ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:宿命のふたり

 ――――強い

 

 心からそう思った。

 鮮やかな逃げ切り。閃光のような速度。影すら踏ませぬラップ走法。

 

 眠っていた闘走心が、目覚める音がする。

 湿っていた薪がミホノブルボンの鮮烈さによって乾き、燻っていた蒼い焔が空気を孕んで燃え広がった。

 熱を帯びた心に触れた蛇のような執念が冬眠から目覚め、鎌首を擡げる。

 

 ――――勝ちたい

 

 それは、勝てないと思えばこそ。

 ライスシャワーは、勝てない相手に挑むことをこそ好む。

 

「お兄さま」

 

 その一言だけで、将軍はすべてを察した。

 大阪杯。ライスシャワーが走るには短すぎる2000メートルのレースを見に来たのは、こうなって欲しいからだった。

 

「ああ。用意はしてあるよ、ライス」

 

 君が春のあけぼのに眠り続けていたときに。

 ライスシャワーがライスシャワーであり続けるためには、ミホノブルボンが必要になる。

 彼女に勝つにはやはり、長距離。それも長ければ長いほどいい。

 

「凡人であっても、半年あれば用意できる。たった1つのレースに向けての最適解を」

 

 これまで。菊花賞のときに指摘された危うさを改善するための練習を積んできた。それは体幹であり、脚への負担を効率よく分散するための適切なフォームへの改造。

 地味な、しかし必要な練習の連続。そしてこれからは、派手で熾烈な、たった1つを目指しての練習。

 

 

 ――――こうして鬼神は、目覚めた。

 

 

 だが目覚めたとしても、彼女の実力が天皇賞の盾を得るに相応しいものであろうとも、勝てる場所におびき寄せられなければ意味がない。

 

 如何に、ミホノブルボンを引きずり出すか。

 

(いや、それ自体は大した問題ではない。要は――――)

 

 勝てるか、だ。

 

「いやだ」

 

 そう、こいつ。

 秋に限ってだが、天皇賞という名前を聴くとアレルギー反応が出るこの男。こいつに、勝てるのか。

 

「トレーナーを射止めんと欲するならばウマ娘を射よという。今のお前はその逆だな」

 

 ウマ娘とは、独占欲がものすごく強い種族である。一途であるとも言うが、ものすごく極端で激烈な縄張り意識を持つ。

 古来より身体能力に優れたウマ娘は、様々必要とされてきた。その様々さに応えてきたのがトレーナーというものである。

 

 彼らは他者の心理を掴み、その指向性をつけることに長けている。そんな相手を説得するには、周りから攻めるべき。

 要は外堀から埋めた方がいいよ、というのがこのことわざの意味するところなのだ。

 

「俺は殊更歴史を軽んじるわけではないが、重んじもしない。天皇賞春は歴史のあるレースではあるが、主流からはズレている。いや、ズレつつある」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。いずれ世界では2400メートルまでが主流になる。そしてこれは短くなることはあっても、長くなることはないだろう」

 

 こいつが言うならそうなんだろうな、と。

 然程積極的に世界へ目を向けているわけでもない将軍は思った。

 

 将軍は、基本的に古典を愛する男である。

 

 意外なことだが、良くも悪くも情報通である貴門出身のトレーナーは柔軟性の富んだ頭脳があれば一般人よりも伝統の枷から逃れやすい。

 

 参謀には、柔軟性に富んだ頭脳があった。

 そして加えて言えば、彼の出身は日本ではじめて海外遠征を企図したシンボリ家という切っての国際派と共生することを選んだ東条家である。

 貴門は伝統を墨守する習性がある。それは東条の家も変わりなく、『世界を目指す』という伝統を遵守することを求められていた。

 そしてそのための教育も受けている。

 

 だからこの場合、より日本トゥインクルシリーズの伝統に忠実で敬虔な信仰を持つのは寒門の出である将軍の方だった。

 

 春の盾こそ、最高の栄誉。そんな意識は、寒門出身のトレーナーやウマ娘の共通認識でもある。

 

