ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:GⅡ 目黒記念

 目黒記念。2月21日、東京芝2500メートル。長距離のレースである。

 このレースに参加する主なウマ娘は、ミホノブルボンのライバルライスシャワーと、不運のウマ娘マチカネタンホイザ。

 

 人為的な突然変異を果たしたサイボーグと、それに互角の漆黒のステイヤー。

 このふたりの化け物がいなければ菊花賞を勝ってた。

 無論レースはそんな単純な話で済むものではないが、そう言われるだけの実力はある。

 

「……こんなところがあったのですね」

 

「権力とは、こういうときに使うものだ」

 

 関係者用の観戦場所。観客席の更に上、突き出すように作られた側面ガラス張りの特等席。

 本来ならば中等部のウマ娘たちが実際のレースを見て学ぶという目的のために作られたそこに、ミホノブルボンと参謀は居た。

 

「とれなかったからな。チケットが」

 

「人気ですね。トゥインクルシリーズは」

 

「そうだな。元々に加え、誰かさんのおかげで更に火がついた」

 

 尻尾でクエスチョン・マークを描くミホノブルボンは、自分が人気者であるという自覚はない。

 人気に驕らないのはたいしたものだが、世間の評判を気にしないのも考えものだと、東条隼瀬は思う。

 

 アスリートとアイドルの複合と言う近頃の声優もビックリな兼業を強いられているのがトゥインクルシリーズのスターウマ娘である。

 スターでなければそれほど歌や踊りに力を入れずに済むが、上に上がれば上がるほど、要求される実力に比した歌唱力・ダンス力を求められる。

 

(そう考えると、とんでもない世界だ)

 

 自分が怠惰でも熱心でもなく、普通に働いているだけで過労死しかねないほどの激務を強いられているトレーナーであることを棚に上げて、参謀はウマ娘という種族の頑丈さ、精神的強靭さに感嘆した。

 

「マスター、ライスが来ました」

 

 左手で袖を引っ張り、右手でライスシャワーを指す。

 小柄ながら存在感のある漆黒の髪を靡かせるウマ娘は、体操服姿。GⅠ以外のレースでは、基本的に――――当人の希望が強くない限りは――――体操服で走ることになる。

 

(やはり勝負服というのは大切だな)

 

 遠目に見下ろしているからかも知れないが、凄みを感じない。

 あの、黒いウェディングドレス。懐剣を携えた黒い闘気を底上げするような衣装が無いからか、少し気が抜けたような立ち姿だった。

 

(いや……普段はこんなものなのか?)

 

 どこを見ているのか、虚空を見つめてゲートに入らずにぼーっとしている。

 日本ダービーのとき、京都新聞杯のとき、菊花賞のとき。いずれもライスシャワーは恐ろしかった。標的を定めた刺客のような、見ていて震えてくるような冷たい闘志がない。

 

 軽く首を俯かせて、アメシストの瞳を暗く燃やして目の前を見据える。それが、ライスシャワーというウマ娘であったはずだった。

 

「どうにも」

 

 不安げに尻尾を揺らしながら、ミホノブルボンは首を傾げる。

 

「気が抜けているようですね」

 

「ああ。調子のいいときのお前のようだ」

 

 張り詰めすぎるのも良くない。

 緩めすぎるのも良くない。

 

 要は、レース前とはその中間がいいということになる。だが張り詰めた中でこそ強さを発揮できる者もいるし、緩めた中でこそ強さを発揮できる者もいる。

 

 ライスシャワーは前者で、ミホノブルボンは後者だ。

 そしてミホノブルボンは前者になりかけて苦しんでいる。

 

(ライスシャワーも、ということなのか)

 

 そういえば、ルドルフも言っていた。

 ミホノブルボンとライスシャワーの領域の競り合いは、シニアでもそうない規模のものだった。おそらく、互いに互いの領域の影響を受けている。互いのことを、理解し過ぎているほどに理解してしまっている、と。

 

