ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:実力相応

 ライスシャワーが負けるのは、実のところそう珍しいことでもない。

 こう言うと語弊があるが、無論彼女は極めて強いウマ娘である。だが強さというのは相対的なもので、ライスシャワーより強いウマ娘がいれば負ける。そして実力が同等であれば運のいいウマ娘が勝つ。

 

 彼女が初重賞制覇を果たしたのは偶然ではなかった。

 彼女が目指す春の天皇賞を目指す前哨戦として定めた、日経新春杯。その中で、ライスシャワーより強いウマ娘はいなかった。

 

「そう言えばあいつ、重賞勝ってなかったのか」

 

 たぶん全トゥインクルシリーズファンの総意であったソレを、参謀は口に出した。

 

 ――――それはお前らのせいだよ

 

 常識的な神経を持つ人間がいればそうツッコんだだろうが、この場に常識的な人間は居ない。

 

「やっと実力に相応しい結果が出てきた、というところでしょう」

 

「まぁ、本来はGⅠを勝っていても何らおかしくはない。本来は」

 

 そう、本来は。

 本来の実力が出せれば、重賞初勝利など祝うに値しない。

 だがライスシャワーは現在、本来の実力が出せていない。

 

(まあそれはこちらも同じこと、か)

 

 GⅠ、大阪杯。

 阪神レース場、芝2000メートル。芝は稍重。

 不調なウマ娘を国内最高峰のレース、GⅠに出走させるのもなかなかにすごい。そして、新年初の調整レースに使うというのも。

 

 尻尾をゆっくりと左右に揺らしているミホノブルボンは、明らかにぽけーっとしている。

 徐々に――――ほんの少しだが、闘走心の暴走が改善されてきた。

 

 それが2つのGⅠレースを走ってみたことで折り合いをつけられたからなのか、或いは心境に変化があったからなのか。

 それはわからないが、少なくとも新年度を迎えた彼女は、去年の秋からの彼女よりも明らかに調子がいい。

 

「ブルボン」

 

 まず耳がぴこりと声のした方を向いて、身体ごと向き直る。

 星と光を湛えた蒼色の瞳が、1つ瞬いて光った。

 

「作戦を説明する」

 

「はい、マスター」

 

「まず今回の舞台は阪神レース場。お前にとっては未体験のコースだ。距離は2000メートル。これは然程苦にはならない。なので細かい策は必要ない」

 

 策を弄さずとも、勝てる。

 正攻法で勝てるならば、それに越したことはないのである。

 

「お前は今、スタートからラップ走法を行うことはできない。だが、この有力な逃げウマ娘がいない状態ならば、序盤で突き離せる。そうだな?」

 

「はい」

 

 メジロパーマーも、ダイタクヘリオスもいない。となれば、序盤先頭に立つのはミホノブルボン以外にいない。

 それは、誰もが知るところだった。

 

「では突き放した瞬間、かからないと判断してから計算を行い、1900メートルまでに全てを出し切るようなラップを刻め」

 

「1900。100メートルで突き放せ、ということでしょうか?」

 

 100メートルで突き放し、残り1900メートルの間にすべてを出し切るようにスタミナを分割してラップを刻む。

 そういうことか、と思ったミホノブルボンの予想を、参謀はあっさりと否定した。

 

「違う。最後の100メートルを考えずに走れ、ということだ」

 

 意図するところは、わからない。

 だがマスターは勝てると思っているから指示を下している。この先のなにかに通じるから、そう指示している。

 

「オーダー、拝命しました」

 

 ミホノブルボンは、頷いた。

 参謀は、様々なことを考えていた。それを言うこともできた。だが、言わないことを選んだ。

 

「今回の主目的は、メジロマックイーンというウマ娘に君の姿を焼き付けることだ。2000メートルでは、彼女の持ち味は活ききらないからな。謂わばこちらのホームグラウンドだ」

 