「今が春の天皇賞にとっての全盛期だ。だからこそこれからがない。これからが無いものに、拘泥しようとは思わない」

 

「適応する必要がない、ということか」

 

「そうだ」

 

 菊花賞すら長い。

 そう考えている節のある男は、自分の好き嫌いを理論武装しているように見えて、そうではない。少なくとも彼が嫌っているのは秋の天皇賞であって、春のそれではないのだから。

 

 

 ――――世界に通用するウマ娘を

 

 

 それが、東条家の人間の信念。

 だが階段の一段目として日本を席巻することを目指したシンボリルドルフには春秋の天皇賞を制覇させたし、走ること以外に興味の食指が動かないウマ娘には世界に通用する力をつけさせた。

 

 要は、彼の指針は明確に確立されている。だがそれを貫くかどうかは、ウマ娘による。そういうことである。

 

「だがこれは俺の理屈だ。俺の理屈に、無理に従わせようと思わん」

 

 ――――ブルボンに言え。

 

 そういうことだと、将軍は理解した。となるとやはり、ライスシャワーに任せる他ない。

 というか任せる他ないことを、将軍は最初からわかっていた。

 

 東条隼瀬は、参謀である。その実情は軍師と言ってよく、軍師は君主の方針を受け入れて実現可能なものに修正し、輔弼することを職務とする。

 自分が目指したいものをウマ娘と共有する男ではない。それは君主型であったり、将帥型のトレーナーがやることなのだ。

 

 だが、ライスシャワー1人にぶんなげるのも、どうなのか。そういう責任感で将軍はここまで来て説得を試みたわけだが、やはり無理なものは無理だった。

 

 

 そして本命、ライスシャワーはと言えば。

 

 

「ま、待って……」

 

 目元、そのまま。というか口から上はいつものまま。しかし口元が明らかににやけている、そんなミホノブルボン。

 サイボーグと渾名される彼女は上半身も、下半身すらも動かすことなく、凄まじい速度で廊下を駆ける。

 

 そう。言葉をかき消す程の爆音を鳴らしながら。

 

「ぶ、ブルボンさん……!」

 

 ライスシャワーの声をかき消す爆音と共に逃げる彼女の座乗艦……艦?は、セグウェイ。

 それもただのセグウェイではない。やたら多才な男が作り上げた、ハイパーセグウェイである。

 時は4月某日。ミホノブルボンの誕生日の2週間前。改良された試作型手袋を手にした彼女は、はじめて自分の手で操作する乗り物にハマっていた。ドハマリしていた。

 

「ブルボンさーん!」

 

 ひとり爆走兄弟レッツ&ゴーでトレセン学園を駆ける、無敵の八冠ウマ娘。それなりの実力社会であればこそ、この爆走は止めにくい。

 

 ミホノブルボンは、ウキウキしていた。心がぴょんぴょんしていた。

 

 それは、今朝のこと。

 

 ――――ここに3つのセグウェイがある。速度特化、バランス特化、頑丈さ特化だ

 

 ――――はい

 

 ――――八冠目のお祝いだ。ひとつやろう

 

 最近、マスターが柔らかい。元々優しかったひとが、更に優しくなった。

 

 ミホノブルボンは、機械が好きである。触れられないものだからこそ好きになったのか、好きなのに触れられなかったのか。それは卵が先かニワトリが先かという話で、正直よくわからない。

 だが正確でかっこいい――――素晴らしく速い戦闘機とかそういうものに憧れて、ミホノブルボンはこんな感じになっている。

 それを見抜いて、マスターは乗り物――――座乗艦と、彼女はカッコつけて言っている――――をくれた。

 

 だから、ミホノブルボンは爆走していた。ただひたすらに、目的もなく爆走していた。それこそ、ライスシャワーを振り切るほどに。

 

「ぶ、ブルボンさーーん!!」

 