 理解してしまった結果としてミホノブルボンが闘走心を得たのならば、ライスシャワーは何を得たのか。

 

(冷静さか……)

 

 冷えた水に熱いスープをぶちこむような、熱いスープに冷えた水をぶちこむような。

 そういうことが、菊花賞で起こったということなのか。

 

「勝てるでしょうか」

 

「……さあな」

 

 ライスシャワーのことを、よく知っているとは口が裂けても言えない。自分より深く、強く、彼女のことを知っている人間を知っているから。

 

 だが、わかることがある。それはライスシャワーはひとりでは走れない、ということである。

 

 相手が完全試合をしていると負けじと完全試合に抑える。ノーヒッターをしていればノーヒッターに抑える。相手が燃えれば自分も燃える。ポストシーズンだと全く点をとられない。

 それがライスシャワーだとすれば、ミホノブルボンは必ず8回1失点に抑えるピッチャーのようなものである。

 エラーがあろうがファインプレーがあろうが、援護があろうとなかろうと8回1失点。抑えが3連投中でも中継ぎが暇していても8回1失点。完封も完投もないが、機械的に試合を作る。

 

 ライスシャワーの短所は、安定感の無さ。

 ミホノブルボンの長所は、抜群の安定感。

 

 ライスシャワーの長所は、圧倒的な爆発力。

 ミホノブルボンの短所は、爆発力の無さ。

 

 短所は長所に裏返る。長所は短所に裏返る。短所を埋めれば、長所が消える。

 ライスシャワーの今は、それだ。

 

「難しいレースになるな」

 

「マチカネタンホイザさんですか」

 

「ああ。あいつは強い。お前やナイスネイチャに近い強さだ」

 

 常に善戦する、とでも言うのか。調子に左右されることが比較的少なく、最低限1着を狙える実力は出せる。

 

 マチカネタンホイザは菊花賞を終えるまでは流石に掲示板外に落ちることもあったが、菊花賞を終えてから完全に覚醒している。

 菊花賞(GⅠ)3着、日刊スポーツ賞金杯(GⅢ)1着、ダイヤモンドステークス(GⅢ)1着。そしてここ、目黒記念に挑む。

 

 怒涛の重賞2連勝。シンボリルドルフ(GⅠ13個を含む重賞14連勝)、サイレンススズカ(GⅠ3勝を含む重賞9連勝)、ミホノブルボン(GⅠ7勝含む重賞9連勝)を見たら感覚がおかしくなるが、重賞を連勝するというのはすごいことなのである。

 

「ライスシャワーの実力は間違いなく高い。実力的にはマチカネタンホイザに勝っている。だが地力ではマチカネタンホイザの方が上だ」

 

 単純な強さを、地力という。

 メンタルを含めて、実力という。

 

「どうなるかな」

 

 続々と、12人のウマ娘がゲートへ入っていく。ライスシャワーは5枠5番。マチカネタンホイザは3枠3番。

 

 マチカネタンホイザの方が内枠だが、有利なのはライスシャワーの方だ。スタートした瞬間、1番人気、目黒記念最有力候補のウマ娘であるマチカネタンホイザのマークに付ける。

 

 徹底的なマーク、ロングスパートによる差し切り。それがライスシャワーの必勝パターン。

 

《さあ、府中芝2500メートルに12名のウマ娘たちが挑みます。中央トゥインクルシリーズ最古のレース、目黒記念!》

 

 ぽけーっとしているのがミホノブルボンなら、ぽやーっとしてるのがライスシャワー。

 新米から古米になった彼女は、どことなくゴールではない何かを見ているようだった。

 

(そう言えばライスシャワーは、王道のウマ娘をマークしたことがあるのか?)

