GⅠとなれば、更に間口が狭くなる。近頃は化け物クラスのウマ娘がポコポコ生えてきているから、GⅠの競合率も凄まじい。

 

 ひとりで13回勝つ女も居るが、GⅠを1勝というのは凄まじいことなのだ。ひとりで13回勝つ女も居るが。

 

「はい。重賞レースについての常識は知識として、インストールを完了しています」

 

 GⅠを3回勝つ。もっと言えば、クラシック三冠に含まれるGⅠレースに勝つ。

 そう決めていたので、ミホノブルボンは1回勝ってもあんまり喜ばなかった。すごさも実感しなかった。

 

 だが、知識としては備えている。

 

「となると、福引券はお前が引くべきかな」

 

 お守りになる程度の勝ち運があるのだから。

 そう言いつつ、からかい気味に揺れる福引券を目でふらふらと追いながら、ミホノブルボンはふるふると首を振った。

 

「マスターが引いてください。私の業績は、マスターあってこそのものです」

 

「それは正しくもあり正しくもないが……まあ、雪の日だからな」

 

 その言葉は、よくわからない。

 よくわからないが、東条隼瀬は福引券を使ってガラガラを回した。

 

 黒い手袋で取っ手を掴んで回す。何かを狙っているとは思えないほどに無造作で無作為な、軽い回転。

 ガラガラの中で多くの玉がぶつかり、回り、そして口からポロリと金色の玉が転んで出てきた。

 

「なんとっ! おめでとうございまぁぁぁす!! 特賞『温泉旅行券』、出ましたぁ〜〜〜〜!!」

 

 温泉旅行券、2名用。

 それを受け取って、参謀は口元をほんの少し上げた。自分の強運を信じているというより、運を引き寄せた何かを誇るような。

 

「今年もお前に迷惑をかけない程度には運が良さそうだ」

 

 レースは実力勝負である。だが、実力が拮抗すればするほどに運が絡んでくる。

 枠番、ちょっとした正の誤算、ちょっとした負の誤算。

 

「正月から練習だったからな。この温泉旅行券はお前にやる。来年の今頃、お父上と一緒に行くといい」

 

 ――――やはり雪の日はいい。ついてる

 

 福引きという、小さな運試し。

 その中での最上を見事引き当てた右手で拳を作りながら、参謀は呟いた。




一方、カイチョーは鯛をあげていた。


65人の兄貴たち、感想ありがとナス!

hawkins兄貴、ヴァント兄貴、fuhga兄貴、きたきた兄貴、たりお兄貴、NOT FOUND兄貴、GG兄貴、Una兄貴、Sirocco兄貴、評価ありがとナス!

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