 脳に染み入るようなか細い声と、それをかき消す戦闘機のような太く、高い轟音を鳴らしながら爆走するミホノブルボン。

 

(なにやってるんだろ……)

 

 カフェテリアではちみーに舌鼓を打つトウカイテイオーは、口を窄めて糖分を補給しながらその光景を見ていた。

 あのスタミナお化けのライスシャワーを疲弊させる程の爆走。いや、走っている最中に喋っているからかもしれないが。

 

 ちゅーちゅーしてはちみーを空にしたあと、一息つく。一息ついて併設されたゴミ箱にぽこんとはちみーの容器を捨てて、彼女は背伸びをしてからバテたライスシャワーの方へと歩み寄った。

 

「どうしたの、ライス?」

 

「あ、テイオーさん……」

 

 息を入れてスタミナを多少回復させたライスシャワー。

 自販機でドリンクを購入してハンドルの中央、ドリンクを入れるためのケースに装填して走っていくミホノブルボン。

 

 両者を交互にちらりと横目で捉えつつ、天性のコミュニケーション能力で彼女は困っているであろうライスシャワーに手を差し伸べた。

 

「実は……」

 

 かくかくしかじか。

 

「うんうん。春の天皇賞に出て欲しいけど報道的に多分出る気がない。お兄さまによるとアレもブルボンを春の天皇賞に出す気がない。だから追っかけて出てほしいとお願いしたい、と」

 

「うん……」

 

「春天かぁ……」

 

 春天。それはトウカイテイオー、初の敗北。

 トウカイテイオーと同じく、ミホノブルボンはクラシック級を無敗で終えた。そしてこれまた同じく、シニア級初のレースに大阪杯を選んだ。

 

 結構、被るところがある。

 ミホノブルボンにとっても、春天は初敗戦の場になるのではないか。

 

 そんな思いを、トウカイテイオーはかき消した。ミホノブルボンを負かすのは、自分だ。自分であってほしい、と。

 

(でもライスもそうだけど、何よりマックイーンがいるしなぁ)

 

 やりますわねあの娘……と。

 表面上は冷静さを装ってミホノブルボンを讃えながら、確実に闘走心をメラメラですわ!にさせているマックイーン。

 

 多分なんの根拠もなしにミホノブルボンが春天に出てくるだろうと確信している、トウカイテイオーにとっての初のライバル。

 メジロマックイーンは、今もメジロパフェを燃料にして闘志をメラメラさせているはずである。

 

 そんな状況でミホノブルボンが出ないとなれば、闘走心の赴く先を見つけられない、ということになりかねない。

 

「わかった。じゃあ二人で挟み撃ちにしよう!」

 

「え……て、手伝ってくれるんですか?」

 

「うん、まあ……まあね!」

 

 ということで、トウカイテイオー発案のミホノブルボン挟撃作戦が発案された。

 

 まず、スタミナを消耗したライスシャワーをカフェテリアと学校を結ぶ外通路に立たせ、トウカイテイオーがなんとかしてそこに追い込む。

 トウカイテイオーが追いつけばその場で捕獲し、ライスシャワーに連絡を入れて呼び寄せる。そういうことになった。

 

「じゃあ、いっくぞー!」

 

「お、おー!」

 

 と言っても、ミホノブルボンは既に発進している。あの魔改造セグウェイの速度はウマ娘より速く、従って下手な車よりも速度が出る。

 

 ――――追いつけない。

 

 そう思いつつも弱音は吐かない。そんな強さを持ち合わせるトウカイテイオーは、翔ぶように駆けた。

 

「待てー!」

 

 妙にうまいハンドリングで最内で角を曲がり切ったミホノブルボンのグレーのセグウェイの外を、モスグリーンのセグウェイが通過する。

 

「テイオー」

 

 セグウェイの上に立ち、片手を振るのはシンボリルドルフ。何故か勝負服を着てご機嫌そうな憧れの人は、珍しくウキウキと尻尾を揺らしながら止まった。

 

「あれ、カイチョー……それ、どうしたの?」

 