 

 ――――ある。ナリタタイセイだ

 

 自分の問いかけに自ら答え、参謀は『未経験だからなんとなくぼーっとしている』と言う線を消した。

 

 ただ、ナリタタイセイをマークしたレースでライスシャワーは負けた。

 先行・差し。王道と呼ばれるウマ娘をマークして勝ち切った経験が、ライスシャワーにはない。

 

《今、スタートしました!》

 

 芝2500メートル。それを聴いて思い出されるのはやはり、ミホノブルボン対トウカイテイオーによるハイペースの壮絶な叩き合いが繰り広げられた有馬記念。

 

 だがこのレースは思いの外、スローペースで進行した。

 ペースの牽引車になる有力な逃げウマ娘がいなかったこともそうであるが、やはりGⅡ。GⅠに比べるとメンバーの質が落ちる。

 

 メジロパーマーもダイタクヘリオスも、ミホノブルボンもいない。両脇のウマ娘をファンネルミサイルの如く掛からせ発射してくるウマ娘も居ない。

 

 目黒記念は順当な――――去年から見始めたファンからすれば極めてゆったりとした幕開けだった。

 

「相変わらずマークが巧いですね、ライスは」

 

 元々よかった枠番を活かし切り、マチカネタンホイザの斜め後ろにスッと付く。

 ずっとスパートをかけているような逃げウマ娘とは違い、マチカネタンホイザは名門らしい好位抜出型。ライスシャワーは序盤中盤にかけて緩く後ろを付いていき、スパートにかかった瞬間に追従して勢子のように追いたて、差し切ればいい。

 

「ああ。杞憂だったかな」

 

 将軍とライスシャワーのことだ。

 或いはミホノブルボンが苦慮している折り合いをさっさと付け終えていたのかもしれない。

 

 常に闘志を撒き散らすのではなく、限界のギリギリまで溜め込んで、押し込んで、バックファイアのように最後の最後で爆発させる。

 ライスシャワーの闘志にあてられるウマ娘は多い。そういった手合いは掛かって消耗し、自滅していく。

 

 だが序盤で掛からなかったウマ娘たちはその異様な闘志に多少なりとも慣れて、中盤は割と落ち着いたレース運びを見せる。

 

 その、慣れ。それを克服するために、敢えて闘志を封じ込めている。そして中盤で解放し、掛からせてより直接的で克服しようのない消耗を強いる。

 序盤での消耗は、中盤に息を入れれば克服できる。だが中盤での消耗は、息を入れることができないだけに致命傷になる。

 

 終盤に息を入れていいのは、序盤中盤でリードを確たるものにしたウマ娘。つまり、逃げだけなのだ。

 

(となるといつ仕掛けるか、だが)

 

 そのあたりのタイミングを逃すのは、戦術的に無能なやつだけである。つまり、あいつに限ってそれはない。

 

(そろそろ……いや、まだかな。もういい気もするが、もう少し様子を見てから――――)

 

 中盤。序盤から変わらない形を維持するレースを観察しながらそんなことをちんたらと考えている間に、ちらりと観客席を見たライスシャワーはさっさとロングスパートに入った。

 

 同じくロングスパートに入ったマチカネタンホイザの後ろを追う。

 

「もう少し様子を見てからでも良かったんじゃないか、と思ってしまうあたり俺には指揮官としての素質がないな」

 

「マスターの判断自体は正しいと推測します」

 

 中身は正しい。ただ、決定が遅い。

 つまりは、そういうことである。

 

「巧遅は拙速に如かず、と言うからな」

 

「謝枋得ですか」

 

「そうだ。俺は巧遅を好むし得意とするが、時間がないときはやはり、拙速の方がいいのは間違いない」

 

 と話している間にも、レースは進む。

 内を駆けるマチカネタンホイザを躱し、並び、追い越す。コーナーの前で、ライスシャワーが先頭に立った。

 

「どうやら勝ったな……」

 

(別にそうと決まったわけでは……)

 

 ない。

 そう言いかけたミホノブルボンの言葉が、遮られた。

 

「いや、まだだ」

 

「はい。まだです」

 

 参謀でもなく戦略家でもなく、単純な観客として見ている東条隼瀬は、ちょっと判断が早くて見る目のある素人くらいなものだった。

 彼の優れた点は事前準備の周到さと、周到な事前準備の全容を勘付かせないこと。そして事前準備をした上での未来予知じみた予測であり、漠然とレースを見ている中での予測ではない。