 本来ミホノブルボンのホームグラウンドは1600メートルまでである。

 

「私の全力を出し切れるのは、2400メートルまで。メジロマックイーンさんの全力が出るのは、2500メートルから」

 

「そうだ。つまり我々は、勝てる環境で走れる。ではなぜ、スピカのトレーナーはメジロマックイーンを阪神大賞典ではなく、大阪杯に出したと思う?」

 

「復帰戦、だからでしょうか」

 

 骨折からの復帰。宝塚記念を前にした全治半年の骨折からの復帰レースだからこそ、脚に負担のかかる長いレースはさせたくない。

 なら、得意の阪神レース場で短いコースを。そういう思惑が、スピカのトレーナーにはある。少なくとも、ミホノブルボンはそう思っていた。

 

「そうだ。スピカのトレーナーは、去年も怪我で半年を棒に振ったウマ娘の初実戦として大阪杯を選んだ。だから今回は阪神大賞典ではなく、大阪杯に来ると思っていた」

 

「テイオーさんですか」

 

 その発想はなかった。

 ミホノブルボンは、素直にそう思った。

 

 1。骨折したあとは、いきなり長いレースは走らせたくない。

 2。どうせなら、得意のコースで走らせてあげたい。

 3。どうせなら、得意の距離で走らせてあげたい。

 4。春の天皇賞を3連覇させてあげたい。

 

 スピカのトレーナーの考えていることをミホノブルボンなりに推理してみて、この4つ。

 この4つすべてが合うレースはない。メジロマックイーンの得意とするのは長距離であり、1と3を同時に満たすことができないからだ。

 

 だが3つなら、ある。それが大阪杯と、阪神大賞典。

 世間ではたぶん、阪神大賞典に出るであろうと言われていた。阪神大賞典こそが春の天皇賞の前走として相応しいことを、他ならぬメジロマックイーン自身が証明していたから。

 

 彼女は過去2年、阪神大賞典を経由して春の天皇賞に臨んで連覇した。今回もそうなるだろうと、大抵の関係者・ファンは思っていた。

 

 だが、選んだのは大阪杯だった。それはたぶん、マスターの言った通りの理由だろう、と。

 ミホノブルボンは、納得した。

 

「これからのことも考えて、ですか」

 

「そうだ」

 

 怪我明け。

 それは何もかもが新鮮に見える、不安と期待の入り交じる瞬間。

 

 怪我前の自分に戻れたのか。或いは、怪我前よりも強くなったのか。やはり、実力が落ちてしまっているのか。

 それは、走ってみなければわからない。たとえ皇帝と渾名されるウマ娘であっても。

 

 不安と期待を乗り越えた先に得られる感情が添付されて、このレースは復帰戦として記憶に残るのだ。

 そして復帰戦を彩った走りは、否応なしに脳に刻まれる。

 

(俺が光り輝く暴君に枷を取り払われたときのように。俺が異次元へと飛翔する逃亡者の翼を折ったときのように)

 

 脳に残るのは、記憶だ。記録ではない。記録では、単なる事象ではいけないのだ。

 そこに、感情が絡まなければならない。鮮やかで烈しい、感情が。そうして初めて、目の前で起きた事象に色がつく。記憶になる。

 

「俺がこれから布石を打つ相手は、お前の天敵になりうる覇者たちだ。ライスシャワーはいい。お前を充分に意識している。だが、メジロマックイーンは違う。そして第三者としての視点に立ってレースを見ているやつらの冷静さは、この際剥がしておきたい」

 

「意識された方が、策に嵌めやすいということですか」

 

「そうだ。俺はこの大阪杯というレースに勝つためだけに来たわけではない。一歩、二歩、三歩。君が歩むべき道に立ちはだかる敵手を与しやすくする布石を打つためにこそ、このレースに来た」

 

 マスターは、少し申し訳なく思っている。

 ミホノブルボンは、そう察した。

 