 ブルボンもセグウェイ。カイチョーもセグウェイ。

 これまでセグウェイを乗り回すのはそれこそ、ゴールドシップくらいなものだった。なのに今日は、ふたりが新たに乗り回している。

 

 そんな疑問が、口を突いて出た。理性ではなく、本能による行動。それを、トウカイテイオーは後悔することになる。

 

「ふふ……これか? これは――――」

 

(あ、これ長くなるやつだ)

 

 昨日の昼。生徒会室に忍び込んだとき、お好み焼きを食べているシンボリルドルフに向けて話しかけたときもそうだった。

 立て板に水、疾風怒濤、メイショウドトウ。ものすごく流暢にお好み焼きについて熱く語られた。そんな経験がある。

 

「これはトレーナーくんがくれたんだ。修理用パーツを買ったら色々付いてきたからお前にもくれてやるといって、素直すぎるというのか。お前には色々世話になったから、と。だから私もこうしてお弁当をだな――――」

 

(トレーナーくんって誰だろ……カイチョーがルンルン気分になってるってことは、あの参謀と同一人物なのかな……)

 

「あの人は元々器用なんだ。この勲章の彫金も彼が――――」

 

 こうして、追い込み役が謎の皇帝に堰き止められた追い込み漁。うざ絡みしてくる上司みたいなシンボリルドルフに絡まれ、トウカイテイオーの策はおしゃかになった。

 その先に待っているライスシャワーは、このことを知らない。知らないが、何はともあれミホノブルボンはぐるりと一周して戻ってきたのである。

 

 これはまったくの運だった。だが、ライスシャワーは思った。

 

(すごい、テイオーさん!)

 

 姿は見えないが、うまくやってくれたのだろう。

 そう思って、ライスシャワーは目一杯手を横に伸ばしながらミホノブルボンの前に立ちはだかった。

 

 その頭上を一回転してセグウェイが通り過ぎ、くるりと向き直る。

 セグウェイの新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ。そんな感じの、優美な回転。

 

「どうかしましたか、ライス」

 

「……え、あ! うん!」

 

 かっこいいから、ということで付けられたエンジン音発生装置を切り、場に静寂が流れる。

 大事故一歩手前みたいな曲芸を見せられて固まるライスシャワーは、慌てて自分を取り戻してミホノブルボンを見た。

 

「ブルボンさんは……春の天皇賞に、出ないの?」

 

「はい。今のところは」

 

 春の盾。それは、ウマ娘にとってダービーに比肩する栄誉。寒門の出であるミホノブルボンはその伝統を尊重していたし、純粋に信じていた。

 

「ライスは出ると聴いています」

 

「うん……」

 

「がんばってください。貴女ならば、メジロマックイーンさんに勝てるでしょう」

 

「う、うん。ライス、がんばるよ」

 

 言いたいことは、そうではない。

 がんばるよ、ではない。一緒に走ってほしい。そう言いたい。

 

 ライスシャワーはそれらに突き動かされてるように、覚悟を決めて口を開いた。

 

「ライスはブルボンさんも、春天に出てほしいの。ええと……春天は、セグウェイと同じくらい楽しいと思うから……」

 

「私と共に走りたいのですか」

 

「ライスは……」

 

 一緒に、走ってほしい。テイオーさんと、マックイーンさんと、シンボリルドルフ会長。ミホノブルボンには、多くのライバルがいる。

 

 でも、ミホノブルボンを追うのは、追いつくのは、追い越すのは。他の誰でもない、自分でありたい。

 

「ライスは、ブルボンさんに勝ちたい。テイオーさんでもなく、マックイーンさんでもなく、会長でもなくて、ライスがブルボンさんに勝ちたい。だから、一緒に――――」

 

 一度狙いを定めたら決して離さない。そういう執念深さ、執着。蒼い焔のような熱意と闘志。

 彼女が失っていたそれらを瞳に宿しながら、ライスシャワーは言い切った。

 

「一緒に、春天を走ってください!」




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