 

 要は彼の長所はまず、正攻法で勝てる状況を用意できること。そしてそこに敵を引きずり込んで正面から激突させることができるということ。そして正攻法に強い戦力を用意できるというところにあり、なんの準備もできないぶっつけ本番に極めて弱かった。

 

(マチカネタンホイザには、まだ脚が残っている)

 

 だが、ライスシャワーには爆発力がある。多少の計算など粉砕してしまうだけの破壊力がある。

 

 だがその闘志が、未だ見られない。そろそろ鎌首をもたげていても良さそうなところなのに、まだ潜んだまま、凪いだまま。

 

「少し考えてみるに」

 

 あまりにも長い3秒の後に、参謀は口を開いた。

 

「マチカネタンホイザは直線の終わりギリギリで差し切るつもりだろう。ライスシャワーの長所は焔のような闘志であり、単純故に対策法は少ない。つまり最も有効な方法は、前に立たないこと。起爆させないことだ」

 

 闘志への導火線に火が付き起爆した瞬間、100メートルでもあればマチカネタンホイザは逆に差し返されてしまう。

 だから速度を緩めて、わざと抜かさせた。だが本来のライスシャワーならば、一度抜いた瞬間に起爆する。

 

 ――――勝ち切る

 

 その闘志が、今のライスシャワーにはないのかもしれない。今のライスシャワーにあるのは、差し切るという闘志だけか、あるいはそれすら無くしたのか。

 

「ライスシャワーが脚を緩めれば、確かに再び追う姿勢には入れる。だがその場合再加速にまで時間がかかるし、この距離だ。そのまま差し切られてしまうから減速はできない。減速ができなければ、そのままマチカネタンホイザが加速して差し切る」

 

「投了ですか」

 

「さあ。ライスシャワーというウマ娘はとにかく調子のバイオリズムが激しいというか、読み辛いやつだからな」

 

 読み違えたということもあるが、嵌められたということもある。普段のライスシャワーならばできることが、できない。絶好調でも好調でも、普通であっても不調でも、絶不調であっても、ライスシャワーには常に底知れぬ闘志があった。

 

 それが根こそぎ消え去るというのは、歩兵という歩兵が武器を無くし、弓兵という弓兵が矢を無くしたことに等しい。要は、どうにもならないということである。

 

 瞬間、ライスシャワーが大きく息を吸い込んだ。

 

「なるほど」

 

 単なる減速ではなく、息を入れてスタミナを増強させつつの減速。一瞬だが確かに減速し、ライスシャワーとマチカネタンホイザが並ぶ。

 ライスシャワーの得意とする追う形ではないが、並ぶ形である方が逃げている今の姿勢より遥かにマシである。

 

「流石だ。粘り強い」

 

 参謀の感嘆と時を同じくして、マチカネタンホイザは一瞬戸惑った。彼女は、ライスシャワーの脚を見ていた。回転を、歩幅を見ていた。だからこそ、呼吸に気づかなかった。

 

 残り128メートル。ギリギリの場所。

 

 マチカネタンホイザは、ここで仕掛けた。ライスシャワーに背中を見せた。

 競って、わずかに外に寄る。ライスシャワーが最短距離で追ってこられないように工夫をこらしながら完全に躱し、抜く。

 

 最後の最後。突き放されつつある自分を省みて、ライスシャワーに火がついた。

 だが、遅かった。最短距離で走れればまた違っていただろうが、彼女は少しだけ躱さなければ差し切れない立ち位置に変化させられていたのである。

 

 それはマチカネタンホイザの賭けが成就したことを示していた。彼女は斜行をとられない程度わずかに、外へコースをブレさせた。

 

 そのひと工夫が、功を奏す。

 

 ライスシャワーは、差し切れなかった。ほんのクビ差。だが着差以上の差をつけて、マチカネタンホイザは目黒記念を制した。




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