 それが何かと言えばやはり、敗退行為に近い命令を下したことだろう。残り100メートルを、スタミナの尽きた状態で走る。それは負けかねない状況をみずから作り出す、ということだ。

 

 オーダーの表面を見れば敗退行為に近い。負けろ、と言っているように見える、そんな指示。でもその裏には、信頼がある。

 

 ――――お前なら、残り100メートルでへろへろになっても差し切れないほどのリードをとれるだろう

 

 その期待に、応えたい。いや、応えるのが、役目だ。

 

「マスターが様々なことを考えてレースに臨むのは、今にはじまったことではありません。今回も、その一形態です」

 

 鋼の瞳が、少し崩れた。少し驚いたような、そんな眼差し。

 

「成長したな。本当に」

 

「はい」

 

 ちょっと胸を張り、放熱板みたいな盾の如き物体がふわふわと浮く。

 新勝負服を着ての、はじめてのレース。ミホノブルボンからすれば、やはり思うところがあるのだろう。

 

 彼女には実家の犬みたいな忠実さというか、忠誠心というか、近づけば尻尾をブンブンして近づいてくるような愛らしさがある。

 だが最近は、それだけではない。こちらを気遣うというのか、がんばって元気づけようとしている感がある。

 

「私を信じてくださっていることを、嬉しく思います。ですからマスターは迷いなく、自分の判断を信じてください」

 

「……ああ。そうしよう」

 

 ぱたぱたと揺れる尻尾の音だけを残して、ミホノブルボンは控室をあとにした。

 

(自分の判断を、か)

 

 これまでの自分を、ではなく。

 これからの自分を、ではなく。

 今ミホノブルボンと共に歩む自分を。

 

 ――――信じていいのかもしれないな

 

 観客席に出て、席に座る。

 ゲートの中で相変わらずぼけーっと空を見ているミホノブルボンからは、緊張というものが感じられない。

 気負いもない。坂路でも併走でも折り合いは完璧につけられていなかったが、或いは。

 

(いけるかもしれないな)

 

 今回のレースで、ミホノブルボンはかつての冷静さを取り戻すかもしれない。かつて手にしていなかった、闘走心を得たままに。

 

 鳴り響くファンファーレを聴いてか、ミホノブルボンの耳がぴこりと動き、ぼけーっとしていた顔が勝負を前にしたアスリート特有の引き締まったものに変わる。

 

 スタート。相変わらずの素晴らしいスタートを決め、そして物の見事にバ群から突出したミホノブルボンは久々の散歩に喜ぶ犬のように一直線に駆けていく。

 

(やはりメジロパーマーがいないと楽だ)

 

 逃げウマ娘が少なければ少ないほど、序盤のポジション取りが楽になる。

 瞬時に加速を終えたミホノブルボンは1ハロンを何秒という見当を付けたのかはわからないが、とにかくとんでもない速度で走る。

 

 序盤では4バ身。

 中盤では10バ身以上。

 そして終盤では明らかな大差を付けて走るミホノブルボンは、誰が見ても明らかに強かった。

 

 ――――この娘に敵うウマ娘はいるのか!?

 

 実況の言うとおりの結果だった。

 

 最後の0.5ハロン、100メートルで失速していなければどれほどのタイムが出たのか。

 自分が打ち立てた皐月賞でのレコード、そして阪神レース場のレコードを更新して、ミホノブルボンは大阪杯を制した。

 

 ジュニア級王者になったウマ娘は、早熟する。

 クラシック級で激戦を繰り広げたウマ娘は、疲労がぬけ切らずシニア級では活躍しない。

 

 そんな噂を払拭するような走りを、ミホノブルボンは見せた。

 影すら踏ませない。その走りは、無敗の名に相応しい。

 

 

 最強。

 

 

 その名に相応しいのはミホノブルボンなのではないか、と。

 そんな風が吹いてきていた。




46人の兄貴たち、感想ありがとナス!

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